574 / 830
571、恋バナ、じゃない
しおりを挟む「さっき勇者と話をしたんだけどな、クラッシュ」
ヴィルさんが口を開く。カラリ、とグラスに入った氷が鳴った。
そういえばさっき二人で何か話してたよな。なんの話をしてたんだろう。魔大陸に行く算段とかかな。
なんて思いながらお茶に口をつけていると、ヴィルさんがとんでも発言をした。
「魔力測定の魔道具ならすぐに用意できる。測ってみるか?」
この言葉には、俺だけじゃなくてクラッシュも目を剥いた。
「はぁ!?」っていう声がクラッシュとハモる。
待ってヴィルさん、それ、クラッシュを死地に送り込む言葉。
「それって……ヴィルは王室関係者なわけ……? そんな簡単に測ってみるか、なんて」
「関係者と言えば関係者だな。うちの母が魔道具技師だから」
「母……? ってことは、ヴィデロのお母さん……って、数年前に消息不明になった……? え、見つかったの?」
「見つかったというか、俺の世界に戻ってきていたというべきか。説明すると長くなるんだが、それはそのうち一緒に飲みながらでも話すか。ヴィデロも交えて」
「うわあ、聞きたい。ヴィルのお母さんの話聞きたい。ヴィデロはそういう話をしないし、こっちから聞くのもはばかられるしさ。でもそっか。お母さん見つかったんだ。よかったあ。って、ヴィルの世界にいるってことは、ヴィデロは会えてないってこと?」
「いや、マックのおかげで会えるようになったから、大丈夫だ。弟を心配してくれてありがとう」
「だって友達だもん。魔力測定、受けさせて欲しい。もし規定値クリアしてたら、俺も魔大陸に行って少しでも助力になれるかもしれないってことだろ」
目をキラキラさせながら興奮するクラッシュに、ヴィルさんが苦笑する。
そして、一度ログアウトする旨をここにいる皆に伝えた。
ソファに寄りかかって目を閉じたヴィルさんは、すっかりログアウトしたらしい。寝落ち状態っぽかった。
きっと今頃アリッサさんに連絡をしてるんだろうな。
「ヴィデロ、お母さんに逢えたんだ。よかったね。マックが仲介したの? じゃあヴィデロが惚れこんでも仕方ないよね。生き別れのお母さんを探し出してくれるなんて」
「いや、アリッサさんとヴィデロさんが会えたのは俺たちが付き合ってからだよ」
ニコニコとそんなことを言い出したクラッシュに訂正を入れると、クラッシュはへ? と驚いた顔をした。
「じゃあマックがプレゼント攻撃でヴィデロを落としたっていう噂の方が本当だったの? まさかあのヴィデロがプレゼント攻撃で落ちるとは思ってなかったけど」
「待って! 何その噂! そんな噂があったの!? ってかなんでクラッシュと恋バナしてるんだよ俺!?」
「これ恋バナなんかじゃないじゃん。街の噂ってやつだよ。あのさ、前に俺、ヴィデロは特別って言ってたことあったじゃん」
「あったっけ」
クラッシュの苦笑顔を見ながら、そんなこと言われたっけ、と首を捻っていると、クラッシュが「あったんだよ」とつっこんだ。
ヴィデロさんが特別って……『幸運』って言われてたからとかそういうことじゃないのかな。
あれ、でも待って。クラッシュってヴィデロさんのお母さんが『幸運』とか言われてたの、知らなかったよね。ってことは、ヴィデロさんが特別って、何で特別なんだろ。
「ヴィデロさ、トレに来た当初、全く表情が動かなかったんだよ。っていうのは知ってる? 俺さ、そういう何を感じても何をしていても自分の顔が動かない苦痛っていうのわかるんだ。実際俺もそうなったことあったから。だからかな、結構ヴィデロを気に掛けてて。そしたら俺で慣れてた街の人たちもヴィデロを結構気にかけてたんだよ。俺もトレの街の人たちのおかげでこんな風に笑えるようになったからさ。今度は俺が何とかヴィデロの力になってやろうって思って。年はヴィデロの方が上だったけど、気分はお兄さんってところだったんだ」
