これは報われない恋だ。

朝陽天満

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466、教育的指導

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 勇者は後ろをちらりと見て、俺たちのおかしな動きをその視線でとらえると、口元をニヤリと持ち上げた。



「殿下のその勇猛たる行動に、後ろの者たちも敬仰しているようだ」

「ふふ、お兄様にそんな豪勇さがあったとは感服いたしました。では、エミリ様」

「そうね。殿下がどれほどの腕前か、見てみたいわね。陛下もいかがかしら?」



 前に並んだ三人が、にこやかに偉い人たちを見る。

 あ、何か企んでるなって一発でわかる笑顔だった。



『ユキヒラ、そんなところでこんな面白いもんを見逃すつもりかよ』



 雄太がユキヒラに声を掛けると、ユキヒラから『今ちょっと場所移動してたから行くのちょっとだけ時間がかかるんだよ』なんて声が聞こえて来た。

 そうこうしている間にも、エミリさんはクラッシュを前に呼んだ。



「そうね……場所は、アルの活動範囲かしら」

「了解」



 クラッシュは一歩前に出て、王太子に手を伸ばした。



「御自身が勇猛であるとおっしゃるのであれば、この手をお取りください」



 優雅に微笑んで、王太子に手を差し出す。

 それを言われて手を取らなかったら俺は勇猛なんかじゃないってことになっちゃうよ。脅しかな?

 怪訝な顔をしながらも、王太子もさっきああ言った手前、クラッシュの手を取らないわけにはいかないらしく、恐る恐る自分の手を重ねた。

 それをがしっと掴んだクラッシュは、にこやかに王太子をエミリさんたちの所に連れてきて、「はい、行く人ー」と声を掛けて来た。

 行く人は俺に掴まってね、というので、クラッシュの服を掴む。雄太たちも勇者たちもしっかりとクラッシュに触れて、ちゃっかり宰相さんもそれに混ざっているのを確認している間に、クラッシュの転移で視界が変わった。





「辺境?」

「うん。ここら辺はまだ街に近いところだよ。じゃあ殿下、よろしくお願いします」



 クラッシュににこやかにそう言われて、王太子はわけが分からなそうな顔をしていた。

 そんなときに地図に赤い魔物を示すマークが現れる。



「あ、『高橋と愉快な仲間たち』は今日は見物ね。マックも」



 エミリさんにそう言われて、わけが分からないまま突っ立っていると、魔物が木の間から飛び出してきた。



「さ、殿下。その腕前を見せてもらえませんか? 大丈夫、辺境とは言っても、まだまだ壁の中。弱いですよ」

「は!? な、何で私が!」

「殿下は魔物を屠ったことがおありなのでしょう。騎士団も縮小して大丈夫と、思っていらっしゃるのなら、あんな魔物くらい一撃で倒すぐらいの腕はお持ちのはずですよね」



 エミリさんの無茶振りに、王太子が目を剥いていた。王太子はへっぴり腰でその場にしりもちをつき、腰の剣すら取ろうとしない。



「わ、私がここで魔物にやられたら、この王国を継ぐ者がなくなるんだぞ……!」

「殿下、そんなときにはいい物があるんですよ。マック、ちょっと売って欲しい物があるの」

「何ですか?」



 いきなりの指名に、エミリさんは可愛らしくえへ、と笑った。



「『蘇生薬』と、『ハイパーポーション』。そして『細胞補正薬』の三点セット」



 王太子の前でそれを言っていいのかな、と思いつつ、俺は苦笑しながらインベントリから言われた物を取り出した。

 それを手にしたエミリさんは、めちゃくちゃいい笑顔で腰を抜かしている王太子にそれを堂々と見せた。



「ほら殿下。とても素晴らしい物を買いました。これなら魔物に抉られても食べられても死んでも大丈夫。しっかりと復活出来ますよ。痛み軽減は残念ながらありませんけどね。さ、さくっとやっちゃってください」



 鬼や。

 鬼がいる。

 そしてその後ろにはニヤリと笑う魔王(勇者)がいて、その横には本当に楽しそうに笑うもう一人の鬼がいた。



「お兄様、ほら、エミリ様が各種幻の薬をお兄様のために用意してくださいましたわよ。さ、騎士団の方が少なくても全然問題ない魔物なのでしょう。さくっと殺られておしまいなさい。ねえ、あなた、アル。お願い」

「任されよう。義兄上。ご自身の発言、行動は、しっかりと責任を持つのが漢という者だぞ」



 王女様に何かを任された勇者は、王太子の首根っこを掴んで、いとも軽々しく、魔物の前に王太子を投げ出した。

 まるで、一度死んで来いとでもいう様に。

 でもね、丸ごと食べられちゃったら復活するのかどうか、俺は知らないよ。

 だって補正する細胞もないってことでしょ。

 目の前の鬼の所業を、若干青くなりながら俺は黙って見ていた。巻き込まれたくはないからね。



「うわあああああ!」



 目の前にごちそうが来たとばかりに、魔物がガウっと王太子の腕に食いつく。悲鳴を上げる王太子を見たエミリさんは、「言い忘れていましたけど、腕が残っていたら傷は一瞬で治るけど、腕を食べられちゃったら時間がかかりますからね」と笑顔で王太子の心に止めを刺していた。



