これは報われない恋だ。

朝陽天満

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556、追憶の地って

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「マックはどんな文面がいいか考えて来たのか?」



 長光さんが俺を見上げる。

 結構ずっと考えてたんだよ。授業中も。

 でも、どんな言葉も薄っぺらい気がしてピンとこなかったんだ。

 オランさんにもどんな言葉を紡ぎたいか聞いてみたけど、オランさんは根っこのところが変わってないからまた縛ってしまうといって、ほぼすべて俺に丸投げした。



「んー……ほんとに思いつかなくて。骨はここに埋まってるんですよね。でも、さっきの文字のせいで魂までここで動けなかった、ってことでしょ」

「身体はここで、魂は解放、みたいな感じか」



 全員がうーんと頭を悩ませる。

 ちなみに、ユキヒラは改めて雰囲気が和らいだ墓地を見回して、何も出てこないのを確認して溜め息を吐いていた。前の時は小さい魔物が無数に大きな魔物を守るように出てきて、全て剣で瞬殺していたみたいだ。



「この場所に縛られることなく、天に還れ、とか」

「安らかに眠るな、ってのはヤバいか」

「それ、ここで暴れろって言ってるみたいだ」

「難しいな。どんな言葉がいいんだろ」



 皆口々にこういうのは、という意見を出すけれど、どれもこれもなんか違う感が満載だった。



「俺、ほんとこういうの苦手なんだよな」



 溜め息を吐くと、長光さんが「視点を変えるか」と立ち上がって伸びをした。



「綺麗な言葉にまとめようとするからダメなのかもしれないな。どっちかって言うと、マックが思ったままを彫るのが一番なんじゃないか? だからこそ、ここを託された」

「俺? なんか滅茶苦茶責任重大」

「クエスト受けてんのはマックだけだ。諦めろ」



 ユキヒラにポンと肩を叩かれて、俺は深いため息を吐いた。

 俺が思ったまま。



「……ここに埋められてるのは、人族に不当に扱われた獣人と、エルフたちでしょ……エルフがどうなのかはわからないけど」



 表面がつるつるになった綺麗な墓石を見て、俺はジャル・ガーさんの言葉を必死で思い出していた。



「獣人たちは、番っていうのは魂で繋がってるんだって言ってた。だから、ジャル・ガーさんがユイルを見た瞬間フォリスさんの生まれ変わりだって気付いてた。生まれ変わりっていうか魂の色が同じように見えるらしいけど。ってことは、大抵の番の獣人たちは生まれ変わってもまた、同じ人と恋に落ちて、寄り添うんだよね」



 案外獣人の村での番がそんなに多くないのは、ここで止まっている人たちが生まれ変われてないからなのかもしれない。そんなことが頭をよぎる。ケインさんはちゃんと奥さんがいるけど、ヒイロさんはいない。もしかしたらヒイロさんの番もここで縛られてるのかもしれない。今から生まれ変わったら歳の差が凄いかもしれないけど、でも。会えないよりは。

