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531、乱入
しおりを挟む「侯爵様には、騎士たちが絶対に命を落とさないよう最大級に善処してもらうとして。魔物にやられて、劣悪ポーションしかなくて命を落としてしまった騎士さんたちのことは、王太子殿下と侯爵様はどう責任を取るつもりですか? ちなみに、王太子は魔物がどんなものかを全く知りませんでした。知らない上で、魔王もいなくなったんだから魔物退治もそんなに大変じゃないだろうなんていうクソみたいな理由で、予算をちょろまかしてたみたいです。侯爵様は、魔物のことはどれだけわかってますか? 誰かに守られて、後ろから見てるだけじゃ、魔物の脅威は全く分かりませんよ。ご自身で剣を取って魔物と戦ったことはありますか」
「いや……それは」
「高い壁と騎士に守られていただけですかそうですか。わかりました。あなたも一度魔物の脅威をわかった方がいいと思います。色々なことを多角度から理解すると、きっとあなたの器が深くなりますから。では、辺境に行きましょうか」
イライラゲージが増えていた俺は、エミリさん流で行ってみようかと侯爵に手を差し出した。
王太子の時はエミリさんが助けてくれたから本人は無事だったけど、俺一人で辺境にこの人を連れてったら助けるのは難しいんだけどね。
ちょっとは魔物の怖さを知って、魔物から街を守ってくれてる騎士の人たちの偉大さをわかって欲しい。
「こんな薬師の俺ですら、魔物と戦って魔物の怖さを知っています。それが、国の中枢を担う人たちが揃って無知っていうのはいただけないと思うんですよ」
『マック、ストップ』
さらにイライラに任せて口を開こうとしたら、インカムからユキヒラのストップがかかった。
それでハッとする。でも反省はしない。こいつとおっさんのせいでヴィデロさんたちは長年大変な思いをしてきたんだから。っていうか王太子一派全てどっかにやっちゃえばよかったのに王様何してんの。
王様だって、レガロさんからちゃんと国造りしろって忠告受けてたはずなのに、こんなのが中枢にいたら即座にとん挫するの間違いないだろ。
「マック殿。確かに私たちは、取り返しのつかないことをしてしまいました。もうこんなことがないようにしたいと思っていたからこそ、あの依頼をマック殿に出したのです。もう二度と、尊い命を散らさないために」
「それは、誰からの指示ですか?」
もしまた誰かからの指示だったら、その人を言い訳にして責任を逃れそうだと、思わず突っ込むと、侯爵は一瞬だけ目を細めた後に、「私自身の考えです」と答えた。
「報酬、日時、要相談ってなってましたけど、どんな内容を提示する予定だったんですか?」
「日時はもちろん、マック殿の都合の良い時に。報酬は、ウル老師から以前の報酬内容をお聞きしまして、150万ガルを想定しておりましたが、さらに上乗せもできます」
「以前の報酬は、講習料の半額でした。ありがたいことに、300人近くの人が参加してくれたのでその値段になっただけです。なので、同じ報酬内容ってところがまず勉強不足です」
「足りないと。もちろん、素材などはこちらで用意しようと思っておりましたが」
「その割にはウル老師に探させていましたね。あなた自身は依頼を出した以外に動かなかったんですか?」
「そんなことはありません」
テーブルの上にあった蘇生薬をそっとインベントリにしまい、俺はついつい溜め息を吐いてしまった。
すると、薬師棟の呼び鈴が鳴った。今日は千客万来だよ。
すぐさま弟子さんの一人が対応し、入り口が開かれる。
現れたのは、政治のヒーローアンドルース宰相さん、そしてその騎士ユキヒラ。
外が明るいから、後光が射してるように見えるよユキヒラ。流石聖騎士、かっこいい。
「失礼いたします。ウル老師に頼み事があってまいりました」
宰相さんがやんわりと俺たちに声をかけてくる。
さすがオープンスペース。気兼ねなく飛び入り参加できるね。
「これはこれは。宰相閣下、よくぞおこしになりました」
ウル老師が席を立って頭を下げる。
宰相さんが「そうかしこまらずに」とウル老師を座らせてから、視線を動かした。
「猊下、ご機嫌麗しく。御尊顔を拝見できて幸いです」
「宰相殿。ご丁寧な挨拶、おそれいります」
「マック殿も、お元気そうで何よりです。たまには王宮の方にも遊びに来てください。いつでも歓迎いたします」
「そうですね。是非ヴィデロさんと二人で遊びに行きたいです。そう伝えて貰えますか」
「了解しました。きっと喜ぶでしょうね」
「そうだったら嬉しいですけど」
宰相さんは俺とニコロさんに声をかけたところで、今気付いたよとでも言う様に、「おや」と声を上げた。
「これは、フレード侯爵ではありませんか。どうしたのですか、こんなところで。息抜きでしょうか」
「これはこれは宰相閣下。いいえ、息抜きではありません。大事な使命がありましたので」
「それは素晴らしいですね。どのような使命か、私にもぜひお聞かせ願えませんか」
一瞬だけ侯爵の眉が顰められる。
