これは報われない恋だ。

朝陽天満

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578、師匠、助けて

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 ユキヒラの名前が白くなっていたので、すぐにチャットを送る。



『突然ごめん。『コウマ病』を治せる聖魔法ってなんていう魔法?』



 すぐに返事が欲しい、とその後付け足して、チャットを閉じると同時くらいに、ロイさんの腕の中にいたレディアちゃんが目を開けた。

 そして、ほわほわと泣き始めた。



「レディア、もしかしてぐずってたんじゃなくて、苦しいのか?」



 顔を真っ赤にして泣くレディアちゃんをあやしながら、ロイさんが顔をゆがめる。

 フランさんも泣きそうな顔をしながら、荷物の中から空瓶を取り出した。

 その瓶の中に、これもカバンから取り出したマジックポーションらしきものを入れて、水魔法の詠唱をする。

 薄められたマジックポーションが入った瓶に、飲み口を付けて、それをレディアちゃんの口に持って行く。

 泣いていたレディアちゃんは、えぐえぐしながらそれに吸い付くけれど、一口飲んだだけでそれをべっと吐き出して、更に泣いてしまった。

 もしかして、不味いから?



「お願い、飲んでみて、レディア。楽になるかもしれないから」



 フランさんが更に飲まそうとするんだけど、レディアちゃんは顔を背けて仰け反りながら本格的に泣き始めた。

 そうだよ。市販のポーション類は苦いんだよ。

 甘ければ飲んでくれるかな。

 俺はテーブルを移ると、そこに調薬キットを取り出した。

 そして、マジックポーションの素材を取り出した。

 あってよかった常備素材。

 味は薄めに、甘く、そして、効果は高く。

 いつもよりも丁寧に素材を擂っていく。葉脈に沿って丁寧に作業すれば、素材が甘く栄養価はそのまま。

 あ、そういえば前にロミーナちゃんの所から甘くなる素材を買ってたんだ。あれ、工房だ。

 俺は椅子から立ち上がって即その場から工房の中に跳んだ。そして『リベーマロの乾燥花』という素材を取り出した。

 すぐにまた詰所の座っていた椅子の所に跳ぶ。

 そのまま腰を下ろして、持ってきたドライフラワーを粉にする。

 赤ちゃんの泣き声をBGMに、俺は真剣にマジックポーションを作った。

 初級レシピだからって手は抜かない。

 出来上がったマジックポーションを瓶に移すと、一滴だけ指に落としてみて、それを舐める。

 よし、これなら甘いからもしかしたら飲んでくれるかもしれない。

 調薬キットをしまって、出来上がったマジックポーションの瓶4本を全て持つと、もう一度ロイさんたちのテーブルに移動した。



「フランさん、これ、甘く作ってみたから、これを飲ませてみて」

「ありがとう」



 フランさんが受け取ったところで、ピロンとチャットが来た。

 すぐに開いて、文字を目で追う。



『なんかあったのか? 『コウマ病』を治せる聖魔法は『完璧治癒パーフェクトヒーリング』っていう魔法だけど、俺は使えない。多分マックも使えないんじゃないか。あれは『聖職者』じゃないと使えない魔法だから。今どこにいるんだ?』

