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367、聖剣
しおりを挟むユキヒラは差し出された剣を前に、固まっていた。
とんでもない場面に立ち会ってる気がする。でもなユキヒラ。レガロさんが滅茶苦茶かっこよく剣の説明をしてくれたけど、実はその宝玉、作ったの俺なんだ。今ここでそれを言ったらありがたみが半減しそうだから黙ってるけど。
それにしても、あの宝玉を渡したの、今日だよ。なんで数時間で聖剣が出来上がってるのかそれが不思議だ。もしかして、すでに土台の剣はここにあったとか。
そんなことを思いながらじっと見ていると、ユキヒラがレガロさんを見下ろして、口を開いた。
「……どうして、俺なんですか」
少しだけ硬い顔だった。
そんなユキヒラの気持ちを解すように、レガロさんが綺麗に微笑む。
「『歯車は、重なり、繋がり、噛み合い、そこで初めて本来の力を発揮する』。私の一番尊敬する人物が残した言葉です。歯車が幾重にも重なりあえば、小さな力でも大きなものを動かせる。例えば、この剣はそんな小さな歯車の一つにすぎません。他にもたくさんの歯車があります。例えば、そこにいるマック君の力であったり、辺境で活躍する君たちの同胞であったり、力を求め奔走する若者であったり。それらが集まれば、たとえ一人一人の力は弱くても、とても大きな力を発揮します」
レガロさんはユキヒラに剣を差し出したまま、言葉を紡いだ。
それはまるで、何かの物語を読み聞かされているような感じだった。
「歯車は自ら集まるのではなく、何かの力が加わった時にふと噛み合うのです。それが繰り返され、大きな力となります。あなたはその力が加わり、ここに来た。これは『縁えにし』です。断っても構いません。そこで力が切れるだけの話です。その『縁』がもう一度繋がるか、それともたった一度きりのことなのかは誰にも分りませんが。マック君が私の願いを聞き届けて、あなたを連れてきてくれた。だからこそ、この剣はあなたを選んだ。ただそれだけです。どうしますか」
「わかりました」
ユキヒラはそっと剣に手を伸ばした。
持ち手を握った瞬間、ユキヒラが目を見開く。
「うわ……なんか、すげえしっくりくる。なんだこれ。これを持ったら他の剣使えねえくらい『俺のだ』って感じがする」
「末永くその相棒を育ててください」
「育てる?」
「はい。あなたの成長と共に」
レガロさんは満足そうな顔で立ち上がった。
「その剣には耐久値はありません。ただし、あなたが聖騎士ではなくなると、なまくらな剣になってしまいます。使うには「聖騎士」であるということが必要になって来るので、予備の剣は必ず持つことをお奨めします」
「えっと、じゃあ俺がサブジョブをセットした瞬間使えなくなるってことですか」
「はい。お気を付けて。そして、闇魔法を一つでも覚えてしまった瞬間にその剣は聖剣ではなくなってしまいますのでお気を付け下さい。聖騎士に闇魔法は絶対のタブーです」
「それはわかってます。でも俺が闇落ちしたらこの剣は他のやつに、とかはできないんですか?」
ユキヒラのちょっとした疑問に、レガロさんはくすっと笑った。
「その剣を手放すことが出来れば、あるいは」
「あ……なるほど」
俺にはよくわからない理屈で、ユキヒラは納得したみたいだった。武器って言うとレベルに合わせて売ったり買ったりっていうイメージがあるんだけど、聖剣ってなるとそういうのとは違うんだ。
ユキヒラは立ち上がって、剣を鞘からスッと抜いてみた。
あ、なんか今、聖水みたいなキラキラエフェクトが剣から飛び出したよ。ユキヒラが神々しくなった。
「……ありがとうございます。この剣に恥じないように……」
「期待しております。私の名前はレガロ。ほんの少しだけその歯車に干渉できる存在です」
レガロさんがユキヒラに名乗る。ユキヒラの視線がちょっとだけ動いたから、きっと裏フレンドリストにレガロさんの名前が載ったんだ。
聖剣アローナディードを腰に差したユキヒラの姿はまるで、RPGの主人公が単なる村人から勇者になったような感じだった。
今までと存在感が違うっていうか、なんかトップの醸し出す雰囲気を纏ってるようなそんな感じがした。いや、元からトッププレイヤーではあったんだけど。ちょっと気後れしそう。あの「ロミーナちゃあん」っていうユキヒラに戻って、とは言わないけど。やっぱり俺一人置いていかれてる気分を味わう。
