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525、巻き込まれてないから
しおりを挟む「王子だ。王子がいる」
俺の呟きに、隣に立っていたモントさんが盛大に吹き出した。
だって白馬の王子っていうじゃん。こっちでは言わないのかな。
「王子ってより聖騎士の正装って感じだな」
「それはそれでかっこいい響きですよね」
「王子がかっこいいか?」
あの王太子をずっと見てきたモントさんにとって、王子はかっこいいという概念はないみたいだった。確かにあのおっさんはかっこいいとは言い難いよな。
ユキヒラはひらりと馬から降りると、モントさんに断って門の近くの柵に繋いだ。
「ようマック。そしてモントさんこんにちは。俺に用事があるとか」
「マックから話を聞いちまってな。まずは入れや」
モントさんに促されて、ユキヒラが家に入り、テーブルに着く。
モントさんは改めてお茶を淹れてくれた。
「『蘇生薬』講習を開けって?」
俺の話を聞いたユキヒラが、驚いたように声を上げる。
何であいつがそんなことを、なんて呟いていたから、やっぱりそれなりの人なのかな、なんて遠い目をした俺。
でも、でもさ。蘇生薬って上級調薬レベルと複合調薬レベル上げてないと成功しないんだけど。どれだけの人が『蘇生薬』を作り始められる位置にいるのかな。
輪廻は複合調薬レベルは順調に上げてるらしいし、農園関係の調薬レシピを教えたらそれで上級調薬にランクアップしたらしいから、出来ないことはないと思うけど。
開くのは悪くないんだけど、主催がねえ。
「まだ返事してないし、俺、貴族ってあんまり好きじゃないんだけどさ」
「ああ、前に揉めてるからな」
「断るの一択かとも思ったんだけど、ウル老師の名前が上がっちゃってるし」
俺が依頼書をテーブルの上に出すと、ユキヒラとモントさんがそれを覗き込んだ。
「ああ……老師、こんな話を振られたら飛び上がって喜ぶだろうな。薬師に人生を掛けてた男だから」
「やっぱり」
「まあでも、受ける受けないはマックが決めていいと思うぞ。こういう依頼の場合、ウル老師には『受けてもらえるかはわからない』って先に説明はしているだろうしな」
「いや……この侯爵の性格からして、断られるとは思ってないかもしれない」
モントさんの言葉を否定するように、ユキヒラが難しい顔でそんなことを言う。
マジかよ、と思わず呟くと、2人が顔を見合わせて肩を竦めた。
「もし心配だったらこの依頼の交渉をする場に一緒に行ってやろうか?」
「この侯爵、見た目穏やかで温和そうな話し方をするのに、絶対に自分からは引かないやつだから気を付けろよ。いつの間にやら依頼を受けさせられてる状態になるかもしれないからな」
「ええー、俺、交渉事とか苦手なのに。っていうかこれ、依頼受けても絶対失敗しそうなんだけど」
すっかり言いくるめられる未来が見えて、俺は溜め息を吐いた。
「失敗するってなんで」
「だって、これ上級中の上級レシピだよ。師匠あれだけささっと作っちゃったけど、俺、何本作っても未だにランクAがごくまれに出来る程度なんだよ。プレイヤーに教えるなら、レベル見えるからまだもっとレベル上げないと作れないって言えばいいけど、ウル老師のお弟子さんたちはレベルとかわからないじゃん。作れないとかなったら教えるほうが悪いとか言われそうじゃん」
「ああ……」
まずはスキルをゲットして、それのレベルを上げないと成功率なんてほぼないレシピなのに。
この侯爵が、ほんとに引かない性格だとしたら、全員が全員失敗して『蘇生薬』を作れなかったりしたら俺のせいにされそうじゃん。
「やっぱり断ろう。自分でもまだランクS作れてないのに教えるとか無理。ましてや作れない人に助言あげるとか、無理」
「まあ、丁度いい時期ってのはあるよな。マックなら講習をするにしてもなかなか上手いもんだとは思ってたけどな」
モントさんが俺を気遣う様に肩をパンパンと叩く。
でもね、でも、薬草の取り扱いと『蘇生薬』レシピを同難易度で考えちゃだめだよ。全然違うから。基礎と最上級ってくらい違うから。
それにしても、何で突然こんな依頼が来たのか。
「こんなことしてる暇ないのに」
「なんかあったのか?」
優雅にお茶を飲みながら、ユキヒラが俺に顔を向ける。
茶器を持つ手がなんか洗練されてる気がして、見れば見るほど王子様然としている。
外のユキヒラの姿を思い出して、思わず吹きそうになっていると、ユキヒラが音を立てずにカップを置いた。その動きもまた、作法とか習ってそうな動きでついつい肩が揺れる。
「もしかしたら、もうすぐラスボス対決かもしれないから」
「はぁ……?」
何せクリアオーブは揃ったみたいだから。いつ行くのかは、きっと勇者とセイジさんとエミリさんがサインを出すと思うんだけど。
そこらへんはクラッシュ次第っていうのが。
それにしてもユキヒラ、そんな間抜けな声を出してるけど、多分メインはユキヒラだよ。聖騎士だし。聖剣持ってるし。俺のは短剣だから主役にはなれないから、必然的にメインはユキヒラだよね。
雄太たちもいる『白金の獅子』もいるけど、止めを刺すのは絶対にユキヒラじゃないかな。だって他の人にその聖剣は使えないしね。
ユキヒラは少しだけ考えてから、ああ、と頷いた。
「とうとうセイジが集めたのか、クリアオーブ」
「正しくは、残り一つってところまで集まったんだって」
「どこ情報だよ」
「実家情報」
何せセイジさんの実家に住むクラッシュからの情報だから、正確だよ。
ユキヒラは再度首を傾げていたけど。
モントさんの所を辞してユキヒラと共に街を歩きながら、俺はフレード侯爵のもっと詳しい情報を貰った。
一言で言うと、見た目を裏切る結構な腹黒、らしい。だからこそ、王太子の近くで執権を握っていたとか。宰相さんとはあんまり仲良くないらしい。
「もしかして、俺が宰相さんの通行手形を持ってたりするから取り込もうとしてるとか、じゃないよね」
ふと思いついたことを呟いてみると、ユキヒラは遠い目で空笑いした。
あり得るかもしれないんだ。
「もしくは、例のあのお仕置きで腑抜けた王太子側から、宰相側に移ろうとしてるのかもしれないってところか。マックお前変なもんに巻き込まれてねえ?」
「巻き込まれてない」
だって依頼受けてないもん。巻き込まれる前に気付いてよかった。
なんて思いながら道を歩いていると、数人のローブを着た人たちが雑貨屋さんから出てきた。
「なんでロミーナちゃんの所に宮廷の薬師が来るんだ?」
ユキヒラがその姿を見て、怪訝な顔をしている。
「素材を買いに来たんじゃないの? あの雑貨屋さん魔物素材も結構豊富だし」
「そりゃ、ロミーナちゃんの店だからな。でも宮廷薬師だと、本来なら素材も王宮にちゃんと運び込まれるんだよ。だから、あのローブのやつらがこうして店に来るってのはちょっとありえねえんだ」
「え」
ユキヒラの言葉に顔を顰めていると、一人のローブ姿の人がこっちを見た。
あ、ウル老師だったのか。
俺と目が合ったウル老師は、目を輝かせて近寄ってきた。
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