これは報われない恋だ。

朝陽天満

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316、口元を押さえて「う……っ」

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 ログインして身体を起き上がらせると、早速ステータスの所にメッセージが流れてきた。



『いったん外に出て鳥を拾ってから行ってくれ』

「了解です!」



 声に出して返事をすると、俺は急いで玄関を開けた。

 ほんの少しの隙間からヴィル鳥が入って来る。

 肩にとまったので、早速俺は転移の魔法陣を描いた。工房内から洞窟内に跳ぶと、閉鎖時間中のせいか、周りにプレイヤーのマークは見えなかった。

 早速扉を開けて入って行くと。



 ヒュン! と真横に何かが飛んできて、すぐ横の壁から破壊音が……。

 思わずビクッと身体を震わせて目を見開くと、中では大剣技大会が行われていた。

 ヴィデロさんと豹の獣人さんが、真剣な眼差しで剣を打ち合わせていた。そこから飛ぶ斬撃が出るわ出るわ。見物をしている獣人さんたちの方に飛んでも宙でシュン、と消滅するので、向こうは何か防御幕的な物を張ってると思われる。

 二人とも傷だらけだ。でもなんかすごく楽しそう。混ざった瞬間俺瞬殺な遊びだけど。



 ヴィデロさんはそのすぐ後に豹の獣人さんの剣を弾き飛ばして、首もとに剣を突き付けて勝利した。カッコいい。好き。

 そしてそこで俺に気付いたらしく、「怪我はなかったか?」と慌てて駆け寄ってきてくれた。俺は大丈夫だけどヴィデロさんがすり傷だらけだよ。

 カバンからハイパーポーションを出して傷口に掛ける。スッと治っていく傷口に満足していると、きゅっと素敵筋肉に抱きしめられた。



「ありがとう」

「ううん、でもすごかった。かっこよかった。ヴィデロさん強いね」

「まだまだ。もっと強くなってマックをしっかり守れるようにならないとな」



 俺のために強くなるって言ってくれるのがすごく嬉しい。

 後ろの方では「次俺と!」「俺が次の順番だ!」「くっそドウランも負けちまったか」とか獣人さんたちが大騒ぎしている。ヴィデロさんは俺をギュッとしたまま後ろを振り向いて、「マックが来たから、また今度」と苦笑した。

 ふと上を見上げると、俺の肩に乗っていたはずのヴィル鳥は、ヴィデロさんの頭の上にちょこんと乗っていた。い、いつの間に。可愛すぎか! 俺をキュン死にさせる気か!



『無事着いたな。そろそろ開始するが、いいか?』



 ヴィデロさんの頭の上で、ヴィル鳥がピヨと鳴く。可愛すぎてログを見逃すところだった。心臓に悪い。



「ヴィデロさん。そろそろ送られてくるって。検証するのは、ちゃんと食べれる物として出てくるのか、温度はどんな感じか、味は変わってないか、変質してないか。ってところらしいよ。現れたら俺が一度鑑定することになってるから、食べれそうなら、ヴィデロさんが食べてみてね。味は……どうかな。向こうにしかない調味料を使ってるから」

「楽しみだな。マックの料理はどれも美味しいから」

「だといいけど」



 ドキドキしながら部屋を見渡す。

 前にお酒が出てきたところから現れるのかな。

 ヴィデロさんの腕の中でじっと待っていると、ログがカウントダウンを開始した。

 『0』の文字の所で、宙にケインさんが試行錯誤して描いた魔法陣が光る。その後、まるで転移で現れたかのように、いきなりさっき俺が肉じゃがをよそったガラスの器が出てきた。しっかりと蓋もついていて、透明な中の見える器に、肉じゃがが入っている。でも見た目はあんまりよくないかも。ニンジンとかささげとかを入れたから色どりは悪くないと思うんだけど。

 獣人さんたちも、固唾を飲んで見守っている。

 俺はヴィデロさんの腕から抜け出すと、そっと器に手を伸ばした。うん、あったかい。ちょっとだけ冷めてる気がするけど、ちゃんと熱は残ってる。



「鑑定。『異世界の料理。異世界の発酵調味料を使って作られた異世界の食物。独特の味をしている』だって。何とか食べ物に分類されてる」

「なんだよその『発酵調味料』って!」

「俺も食いてえ! なんかすげえいい匂いがする」

「酒はねえのか?!」

「一口! 俺が食って味判定してやるよ!」



 鑑定結果を読んだ瞬間、獣人さんたちが堰を切ったように盛り上がり始めた。案外新しもの好きなんだよなあ。

 でもダメ。これはヴィデロさん専用なんです。

 しっかりと器を抱えて、蓋を取る。ふわっと煮物のいい匂いが漂った。

 でもこの匂いに馴染みのないヴィデロさんは、いい匂いとか思うのかな。

 インベントリからこの日のために作った、というか用意しておいた木の棒二本を取り出して、箸代わりにそれで糸こんにゃくを一本摘む。ちゃんと味も染みてるっぽい。鑑定すると、異世界の野菜を使った加工食品となった。全部異世界で説明されているのが面白い。

 その一本をパクっと口にしてみると。



「そのままの味だ……」



 ログインする前に食べた味と全く変わりなかった。





 ヴィデロさんの前に器を差し出して、ちらっと見上げる。



「さっき俺が作ったやつ。これ、食べて欲しいな」

「もちろん。楽しみにしていたんだ」



 満面の笑みでそう返されて、俺はホッとした。

 ガラスの器と箸を一緒に渡そうとして、ハッとする。



「ヴィデロさん、お箸は使えないよね」

「その二本の棒で物を食べるというのがすごく不思議でならない」

「アリッサさんは箸を使わなかった?」

「特には見た事がないな」



 スプーンとかフォークはインベントリに入ってないんだよな。いつも出掛ける時は手に持って食べられるものばっかりだったから。

 じゃあ仕方ない。俺が食べさせよう。

 緩む顔を必死で引き締めながら、俺はもう一度ヴィデロさんを見上げた。

 仕方ないんだよ。箸しかないんだから。あーんをしたかったわけじゃ……したいです。

 初めて食べさせる俺の世界の料理、ヴィデロさんにあーんで食べさせたいです。

 メインの肉を箸で挟んで、それを持ちあげる。



「ヴィデロさん、あーん」

『ごちそうさまかよ畜生!』



 鳥がピヨと鳴き、そんなログが流れて来る。この言葉遣いは佐久間さんかな。でも残念。まだ食べ終わってないどころか食べ始めてもいないから、ごちそうさまじゃないんだよ。

 ヴィデロさんは差し出された肉を、ためらいなく口に含んだ。

 そして、ハッと口元を手で押さえて「う……っ」と唸る。

 その反応に俺は大いに焦った。え、え、なに、ダメだった?!



「まずかった?! だったらぺって出して……」

「なんだこれ……今までこんなに旨い物を食べたことがない……」



 目を見開いて、口元を手で隠して、俺の言葉を遮るようにポツリと呟く。

 その言葉に、俺は盛大にはぁぁぁぁ、と息を吐いた。

 口に合ったならよかった。ほんとよかった。……でも前に塩スープ食べさせた時も同じこと言ってたよね。



「マック、あーん」



 咀嚼して口の中に物がなくなった瞬間、今度はヴィデロさんが自ら口を開いた。

 その頭の上では、鳥がピヨピヨ鳴いている。でも俺は、ヴィデロさんの自ら口を開いてくるそのスタイルに悶え転げそうになって、ログを全然読んでいなかった。

 いくらでも食べさせてあげるよ。あああ、可愛い。

 今度はニンジンとささげをまとめて口に突っ込む。次は糸コン。次々と器の中がヴィデロさんの口に消えていくなか、くいくいと俺とヴィデロさんのズボンが引っ張られた。



「ユイル!」

「おにいちゃん、それ、おいしい?」

「ああ。うまい。ユイルも食べるか?」



 ユイルが興味津々で俺たちを見上げていたのを、ヴィデロさんが優しく微笑んで抱き上げる。鳥とユイルとヴィデロさんと。なんだこの最高空間は……!

 俺に対してのご褒美だよ!