「マジか……!」



 読み終えて、頭を抱える。

 取り敢えずお礼のチャットを送って、俺はもう一度席を立った。



「俺の師匠たちを連れてくる。そうすれば、レディアちゃんも重症化する前に治せるから」

「おいおい、『コウマ病』を治すって……冗談だろ?」



 食堂にいる誰かが呆れたように呟く。

 そうだよね。あれは不治の病って言われてるもんね。

 でもさ、前は複合呪いだってそんな感じだったじゃん。でも今はすぐに呪いが解けるようになったから、腕さえ磨けば、『コウマ病』だって治らない病気じゃないから。

 俺、頑張るから。



「マック、気持ちはありがたいけど……」

「俺の師匠たちなら治せるよ。ね、ガレンさん」

「ああ。ヒイロなら普通に治せるな。マックはまだ作れねえのか」

「まだランクAまでしか作れないんだ」

「それに、ヨシューだったら回復の聖魔法も唱えられるしな」

「うん。だから、頼んでみる」



 スッと指を上げた瞬間、ヴィデロさんが俺の手を掴んだ。

 そのまま二人で一緒にジャル・ガーさんの洞窟に跳ぶ。

 数人のプレイヤーがいて、ジャル・ガーさんと話してたけど、俺は挨拶だけして「急ぎなんだ」とそのまま直で獣人の村に跳ばせてもらった。

 二人でヒイロさんの家に走る。

 ヴィデロさんが手を引いてくれるので、俺の身体もぐいぐいスピードが出た。

 こういう時にヴィデロさんの背中が凄く頼もしい。

 一人だったらこうはいかない。



 すぐに森を抜けてヒイロさんの家に着く。

 村にいた獣人さんたちが口々に俺たちに挨拶してくれるけど、ほぼおざなりな返事のまま、スピードを緩めることはなかった。



「ヒイロ師匠!」



 ドアをノックして、返事が来る前にガンと開けると、お茶を飲んでいたヒイロさんとケインさんが驚いたようにこっちを見ていた。



「なんだなんだ?」

「びっくりしたなあ」



 二人で尻尾を膨らませて、そっくりな顔で驚いているのに、ほんの少しだけ緊張していた心が解れる。



「師匠。赤ちゃんが『コウマ病』にかかっちゃったんですけど、治せますか」

「赤ちゃん? そりゃ一大事だな。赤ちゃんってどれくらいの大きさだ?」

「まだ生後二か月くらいだったはず」

「ああ、そりゃ、シックポーションはまだ使えねえ年齢だな」

「マジか……」



 ヒイロさんの答えに、頽れそうになる。

 ケインさんが立ち上がって、「待ってろ、ヨシューを連れてくる」とすぐにその場で消えていった。



「マック、大丈夫か? マックが今にも倒れそうな顔してるぞ」

「俺は大丈夫です。でも、レディアちゃんが大丈夫じゃない……」

「ヨシューなら聖魔法で治せるから、心配すんな。な?」



 俺の顔を覗き込むように身を屈めたヒイロさんが、俺の肩をポンポンと叩く。



「ケインがヨシューを引き摺ってくるまで、ちょっとお茶でも飲んで落ち着いてろ。ってことで、ランクSの聖水茶がいいな、俺」



 ヒイロさんの言葉に、こんな時なのに思わず笑ってしまう。俺が淹れるんですね、師匠。

 でも引き摺って来るって……前も村長さんたちを拾ってくるとか言ってたけど、ヒイロさんの言い方、なんか和む。



「ヒイロ、シックポーションっていうのは、どれくらいの年齢から使えるものなんだ?」



 ヒイロさんに促されるまま椅子に座ると、ヴィデロさんがヒイロさんに疑問を投げかけた。

 ヒイロさんはうーんと考えてから、口を開いた。



「そうだな。身体の大きさが大人のへそを越えたくらいになったら、薬に耐えられる体力がついたって、俺は勝手に目安を作ってる。小さい身体に強い薬は毒にしかならねえからなあ」

「そうか。へそか」



 なるほど、あの「何歳以上服用可」っていう俺たちの世界の薬と同じような物か。へそって言ったら、小学生……だともっと大きいか。でもヴィデロさんのへそだったら小学生って感じかな。一概に大人のへそって言っても高さはそれぞれだからなあ。

