これは報われない恋だ。

朝陽天満

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382、ヴィデロさんの限界

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 サークルレクイエムは範囲浄化の、最上級聖魔法だったということが判明した。

 そして、MPを馬鹿食いするということも。ドイリーを巻いてすら残りMP9。たった一桁。怖い。そしてサークルの範囲は直径10メートルくらい。結構大きいとは思うけど、ニコロさんが使っていた建物全体の浄化魔法を目の前で見ているせいで、そこまですごくないんじゃないか、なんて思っちゃったり。と、ふと『禍物の知核』だったものを見ると、白く綺麗になってちょっと大きな宝玉になっていた。錬金で出来る聖剣の素『滅呪の輝石』とは全然違う。鑑定眼で見てみると『白の宝玉オーブ:中に魔法が込められた宝玉 【使用数0/2】』となっていた。あ、これ、前に報酬としてあったものかも、と気付く。って、あの時からこの展開が読まれてたってこと? 何で今頃手に入れるんだろ。そしてこの『白の宝玉オーブ』、同じような名前の物を見た事あるような。ちょっとだけドキッとする。俺、これと同じような物絶対見た事あるよ。色が違うけど。

 拾ってみると、コマンドに「使う」が出てくる。



「なんか、『使える』?」



 手のひらの白い石を見下ろして、呟く。

 なんだなんだと『高橋と愉快な仲間たち』が俺の周りに集まってきて、俺の手の中の石を見る。



「何でこんなもんがこんなところに?」

「複合呪いに掛かるはずの石が浄化された物なんだけど、やっぱりアレだよね……」

「アレっぽいけど、ここはシークレットダンジョンじゃねえだろ」



 そうだよね。同じものじゃない、よね。でも中に魔法が入ってるって。そして、もし同じ物だったらここにいる7人分の数字が出てくるはずで、でもこれは二回ってなっていて。

 わけが分からない。

 一度雄太に持たせてみたら、「使う」コマンドは出てこなかった。余計にわけが分からない。



「今の魔法が最上級聖魔法に分類されていて、その魔法でこの石が浄化されたみたいなんだけどさ」

「じゃあ、別物だな。それにしてもマックいつの間に聖魔法なんて覚えてたんだ?」

「このルミエールダガーを持ってる時だけ使えるから、俺が覚えたわけじゃないよ」

「これ、あれだろ。前に行ったところで獣人とラブラブだったやつの遺した剣」

「それ」



 偶然が重なって聖剣が作れたこと、ルミエールダガーも聖剣になったことを説明すると、ブレイブが「これだからマックは……」と小さく呟いたのが聞こえた。ついでに笑い声も。

 偶然なんだよほんとに。



「でもそのダガー、戦うと弱くなるってのが何ともマックらしくて笑える」



 俺の聖短剣を手に取って、雄太がしみじみと呟いた。



「もう一本の聖剣は普通にレベル上がるみたいなんだけどね」

「もう一本?」

「うん。ユキヒラが持ってる。聖騎士にだけ使える聖剣だって」

「ユキヒラか……確かに、聖騎士はあいつしかいないもんな。つうか上級職おかしいのありすぎだろ。被るってことあるのかよ」



 あるよ。輪廻も「草花薬師」になってたから。ちなみに雄太たちは全員上級職になってるけど、やっぱり一風変わった職種名だった。

 雄太が持っていた聖短剣をはい、と返してきたので受け取り、ついでにレベルがいくらになったか調べてみると。



【34/***】と、一気に増えていた。範囲魔法だから範囲内のヤバい空気が全部ご飯になるのか。ってことはあの魔法、多発したほうがいいのかな。MPだけだったらすぐに回復できるし。

 三桁ってことはまだまだルミエールダガーはお腹を空かせてるってことだもんね。

 手に馴染んだ聖短剣を鞘にしまい、俺は改めて手のひらの石を見下ろした。

 とりあえず「使う」のは後にして。

 他に何かないかを改めて皆で探すことにした。

 浄化された付近の木は、なんていうか殆どに木についていた状態異常【魔素過多】がなくなっていて、通常の状態に戻っていた。ってことは、ここに溢れてる魔素は少なからず悪い魔素が入ってるってことが証明されたってことなんだな、なんて改めて思う。だって穢れた系しかルミエールダガーは糧にしないし。

 ヴィデロさんは大丈夫かな。

 と気にしたところでマップ上に赤い点が現れた。

 魔物だ。

 ヴィデロさんはいち早く反応し、それにつられるように雄太たちもそっちを向いて剣を構える。

 勇者はゆったりと腕組みをしたまま、まるで監督か何かの様に俺たちを見ている。手は出さないんだろうな。よほどじゃない限り。

 俺は『起爆剤』を構えてそっちに向くと、すでにブレイブが弓に『感覚機能破壊薬』をぶら下げて放っていた。



 まだ姿の見えない魔物の咆哮が聞こえてくる。途端に飛び出す戦闘組。

 中でもヴィデロさんが一番速かった。前よりも感覚が研ぎ澄まされてるみたいな感じだった。俺の感知よりも早く魔物に気付いてたみたいだし。

 強くなったからかな。

 と後ろを付いていこうとしたら、その場に立ったままだった勇者に「マック」と声を掛けられた。



「ヴィデロ、もう少しで限界かもしれん。そろそろ連れ帰る準備をしておけ」

「え、限界……?」

「ああ。あいつはそれほど魔力が多くないから、限界も短い。それでも精神が強いのか、保った方だとは思う。魔導士職のやつならもう少し長くいられるんだが」

「……わかりました」



 魔素が濃いせいかMPの自然回復は速かったけれど、俺はマジックハイパーポーションを取り出して一気に呷った。MPが全快すると、今度こそ皆の後を追って足を進めた。

 壁のこっち側に来て時間にしてだいたい二時間。そんなに短い限界なんて。走りながら、俺はぐっと手を握りしめた。



 大きな魔物は、蜥蜴のような、ドラゴンと言われたらそうかも、と思うような中途半端な姿の物だった。でもその姿のせいか動きが速くてじっとしていない。二本足で立たない代わりに素早く、そして鱗は硬そうだった。すごい咆哮で辺りに唾液を撒き散らしながらグルグルと回って苦しがる魔物は、しっかりと『感覚機能破壊薬』にやられているみたいだったけれど、苦しむにも動き回っていて、なかなか攻撃が当たらないみたいだった。ユイが土を盛り上げて囲おうとしても、体当たりが当たった部分が壊れて動きを止めることが出来ず、鎧で身を固めている雄太はそこまで素早くないせいか、動きについて行っていなかった。

 ヴィデロさんは軽装なせいか、しっかりと避けては攻撃を繰り返しており、いつもよりも剣技が冴えわたっているようだった。でも。

 さっきの勇者の言葉が耳から離れない。

 いつもならスマートに攻撃するヴィデロさんが、剣を揮うたびに声を上げ、いつもよりも攻撃的で。それはいつもヴィデロさんを見ている俺にはすごい違和感を纏っていた。ヴィデロさんも自身でそれに気付いたみたいで、何かを抑え込むように胸をギュッと握ったのが目に入った。

 限界。

 そう言えば最初に、「抑えられなくなる前に戻れ」って勇者に言われてたっけ。

 まだ抑え込んではいるみたいだけど、なんか、いつものヴィデロさんの戦い方とは決定的に違っている。



 俺はヴィデロさんを壁向こうに連れ帰るため、戦闘中の皆の中に走り込み、ヴィデロさんに近付こうと前線に向かった。

 魔物が咆哮を上げて上体を高く持ち上げる。身体を激痛が走って苦しんでるみたいだった。まあそうだよね。あの例のブツだし。

 俺はそこを避けるように進んだはずだったのに、いきなり魔物が上体を縮め、バネの様に身体を伸ばした勢いで宙を飛んだ。



 小さな地を這うための手を開き、大きな鋭い歯の並んだ口を大きく開け、遠回りしたはずの俺の方に跳んでくる魔物。

 慌てて腰のティソナドスカラスでガードしようと剣を持ち上げたところで魔物の歯が剣に激突し、キン……! という音と共に俺の剣先が宙を舞った。

 俺自身は歯の餌食にはならなかったけれど、魔物の勢いをそのまま剣に受けてしまったせいか、身体が飛ぶ。そして後ろにあった木に叩きつけられた。

 思わず呻き声が口から零れる。いったあ……っ。もろに背中にぶち当たって息が止まった……。

 咳をしながら必死で立ち上がって目に入った光景は。



 ヴィデロさんが凄い形相で魔物を切り裂いた瞬間だった。







「うああああああ!」



 その雄叫びは、ヴィデロさんの口から零れていた。

 もしかして、抑えきれないってこういうこと……?

 俺は慌てて魔物を切り刻んでいくヴィデロさんに駆け寄った。後ろから服を掴んで、雄太に「ごめん!」と謝ると、必死で手を動かす。

 転移魔法陣の発動と共に、俺たちは辺境を後にした。



 辺りに静寂が広がり、視界が変わった直後、ヴィデロさんが俺の方を向いた。



「どうして止めた!」



 肩で息を吐きながら、怒鳴るヴィデロさんに、俺は一瞬身体が固まった。

 こんな言い方をされたのは初めてだったから。

 でも次の瞬間ハッとした顔をしたヴィデロさんが、胸を押さえて大きく息を吐いた。でも表情はかなり苦し気だった。



「……悪い、マック。どうしても、あの魔物を、叩き潰さないと気が済まない気がして……っ」

「ヴィデロさん」

「くそ……っ」



 顔を歪ませてそう吐き捨てたヴィデロさんは、何かを堪えるように手を握りしめた後、耐えきれなかったらしく、地面を思いっきり殴った。

 地面に叩きつけた拳に血がにじんでいく。慌てて止めようとその手を掴むと、じろりと睨まれてしまった。



「……っ、今は、そばに来ないでくれ……マックにも何をするか、わからない」

「いやだ。もうここはクマさんの洞窟だから安心してヴィデロさん! もう辺境じゃないから。スッキリするなら何してもいいから」

「ダメだ、離れろ」



 抱き着く俺の肩を必死で剥がそうとするヴィデロさんに抗う様にさらに腕の力を強めると、ヴィデロさんの唸るような吐息が耳元で零れた。



「離れろって言ってるだろ!」

「いやだ!」



 魔素で狂う、という状態を垣間見た俺は、この状況をどうしていいのかわからなかった。でも今離しちゃいけないような気がするのは、気のせいじゃないはず。

 どうしてこんな風になってるんだろう。

 ヴィデロさんに抱き着きながら半ば混乱していると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。



「何か穏やかじゃないね。モロウに呼ばれて来てみたけど。どうしたんだ一体。ヴィデロの胸の中、黒いぞ」



 ケインさんだった。間延びした声がやけに心強くて、安堵がこみ上げてくる。



「胸の中が黒い……? だから、こんなに胸が騒めくのか。頼むケイン、俺を、止めてくれ……!」



 歯を食いしばり、絞り出すようにそう言ったヴィデロさんは、俺を抱きしめて、息が詰まりそうなほど腕に力を込めた。

 
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