454 / 830
451、師匠何やってるんですか
しおりを挟む「これを見てくれ」
ヒイロさんが取り出したのは、リルの実。
え、まだ残ってたんだ。
ヒイロさんは口元に布を巻きつけると、器用に爪でリルの実を真っ二つに割いた。
そして中から大粒の種を取り出して、それを近くに置いてあったカップに入った緑色の液体に浸した。
液体に浸された種は、まるで動画を早送りしたかのように発芽して、シュルシュルと伸びていく。テーブルを這った蔦は、みるみる花を咲かせて、その後実になって落ち着いた。
その実は見た目はリルの実だったけれど、鑑定眼で見ると、全く違うものになっていた。
『ホーリーリラの果実:甘みの強い果実 状態異常解除確率75% 中毒成分15%含有 聖水の成分により中毒性が緩和されている』
説明を読んで、思わず声が出る。
「師匠、何これ……リルの実じゃ……」
「リルの種から出来てるのは確かだ。こっちの実の方はリルの実だからな。でも違うんだよ。面白いな。モント、これ、どう思う?」
「これは薬草茶か? いや、キラキラしてるから聖水茶か。何でそんなもんで種を育てようなんて思ったんだよヒイロ」
緑色の液体の匂いを嗅いで、モントさんが眉をしかめる。
確かに、何でこんなもので育てようとか思ったんだろう。チャレンジャーにもほどがあるよ。
「育てようなんて思ってねえよ。ただちょっと聖水茶を飲みながら作業してたら、種がな」
ヒイロさんはその種を掴んだ仕草を再現しながら、「ぽろっと聖水茶に落ちちまってな」と告白した。
今、すっごくなんてことないように言ってたけど、ヒイロさん何恐ろしいことしてるんだよ。
でも「聖水の成分により」とか書かれてたから、聖水であればリルの実にはならないってことかな。
ムムムと唸りながら考えていると、ヒイロさんが更なる爆弾発言をした。
「これな、食ってみたんだけど、普通に美味いんだ」
「はぁ!? 師匠何やってんですか!?」
「ヒイロ、お前……!」
俺とモントさんに詰め寄られて、ヒイロさんはたじたじと身をそらした。
だって食えそうなら普通食うだろ? とか言ってるけど、普通は危ない物は食べないから。
「んで、器もこの大きさならこれくらいにしか広がらねえことがわかったんだけど、普通の水で育てるとやっぱヤバいのが出来るから、実の扱いはモントに任そうと思って呼んだんだけどな。これ、育てねえ? 食ってみろよ。美味いんだよ」
ヒイロさんは今育ったばかりの実をもぐと、爪で割いて、半分ずつ俺たちに渡した。
甘い香りが鼻をくすぐる。
リルの実とはまた違った香りだったんだけど、あの魔物の状態を見たあとじゃまったく食べる気にならないよ。怖いもん。
モントさんも同じようなことを思ったのか、渡された果実を手に、固まっていた。
「種はたんまりあるんだよ。そんでな、一度改変すると、それからは種も『ホーリーリラの種』になるから、多分普通に育てられるはずなんだよ。まだそっちは試してねえんだけどな。これ、育て方は極秘で農園で育てねえ? 簡単に育つってわかっちまったら商品価値ってのがなくなるんだろ?」
な、とヒイロさんに言われて、モントさんは顔を顰めたまま、一口だけ実を齧ってみた。
「確かに美味いな。今までにない味だ。でもな、ヒイロ、考えてみろ。例えば農園からホーリーリラの実を買ったやつがいたとするだろ。食い終わった後の種を捨てる。捨てた種に偶然水がかかる。そうするとそこから育つぞ。下手すると他の植物を押しのけて育つほどの生育力だ。すぐに国中に蔓延しちまう。しかもそれが器内じゃなくて、地面になんて落ちてみろよ。さっきようやく全部消してきたリルの実みたいに一瞬で周りを脅かすほどに育つから、種を俺らの所には持っていけねえ。お前さんもあんまりにも簡単に育つからって他のやつに見せられねえと思ったんだろ」
「……まあ、そうなんだけどもな。はぁ、やっぱりここで一人でそっと育てることにするか」
「育てるのかよ」
「ああ。だってなんか食いたくなるだろ」
だって美味いから、なんて簡単に言ってるヒイロさんに違和感を覚えて、俺はもう一度手のひらにあるホーリーリラの実を鑑定眼で見てみた。