雄太たちも着々と魔王討伐に向けてレベル上げをしてるのに。
セイジさんだってクリアオーブあと二つだし。
なんとなく置いてけぼりな気分を払しょくするために、冷めてしまった青いお茶を一気に呷る。はぁ、冷めても美味しい。ちょっとだけハーブの香りがするのが、心を落ち着けてくれる気がする。
ユキヒラは抜き身の剣を見ては溜め息を吐いて、そっと剣に触れてみたりして聖剣を堪能している。
そして、何かに気付いたように「ん?」と声を出していた。
「なんだこれ。新しい魔法覚えてる」
スキル欄にびっくりマークがついてたらしく、ユキヒラが手を動かそうと剣を鞘に納める。途端に首を傾げるユキヒラに何があったのか聞くと、ユキヒラはもう一度剣を抜きながら教えてくれた。
「剣を抜くと使える魔法を覚えた」
「へえ、そんなのもあるんだ。すごい」
「鞘にしまうとその魔法が灰色になるから、もしかして聖属性攻撃魔法かも。うわあ、試し打ちしてえ……!」
ワクワクした顔で剣をしまい、ユキヒラは目を輝かせた。
そして椅子に座り直すと、冷めたお茶を一気飲みして、「うめえ」と顔を輝かせる。
すかさずレガロさんが俺たちの空いたカップに淹れ直したお茶を注いでくれた。今度は綺麗な緑色のお茶だった。
「これで私からの用事は終わりなのですが、一つだけ。お二人とも、無理だけはなさらず。悲しむお相手のことを考えてから動くことを推奨します」
「悲しむ相手……」
パッとヴィデロさんの顔が思い浮かぶ。
うん。忠告、心に刻もう。
ふと横を見ると、ユキヒラの眉間に皺が寄っていた。
「俺にはそんな相手、いないから」
そう言えばロミーナちゃんに振られまくってるんだった。
俺は思わずフォローしていた。
「ほら、ユキヒラ宰相の人とかとも仲いいじゃん。そっちかもしれないよ」
言った瞬間、レガロさんはフッと顔をそむけた。口元を隠している。
ユキヒラは不機嫌な顔から一転、「何言ってんだこいつ」みたいな顔になった。
「お前な、フォローするならもうちょっとマシなこと言えよ。それになんだよその「宰相の人」って。普通に宰相とか名前呼びでいいじゃん」
「あ、うん。でもあの人、なんかいまいちとっつきにくいというかなんというか。名前呼びはちょっと……かといって宰相とか慣れ慣れしすぎるし……」
「何警戒してるんだよ。悪いやつじゃねえよあのおっさん」
「あの人、悪い人じゃないのはわかってるし、この国のためにすっごく色々頑張ってるのも知ってるんだけど、なんか、うん、あんまり距離を縮めたくないような気がするんだよ」
俺の微妙な説明に、ユキヒラはぶはっと吹き出した。
ユキヒラだって「おっさん」呼びしてるじゃん。失礼さは俺と変わりないよ。
「まあ、懐に入った瞬間ひたすらコキ使われるのは確かだな。あのおっさん、自分の眼鏡にかなったやつにしか仕事を振らねえから」
「それもやだなあ」
「結構面白い情報がたんまり入って来るぜ」
「それはちょっと美味しそうだけど、懐には入りたくない」
だってあの人、ヴィデロさんの過去を知ってるから。そしてヴィデロさんがあんまり嬉しそうな顔をしないから。俺の基準はただそれだけなんだけど。
だからこそ、無理難題を言われないよう、あの人の下には入りたくないというか。
ユキヒラは「そんなもんか?」と首を捻ってたけど、わからなくてもいいよ。単に俺が気を揉んでるだけだから。
『呪術屋』のドアを出る時には、ユキヒラの腰に下がっている聖剣はずっとユキヒラと苦楽を共にしてきた相棒の様相を呈していた。横で見ていた俺がそう思うんだから、ユキヒラ自身はもっとそう感じてるんじゃないかなって思う。
ユキヒラの腕に触れて、魔法陣を描く。二度の転移で王宮の敷地内にある東屋に帰って来ると、ユキヒラは改めて腰の剣を抜いた。
今度は剣を構えてみている。
「すげえ……なんつうか、手にこの剣があるのが当たり前って感じがする」
「そのかわり魔王討伐に同行決定だけどね」
「それこそ望むところだ」
ユキヒラは剣に視線を向けて、まるで悪役の様にニヤリと笑った。違う、聖騎士そんな笑い方しちゃダメ、絶対。
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