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425、取り調べ開始
しおりを挟むそれから四日後、アルルの家に様子を見に行った俺は、2人を鑑定眼でしっかりと調べて、『病巣消滅』の文字を見つけてほっとした。ピロンとクリアの通知も来て、ちょっとだけ泣きそうになったのは内緒。
ホントに完治したんだ、と抱き合って涙する三人を見つめて、ただただ溜め息を呑み込んだ。
薬代はと聞かれて、失敗から出来上がった薬だから、と報酬を濁して誤魔化してアルルの家を後にすると、一緒に出てきたスランさんが俺の背中をトン、と叩いた。
「俺たちのエゴで報酬なくなっちまって、悪かったな。そうだよな。ちょっと考えりゃ、あくまで偶然出来た薬からなんて、金とれねえよな……。俺が言い値で払う。どれくらい払えばいい?」
スランさんが真顔でそんなことを言い出した。
ああ、報酬の話はスランさんがいないところでした方がよかったのか。
「いりません。だってヴィデロさんのために考えてくれたんでしょ。最高の報酬はそれです。スランさんの立場だって結構ギリギリの所にあるはずなのに、それでもヴィデロさんを優先してくれるだけで」
「マック……」
感極まったようにスランさんが俺を見下ろしているけど、俺にとってはこれが当たり前だから。それよりも、また次に何か病気で苦しむ人が出てきた時に大手を振って助けられないのは少しだけキツイ。やっぱりヒイロさんに聞いてみよう。
辺りはまだ夕方で、夕日が並んだ家をオレンジに染めている。
ポツポツとすれ違う人たちは皆、裏の居住区で生活している人たちで、のんびりと立ち話をしていたり、せわしなく家に向かって帰って行ったりしている。中には子供の手を引いて歩いている人たちもいて、ここが本当のこの世界の日常なんだというのがわかる。
「あらスラン君。今日もキリの所に行ってたの? どう、キリたちは」
立ち話をしていた一人の奥さんが、俺たちを振り返って声をかけて来る。少し心配げに顔を曇らせているから、きっと奥さんと仲がいいんだろうなと思わせた。
「もう大丈夫。明日から普通に生活できるよ。もうベッドの上の生活は嫌って言ってたから、お茶でも飲みに行ったらどうだ?」
「ありがとう。明日にでも顔を見に行くわ。それにしても、体調崩したにしては長かったわね」
「そりゃ、普段の疲れがたまってたんだろ」
「そうかもねえ」
溜め息を吐いてからまた他の人との会話に戻った奥さんに、俺は視線だけ向けて、小さく頭を下げる。全員に手を振ってもらいながら、俺たちは衛兵詰所まで戻ってきた。
実は居住区の人たちには、スランさんは「二人はそろって体調を崩してうちの両親が面倒を見ている」という何とも曖昧な説明しかしなかったらしい。だんだん二人に誤魔化しを重ねさせていってる気がしてほんと胸が痛い。しかもそれがヴィデロさんのため、っていうから俺は何も言えない。だってヴィデロさんのためだったら俺だって平気で嘘くらい吐くもん。
「ところでマック。ちょっと寄ってってくれないか? うちのお偉いさんが聞きたいことがあるって言っててな……気は進まないが」
「大丈夫ですよ。全然問題ないです」
打ち合わせ内容を思い出しながら頷くと、スランさんは本当に申し訳ない、という顔をして詰所の中に俺を案内してくれた。
門番さんたちの詰所とは違い、最初から休憩所みたいな広い部屋があるわけではなく、長くて広めの廊下が奥まで続いている。
スランさんは一度手前のドアから顔を出して「奥行ってくる」と声を掛けると、さらに廊下を奥に向かって進んでいった。
一階に色んな部屋が詰め込まれていて、衛兵さんが住んでいるのは3階から上なんだって。でも半分くらいは所帯持ちだから居住区に家を持ってるとか。
薄暗くなった廊下を突きあたりまで進むと、スランさんはそこにあったドアをノックした。
「常駐兵スラン、薬師マック殿を連れてまいりました」
「入りたまえ」
部屋の中から返事が聞こえると、スランさんはドアを開けて、俺に入るよう促した。
「失礼します」
頭を下げてから部屋に入ると、そこには衛兵の制服を身に着けた厳格そうな人と、立派な服の貴族みたいな人が並んで座っていた。
スランさんも後ろから入り、ドアを閉める。
「どうぞ、座ってください」
貴族風な人に促されて、俺は頭を下げてから腰を下ろす。
スランさんは俺の斜め後ろで綺麗な姿勢で立っていた。
「では改めて……この度は『コウマ病』を治す薬をたまたま作り出し、それを使って裏の夫婦を治したとか。ありがとうございます。して、経過の方はどんな感じでしょうか」
「今日完治しました。あとは普通の生活に戻れます」
「それはそれは……重ね重ねありがとうございます」
椅子に座ったままだったけれど、貴族は躊躇うことなく俺に頭を下げた。しかも深々と。貴族でもこんな風に頭を下げるのかと内心驚いていると、顔を上げた貴族がスッと目を細めた。
「その薬は量産が不可能、という報告を受けているのですが、それは本当ですか?」
「はい」
質問にしっかりと頷く。だって本当のことだから。俺一人しか作れないから、量産なんて無理無理。また作ることが出来るのですか、と訊かれたらちょっとだけ躊躇うところだったけど。
何せ俺は嘘を吐くのが下手くそだから。顔に出るって雄太に言われたから。
「それは残念です。この国では、毎年5人から10人の者が『コウマ病』で亡くなっています。その方たちを治せるなら、と思ったのですが」
「すいません」
俺が素直に謝ると、貴族は片眉を上げた後、「いえいえ」と顔の前で手を振った。
「それはこちらの希望ですので、薬師様のことを非難しているわけではありません。ただ、残り少なくなったこの世界の人口の減少が、少しでも歯止めになればと思わずにはいられないだけなのですから」
肩を竦めつつ、その人はちらりと俺を見た。
う、と思わず眉を寄せそうになる。
「仕方がありません。死か寝たきり、どちらかにしかなりえない病気が治ったというその奇跡だけでも喜ばないといけませんね。そうですよね、騎士団長、そしてそこの騎士君」
頷くでもなく、スランさんはスッと目を伏せた。
その動作をしっかりと見ていたらしいその人は、「しかし偶然とはいえ、トレ街の住民の命を救ってくださったんですから、お礼をしないといけませんね」とにこやかに切り出した。
「聞けば、そちらの薬師殿はトレの街に工房をお持ちだとか。もし更なる発展をお望みでしたら、私の普段住んでいるセィ城下街に工房を作るお手伝いをさせてくれないでしょうか」
「すみません、セィ城下街に工房を作る気はありません」
貴族の申し出を、俺は一瞬ですっぱりと断っていた。それは前に宰相さんにも言われてその時も断ったことだよ。更なる発展なんて望んでません。腕は磨きたいけど。
まっすぐ断った俺を、貴族の人は驚いたように見つめた。
「これはこれは……それはどういった理由で、とお伺いしてもよろしいでしょうか」
「セィ城下街で工房を出すメリットが俺……私にはひとつもありません。それよりも権力による横やりなどでデメリットしかないとすらいえます」
「権力……そうですか。疑われてしまったわけですね、私は。それは心外としか言いようがありません。ただ、向上心のある若者の後押しをしたいと思っているだけです」
「私は、『草花薬師』です。この意味はおわかりですか。私にはすでに、背中を支えてくれる力強い味方がいます。ですから、更なる後押しは不要、と言っているんです」
表情を改めて、俺は貴族から視線を外すことなく答えた。
貴族は俺の言葉を吟味するように少しの間口を閉じた。
その間に、貴族の隣に座った騎士団長が割り込むように口を開く。
「その薬、まだありますか?」
「いえ、丁度二本だけだったので、もうありません」
これもスランさんたちと打ち合わせた事。もし提出と言われたら、断るのは一苦労だから、と。
「そうですか。わかりました。よければその後の治療内容を教えていただけませんか」
「隊長、それは私から。薬師殿は薬を処方してくださったのであって、看病をしていたのは違う者です。後で報告に上がってもよろしいでしょうか」
「いいでしょう。それでは子細状況はスランに聞くことにしましょう。ところで薬師殿。最近街門騎士団のポーションがとても質が良くなったと聞いたのですが」