中毒成分含有、15%。
中毒成分。
……これだよ。
「師匠それ中毒になってません? この実、中毒成分少しだけ含んでるんですよ」
そうなのか、なんて言ってるヒイロさんはまるっきり自覚がなかったので、俺はさっきリルの実の中和剤を作ったのと同じ方法でホーリーリラの中和剤を作ってみることにした。まだ素材も残ってたし、目の前に新鮮な実があるし、ひたすら作ってたせいか身体が動きを覚えていたので、ホーリーリラの中和剤は結構簡単に出来た。
出来上がったばかりのそれをヒイロさんに差し出すと、ヒイロさんは中毒になんてなってねえのに、なんてブツブツ言いながらもそれを飲み干してくれた。
「なんかスキッとした」
「まだこの実を食べたいですか?」
「んにゃ……そうでもねえな」
ヒイロさんの答えに、俺もモントさんもがっくりと項垂れた。やっぱり中毒症状出てたじゃないですか。
もしかして報酬の新果実ってこれか。こんな怖い物か。育て方を世に流しちゃダメなやつだよこれ。誰かが面白がって湖とかに種を捨てたらなんて考えたらぞっとする。湖が器になったら、どこまで蔦に絡まれるか。こんな小さなカップ一つでテーブル一面蔦に絡まれるのに。
「……師匠、ふと思ったんですが、蔦に付いてた種は全部枯れたんですけど、森の中で踏んだりして地面に落ちた種って、また育ったりしませんか……?」
「……育つんじゃねえか? ってことは」
また同じことが繰り返されるかも! と俺たちは慌てて立ち上がった。
火で消滅させたところは大丈夫だけど、そうじゃないところはなんかヤバいと思う。
リルの実を枯れさせたところは周りの雑草も大分枯れてるから種探しもそこまで難しくないとは思うんだけど。
外に出てみると、集まっていたプレイヤーたちはそれぞれ楽しそうに獣人さんたちと交流していた。
「でも師匠、拾った種をそのまま持ってかれたらヤバいですよ」
「じゃあ異邦人たちには頼めねえか?」
「ここに来たってことは信用できる人だとは思うんですけど」
「んじゃ頼む。ここで疑っちまうと信頼関係築けねえだろ」
ヒイロさんは皆の注意を引きつけるために、すうっと息を吸って、空に響くようにケーンと一声鳴いた。
皆がびっくりしてヒイロさんに視線を向けると、ヒイロさんは「聞いてくれ!」と声を出した。
「さっき蔦を消した場所に、こういう種が落ちてなかったか? 一つでも落ちてるとまた同じことが繰り返されるんだ。頼む、その種をひとつ残らず探してくれねえか? もう辺りも暗くなってきたし、さっきので疲れてるのはわかるんだけど、頼むよ」
この一言で、もう一度蔦のあった場所の探索をすることが決まった。
草がもさっと生えていた森は、ふたりの獣人さんの手腕により、雑草が一掃されたおかげで、種は探しやすかった。
雑草が一掃されたときは、とても圧巻だった。
獣人さんが何かの魔法を詠唱した瞬間、森の中の背の高い草が一斉に切られて、地面に落ちる前に炎に巻かれ、森が一斉に明るくなり、一瞬で炎が消えた。
風魔法と火魔法の連携らしい。
どんな魔法を使って今の連携になったのかは全くわからない。でも、木は燃えることなく、切られた雑草だけが綺麗になくなった。灰すらないから、それも何かをしたんじゃないかと思われる。魔法すげえ。ユイはワクワクした顔をして、私もやってみようなんて呟いてたから、どんな魔法を使ったのかわかったらしい。って言うかユイすげえ。
二時間ほどかけて、蔦のあった場所全てを皆が捜索し、集まった種は全部で21個。
全てを回収したヒイロさんは、皆にお礼にと、秘蔵の調薬アイテムを配っていた。
湿布とか泥酔解除薬とか。でもヒイロさん、それ、俺が作っておいてたものじゃないですよね。まさかね。でも俺には渡さなかったことを見ると、もしかしたらもしかするのかも。全く。
皆見たことないアイテムを貰って、疲れも吹き飛んだ顔をしていた。
これでようやく本当に獣人の村の問題は解決、ってことかな。よかった。
790
お気に入りに追加
8,993
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる