これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
425 / 830

422、ヴィデロさんのお父さんの最後の言葉は

しおりを挟む

 握っている手にギュッと力を込めた。

 もう深夜に近い夜中。辺りに歩いている人はいない。

 ヴィデロさんの静かな声が、ただ、聞こえていた。



「父が病に侵されたとわかったのは、俺がまだ小さいころだった。貴族として名を上げてすぐくらいのことだった。父は騎士、母は魔道具技師をしていた。王宮にほど近い貴族街の一角に建つ屋敷で、俺たち家族と使用人5名で暮らしていたんだ」



 その屋敷、まだちゃんと手入れがされているって宰相さんが言ってたよね。

 俺はうん、と相槌をうって、ヴィデロさんを見上げた。

 ゆったりとした足取りは、なんとなくヴィデロさんが話を聞いて欲しいのかな、と思わせるものだった。



「父が『コウマ病』に侵されたとき、母はこの世界にはない知識を全て振り絞って父の病を治そうとしていたが、全く何も出来なかったといつでも項垂れていた。マックの所には魔素はないんだろう? だから、他の病なら何とかなっても、魔力が欠乏してしまう『コウマ病』に関しては完全にお手上げだったみたいだ」

「うん……」



 確かに、他の病気だったら、俺たちの所の知識をフル活用すれば、もしかしたらアリッサさん程の知識があれば何とかなったかもしれない、と思わずにいられなかった。

 だって俺たちの世界では、昔は致死率の高かった病気がちゃんと完治できるような技術が確立されてるから。でも、魔力がっていうのだけは何一つ知識がなかった。だって、魔力っていう概念自体がないから。



「魔道具を改良して、その機能しなくなった臓器の代わりになる物を作り出せないかというところまで母は考えていたようだった。それを聞きとがめた他の貴族に母は狂ったんだとまで噂をされて、それでも父を治すことを止めようとしなかった母に、俺は酷いことを言ってしまった」



 それからほどなくして、母はいなくなった、とヴィデロさんは呟いた。

 思わず足を止めると、俺とヴィデロさんの腕がピンと張って、ヴィデロさんが俺の方を振り向いた。



「聞きたくないか?」

「ヴィデロさんが話してて辛いなら聞きたくない。でも、誰かに話してスッキリしたいなら聞きたい。知ってる? 俺、ヴィデロさんのことなら何でも知りたいんだ」



 少しだけ細められた目がちょっと辛そうだから、その顔に浮かぶ苦笑が胸に刺さるから、俺はずるいけど話す判断をヴィデロさんにゆだねた。きっと俺が「聞きたい」って言ったら、苦笑したまま言いたくないことまで言ってくれるから。



「マックには知って欲しい。父の最後を。俺が、見殺しにしたような物なんだ。そして、それを聞いても俺を好きでいて欲しい、なんて、浅ましいことを願ってる」

「どんな話を聞いても絶対に好きでいる自信あるよ。どんとこい」



 薄い胸板を自分の拳でドンと叩くと、ヴィデロさんの苦笑が深くなった。



「何なら、ゆっくりと話したいから工房に転移する?」

「そうだな……」



 誰もいない閑散とした道だからこそ言えるのかもしれないけど、でも、その顔を俺以外の誰にも見せたくないんだ。

 俺の提案に、ヴィデロさんは「ゆっくりとマックのお茶を飲みながら話そうか」と了承の意を示してくれた。







 すぐに工房まで転移で跳んだ俺たちは、お茶を用意すると正面ではなく隣り合った椅子に座った。



「少しずつ魔力が欠乏していった父は、とうとう俺が16歳の時に昏睡状態に陥ったんだ。それまでに母は王宮に務める薬師を頼ったり、教会に相談したりしていた。でも、すでに病を治すことのできる上級聖魔法を使える人は逝去し、とうとう母は諦めたように動くのを止めた。しばらくは自分で看病していたが、俺の「この世には、俺と母さんは存在してはいけないんじゃないか」という言葉で、母はふらりといなくなってしまった。今まで使ってたものを何一つ持ち出しもせず、気楽にそこら辺を散歩するかのように。その後、母はその館に帰って来ることはなく、俺が父の看病をしていた」



 それは、前にも聞いたけど、アリッサさんはそんな言葉で家出するような人じゃないよ。きっと、色んな事を考えて、最善の方法を取ったんだ。技術を構築して、俺たちをこの世界に呼び寄せるとかそんな最善の方法を。



「ある日、父にマジックハイポーションを飲ませていたら、ふと昏睡状態だった父が意識を取り戻したんだ。とても掠れた声で、俺の名を、母の名を呼んだ。俺が母さんが出ていったことを告げると、父はゆっくりと息を吐いて、「そうか」とただ頷いたんだ。まだ薬を瓶半分ほどしか飲ませていなかった俺は、その後父に口に薬を運ぼうとすると、それを制止するように首を振って、父がまっすぐ俺を見た。昏睡する前と同じ目で」



 茶器に手を伸ばして、喉を潤すように一口飲んだヴィデロさんは、今言ったお父さんのように、俺を真っすぐ見た。



「そして俺に言ったんだ。母のいない場所でこうして生きながらえても、お前の負担にしかならず無意味だ、と。もう魔力回復はするなと。子の負担になる父など、捨て置けと。父の最後の願い、聞き届けてくれ、と言われて、俺はそれ以上父の魔力回復をすることが出来なかった。俺が、父を殺したような物だ。父が亡くなると、俺は逃げるように王に父の爵位を返上して、誘われるままにトレの街に逃げてきた。そのころには異邦人たちが少しずつこの世界に現れるようになっていて、でも俺は正直その異邦人がどうやって、何の目的でこの閉ざされた国に来たのか、どうでもよかった。ただ、逃げていたんだ。母が、どうにかして父を助けようとしていたことなんて、本当に気付いていなかった。でももし知っていたとしても、俺は今も昏睡状態の父を看病していたのかと聞かれると、正直それもわからない」



 まっすぐ俺を見つめるヴィデロさんの瞳は、少しだけ揺れていた。

 俺はぐいっと身を乗り出して、ヴィデロさんの膝に手をついた。

 そして、いつもヴィデロさんがしてくれるように、軽くチュッとキスをする。



「もっと早く『万能薬』を作れるようになってればよかった。間に合えば、ヴィデロさんにまた家族を取り戻してあげれたのに。何で俺、ここに、この世界に俺たちの世界の人が来れるようになってすぐに来れなかったんだろ。生まれるのが少し遅過ぎだよね。もう少し早く生まれてて、歳がもっと上だったら、さっさとここにきて、ぐわわっと腕を上げて、クラッシュから変な釜を買い取って、すぐに薬を作れるようになってたのに。それが出来てたら、きっとヴィデロさんのお父さんも助けられたのに。そうすれば、ヴィデロさんがそんな寂しい顔をすることなくて、ずっと幸せそうな顔を出来てたかもしれない」



 絶対に出来るわけないけど、そう思わずにいられない。

 でもアリッサさんがいなくなったのは仕方ない。アリッサさんがずっとこっちにいたら、俺はもしかしたら今ここにすらいられないかもしれないから。それともヴィルさんが引き継いでいつかはここの世界と繋げるようにしてたのかな。結構長い時間連絡を取っていたみたいだから。





「マックが悔やむようなことじゃないよ」

「じゃあ、ヴィデロさんも一緒。お父さんの最後の願いを叶えてあげれてよかった。きっと、お父さんはヴィデロさんが辛い思いをするのを知ってて、それでも自身を見殺しにすることを頼むことでしか、ヴィデロさんを自由にしてあげることが出来なかったんだと思う。未来のある息子を自分の看病で縛るってさ、親としては絶対に嫌なんじゃないかなあ。うちの父さんも「俺はお前が好きなことをして笑ってればそれが満足」とかかっこいいこと酔っぱらって言ってたことあるから、ヴィデロさんのお父さんも、ヴィデロさんが何にも縛られない状態で幸せになって欲しかったんじゃないかな。絶対に」

「……マック」

「だからさ、今ヴィデロさん幸せって言ってくれるじゃん。お父さんもきっと幸せだよ。アリッサさんの安否もわかったわけだし」

「マック」



 俺の背中にぐっとヴィデロさんの腕が回って、引き寄せられる。

 すっぽりとヴィデロさんの胸の中に納まった俺も、背中に腕を回してさらに密着した。

 心臓の音がドキドキと聞こえる。それが、すごくホッとする。



「でも、できればヴィデロさんのお父さんも俺の作った薬でパパパッと治したかったな。そしたら俺、ヴィデロさんの目にすっごくかっこいいヒーローに見えるだろうから」



 胸の中でそう冗談めかして言ってみれば、ヴィデロさんが肩を震わせて笑った。やっぱり笑ってるのがいい。胸に頬を押し付けられてるからどんな顔をしてるのか見えなくなっちゃったけど。



「マックは、最初から俺の目にはヒーローだよ。誰よりも勇ましくて、誰よりも情に厚くて……最高だ」

「それはヴィデロさんでしょ」



 俺は薄情だよ、というヴィデロさんの吐息に近い囁きは聞こえなかったことにして、胸にだけ刻み込んだ。薄情だったら、きっと今もお父さんのことをそこまで後悔なんてしてないから。





 愛してる、という言葉が、今日はいつも以上に胸に浸透して、俺の中でとても熱い感情に変わっていった。

 今まですごく大変なことを乗り越えてきたヴィデロさんだからこそ、こんなにこの言葉が深くて愛しいのかな。

 俺の愛してるという言葉がなんだか薄っぺらい気がしたけど、でも、ヴィデロさんにはちゃんと同じくらい熱く届くといいなあ。

しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...