これは報われない恋だ。

朝陽天満

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418、依頼を出してみた

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 数日経ってもやっぱりというかなんというか、転移魔法陣は人だかりができていた。皆せっかくギルドに来てるんだからクエスト受けようよ。

 かくいう俺もまだ登録すらできてなくてギルドに来たんだけど。学校が終わった放課後のログインっていうのが一番の混雑時間なんだよな。平日の昼は案外空いてるらしい。とはヴィルさんの言葉。

 今日も奥から入り口近くまで続く転移魔法陣の列に、並ぶのを躊躇している。

 諦めて掲示板がある方に足を向けてみることにした。



 久しぶりに見る掲示板は、いつもながらたくさんの依頼書が貼ってあった。これ、見るのワクワクしたんだよな。でも討伐のクエストはソロ薬師である俺には荷が重くて、採取系ばっかり受けてたんだよな。

 トレ街のギルドだからか、今なら討伐依頼でも一人で受けれるのがほとんどだけど。

 と、そこまで強くない魔物の討伐依頼書なんかを見ていると、一枚の依頼書が目に入った。



「売ります買いますレア素材……?」



 それはプレイヤーが出している依頼書だった。

 そういえば俺も『謎素材』の買取依頼を出そうと思ってたんだった。

 すっかり忘れてたよ。

 ここまで来て何もしないで帰るのもなんだし、といい機会だから依頼を出すことにした俺。

 俺は早速依頼書を製作するため、ギルドの窓口に向かった。



「いらっしゃいませ。依頼書の製作ですね。かしこまりました。個室での相談になりますので、奥にどうぞ」



 受付の職員さんに奥の個室に案内された俺は、「係の者が来ますのでお待ちください」と椅子を勧められた。

 座って待つこと1分。眼鏡を掛けた男性職員さんが手に紙の束を持って現れた。



「失礼します。お待たせしました。依頼書製作ですね。かしこまりました。詳細を教えていただけますでしょうか」



 早口でそう言うと、目の前の席に座った職員さんが早速紙を広げてペンを手にした。自分で書くことないのか。楽チン。

 依頼内容、期日、受け渡し方法、支払い方法、依頼金等色々訊かれて、答えていく。

 一番迷ったのは、「謎素材」の値段だった。

 いくらに設定すればいいのか悩んでいると、職員さんが「それでしたら」と眼鏡をキラン、と光らせた、気がした。



「この『謎素材』という物は、当ギルドでも買取は致しておりますが、何にも使えず、鑑定すら出来ないクズ素材として扱われております。ただし、見た目が綺麗な物などは相応の値段をお支払いいたしますが、そのギルド既定の価格よりも少しだけ上乗せした設定にする、というのはどうでしょうか。そうすれば、ギルドに売るよりはこっちに、とこの素材がマック様のお手元に届きやすくなりますし、職員も『謎素材』が売りに出されたときに依頼があると宣伝をすることもできます。もちろん依頼手数料はいただくことになりますが、いかがいたしましょう」

「それでお願いします」



 一も二もなくお願いした俺は、早速沢山貼られていた依頼書と同じ紙に俺の依頼が書かれていくのをじっと見ていた。

 綺麗な文字で依頼書を仕上げてくれた職員さんは、手数料上乗せで全ての街に手配できることを教えてくれたので、早速お願いする。

 素材はギルド経由で入ってくるらしく、ギルドが買い取っただけの額を俺が支払う形でまとまった。そしてそれが送られてくるのをただトレで待てばいいだけ。便利。



「ただし、まず砂漠都市からこちらの方ではこの素材は入りませんし、辺境街ですらあまり買い取ることがありませんので、そこまでの数は手に入ることもないかと思います」

「それは覚悟してますので大丈夫です」

「そう言っていただけるとこちらとしてもありがたいです」



 キリッとそう応える職員さんは表情を崩すことなく、書類を手元にまとめた。



「また何かありましたら、ぜひご相談くださいませ、マック様」

「はい、ありがとうございます」



 最後にもう一度眼鏡を光らせた気がした職員さんは、サッと奥に消えていった。

 ついでにいまだに所持している各種技能講義資格券を消費できるような講座はないかなと思ってそっちに足を運ぶと、早速依頼掲示板にさっきの人が依頼書を貼りに出していた。早い。

 そして、依頼書が貼られていると、皆結構注目するらしい。新しい依頼がもし美味しいのだったらいち早く受けたいだろうからね。基本早い物勝ちだから。



「おい、これ、薬師マックの依頼じゃね?」

「ほんとだ。『謎素材』を募集? 『謎素材』ってなんだよ。お前知ってる?」

「あ、俺持ってるわ。辺境辺りでレア魔物に会うとたまに落とすんだよ。でもよくわからねえ素材だからっていつもギルドに売ってる。早速売ってこようかな。これでハイポーションおまけしてくれないかな」

「辺境かあ。俺まだオット辺りでうろうろだからなあ。でも『謎素材』手に入ったら薬師マックに売るかな。これ、お金よりハイポーションの現物支給の方が嬉しいんだけど」

「ほんとにな。マジで俺必死で探すよ『謎素材』」



 掲示板の裏側からそっと会話を聞いていて、それもアリかな、なんて思った俺。

 売ってくれた人にハイポーションのお礼を出したら、皆売ってくれるようになるかな。

 そう思って、俺はもう一度窓口に相談のために向かった。

 対応は、さっきの眼鏡の職員さんがしてくれた。



「そういうのもマック様の職業柄問題ありません。その代わり、品物の方は先にたくさん納品していただくことになりますがよろしいですか?」

「もちろんです。とりあえず何個預ければいいですか?」

「『謎素材』一つにつき一つのハイポーションですと多めにいただくようになりますし、一度につき一本だと、そこまでは多くなくても大丈夫かと思います」

「じゃあ、一つにつき一本で、取り合えず……」



 インベントリをちらりと見て、溜め息を呑み込む。

 俺、ハイポーションは持ち歩いてないんだよな。ハイパーポーションならかなり持ってるんだけど。

 辺境の方だって行ってるし、そろそろ獣人さんたちも進出してきてるし、作るのは俺だから俺の判断でと言ってくれてから。



「あの……納品一回で五つ以上入れてくれた人にこれを一本つける、っていうのは、どうでしょうか。もちろんハイポーションはすぐ作れるので一つにつき一本でいいんですが、今すぐってなると一度工房に帰らないといけなくて」



 そう言って、俺はハイパーポーションをそっと職員さんに差し出した。

 職員さんは俺が渡したハイパーポーションを手に取って、その瓶をじっと見つめた。鑑定とか使えるのかな。

 今まで表情の動かなかった職員さんの眉間に、ちょっとだけ皺が寄った。



「これは……今まで出回ったことのない回復薬ですね。一度の納品依頼で五つ以上で一本……か、かしこまりました。これは、秘蔵の物ですね……そうなりますと、結構な数を初めに渡していただかないといけないのですが、本当に大丈夫でしょうか……? 納品できる数は、あるのでしょうか……」



 瓶をそっとテーブルに置きながら、職員さんが落ち着くためにか眼鏡の位置を直すそぶりをする。ずれてないよ。

 俺は、動揺する職員さんを見守りながら、インベントリにあるハイパーポーションをとりあえず200本ほど出すことにした。

 100本の瓶が入るケースをクラッシュから貰ってから、100本単位で出すときはこれに入って出てくるのがとてもありがたい。

 どんとケースを二つ目の前に出されて、職員さんは小さな声で「ひっ」と悲鳴を上げていたのを、俺はしっかりと聞いてしまった。



「こ……これの他にハイポーションをお付けするのは、少し過剰になってしまうかもしれませんので、こちらだけのサービスでも、よ、よろしいかと」

「そうですか? でもそうなると、5個以上手に入らないと売らないっていう人も出てきて結局は売りに出されないで終わりそうなので、やっぱりハイポーションもつけたいです。俺の都合で納品してもらうんですから。ちょっと待っててください。今すぐ取ってきますので」