 俺が独り言のように呟くと、全員が黙り込んだ。



「魂よ 愛しき者の元へ還れ」



 身体は故郷に寄り添い、魂は愛しい者に寄り添え。



 俺の呟きは、長光さんの手によって、墓石に刻まれた。

 途端に墓石が光り、墓地全体にキラキラと光が舞う。

 その光は不思議と眩しいとは感じず、なぜか温かい様な、包み込まれるような、そんな感じだった。



「あ、そうだった。これ」



 俺は慌ててインベントリからアリオンにもらった花を出す。

 それをそっと墓石に供えると、光が集まって、手の形になった。

 その光の手が、花を拾う。

 そこから、段々と光が輪郭を描いていった。

 光は人の形となり、頭上には耳、長い尻尾があるのがわかる。

 光の人は花を目線まで上げて、香りを嗅ぎ、肩を震わせた。

 表情が見えないのが残念だ。多分笑ったんだろうことが、なんとなく雰囲気でわかる。



『       』



 言葉にならない言葉が響き、光は宙に消えていった。

 ついでに花も消えてしまった。





 しんと静まり返った墓地は、もう、入った時の様な不浄の空気はなかった。晴れた日に墓参りに行ったような感じで、憂いも恐怖も何もわかない。



「逝ったみたいだな」

「イイもの見た」

「これで、獣人さんたちも大好きな人と再会できるのかな」

「そうね……こういう光景は、何度見ても感動するわ」



 海里が目に涙をためている。そういえば前にルミエールダガーをくれた獣人さんと人族の人を見送った時も泣いてたっけ。

 これで、魂が輪廻の輪に還るってことでいいのかな。

 ホッと息を吐くと、ピロンとクエスト欄に通知が来た。



「あ、クエストクリアだ」



 早速開いてみてみる。



『北の地の魂を解放せよ



 北の地に眠るかつての王者の仲間たちが魔物と化して苦しんでいる

 魂を救済し、掲げられた墓標を破棄し、新たな墓標を掲げよ



 クリア報酬:追憶の地の標 獣人好感度上昇 追憶の地の詳細

 クエスト失敗:墓標内容を変更できなかった 魂を輪廻の輪に還すことができなかった ダンジョン難易度上昇 歯車の欠け



【クエストクリア!】



 北の地に眠った魂を解放することが出来た

 新たな墓標により、囚われた魂は天に還ることが出来た

 追憶の地の女王の満足度を一定数以上上げたため、追憶の地が追加



 クリアランク:S



 クリア報酬:追憶の地の標 獣人好感度上昇(大) 追憶の地の詳細地図 路の歯車入手』



 内容を読むと、皆が唸った。

 え、ランクSでクリアなんだけど。もしかして、あの花を渡したのがよかったのかな。もしかして懐かしかったのかな。

 人型の光が消えていった辺りに視線を向けて、手を合わせてみる。オランさんは今も元気で生きてるから、ユイルの様に生まれ変わってぜひ会いに行ってください。そう心で呟いて。







 それにしても、と長光さんはインベントリから汚れた布を取り出した。

 やっぱりというかなんというか、全員がまたも大量の汚れた布をゲットしたらしい。

 あの影は今度錬金してみるとして。

 またしても全員が布を俺の前に山積みにする。



「んで、これをどうやったら綺麗になるんだ?」



 雄太に訊かれて、俺は聖水を取り出して、一枚にかけてみた。

 布は綺麗さっぱり汚れが落ちて、『追憶の端切れ』が出来上がった。



「おお! 本当に綺麗になった! 何でだ!?」



 雄太が叫んだので、聖水のランクの問題だと教えると、皆が凄い目で俺を見た。



「そりゃマックにしか出来ねえ技だな」

「ユキヒラだって聖水ランクS作れるんじゃないのかよ」

「俺は作れねえよ。祈りのレベル上げてねえし、何より、高濃度魔素の水を作り出すことが出来ねえから」



 なるほど。ユキヒラは魔法陣魔法出来ないんだった。俺の祈りはかなりレベル高くなってるけど、普段から聖水茶を飲むようにしてるユキヒラもだいぶレベルが上がったんじゃないのかな。その疑問をぶつけると、ユキヒラは目を逸らしながら、それはいつも教会の見習いの人が淹れてくれるから自分では作ってない、と答えた。そっか、見習の人は祈りから始めるから。手始めには聖水茶は丁度いいんだ。なるほど。自分で淹れろよ。



「マック君、この汚い布の山を全部綺麗に出来る?」



 一人頭だいたい20枚くらい手に入れた汚い布。ユイはワクワクしながら俺にやってみて欲しいな、と促した。



「私も手伝いたいけど、聖水が市販のしか持ってないんだ」



 ごめんね、と謝るユイに大丈夫と答えると、俺は魔法陣から布の上に高濃度魔素の雨を降らせた。

 そして、祈り。

 雨はキラキラと輝きながら布に降りそそぎ、布は上から順に綺麗になっていった。これ、すっごく気分爽快になる。こんなにすんなり汚れが落ちるって気分いい。

 下の方まで綺麗になったので祈りを止めると、目の前で不思議なことが起こった。

 大部分の布がひと塊になって、その後一枚の布になって、ふわりとその場に広がったんだ。

 でもまだ残りの端切れもあって、何でこうなったのかわからなかった。

 大きくなった布を拾うと、それにはどこかの地図の様なものが描かれていた。



「これ……魔大陸の左側の地図だ……」



 前に見せてもらったことのある地図が目の前に現れていた。

 多分そうだと思う。この三角の小さい国、見覚えがある。

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