「助けてくれえええええ! し、死ぬ、殺される!」



 王太子の叫び声が辺りに響いた瞬間、魔物の身体が千切れ、腕に食いついた頭共々光になった。

 一瞬だった。

 何が起きたかわからなかったけれど、クラッシュが「母さん今の魔法あとで教えて」と言ってたのが聞こえたので、エミリさんが魔法の一撃で魔物を消したんだということがわかった。

 腕を血だらけにして顔を真っ青にしていた王太子に近付いたエミリさんは、手に持っていたハイパーポーション、ではなく、普段衛兵たちに支給されている粗悪品を手にして、王太子の手に掛けた。

 しっかりと魔物の傷が残る状態で、少しだけ傷がふさがる。



「まだ痛いでしょう。今の攻撃なんて、日常茶飯事なんですよ。でも、あなたが配分するポーションじゃ、これしか傷が治らない。辺境ではこんなもの、あってないような物です」

「……」



 しりもちをついたままエミリさんを見上げていた王太子の前に、勇者も立ちはだかる。



「殿下、お前は、騎士たちに死ねと言っているに等しいことをしている。今日集まっていた者たちの嘆願、どれだけ本気で聞いていた。弱者の泣き言と聞き流していなかったか。魔物の前では、俺たち騎士よりお前が弱者だ。そこをわきまえ、国民一人一人の声をしっかりと聞くのが、王太子の役目ではないのか。それが出来ないのであれば、王も貴族も何もいらない。国民は王がいなくても生きていけるからな」



 フン、と鼻で嗤った勇者は、自分の荷物からハイパーポーションを取り出すと、もう一度王太子の噛みつかれた腕に掛けた。

 今度こそスッと傷が消えていく。



「これは、お前の元から送られてくるポーションではあまりにも役立たずだからと、俺がそこの薬師から買い取っている物だ。全く違うだろう。この国最高峰の腕を持つ薬師のポーションだ。これを俺の騎士団に使い始めてから、生還率は三倍以上に上がった。何せ一瞬で傷が治るからな。今までの物では逃げられる状態に回復するまでに魔物にやられていたのが、しっかりと回復できるようになったおかげで死ぬ者が激減した。この現実をその目で見ろよ」



 王太子は「痛くない……」と手を握ったり開いたりして、傷の全くなくなった自分の腕を凝視してから、勇者を見上げた。

 しかしすでに勇者はくるりと王女様の方を向いており、2人の視線が合うことはなかった。







 皆で王宮に帰って来ると、王太子は青い顔のまま、気分が優れないから、と奥に引っ込んでいった。

 王様は帰ってきた自分の息子に少しだけ視線を向けて見送ると、宰相さんに何があったかを話すよう促した。



「殿下は、ようやく現実を見つめられたようです。よき勉強でした」



 きっぱりといい勉強と言ってしまう宰相さんは、多分俺が思うよりずっとあの王太子に思うところがあったんだろう。

 なんかどこかすっきりした顔をしていた。



「その勉強の内容は」

「それは陛下の御耳に入れるような大層なことではありません」

「しかし、あれほど顔色が優れないとは」

「陛下は、殿下を甘やかしすぎです。とてもいい機会だったと思います。このような機会を作ってくださったジャスミン様には、いくら感謝してもし足りないくらいです」



 ビシッと言われて、王様もこれ以上訊けなくなったらしい。王様は口を閉ざした。

 「さて」と勇者は腕組みしたまま王様に視線を向けた。



「陛下、後ろの者たちを見てくれませんかね」



 勇者が顎をしゃくった先には、至る所から集まった騎士団長たちが直立不動で立っている。

 トレと辺境だけじゃなくて、どこも同じような状況だったんだろう、と、集まった騎士団の人たちが身に纏ったデザインの違う鎧を見ているとよくわかる。



「どうしてあんな無能な王太子に実権を握らせるんです? 陛下は16年前、俺たちを招集した際言った言葉を、お忘れになったらしい」



 勇者の隣に並んだ王女様、その隣にいるエミリさん。この三人は、16年前の魔王討伐に出る際に、実際に王様の言葉を聞いている人たちだ。

 俺たちが知っているのは、魔王討伐のその後だけだから、王様がどう言ったのかはわからない。

 騎士の人たちも、俺たちも、静かに勇者の言葉を聞いていた。



「私は、この国の閉ざされた真っ暗な未来を、光射す希望の未来にしたい。国民が、憂うことなく幸せに暮らせる世界にするために、そなたたちに希望を託すのだ」



 勇者は、王様に言われたであろう言葉を、紡いだ。

 王様、そんなこと言ってたんだ。闇に閉ざされた真っ暗な未来なんて、まるで、レガロさんが言っていたことをそのまま王様も感じてたみたいだよな。



「俺は、エミリは、サラは、ルーチェは、あなたのその言葉を信じて、魔王の元に向かった。陛下。あなたはどこで、道を逸れた」



 まっすぐに見つめられて、王様はその視線を受け止めた。

 全く感情のないような表情で。

 そして、一言だけ呟く。

 感情の籠らない声で。



「……未来に光は、未だ射していないのだ」



 王様は、少しだけ虚ろな目をして、勇者の問いにそう答えた。

 え、待って。何その答え。

 王様の言葉に、俺は耳を疑った。
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