これは報われない恋だ。

朝陽天満

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557、追憶の地の標

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「なるほど『追憶の詳細』ね」



 感心したように長光さんが呟いて、皆が地図を覗き込む。



「マック、今何枚使った?」

「わからないけど、多分150枚くらいだと思う。残り端切れ数枚だし」

「ってことは全部の地図が揃うのは何枚くらいでだと思う?」

「だいたい400くらい?」

「今何枚持ってる?」

「汚い布はまだ200くらいあるよ。さっきプレイヤーさんたちにもらったから」

「よし、全部キレイにするぞ」



 雄太に出せ、と言われて、つい勢いで全部出す。さっきよりもカオスな山になってる。布がハンカチにも満たないような小さい物でほんとよかった。これ、一枚タオルくらいあったら恐ろしい山になってたよ絶対。

 あとは工房に綺麗にした端切れがやっぱり数十枚くらいあったから、それも混ぜるとかなりの地図になるんじゃないだろうか。

 雄太と一緒にワクワクしながらMPを回復して魔法陣を描く。

 さっきよりも多い布を洗うためにひたすら祈りを唱えて、何とか布を白くする。さすがに息切れしそう。

 下まで綺麗になると、またしても布が光ってひと塊になった。さっきの大きくなった布が、更に大きくなった。



「右上がないくらいか。大分地図っぽくなったな」



 長光さんが感心したように呟く。

 確かに。

 グランデに掛かる辺りの右上部分が欠けているだけで、あとはほぼ地図が埋まっていた。そしてようやくわかった。布に描かれていた模様のようなもの。それは地形を表すものだったようだ。

地図を見ると、どこが山だったのか、どこが湖だったのか、それがわかるし、しっかりと国と国との間に境界線が描かれている。



「広かったんだな、この世界」



 ユキヒラが地図を見て唸る。

 そうだね。全体を見るとグランデは小さいよね。国としての土地は大きいけど、島国だよね。実際、島国だったからこそ魔の手から逃れることが出来たっていうことだろ。今は段々と侵食されて来てるみたいだけど。そうじゃなかったら壁なんか出来ないから。



「ってことはだ。もしかして、そのうち俺らもこっちの大陸に行くことが出来るってことか。すげえな。これ、メインストーリーじゃねえだろ。ADOってストーリーとか設定してないもんな」



 朗らかに言う長光さんの言葉に、俺と雄太とユキヒラは顔を合わせた。

 ユイたちにはどう説明してるのかわからないけど、雄太にはもう、ここはゲーム世界じゃないってことは伝えている。ユキヒラも、立場上、知ってる。

 だからこそ、長光さんの言葉に何も言えない。ちょっとだけ苦い物が胸に込み上げてくるのは気のせい気のせい。



「まあ、俺たちは行くよな、大陸」



 雄太がニヤリと笑って長光さんにそう返した。



「クエストでも貰ったのか?」

「ああ。勇者クエストだ。マックも似たようなもんで賢者クエスト貰ってるから行くんじゃねえ?」

「俺も刻の輔翼者クエストで行くことになると思う」



 ユキヒラも便乗するようにそう言うと、長光さんが驚いたように目を見開いた。



「すげえなあお前ら。俺、細かいクエストは色々入ってくるけど、そういうデカいクエストってあんまり入ったことねえんだよな。どうすりゃそういうクエスト舞い込んでくるんだ?」

「仲良くなることが第一条件。長光はどっちかって言うと鍛冶のおっちゃんとか職人たちと仲良くなってるだろ。だからそっちの依頼が来るんだよ」

「なるほどなあ。高橋君たちは勇者の弟子してるしな。どうやって弟子になったか、ってのは秘密なんだろ?」



 俺もメインに食い込んでみてえ、なんて呟く長光さんに、ユキヒラが呆れたような顔を向ける。



「別に内緒ではないんだけど、皆同じ道筋で勇者の弟子になれるかって言うとそれは疑問よね」

「うん。私たちはほんとに訳わからないまま勇者の弟子になっちゃったからね」

「もとを正せば、クワットロの雑貨屋からじゃなかったか?」

「そうだっけ」



 雄太たちの会話に、長光さんの目がキラリと光る。

 クワットロの雑貨屋に食いついたみたいだった。

 まあ、そうだよね。あそこに刻の輔翼者がいるからね。店主さんやってるからね。でも刻の輔翼者なんていう大業な名前が付いてる人がのほほんと店番してるのって、なんかよく考えるとシュールだよな。

 それを言ったら英雄の息子が店番してるってのもそれに当て嵌まる気がするけど。クラッシュは根っからの商人だから仕方ないか。



「そこってクワットロのどこら辺にあるんだ?」

「裏通りの、普段じゃ絶対に入れない区域」

「どうしてそんなところに行けるんだ君たちは」



 雄太の返答に長光さんは笑いながら突っ込んできた。

 それは、ヴィデロさんが案内してくれたからだよ。初めての馬車デートだったんだよ。

 思い出して顔がにんまりする。馬車のデートも楽しかった。最近では魔法陣の転移を使って移動してたから、デートって感じじゃなかったんだよね。またゆっくりデートしたいな。

 あ、でもお家デートもそれはそれで全然いいけどね!

 ヴィデロさんを思い出していると、雄太が俺の頭にチョップした。



「何旦那のことを考えてるんだよ」

「なんでわかるんだよ」

「顔が緩みまくってるんだよ」

「え、マジ!?」



 思わずハッと顔を押さえると、周りから笑い声が起きた。仕方ないだろ。ヴィデロさんのことを考えると自然に顔がにやけちゃうんだから。







「とりあえず、クエストはクリアしたわけだし、そろそろここを出るか」

「そうだな。それにしても、このダンジョン、次に入った時にはどうなるんだろうな。ラスボスはさっき成仏したわけだし」

「ここが崩れるわけじゃないし、墓地自体はここにあるんだから、通常通りダンジョンとして機能するんじゃねえ?」

「ちょっと面白いからまた今度来てみるかな」



 長光さんとユキヒラが先に進みながらそんなことを話しているのを聞いて、ハッとする。

 確かに墓地自体がなくなるわけじゃないし、きっと骨は今もこの下に埋まってるはず。でも、オランさんたちの同胞たちは既にいないんだよな。俺も気になるからまた来てみよう。雄太たちを誘って。

 進んでいくと、前の時と同じ文字が壁に描かれていた。

 そして、すでにユキヒラと長光さんはいなくなってる。ってことは先に外に出たのかな。

 俺たちも追い付こうと足を速め、壁に魔力を込めると、そこに違う文字が浮き上がった。



『追憶の地の標を持つ者 追憶の地の標を開くか否か』



 その文字を読んで、ドキッとした。

 ええと、待って。

 追憶の地の標って……どういうことなんだよ。



「マック? ほら、行くぞ」



 立ち止まって呆然としている俺に雄太が声をかける。

 いたって通常通りな顔つきに、その文字は俺にしか見えてないんだってことがわかった。

 これ、行くって選択したら、もしかして、追憶の地に跳ぶってこと……?



「……高橋」



 その文字の見える壁を見据えながら雄太を呼ぶと、雄太は俺に何かがあったんだと瞬時に察して、背中の剣に手を伸ばした。



「どうした」

「目の前に『追憶の地の標を開くか否か』って書かれた文字が見える」

「は?」



 雄太も他の仲間たちもハッと視線を俺が見ている方向に向ける。

 そして、首を傾げたり、視線を動かしたりして、何かを探す。



「俺たちには見えないが」



 もしかして、あの端切れの地図を持ってるからかな、と思って、俺はインベントリから追憶の地の詳細地図を取り出した。

 雄太がこれを持ったら、もしかしたら文字が見えるかもしれない。そう思って雄太に持たせてみると。



「うわマジか。ほんとに書かれてる」



 なになに、と三人が地図に手を伸ばして、その後驚愕の声を上げる。

 地図が標の鍵、なのかな。



「ねえ、行ってみる?」

「帰って来れなくなったらどうする? 死に戻っても転移したところにポータル置かれちゃったらこっちに戻ってこれなくなるけど」

「大陸のどこに出るのかもわからないから、転移魔法陣魔法でも帰ってこれるかわからないのか。これは……行ってみたい気もするけど、ちょっと怖いな」



 地図を握ったまま皆が話をしてるのを聞いていた雄太が、一言ポツリと呟く。



「今は行かない」



 本来だったら、一番最初に飛び出していきそうな雄太が、険しい顔をしてそう断言した。



「俺はADOをゲームとして楽しみたいんだ。でも、ここから先に行ったら、戻ってこれない気がする。一度時間を置いて冷静になるべきだ。マック」

「何」



 雄太は俺をちらりと見下ろして、地図から手を離した。



「今度、ヴィルさん連れてここに来るぞ。都合がいい日を訊いておいてくれ」

「わかった」

「あの人だったら、何かわかるかもしれない。何か気付くかもしれない。ゲームとして、そうじゃなかったとして、あの人に訊くのが一番いい気がする」



 雄太はやけに確信をもってそう言った。それはヴィルさんを信頼してるのかな。でも、確かにヴィルさんに訊くのは悪くない気がする。

 それにしても、雄太はやっぱり、ちゃんとこの世界がゲームの世界じゃないって、理解してくれてたんだ。そのことがなんだかすごく安心した。



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