これは報われない恋だ。

朝陽天満

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438、掲示板は見ない!

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『結婚おめでとう。素敵なプロポーズだった』

『お前、前のプロポーズの方がよっぽどよかったぜ。なにナンパしてんだよ』

『マックくんおめでとう。お祝い送るね!』

『門前で公開プロポーズとか、やるじゃない。私も負けてられないわ』



 名残惜しく門前を離れて、工房に戻って調薬を始めたら。

 次々とこんなチャットメッセージが送られてきた。

 相手は『高橋と愉快な仲間たち』の面々だった。え、待って、何で知ってるんだよ。

 呆然としたことで、シックポーションになるはずだった素材は黒い塊と化した。

 何で知ってるんだよ、と返すと、俺の掲示板が賑わっているらしい。



『詳しく教えてやろう。マックの『へい兄ちゃんちょっとそこまで婚姻の儀を受けに行かない?』から端を発した一連の流れを……』

『本人に教えてどうするんだよ! っていうかそんなこと言ってないから!』



 雄太からのメッセージに思わず突っ込みを入れると、『周りの状況が全く分かってなそうだし、お前自分の掲示板全っ然見てないだろ』と雄太から返ってきた。

 見てないよ。見たくないよ。なに書き込みされてるかわからないから怖いし。

 っていうか最近のADO内の情報伝達の速さが恐ろしい。

 溜め息を吐いてチャット欄を閉じ、目の前の黒い物体をしまい始めた俺は、他にも俺の掲示板を見ている人がいるということをすっかり失念していた。

 そして。



「やあ健吾。うちの弟をナンパしたら本気になられてしまったんだって?」



 いきなり隣のヴィルさんの家と繋がっているドアが開いたと思ったら、笑いながらヴィルさんがやってきた。

 そしてその言葉のあまりの内容に、思わず半眼になる。



「何ですかそのそこらへんに山ほどある漫画の内容みたいな展開……」

「いやあ、ちょっと外部受注の仕事が忙しすぎて息抜きしようと思ってとあるサイトを開いたら……息抜きどころか度肝を抜かれたというかなんというか。君も弟も豪胆だな。人目を憚らずプロポーズとか。それで、もう一緒に婚姻の儀、という物は受けに行ったのか?」

「っていうかそれ、ほんとについさっきの話なんですけど! 何でそんなに出回ってるんですか!」

「今やマック人気は一部プレイヤーたちから絶大な物があるからな。健吾の作るハイポーションとそれ以上のすっごい薬、前線にいる者はだれでも注目してるぞ」

「……」



 思わずがっくりと肩を落とす。

 前線の人たちって……トレを通り過ぎる人が一時期気にする程度だと思ってたのに。



「一度覗いてみることをお奨めするよ。なかなかに面白い」

「絶対に遠慮します!」

「何、悪口が書かれてないか気にしてるのか? 大丈夫。誹謗中傷の言葉が入るコメントは運営のSNSの管理をしている者が即消すから。それに俺も見つけ次第通報しているし、そのコメントを残したプレイヤーのIDはチェックされてグレーリストに載るから大丈夫。荒らしはいないよ」

「そういう問題じゃないんです……!」

「ああ、褒められるのが慣れてないから照れくさいのか? 大丈夫、俺が健吾の人となりと技術は保証する!」



 自信満々に保証されてしまって、俺はがっくりと肩を落とした。

 違うんです……誰が好き好んで自分のことが書かれたSNSが見たいのかって話であって、誹謗中傷……は嫌だけど、褒められ慣れてないとかそういうことではないんです。

 それにしても、誹謗中傷は運営の手で消されるんだ。もしかして、あのADO の膨大な掲示板を隈なく見て消していく部署とかあるのかな。うわあ……大変そう。

 遠い目をしていると、ヴィルさんが腰に付いているちいさなカバンからカップを二つ取り出した。湯気が出ている。



「まあ、とりあえずお茶を持ってきたから一杯やらないか?」

「あ、ありがとうございます」



 飲み物の入ったカップをカバンから取り出す違和感に苦笑しながら調薬の部屋からキッチンのテーブルに移動して、ヴィルさんに差し出されたカップを受け取る。

 湯気とお茶の香りがホッとするなあ、と思いながら口に含むと、少しだけ苦い味が口に広がり、その後すっきりした後味が残った。



「うーん、やっぱり健吾の様においしいお茶を淹れるのは難しいな」



 ヴィルさんも、その苦みが気になったようで、少しだけ眉を寄せた。



「そうだ健吾、今度日取りを決めて、植物の種をこっちの世界に送ることになった。これが成功すれば、生物の転送も、果ては人体の転送も夢じゃなくなるかもしれない」

「え……ほんとですか?」

「ああ。ただ、成功するかはわからない。母がこの世界に来た時、帰ってきた時とは全く別の状態で繋がっているらしいから。そこらへんは母ほど詳しくはないんだ」

「俺も詳しく聞いたところで理解できるとは思わないですが」



 俺がそう答えると、ヴィルさんは少しだけ笑った。

 理解している人がいるとしたら、それはあの狼の獣人くらいだろう、なんて呟いている。確かにジャル・ガーさんなら魔素の流れを読めるから、違いとか分かりそうだけどね。



「今まで、生物以外の物の転送は成功している。でも今度は植物とはいえ命あるものだ。色々と精査したいんだ。そこで健吾にお願いがあるんだ。当日、こっそりうちの母をあの洞窟に攫ってきてはくれないか? 種子を送る前に、それを調べるための機械を転送させるから、それを母の手に渡したい。母の手以外には渡したくない、と言い変えてもいい。それを使って種子の状態を調べて、機械を母の所で管理してもらうようになるんだ。こちらの世界にはない技術を使っているから、世に出てはいけない物だからな」



 ふっと真顔に戻って口を開いたヴィルさんの言葉に、俺は息を呑んだ。



「アリッサさんって、あの建物から出ないって宰相さんと約束していたんじゃ……」

「そう。だからこそ転移で攫ってきて欲しいんだ。帰りも転移で大荷物を抱えて母を戻して欲しい。まだこの転送のことは宰相に伝えてはいないらしいから、本当に俺たちと獣人たちだけのやり取りなんだ。俺的には、人族の方にはあまりバレてはいけないと思っている。実用化され、安全が確保されて初めて、しかも打ち明ける先は吟味して、納得がいってから打ち明けるべきだとな。まあ、俺がゴーサインを出したから、もしかしたら健吾はもう高橋君には伝えているかもしれないが。プレイヤーならまだしも、この世界の上の身分の人たちにはあまり言ってはいけない。たとえ宰相の人となりがなかなかの好人物だとしてもね」

「雄太には、この世界がゲームじゃないってことしか教えてないです。ヴィルさんの研究内容だから、そんな簡単に人に教えちゃいけないって思って」

「そんなことを思ってくれる健吾だからこそ、俺は秘密を明かしたようなもんだよ」



 満足したように頷くヴィルさんは、今日程を調整中なんだと教えてくれた。でもゲームフェスタが終わらないとアリッサさんの手が全く空かないから、それ以降になるのは間違いないらしい。



「もちろん、健吾たちが『婚姻の儀』を受ける日にバッティングさせる気は全くないから、日取りが決まったらすぐに教えてくれよ。お祝いは何がいいかな。弟は何を贈られたら喜ぶと思う? 部屋一つじゃあまり喜んでくれなかったんだ」



 さっきまでの真顔とはうって変わってウキウキし始めたヴィルさんは、早速探しに行こうか、と俺の手を掴んだ。

 え、待って、俺も行くの?

 そう言おうと思って、ふと顔を上げると、とても楽しそうなヴィルさんの顔が目に入って、俺は口を開くことが出来なかった。

 俺は手を引かれるがまま、工房の外へと連れ出されたのだった。

 もちろん道では手を放してもらったけどね。なんでも、手を繋いでいるところを他のプレイヤーに見られると、マック浮気説が浮上してヴィデロさんに殺されそうだから、だそうだ。

 あああ、やっぱり俺、掲示板は見ない。絶対に見ない。怖い。



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