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422、ヴィデロさんのお父さんの最後の言葉は
しおりを挟む握っている手にギュッと力を込めた。
もう深夜に近い夜中。辺りに歩いている人はいない。
ヴィデロさんの静かな声が、ただ、聞こえていた。
「父が病に侵されたとわかったのは、俺がまだ小さいころだった。貴族として名を上げてすぐくらいのことだった。父は騎士、母は魔道具技師をしていた。王宮にほど近い貴族街の一角に建つ屋敷で、俺たち家族と使用人5名で暮らしていたんだ」
その屋敷、まだちゃんと手入れがされているって宰相さんが言ってたよね。
俺はうん、と相槌をうって、ヴィデロさんを見上げた。
ゆったりとした足取りは、なんとなくヴィデロさんが話を聞いて欲しいのかな、と思わせるものだった。
「父が『コウマ病』に侵されたとき、母はこの世界にはない知識を全て振り絞って父の病を治そうとしていたが、全く何も出来なかったといつでも項垂れていた。マックの所には魔素はないんだろう? だから、他の病なら何とかなっても、魔力が欠乏してしまう『コウマ病』に関しては完全にお手上げだったみたいだ」
「うん……」
確かに、他の病気だったら、俺たちの所の知識をフル活用すれば、もしかしたらアリッサさん程の知識があれば何とかなったかもしれない、と思わずにいられなかった。
だって俺たちの世界では、昔は致死率の高かった病気がちゃんと完治できるような技術が確立されてるから。でも、魔力がっていうのだけは何一つ知識がなかった。だって、魔力っていう概念自体がないから。
「魔道具を改良して、その機能しなくなった臓器の代わりになる物を作り出せないかというところまで母は考えていたようだった。それを聞きとがめた他の貴族に母は狂ったんだとまで噂をされて、それでも父を治すことを止めようとしなかった母に、俺は酷いことを言ってしまった」
それからほどなくして、母はいなくなった、とヴィデロさんは呟いた。
思わず足を止めると、俺とヴィデロさんの腕がピンと張って、ヴィデロさんが俺の方を振り向いた。
「聞きたくないか?」
「ヴィデロさんが話してて辛いなら聞きたくない。でも、誰かに話してスッキリしたいなら聞きたい。知ってる? 俺、ヴィデロさんのことなら何でも知りたいんだ」
少しだけ細められた目がちょっと辛そうだから、その顔に浮かぶ苦笑が胸に刺さるから、俺はずるいけど話す判断をヴィデロさんにゆだねた。きっと俺が「聞きたい」って言ったら、苦笑したまま言いたくないことまで言ってくれるから。
「マックには知って欲しい。父の最後を。俺が、見殺しにしたような物なんだ。そして、それを聞いても俺を好きでいて欲しい、なんて、浅ましいことを願ってる」
「どんな話を聞いても絶対に好きでいる自信あるよ。どんとこい」
薄い胸板を自分の拳でドンと叩くと、ヴィデロさんの苦笑が深くなった。
「何なら、ゆっくりと話したいから工房に転移する?」
「そうだな……」
誰もいない閑散とした道だからこそ言えるのかもしれないけど、でも、その顔を俺以外の誰にも見せたくないんだ。
俺の提案に、ヴィデロさんは「ゆっくりとマックのお茶を飲みながら話そうか」と了承の意を示してくれた。
すぐに工房まで転移で跳んだ俺たちは、お茶を用意すると正面ではなく隣り合った椅子に座った。
「少しずつ魔力が欠乏していった父は、とうとう俺が16歳の時に昏睡状態に陥ったんだ。それまでに母は王宮に務める薬師を頼ったり、教会に相談したりしていた。でも、すでに病を治すことのできる上級聖魔法を使える人は逝去し、とうとう母は諦めたように動くのを止めた。しばらくは自分で看病していたが、俺の「この世には、俺と母さんは存在してはいけないんじゃないか」という言葉で、母はふらりといなくなってしまった。今まで使ってたものを何一つ持ち出しもせず、気楽にそこら辺を散歩するかのように。その後、母はその館に帰って来ることはなく、俺が父の看病をしていた」
それは、前にも聞いたけど、アリッサさんはそんな言葉で家出するような人じゃないよ。きっと、色んな事を考えて、最善の方法を取ったんだ。技術を構築して、俺たちをこの世界に呼び寄せるとかそんな最善の方法を。
「ある日、父にマジックハイポーションを飲ませていたら、ふと昏睡状態だった父が意識を取り戻したんだ。とても掠れた声で、俺の名を、母の名を呼んだ。俺が母さんが出ていったことを告げると、父はゆっくりと息を吐いて、「そうか」とただ頷いたんだ。まだ薬を瓶半分ほどしか飲ませていなかった俺は、その後父に口に薬を運ぼうとすると、それを制止するように首を振って、父がまっすぐ俺を見た。昏睡する前と同じ目で」
茶器に手を伸ばして、喉を潤すように一口飲んだヴィデロさんは、今言ったお父さんのように、俺を真っすぐ見た。
「そして俺に言ったんだ。母のいない場所でこうして生きながらえても、お前の負担にしかならず無意味だ、と。もう魔力回復はするなと。子の負担になる父など、捨て置けと。父の最後の願い、聞き届けてくれ、と言われて、俺はそれ以上父の魔力回復をすることが出来なかった。俺が、父を殺したような物だ。父が亡くなると、俺は逃げるように王に父の爵位を返上して、誘われるままにトレの街に逃げてきた。そのころには異邦人たちが少しずつこの世界に現れるようになっていて、でも俺は正直その異邦人がどうやって、何の目的でこの閉ざされた国に来たのか、どうでもよかった。ただ、逃げていたんだ。母が、どうにかして父を助けようとしていたことなんて、本当に気付いていなかった。でももし知っていたとしても、俺は今も昏睡状態の父を看病していたのかと聞かれると、正直それもわからない」
まっすぐ俺を見つめるヴィデロさんの瞳は、少しだけ揺れていた。
俺はぐいっと身を乗り出して、ヴィデロさんの膝に手をついた。
そして、いつもヴィデロさんがしてくれるように、軽くチュッとキスをする。
「もっと早く『万能薬』を作れるようになってればよかった。間に合えば、ヴィデロさんにまた家族を取り戻してあげれたのに。何で俺、ここに、この世界に俺たちの世界の人が来れるようになってすぐに来れなかったんだろ。生まれるのが少し遅過ぎだよね。もう少し早く生まれてて、歳がもっと上だったら、さっさとここにきて、ぐわわっと腕を上げて、クラッシュから変な釜を買い取って、すぐに薬を作れるようになってたのに。それが出来てたら、きっとヴィデロさんのお父さんも助けられたのに。そうすれば、ヴィデロさんがそんな寂しい顔をすることなくて、ずっと幸せそうな顔を出来てたかもしれない」
絶対に出来るわけないけど、そう思わずにいられない。
でもアリッサさんがいなくなったのは仕方ない。アリッサさんがずっとこっちにいたら、俺はもしかしたら今ここにすらいられないかもしれないから。それともヴィルさんが引き継いでいつかはここの世界と繋げるようにしてたのかな。結構長い時間連絡を取っていたみたいだから。
「マックが悔やむようなことじゃないよ」
「じゃあ、ヴィデロさんも一緒。お父さんの最後の願いを叶えてあげれてよかった。きっと、お父さんはヴィデロさんが辛い思いをするのを知ってて、それでも自身を見殺しにすることを頼むことでしか、ヴィデロさんを自由にしてあげることが出来なかったんだと思う。未来のある息子を自分の看病で縛るってさ、親としては絶対に嫌なんじゃないかなあ。うちの父さんも「俺はお前が好きなことをして笑ってればそれが満足」とかかっこいいこと酔っぱらって言ってたことあるから、ヴィデロさんのお父さんも、ヴィデロさんが何にも縛られない状態で幸せになって欲しかったんじゃないかな。絶対に」
「……マック」
「だからさ、今ヴィデロさん幸せって言ってくれるじゃん。お父さんもきっと幸せだよ。アリッサさんの安否もわかったわけだし」
「マック」
俺の背中にぐっとヴィデロさんの腕が回って、引き寄せられる。
すっぽりとヴィデロさんの胸の中に納まった俺も、背中に腕を回してさらに密着した。
心臓の音がドキドキと聞こえる。それが、すごくホッとする。
「でも、できればヴィデロさんのお父さんも俺の作った薬でパパパッと治したかったな。そしたら俺、ヴィデロさんの目にすっごくかっこいいヒーローに見えるだろうから」
胸の中でそう冗談めかして言ってみれば、ヴィデロさんが肩を震わせて笑った。やっぱり笑ってるのがいい。胸に頬を押し付けられてるからどんな顔をしてるのか見えなくなっちゃったけど。
「マックは、最初から俺の目にはヒーローだよ。誰よりも勇ましくて、誰よりも情に厚くて……最高だ」
「それはヴィデロさんでしょ」
俺は薄情だよ、というヴィデロさんの吐息に近い囁きは聞こえなかったことにして、胸にだけ刻み込んだ。薄情だったら、きっと今もお父さんのことをそこまで後悔なんてしてないから。
愛してる、という言葉が、今日はいつも以上に胸に浸透して、俺の中でとても熱い感情に変わっていった。
今まですごく大変なことを乗り越えてきたヴィデロさんだからこそ、こんなにこの言葉が深くて愛しいのかな。
俺の愛してるという言葉がなんだか薄っぺらい気がしたけど、でも、ヴィデロさんにはちゃんと同じくらい熱く届くといいなあ。
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