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387、なんかついてきた
しおりを挟む『見せてくれたら望みを訊こう』
もう一度開くと、ユキヒラからそんなメッセージが届いていた。
特に望みっていうのもないんだけど、ううむ。
とりあえず新しい剣をゲットしてから、ちょっとだけセィに跳んでみようかな。今日はヴィデロさんは門番さんしてるし。
ユキヒラに後で行くとだけメッセージを入れて、俺は工房を出た。
今着てるのは、ヴィデロさんから借りっぱなしのインナー。だからちょっとだけぶかぶか。でもちょっとだけドキドキする。
装備品じゃない方の服も買いに行かないといけない。今はブーツの中で誤魔化してるけど、裾がものすごく長いんだよ。ヴィデロさん、足長すぎ。さすがスタイル抜群。好き。この際。俺の足の長さは忘れる。
現金がいくらあるか確認しつつ工房を出る。
買い物に行く前にギルドだな、と少なくなった所持金欄を見ながら道を歩いていると、向こうの方からクラッシュが歩いてくるのが見えた。
クラッシュも俺に気付いたらしく、大きく手を振って来る。
「マックどうしたの。歩いてるなんて珍しいね」
「今日はギルドに行きたいから。跳んだら目立つだろ」
「確かに。でもギルドなんて珍しいんじゃない? うちの店には来ないの? 納品してもらえるととても嬉しいんだけど。最近客寄せのパフォーマンスを考えててさ。マックがお客さんの前で調薬実演してくれたらきっとみんな集まるんじゃないかなって」
「待ってそれ俺がメインじゃん。何俺に何も打診しないで考えてんだよ」
「これから打診するところだったんだよ。報酬はねえ……何がいい? 素材値下げとか」
全く悪びれずにそんなことを言うクラッシュに苦笑しつつ、そのうちね、と約束しながら並んでギルドに向かう。ピロンと通知が来たから、今のがクエストになったっぽい。なんか面白いな。お茶淹れてっていうクエストもあったし、クラッシュの場合はクエストになりやすいのかな。ヴィデロさんとの約束はクエストっていう形にはなったことないのに。
それにしてもどうしてクラッシュが付いてくるんだろうと思って訊いたら、なんか面白そうだからだって。特に何かをするわけじゃないから面白くもないと思うけどね。
「たまにはこっちから母さんの顔を見に行ってもいいじゃん?」
「まあ確かに。エミリさんすっごく喜びそう」
満面の笑みでクラッシュを歓迎するエミリさんしか想像できなくて思わず笑うと、クラッシュもちょっとだけ嬉しそうに笑った。
道行くプレイヤーたちの間を抜けて冒険者ギルドに着くと、クラッシュも入り口を潜ったことで注目を浴びた。
「何で英雄の息子が来るんだ?」
「とうとう店を畳んで冒険者家業をすることになったとか」
「薬師とパーティー組むんじゃない? 私も混ざりたい」
「でも店主さんってどんな攻撃できるんだよ。商人だろ」
聞き流しながらカウンターに近付く。クラッシュ多分この中ではエミリさんの次くらいに強いのに。そこに商人のえげつなさがプラスされてるから怖いものなしなのに。知らないっていうのはある意味最強だよな。
そんなことを思いながらほくそえんでいると、クラッシュに後頭部をぺしんと叩かれた。
「何か俺の悪口考えてなかった?」
「悪口じゃないよ。心の中でクラッシュを褒め称えてたんだよ」
「へえ……」
ホントだよ。最大級の誉め言葉をならべてたから。目が座ったクラッシュにそう言うと、クラッシュは「……まあ、そういうことにしといてやるよ」とジト目のまま溜め息を吐いた。
そのまま俺から離れて掲示板の方に足を向けたので、俺は自分の目的を達成しようとカウンターに向かう。
ギルド発行の冒険者カードを取り出して、口座にいくら入ってるか調べて下ろしたい旨を伝えると、職員さんが「お待ちください」と笑顔を向けた。
「残金はこちらになります。いくら引き出しますか?」
差し出された紙に書かれた額は。
「千、万、十万、百万……ええと、これ、何桁?」
必死で桁を数えていると、クラッシュが横から覗き込んで来て「2千万ガル以上あるね」とそっと声を潜めて俺の独り言に答えを出した。
いやいやいや、待ってその額。ちょっと待って。何でそんなに増えた。
「獣人の本が売れると、自動的にここに売り上げの一部が入るようになっていますので、それが大きいです」
にこやかに目の前の職員さんも答えてくれる。全然そっちは手をつけてなかったけどね?