「門番さんたちのですか?」
話が一区切りついたところで、いきなり話題転換をしてきた騎士団長を少しだけ訝しく思いながら貴族から視線を動かすと、騎士団長はその落ち着いた茶色い目でただ俺を見ていた。
騎士団長がどんなことを俺に期待しているのかは全く分からなかったけど、これは答えないとだめだよなあ。
うーん、と考えてから、「すごくよくなりましたよ」とにこやかに返事した。何せ俺のハイポーションを卸したからね。
もしかして衛兵さんたちの回復薬も最悪な状態なのかな。
「最近では門外に普段は出てこないような魔物も稀に跋扈していると聞きます。私たちは主に街の中なので、魔物の強さがそこまでわかるわけじゃないのですが、もしや魔の大陸の魔の手がこの国にまで伸びてきているのでは、と一部では囁かれています。ですので、安心しました。前に街門騎士団の方々と協力して行動したことがあるのですが、その時はまだ、ポーションの質がとても粗悪品だったのを記憶していたもので。街門騎士団の上層部を少しだけ非難したものです。ですよね、スキャナ伯爵」
「あ? あ、ああ、そんなことを言っていた時もあったな」
「あの時は私達も似たような感じでしたが、このスキャナ伯爵が口利きをしてくださったので、少しだけ待遇が良くなりました。きっと、街門騎士団もそうだったのでしょうね。聞けば、辺境の街門騎士団も粗悪品から今までならありえないほどの高性能な回復薬を使い始めたとか。これも、薬師の更なる技術向上のためにセィ城下街で講習を開いてくださった腕のいい名も知らぬ薬師殿のおかげですね」
騎士団長は躊躇いなく自分の状況を教えてくれた。隣で聞いている貴族……スキャナ伯爵って名乗られてないんだけど、その人は表面上はにこやかに座っていたけど、騎士団長にちらりと視線を送られて、考えるそぶりをしていた。
「あの講習を開いた薬師殿の御名前を、スキャナ伯爵は知っていますか? トレのような離れた場所まではなかなかそういう詳細が入ってこないんですよ」
「あ、ああ、あれは……異邦人の、薬師マック殿と……」
思い出すように呟いて、スキャナ伯爵はハッとした顔になって、こっちを見た。
「薬師、マック殿……う、後ろ盾は、いらないようですね。差し出がましいことを」
焦ったような顔でもう一度俺に頭を下げたスキャナ伯爵は、もう俺を勧誘することはなかった。
スッと騎士団長の口元が緩んだことから、そういう背景を全て調べていて、そしてわざわざ牽制してくれたらしい。ありがたい。でも衛兵の人にこんなに良くしてもらえていいのかな。
「雑談の方にお時間を取らせてしまい申し訳ありません。お聞きしたいことは以上です。この度はご尽力いただき本当にありがとうございました」
騎士団長が立ち上がり、取り調べを終わりにしてくれた。伯爵も最後に「薬師殿の更なる名声を応援しております」と締めくくり、俺に何ら不利益はないまま、終わりを告げた。
後ろ手にドアを閉めて、ホッと盛大に息を吐く。隣でスランさんが「お疲れさん」と小さな声で俺をねぎらってくれた。
さすがにヴィデロも同席させるわけにはいかなかったんだ、とスランさんが謝ってきたけど、俺、保護者ヴィデロさん同伴しないといけないほど小さくないからね。
ようやく憂い事が一つ二つ解決してすっきりしたし、と俺はスランさんと別れると、急いで工房に戻った。
そして魔法陣魔法でジャル・ガーさんの所に跳んだ。
今日もジャル・ガーさんは石像になっていた。まだまだ石像は健在だ。たまに出歩く石像になったけど、でもそのうち全く何もない、ここから獣人の村とかいう立札のついた洞窟が出来上がることを夢見ながら、俺はジャル・ガーさんの石化を解いた。
軽く挨拶をして、獣人の村に跳ぶ。
タルアル草とかは工房から持ち出したし、『万能薬』の素材も入ってる。一応錬金釜も入ってるけど、目的は錬金じゃない。
調薬で『万能薬』的な何かが作れないか、ヒイロさんに教えて欲しくて。
森の中に出た俺は、ガサゴソと森の中を、村を目指して進んだ。
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