ヴィデロさんがトレの街に来たのは、俺たちプレイヤーがここに来始めたころ。
その頃のクラッシュはまだ年にして13歳。ヴィデロさんは今の俺の歳と同じくらい。
二人ともすごく可愛かったんだろうな、なんていう想像を打ち消しつつ、クラッシュの話に耳を傾ける。
「俺その時はまだ店を継いだわけじゃなかったからさ、ヴィデロの表情を何とかしようとかなり門に通い詰めてたんだ。そしてヴィデロの休みの時は連れ出したりして。あ、別にヴィデロに懸想してるわけじゃないから安心して。それを見ていた街の人たちが、ヴィデロは俺の心を回復させる特別なやつだって。皆も気に掛けてたんだよ。でもまあ、最終的にヴィデロの心を完璧に立ち直らせたのはマックだけどね。だから、ヴィデロは俺にとっても街の人にとっても、特別。ってなんでこんな俺の大暴露になっちゃってんだろ」
ホントにね、と俺も苦笑する。
クラッシュは目の前にあるお茶を手に取ると、一口口に含んだ。
そしてホッと息を吐く。
「ヴィデロがさ、マックと魔大陸に行きたいけどついていけない自分が嫌いだって、この間言ってたんだ。俺も、まったく同じ気持ちを抱えてたんだよ。マックも、高橋たちも、アルさんと一緒に行けるのに、どうして俺はこういう肝心な時に留守番なんだろうって。ヴィデロと一緒にずっと思ってたんだ。セイジさんもアルさんもやっぱりまだ俺を連れて行きたくないみたいだけど」
ちらり、と勇者を見ると、勇者はグラスに目を落としながら、ふん、と小さく笑った。
「当たり前だ。お前はエミリの子供だぞ。俺の目にはまだまだお前が小さなガキにしか見えない。今もだ。ガキは大人しく将来国を支えときゃいいんだよ。でもって、あぶねえところには俺らみたいな年寄りが行きゃいい。命なんてもんはもっと歳くってから散らすもんだ。だから、今目の前の問題に命を掛けようとするクラッシュを見ていると、自分の不甲斐なさを自覚するんだよ。例え適性があったとしても渋るのはそんなおっさんの理由だ。きっとセイジだって同じ気持ちだろ。エミリはもっと複雑だな。自分が腹を痛めて生んだ最愛の子を、そんな死地に立たせたくなんてねえはずだ。でも、親だから。親だからこそ、子供の言い分を聞き流せねえんだよ」
「……子供の言い分としては、そんな危険なところに大事な人を送り出すくらいなら、何か一つでも力になれることがあるならやりたい、です。待ってるの、ほんとに辛いですから。それだったら我が儘って言われてもいい、一緒に行って魔物の一匹を押さえておけばそれだけでもほんの少しでも勝率が上がるかもしれないじゃないですか。ほんの少しの差が勝敗を決めるかもしれない。ついていかない後悔をするよりは、付いて行ってやれることをやる方が全然いいんです」
クラッシュの反論に、勇者はもう一度フンと笑って、グラスの中身を一気に呷った。「お前のおかげで俺も親の気分を味わえてるよ」と言いながら。
空になったグラスに勇者が酒を注いでいると、ふとヴィルさんの目が開いた。
「母から了承を得た。今からログインするらしいから、マック、母をここまで連れて来てくれないか?」
「あ、はい」
目を開けるなりそう言ったヴィルさんに返事をすると、ヴィルさんはにっこりと微笑んだ。そしてその笑顔で、「ほら早く」と急かした。
920
お気に入りに追加
9,298
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる