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464、王女様は王女様だった
しおりを挟む半ば無理やり王宮内に連れられて入っていくと、近衛騎士団の人が待ち構えていた。
そしてこちらです、と案内しようとする。
「そちらは陛下の居られる場所ではありませんでしょう?」
「しかし、来てすぐに謁見など」
「出来ないとでも? 知りませんでしたわ。最近の陛下はとても国を回しているとは思えない仕事ぶりですもの。今もただ座ってじっとしているのかと思っておりました」
「ジャスミン王女様……それはあまりにも」
「誰も陛下に言えないのなら、私が言うまで。お兄様は相変わらず頭にお花が咲いているのでしょう?」
勇者を差し置いて一番前を歩いていた王女様が口を開く。
そして紡ぎ出した言葉に、俺は目をまん丸にした。
前に家に招いてくれた時とは全く違う、どちらかと言えば勇者寄りの威圧を醸し出し、顔つきまでどこか違っていたから。
そんな王女様を見ている勇者も、最初に会ったときみたいにバリバリ周りを威圧しまくっている。
ちゃんとあの威圧って引っ込められるから、これってわざとだよね。
周りをのほほんと歩く雄太たちをチラ見しながら、やっぱり俺にとってはこれは場違いなんじゃないかなって思う。
クラッシュのクエストは無事クリアが付いていた。あとで入金の約束をしたらそこでピロンと。
ホッとしたところで雄太に腕を掴まれて、有無を言わさず王宮内に連行された俺は、きっと変な顔をしてたんだろう。クラッシュが笑いをこらえていた。
「わたくしたちの前に、ここに沢山の者たちが来たと思います。その者たちは今どうしているのですか?」
「別室にて、待機していただいております」
「その別室とは、堅く冷たい石の小部屋、とかではないでしょうね。ということは、わたくしたちも同じように、陛下に楯突いたとして牢に入れられるのですか?」
「……ご勘弁ください」
近衛騎士の人は、冷や汗を流しながら王女様の言葉を聞いていた。
「ジャスミン、牢屋になんか入っても問題ないからどこにでも案内して貰えよ」
「あなた、わたくしたちはよろしくても、後ろを歩く者たちは何も悪いことをしていないのですよ」
「牢になど案内いたしませんので、ご安心ください」
ほぼ叫ぶように断言すると、王女様は満足げに頷いた。言質を取ったよ、って感じがするのは気のせいか。
ってかユキヒラは今どこにいるんだろう。宰相さんも。
とりあえずメッセージをユキヒラに送ろうとしてチャット欄を開くと、ユキヒラの名前が灰色に変化していた。あれ、とフレンド欄を見直す。するとそっちは白い文字になってる。ってことは、クエスト突入してチャットが使えなくなったってことか。
俺はそっとインカムを取り出して、耳に装着した。
それを見た雄太たちもそっと耳にインカムを装着している。
ユキヒラ、これ付けてるかな。
「ユキヒラ」
小さい声でインカムに呼びかけてみると、『ようマック』と返ってきた。
「今どこ? 何かクエストしてる?」
『ああ。だからチャット送ろうとしたら送れなかった。でも今は謁見の間の控室で一人だからインカム使えてる。マックは今どこにいるんだ?』
やっぱりか、と思いながら俺は自分の居場所を端的に説明した。
「今は王様の所に向かって廊下を歩いてる」
『はぁ!? 何で!?』
まあ、そういう反応になるよね。わかる。俺も未だに何でここを歩いているのかわからないもん。
でも雄太にがっちり腕を捕獲されてるし、少し遅れるとクラッシュがほらほら早くと急かしてくるしで、逃げることもできない。しかもだよ。雄太が押さえてるの、右手なんだよ。魔法陣も描けない。今回のことで学んだことは、右手は何があっても拘束されるな、ってことだよな。だって逃げれない。まだ何も始まってないけど。
『まあ、そういうのがマックだよな。今宰相が騎士団の団長たちと会議をしているんだよ。予算配分の嘆願だって話なんだけど、それがまとまったら王様も交えて話をするとかしないとか』
「あ、直接王様に嘆願しに行ったわけじゃないんだ」
『あのな。直接王様に言ったところで予算を決めるのはその下だぜ。王様はいいと思ったらハンコ押すだけ』
「……」
辛辣なユキヒラの言葉に、思わず無言になる。
国民のために、って、前の時は言ってたよな王様。
「騎士団の予算が削減されてるのって、王様の意志じゃないのかな」
ポツリと、本当に小さく呟いたつもりが、インカムはしっかりと音を拾い、インカムを付けてる人全員の耳に、その呟きが届いた。
