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571、恋バナ、じゃない
しおりを挟む「さっき勇者と話をしたんだけどな、クラッシュ」
ヴィルさんが口を開く。カラリ、とグラスに入った氷が鳴った。
そういえばさっき二人で何か話してたよな。なんの話をしてたんだろう。魔大陸に行く算段とかかな。
なんて思いながらお茶に口をつけていると、ヴィルさんがとんでも発言をした。
「魔力測定の魔道具ならすぐに用意できる。測ってみるか?」
この言葉には、俺だけじゃなくてクラッシュも目を剥いた。
「はぁ!?」っていう声がクラッシュとハモる。
待ってヴィルさん、それ、クラッシュを死地に送り込む言葉。
「それって……ヴィルは王室関係者なわけ……? そんな簡単に測ってみるか、なんて」
「関係者と言えば関係者だな。うちの母が魔道具技師だから」
「母……? ってことは、ヴィデロのお母さん……って、数年前に消息不明になった……? え、見つかったの?」
「見つかったというか、俺の世界に戻ってきていたというべきか。説明すると長くなるんだが、それはそのうち一緒に飲みながらでも話すか。ヴィデロも交えて」
「うわあ、聞きたい。ヴィルのお母さんの話聞きたい。ヴィデロはそういう話をしないし、こっちから聞くのもはばかられるしさ。でもそっか。お母さん見つかったんだ。よかったあ。って、ヴィルの世界にいるってことは、ヴィデロは会えてないってこと?」
「いや、マックのおかげで会えるようになったから、大丈夫だ。弟を心配してくれてありがとう」
「だって友達だもん。魔力測定、受けさせて欲しい。もし規定値クリアしてたら、俺も魔大陸に行って少しでも助力になれるかもしれないってことだろ」
目をキラキラさせながら興奮するクラッシュに、ヴィルさんが苦笑する。
そして、一度ログアウトする旨をここにいる皆に伝えた。
ソファに寄りかかって目を閉じたヴィルさんは、すっかりログアウトしたらしい。寝落ち状態っぽかった。
きっと今頃アリッサさんに連絡をしてるんだろうな。
「ヴィデロ、お母さんに逢えたんだ。よかったね。マックが仲介したの? じゃあヴィデロが惚れこんでも仕方ないよね。生き別れのお母さんを探し出してくれるなんて」
「いや、アリッサさんとヴィデロさんが会えたのは俺たちが付き合ってからだよ」
ニコニコとそんなことを言い出したクラッシュに訂正を入れると、クラッシュはへ? と驚いた顔をした。
「じゃあマックがプレゼント攻撃でヴィデロを落としたっていう噂の方が本当だったの? まさかあのヴィデロがプレゼント攻撃で落ちるとは思ってなかったけど」
「待って! 何その噂! そんな噂があったの!? ってかなんでクラッシュと恋バナしてるんだよ俺!?」
「これ恋バナなんかじゃないじゃん。街の噂ってやつだよ。あのさ、前に俺、ヴィデロは特別って言ってたことあったじゃん」
「あったっけ」
クラッシュの苦笑顔を見ながら、そんなこと言われたっけ、と首を捻っていると、クラッシュが「あったんだよ」とつっこんだ。
ヴィデロさんが特別って……『幸運』って言われてたからとかそういうことじゃないのかな。
あれ、でも待って。クラッシュってヴィデロさんのお母さんが『幸運』とか言われてたの、知らなかったよね。ってことは、ヴィデロさんが特別って、何で特別なんだろ。
「ヴィデロさ、トレに来た当初、全く表情が動かなかったんだよ。っていうのは知ってる? 俺さ、そういう何を感じても何をしていても自分の顔が動かない苦痛っていうのわかるんだ。実際俺もそうなったことあったから。だからかな、結構ヴィデロを気に掛けてて。そしたら俺で慣れてた街の人たちもヴィデロを結構気にかけてたんだよ。俺もトレの街の人たちのおかげでこんな風に笑えるようになったからさ。今度は俺が何とかヴィデロの力になってやろうって思って。年はヴィデロの方が上だったけど、気分はお兄さんってところだったんだ」
ヴィデロさんがトレの街に来たのは、俺たちプレイヤーがここに来始めたころ。
その頃のクラッシュはまだ年にして13歳。ヴィデロさんは今の俺の歳と同じくらい。
二人ともすごく可愛かったんだろうな、なんていう想像を打ち消しつつ、クラッシュの話に耳を傾ける。
「俺その時はまだ店を継いだわけじゃなかったからさ、ヴィデロの表情を何とかしようとかなり門に通い詰めてたんだ。そしてヴィデロの休みの時は連れ出したりして。あ、別にヴィデロに懸想してるわけじゃないから安心して。それを見ていた街の人たちが、ヴィデロは俺の心を回復させる特別なやつだって。皆も気に掛けてたんだよ。でもまあ、最終的にヴィデロの心を完璧に立ち直らせたのはマックだけどね。だから、ヴィデロは俺にとっても街の人にとっても、特別。ってなんでこんな俺の大暴露になっちゃってんだろ」
ホントにね、と俺も苦笑する。
クラッシュは目の前にあるお茶を手に取ると、一口口に含んだ。
そしてホッと息を吐く。
「ヴィデロがさ、マックと魔大陸に行きたいけどついていけない自分が嫌いだって、この間言ってたんだ。俺も、まったく同じ気持ちを抱えてたんだよ。マックも、高橋たちも、アルさんと一緒に行けるのに、どうして俺はこういう肝心な時に留守番なんだろうって。ヴィデロと一緒にずっと思ってたんだ。セイジさんもアルさんもやっぱりまだ俺を連れて行きたくないみたいだけど」
ちらり、と勇者を見ると、勇者はグラスに目を落としながら、ふん、と小さく笑った。
「当たり前だ。お前はエミリの子供だぞ。俺の目にはまだまだお前が小さなガキにしか見えない。今もだ。ガキは大人しく将来国を支えときゃいいんだよ。でもって、あぶねえところには俺らみたいな年寄りが行きゃいい。命なんてもんはもっと歳くってから散らすもんだ。だから、今目の前の問題に命を掛けようとするクラッシュを見ていると、自分の不甲斐なさを自覚するんだよ。例え適性があったとしても渋るのはそんなおっさんの理由だ。きっとセイジだって同じ気持ちだろ。エミリはもっと複雑だな。自分が腹を痛めて生んだ最愛の子を、そんな死地に立たせたくなんてねえはずだ。でも、親だから。親だからこそ、子供の言い分を聞き流せねえんだよ」
「……子供の言い分としては、そんな危険なところに大事な人を送り出すくらいなら、何か一つでも力になれることがあるならやりたい、です。待ってるの、ほんとに辛いですから。それだったら我が儘って言われてもいい、一緒に行って魔物の一匹を押さえておけばそれだけでもほんの少しでも勝率が上がるかもしれないじゃないですか。ほんの少しの差が勝敗を決めるかもしれない。ついていかない後悔をするよりは、付いて行ってやれることをやる方が全然いいんです」
クラッシュの反論に、勇者はもう一度フンと笑って、グラスの中身を一気に呷った。「お前のおかげで俺も親の気分を味わえてるよ」と言いながら。
空になったグラスに勇者が酒を注いでいると、ふとヴィルさんの目が開いた。
「母から了承を得た。今からログインするらしいから、マック、母をここまで連れて来てくれないか?」
「あ、はい」
目を開けるなりそう言ったヴィルさんに返事をすると、ヴィルさんはにっこりと微笑んだ。そしてその笑顔で、「ほら早く」と急かした。
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