今もジャル・ガーさんの本はギルドの受付に大々的に飾ってある。こうしている間にも、クエストから帰ってきた人が手に取って素材を売ったお金でそれを買ってたりするけど、でもそれにしても。
「マックお金持ちだね。もっとうちの商品買ってよ。って、マックが納得するようなランクの素材はあんまり入ってこないけど」
「俺が卸す方メインだからね。いつもクラッシュに貰ってるお金だけで生きてたから、残金がこんなになってるとは思わなかったよ……」
「魔道具でも買って散財しちゃう?」
「欲しい魔道具が思いつかない」
「欲がないねえ」
俺の欲はお金では買えないんだよ。
目を細めてそう言うと、クラッシュは一瞬黙った後、俺の肩に腕を回してきた。
「じゃあ、たまには遊ぼう! マック相手だと素材集めとか魔物退治とかそんなんばっかりだから半分仕事っぽいんだもん!」
「遊ぶって言っても、俺これからセィに行こうと思ってたんだよ」
「連れてってやるって。どうせヴィデロは今日も仕事でしょ?」
一応窓口から200万ガルほど出してもらってから、俺はクラッシュに腕を絡まされたままその場からセィ城下街に跳んだ。皆見てたけどいいのかな。それにエミリさんに会ってないじゃん。目的忘れてるよクラッシュ……。
セィ城下街の町はずれに着くと、クラッシュはとりあえず買い物だ! と俺の手を引っ張って雑貨屋さんに向かった。
可愛らしい店構えの雑貨屋さんに突撃したクラッシュは、カウンターで俺たちを出迎えてくれた女の子に気軽に手を上げた。
「や、ロミーナ。最近どう?」
クラッシュに声を掛けられた女の子、ロミーナちゃんは、笑顔で「いつも通りよ」と返していた。
なんか親し気だな、と思って思い出す。この国の同職の人たちは、定期的に集まりとかしてるんだった。だからクラッシュはレガロさんとも親しいんだよな。
「クラッシュこそ、店をほっぽってこんなところに来てるの? 売上大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。っていうか在庫が少なくなっちゃって閉めざるを得ないっていうか、そんな感じ。何せ俺お抱えのマックは他の仕事に引っ張りだこで忙しいからさ」
「そっか。羨ましいわ。こっちにも即完売されるようなアイテムを作ってくれる薬師さんがいてくれたら即契約するのに」
「残念ながらマックはあげないよ。な、マック」
「やだ、その子が薬師さんだったんだ。でも異邦人なのね、残念」
俺がぺこりと頭を下げると、ロミーナちゃんもにこやかに頭を下げる。でもやっぱりというか俺のことは覚えてないみたい。まあそうだよね。
そのままクラッシュから離れて店内を見ていると、クラッシュがカウンターに肘をついて「あのさロミーナ」とロミーナちゃんの顔を覗き込んだ。
「その異邦人苦手なのそろそろ克服してもいいと思うよ。だってこの店をやってる限り異邦人とは関わらないといけないじゃん。それに、異邦人にだっていいやつは山ほどいるよ」
「知ってるわ、それくらい。すっごくいい人だっているのは知ってるの。でも、やっぱり怖いのよ。またいきなり私を冷たい目で見てまるで物を扱うようにされるのかと思うと、ほんとに怖いの」
「ロミーナ」
「クラッシュは異邦人を信用って出来るの?」
「もちろん」
クラッシュに頭をポンポンされて目に涙をためているロミーナちゃんが視界の隅に入る。二人の会話、ほんとは聞かない方がいいんだろうな。店を出てた方がいいかな、とそっと出口に近付いて足を進めていると、ロミーナちゃんの「羨ましい」という小さな声が耳に飛び込んできた。
もしかして、ADOが発売された当初、プレイヤーに何かされたのかな。
店を出たその足で街を歩きながらそんなことを考える。最初のころはきっとそこまでこっちの人とプレイヤーがうまくいってたわけでもないだろうから。
だんだんと街の人を傷つけた人が消えていって、それでようやくしちゃいけないことがわかる、っていう人も少なくなかったんじゃないかな。っていうか今だってNPCだって侮ってる人は結構な人数いるわけだし。ゲームとしてこっちに人を送ったからかな。でもそうでもしないとこっちが立ち直るまでの人数はこなそうだもんな。そういうことを考えるとなかなか難しい。今も試行錯誤してるんだろうな。まだ6年に満たないくらいしかサービスが始まってから経ってないんだし。
クラッシュは飽きたら勝手に帰るだろうから放っておいて、と俺はユキヒラにメッセージを送ることにした。
『今セィ城下街に来たよ』
送った瞬間『王宮内教会まで来てくれ。俺からのクエストだ来てくれ』と送られてきた。
その後少し経ってから『【NEW】王宮内の教会まで行こう! フレンドのユキヒラ君と教皇のニコロ導師がマックの到着を待っている! すぐに来て聖魔法の本を二人に見せよう! タイムリミット:すぐ! クエスト失敗:無視する クリア報酬:願いを一つ叶えよう(無茶な要求は却下)』というメッセージが送られて来て、思わず道の真ん中で吹き出しそうになった。
必死で文面を考えたユキヒラお疲れ様。笑いは取れたよ。でも街中にいる時にこのメッセージはちょっと危険だ。いきなり笑いだす変な人になっちゃう。
貴族街へ入る門の前に立ちながら、ユキヒラに『クエストは受諾されませんでした』とふざけて送ってみる。すると最初の所に『(再送)』とついてもう一度同じ文面のメッセージが送られてきた。
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