「か、かしこまりました。では、私も一度これを上に相談してみますので、一度依頼書は取り下げさせてもらいますね。失礼します」



 瓶200本の入ったケースを重そうに持ち上げた職員さんは、失礼しますとそれを運んで消えていった。

 部屋の中を見回して、受付の方からここが見えないことを確認した俺は、一旦工房に転移した。

 倉庫のインベントリに入っているクラッシュに納品しようかなと思って細々と作っていたハイポーションをインベントリに詰め込むと、もう一度さっきの部屋に跳ぶ。

 職員さんはまだ戻ってきていなかった。

 足元に持ってきたハイポーションのケースを積み上げていると、眼鏡の職員さんが、エミリさんを伴って戻ってきた。



「マック、いらっしゃい。面白い依頼を出したみたいだったから、様子見に来たわ。ハイパーポーション、付属で付けるんですって? ギルドに保存されている謎素材、結構たんまりあるからそれ買い取らない? そして5個に一つでハイパーポーションをギルドの方におまけしてくれないかしら」



 入って来るなりエミリさんがそんなことを言い出した。

 一緒にいた眼鏡の職員さんはそんなことを言ってはいけません、なんて呟いてるけど、きっと真面目なんだろうなあ。



「でもギルドって普通いらない素材の買取はあんまりやらないイメージがあるんですけど、『謎素材』の買取はするんですね」



 親切だなあ、と思って呟くと、エミリさんはにっこりと笑って、「そのうち使うと思って貯めてたの」と言った。



「だって、サラが戻ってきた時『謎素材』が沢山あったら、きっとすごく喜ぶと思うと、ついつい買い取っちゃうのよ」

「あ……」



 そっか。それで『謎素材』の買取をしていたのか。

 エミリさんはサラさんが帰って来るって、信じて疑わないんだな。

 ちょっとだけしんみりした俺は、ハッと気づいた。



「ってことは、サラさん用の素材を俺が買い取っちゃうってことじゃないですか! 依頼、取り下げた方がいいですよね!」



 慌ててそう言うと、エミリさんは声を出して笑った。



「何言ってるのよ。サラの錬金釜を持ってるの、マックでしょ。喜びはするけれど、もうサラはそれを手放したのよ。だからそんな遠慮しないで」

「あ、そっか……でも」

「でもじゃないわよ。それよりもたくさんの素材を手に入れて、サラもびっくりするような物をたくさん作って喜ばせてあげた方がよほどいいわよ。だから、依頼はそのままよろしくね。ついでにギルドで溜まってるものの買取もよろしく」



 ちゃっかり「ギルドにもハイパーポーション寄越せ」と要求してきたエミリさんに思わず笑う。

 もちろん全然かまいません。でも俺のお金がどこまで続くかだよね。

 なんだかんだと相談して、最終的に一つ納品につきハイポーションランクS一つ付けることでギルドよりも買取金額を下げ、5個以上の納品で『秘蔵の回復薬』一つ付けることで話がまとまった。ついでにギルドに溜まっていた『謎素材』も他の納品物経由でトレのギルドに集めて纏めて売ってもらうことになって、俺とエミリさんはガシッと固い握手を交わした。





 先に部屋を出ていた職員さんはやっぱり仕事が早い人らしく、俺が部屋を出た時にはすでに依頼書は貼ってあった。

 転移魔法陣が出来たおかげで、ギルド間で荷物を送るのはとんでもなく簡単で安価になったし、それほど日を置かずに納品できる予定だと教えられた。なんでも、ギルド職員さんは一般の人に開放する前にすべての街への登録させられたとか。だから職員さんであればどこからどこへでも移動できるんだって。しかもそれを強制したのはエミリさんで、ケインさんに手伝ってもらったとか。さすがエミリさん、抜かりない。

 とりあえずマメにギルドに顔を出すように釘を刺されて、俺は人だかりの掲示板をちらりと横目で見ながらそっとギルドを後にしたのだった。

 たくさん集まるといいなあ。
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