だって、騎士団の予算削減なんて、消極的に国民を苦しめてることにしかならないじゃん。魔物がいるんだから。それから街を守るのが、街門騎士団でしょ。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていたら、いつの間にか謁見の間の前まで来ていた。
扉付近に立っている近衛騎士団に、俺たちを連れてきてくれた人が何か耳打ちすると、その立っていた人がさっと部屋に入っていく。そして、すぐに出てきて、奥の大きな扉の方に歩いて行った。
音もなく、大きな扉が開けられる。
こちらからどうぞという言葉に鷹揚に頷いた勇者は、王女様の手を取って、まるで舞踏会に行くかのようにエスコートした。
「おお、ジャスミン。久しいな」
王女様が部屋に入ると、奥から王様の声が聞こえてくる。
俺たちは少しだけお待ちを、と扉の前で止められている。
扉が開いてるから、中の様子はわかるんだけどね。目の前に槍が構えられていなかったら。
「お久しぶりでございます。この方と共にディエテ辺境街に移り住んで以来ですから、15年ぶりでしょうか」
「そうだな。しかし変わらず美しいな」
「お褒めに与り至極光栄に存じます。女とは愛されて美しくなるもの。わたくしはこの方に際限なく愛されておりますので、いついつまでも美しいままでいられるでしょう。陛下はずいぶん小さくおなりのようですね」
「小さく、か。確かに、私は小さくなったな……」
王女様。その言葉、無礼だなんだと突っ込まれないかな。
二人の会話は親子のそれのようでいて、雰囲気は全く違っている。
聞いていてすごくハラハラするというか、一触即発みたいな雰囲気を感じるのは気のせいかな。会話自体は全然そんなことないのに。
「ところでどうしたのだ急に王宮に里帰りしおって」
「急にではありません。本当はずっと、ここに戻って陛下と言葉を交わしたいと思っておりました。しかし、この方にずっと止められていて、それも叶わず。ようやくお目通りが叶ったこと、とても嬉しく思います」
「そうか。私もお前の元気な顔が見れて、とても喜ばしい」
「ありがとうございます。まずはわたくしの付き添いを外で待たせるという愚挙をせず、槍を下ろすように近衛にお声がけくださいませ」
「その者たちを通せ」
すぐに王女様の言葉を汲んだ王様は、すぐさまそう声を掛けて来た。
いやいや、遠慮したい。
槍を下ろした後、どうぞなんて案内しないでほしい。
ってか、ユキヒラ隣にいるんだよね。いつまで隠れてるんだよ。どうせなら巻き込まれようよ。
内心そう思っていると、ちらりと見慣れた鎧が廊下の片隅に映った気がした。じっくり見る前に謁見の間に通されちゃったんだけどね。
「ほう」
王様と目が合った瞬間、王様は口を開いた。
「宰相アンドルースの言葉は断り、彼の魔王を討伐した勇者の元に下ったか、薬師よ」
くだってません。
内心突っ込みつつ、無言を通す。ってか、こんなところで嫌味言わなくてもいいじゃん。
王様は俺から視線を外すと、今度は他の人たちを見回した。
見回して、今度はクラッシュの所で視線を止める。
エミリさんの息子だってわかっちゃったのかな。クラッシュ、尖った耳を隠したりしないし。
「そこの者は、英雄の息子か。大きくなったな」
「そうですね。あれから15年が過ぎましたし。ここは昔と変わらないですね」
「あれだけ小さかったのに、覚えているのか」
「うろ覚えですが」
もしかして、ここにエミリさんが来た時、クラッシュも来たのかな。ってことは、その時ここで交わした会話は全部覚えてるはずだ。クラッシュの小さいころからの記憶力って恐ろしい物があるもん。だからなのか何なのか。クラッシュの顔は作り笑い状態で、酷く冷たい雰囲気に見える。
「今日は母もここに来ていると思ったのですが、母は一体どこにいるのですか?」
「英雄なら、宰相と共にいる。それにしても、沢山の者を取り込んだものだ」
最後の呟きは、クラッシュに対してじゃないみたいだった。クラッシュも勇者の元にいるとでも思ったのかな。
勇者は王女様の手を取ったまま無言で王様に対峙している。
「御挨拶はそれまででよいでしょう、陛下。そろそろ宰相殿をお呼びくださいませんか。こちらも暇ではないのです。こうしている間にも辺境に大きな魔物が現れたら、下手するとこの国が滅びてしまいますからね」
にこやかにそんなことを言う王女様に、普段と変わらない表情の王様は玉座の近くにあったベルをリリン、と鳴らした。
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