 ヒイロさんのお願い通り、ランクSの聖水茶を淹れて飲んで、カップが空になったところで、ようやくケインさんがヨシューさんを連れて帰ってきた。

 ヒイロさんの言葉通り、ケインさんはヨシューさんを引き摺るような格好で立っていて、不本意にも吹きそうになった。



「ヨシューが動かねえから強制的に連れて来た。よし、赤んぼの所に行くぞ。どこだ」

「トレの南門の詰所」



 ヴィデロさんがそれに応えて、ケインさんが頷く。



「なんだよ一体。いい気持で寝てたのに事情も説明しないで引き摺りやがったんだぞこいつ」



 ヨシューさんが起き上がりながら文句を言う。あ、説明してないんだ。それは怒るよね。



「ヴィデロさんの同僚の人の子が『コウマ病』の初期段階で、治して欲しいから師匠たちにお願いしに来たんです」

「マック聖魔法使えるだろ」

「でも俺、『完璧治癒パーフェクトヒーリング』は使えないです」



 首を傾げるヨシューさんに答えると、ヨシューさんは口をパカっと開けて、「あああああそうだったマックは薬師だった」と呟いた。師匠、しっかり。



「そうだった、あれはマックは使えねえ魔法だった……ってか赤子か。よし、行くぞケイン、ヒイロ」

「だから行くって言ってんだろ」

「その前にちゃんと説明しろよ」



 全くだ、とヒイロさんも珍しくヨシューさんの味方をしながら、ケインさんに掴まる。

 でも、獣人さんたちの子供は宝っていうのはどれだけものぐさな師匠たちにも浸透していて、凄いなと感心した。







 ケインさんは、きっちりと詰所前に跳んでくれた。

 驚く門番さんにヴィデロさんが事情を説明して、ヒイロさんたちを中に通す。

 中に入ると、レディアちゃんの泣き声は聞こえず、ロイさんの腕の中で一生懸命何かを飲んでいるレディアちゃんがいた。

 大きな目がきょろきょろと辺りを見回して、ロイさんが視界に入るとにこっと笑う。可愛い。



「マック君。ありがとう。あなたの作ったマジックポーション、ちゃんと飲んでくれて、ようやく泣き止んだの」

「よかった。でもそれ、一時しのぎにしかならないんで、治せそうな人を連れてきました」

「お、この赤ちゃんか。確かにちょっと嫌なにおいがするな。んでもって、お母さんも。これ飲んどけ」



 ヒイロさんは無造作にフランさんにほい、とシックポーションを渡した。



「もしかしてフランさんも?」

「ああ。初期だな。他にもいるかもしれねえなあ。原因見つけねえと広まるかもな」



 ヒイロさんが恐ろしいことを言う。

 でも、『コウマ病』って、突然かかる病気なんじゃないのかな。

 という俺の疑問に、ヒイロさんが答えてくれた。



「あれは病原体が身体に巣食って魔力を食い荒らすんだ。その病原菌を振りまく根源がどこかにねえと発症しねえんだよ。『コウマ病』ってのは、一人発症すると周りも少なからず罹るだろ」



 そういう物なのかな、と首を捻ると、周りも首を捻っていた。



「だから、その根源を消滅させねえとまた誰かが病気になるぞ」

「なるほど。じゃあ、それを消さないと」



 手を握りしめると、ヴィデロさんが首を振った。



「マックが病魔に侵されたらどうするんだ」



 『コウマ病』の最後を知ってるヴィデロさんが、険しい顔で首を振る。

 それに反応したのは、獣人さんたち。



「ヴィデロ、それだけはないから大丈夫だ。こいつら異邦人の身体は、いわば魔素の塊なんだからよ、『コウマ病』はかからねえんだよ。そもそも魔力を作り出す臓器が身体にねえっぽいから。全くでたらめな身体だよな」

「っつうことで、マック。諸悪の根源を消滅すんのはマックだ。ヴィデロはダメだぞ。お前は病気になるからな」



 ビシッとヨシューさんに指を指された瞬間、ピロンとクエストの通知が来た。

 もちろん。皆が病気にかからないためになら、俺頑張るよ。



「それよりもヨシュー師匠、早く治して」

「わかったわかった」



 ヨシューさんを急かしていると、食堂の入り口が開いて、門に立っていたはずの門番さんが戸惑った顔をひょいと出した。



「なあ、マックにお客様が来てるんだけど……」

「俺に? 誰ですか?」

「……猊下が」

「は?」



 恐る恐るといったように口を開いた門番さんの答えに、俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。

 動きを止めて門番さんを見ていると、更にドアが開いて、その門番さんの後ろから、失礼します、と物腰柔らかな所作でニコロさんが入ってきた。

 え、待って。



「ニコロさん!?」

「マックさんがお困りだと聞いて、いてもたってもいられずやって来てしまいました」



 そこには、教皇が着る法衣に身を包んだ、ニコロさんがいた。

 待って、教皇ってそんなに暇だったっけ。ユキヒラ、ニコロさんになんて伝えたの。



 
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