ニコニコとしている宰相さんは、すっかり椅子に座る気満々のようだった。
侯爵、もしかして断る口実を探してるのかな。でも、部外者はっていう言葉はニコロさんがいる時点で使えないし。
「そんな、お忙しい宰相閣下の御身を縛るほどの内容ではありませんので」
「大事な使命なのに?」
にこやかに揚げ足を取る宰相さんは、侯爵の相手にはならなかった。
ウル老師もすぐに椅子を勧め、弟子さんたちに新しい飲み物を頼んでいた。
宰相さんはウル老師の言葉に、早速椅子に腰を掛けた。ユキヒラはまるで本物の騎士みたいに宰相さんの後ろに立っている。ちらりと俺を見て、口元をニヤリと持ち上げた。
「ささ、お話の続きをぜひどうぞ。私の用事は終わってからでも十分間に合いますので」
「そ、それでは……ほ、報酬の話でしたね。マック殿は、どれくらいの値段をご希望か」
ニコニコ顔の権力者二人にガン見されながら、侯爵が口を開く。
「どれくらい……と言われましても、まず最初に言いますが、この講習、絶対に失敗します」
「なぜです」
「だってあの薬を作れる腕の人、ほぼいないですから」
「だからこそ、あなたが教えるのではないのですか?」
「うーん、なんていうのかな。侯爵様はやったことのない料理を、いきなりレシピを渡されて「さあ作れ」って言われたら、出来ますか? 結構手の込んだ料理を」
「それは……やってみないことには」
無理です、なんて言うと俺が言ったことが本当だったとわかるからそういう無難な答えを返すのかな、なんて半眼で侯爵を見ると、宰相さんが「それは、やらなくてもわかります。私には無理です。きっと食べれた物じゃない料理が出来上がると思います」と口を出した。
「実際簡易キットがありますので、やってみますか? 料理とか調薬とか。そういうレベルの問題なんです。ウル老師が最近やり始めたことを更に突き詰めて、腕をあげてからじゃないと、蘇生薬なんて作れない。俺だってまだまともな蘇生薬を作れてないんです。ウル老師が今必死で練習用に作っている物は簡単にランクSを作れるようになったのに、です。そういうことです」
「しかし、蘇生薬が世に流通するようになれば、きっと騎士たちの命も助かる率があがるのでは」
「そうですね。それは否定しません。でも、蘇生薬を使う状況っていうのは結構シビアなんです。魔物に上半身を食いちぎられたら蘇生薬じゃどうにもできないし、時間が経ってしまっても、蘇生薬は意味をなさなくなります。それに」
俺はいったん言葉を止めて、ちらりとユキヒラを見た。
握りこぶしを握って、胸の前でぐいっと腕を動かした。やっちゃえよって言われてる気がする。
「ここ大事なんですが、侯爵様がウル老師に探させていた素材は、この国では手に入りません。獣人の村に行かないと手に入らないんです。だから、まず蘇生薬を流通させるには、獣人の村と取引をして、素材を買い取らないといけないんです」
とはいえ、向こうではこっちのお金なんてあんまり価値がないから、大金を積んでも鼻で嗤われるけどね。
それに、この人は絶対に獣人の村に行けないと思う。だって獣人の村って聞いた瞬間顔を歪ませていたもん。
ユキヒラがくくっと笑い声を漏らす。
「マック、ダメだろ。王宮付近の頼み事はあの人がうんと言わねえよ」
「そうだね。威嚇と共に断られそうだよね。でも、侯爵様。そこは言い出しっぺの法則で、侯爵様が獣人たちと取引をお願いします。それでオッケーを貰ったらそこからこの話が成立します。獣人の代表は、東の洞窟から跳べる村にいる、獅子の獣人さんです。村長さんをしているので、その方と取引してください」
「ぶは、マックお前鬼か」
「何言ってんの。極まともなことを言ってるってば」
小声で「茶化すなよ」と文句を言うと、ユキヒラも小声で「だってお前、それ、どう考えても鬼だろ」って笑いを含んだ声で返って来る。
「もし、その獅子の獣人さんと素材交渉が上手くいったら、また相談に乗りますので、その時にもう一度声をかけてください。そして、そんな一大プロジェクトはもちろん個人名で出さずに国を代表して出してくださいね。もしかして俺を利用して誰かに取り入ろうとしてるのかってない裏を読んじゃいますから」
またしてもユキヒラがぶはっと吹き出した。
いいじゃん嫌味の一つや二つ。
「ちなみに、薬草講習料が1万ガルだとすると、蘇生薬講習料は20万ガルくらいにはなりますから」
「20万じゃ安いだろ。その後がっぽり儲けられるんだしよ、50万くらいの価値はあるんじゃねえ? それでも絶対に100人は受けるだろうし」
「だったら、もしこの講習を引き受けるとしたら、前金で2500万ガルってこと? だそうです、侯爵様」
侯爵の提示した額、すでに桁からして違ってますよ。2350万ガル上乗せって出来るのかな。
内心やっちゃったね、と思っていると、宰相さんが「何やら大きな額が動くのですね」と感心したように口を挟んだ。いいえ、この人は小さな額しか動かそうとしてませんよ。
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