「すごくおいししょうな匂いがする。おにいちゃんがつくったの?」

「マックが作ってくれたんだ。ユイルもあーんしてみろ」



 胸元まで抱き上げて、ヴィデロさんがユイルを促すと、ユイルは円らな瞳をキラキラさせて口をパカっと開けた。可愛すぎか!

 とりあえずささげを口に入れてあげると、ユイルはモグモグと噛んで、そしてまた口をパカっと開けた。おかわりかな? 次はニンジンをあげよう。



「おいしいね! おにいちゃんのご飯、おいしいね!」

「ありがとね! たくさん作ってあげるからね!」



 俺も目をキラキラさせてユイルにそう答えると、ヴィデロさんがフッと吹き出した。



「マックユイルと同じような顔をしてるぞ」



 そんなことないですけど。







 その後、食べたそうにしていた獣人さんたちに一口くらいずつ行きわたった。中にはヒイロさんもいて、これはなんだこれはどうしたこの調味料とはなんだとかひたすら訊いてきたので、わかる範囲で答えた。



「なあなあ鳥。今度はこのくにくにしたやつ送ってくれよ。俺も作ってみたい」



 中でも糸こんにゃくに興味を示して、ヴィル鳥に向かってそんなことを言っていた。俺が「なんか芋から作られた物」って教えたから。

 今度は育っている苗とかそういうのを送る実験も取り入れるみたいなことを獣人さんたちが盛り上がっていたけど、そこらへん勝手に決めていいのかな? 

 すっかりなくなった空の器は、返却は出来ないので、俺が工房に持って帰ろうと思ってたんだけど、ヒイロさんがぜひ欲しいと言い出した。蓋つきのガラスの器が気に入ったらしい。

 ユイルは味見をしてご満悦状態で、石化を解かれていたジャル・ガーさんの膝の上にニコニコとちょこんと乗っている。ゆったりと大きな手に撫でられて、嬉しそうだった。

 その後、協力してくれている獣人さんへの差し入れとして、またもお酒が送られてくる。まだまだ送りきれてない酒があるらしいんだけど、一体どれだけ買ってあるんだろう。

 ヒイロさんは一生懸命ヴィル鳥に「これの調味料の原料の種を送ってくれ」とか「作り方を教えてくれ」とか頼み込んでいたから、もしかしたら獣人の村では和食が流行るのかもしれない。正直ここまでヒイロさんが食いついてくるとは思わなかったけど、でも獣人の村なら大丈夫かなとか思わなくもない。下手に異世界の苗とか流出させちゃって、こっちの世界の生態系とか壊したら怖いもんね。だからこそ獣人さんたちとしか実験しないんだ。



『味、温度、ともに問題なしだな。やはりあの魔法陣が秀逸なんだろうな。あとは健吾、適当に工房に戻ってログアウトしてくれ。ちなみに、こっちにある鍋の中身は、佐久間の腹の中に消えた。だから、俺と健吾はコンビニの弁当だ』



 うすうすはそうなんじゃないかって思ってましたから、覚悟はできてます。大丈夫、コンビニ弁当も嫌いじゃないから。



「そろそろ戻らないと」



 ヴィデロさんとヒイロさんにそう言うと、ヒイロさんがあからさまに残念そうな顔をした。



「俺にも鳥の言葉がわかればいいのに。そうすりゃマックがいなくても鳥を捕まえて持って帰って色々聞くのに」

「師匠……よっぽど俺の料理が気に入ったんですね」



 おどけてふざけてそう言うと、ヒイロさんは真顔で頷いた。え、マジでそんなに気に入ってくれたの? 

 冗談で言ったのにそんな真顔で返されると、ちょっと照れる。

 でも鳥さんは中の人がちゃんとモニター越しに話しかけてこないと返事がもらえないから連れ帰ってもお喋りできないからね師匠。



「マック、帰りは俺が乗ってきた馬で一緒に帰ろう」

「うん!」



 ヴィデロさんの申し出に、帰るのが遅くなるとかそういうことをすっぱり忘れて即答した俺。夜中の馬上デート最高です! 







 獣人さんたちに見送られて石の部屋を出た俺たちは、転移の魔法陣で洞窟の入り口まで跳んだ。外に出ると、繋がれてもいない馬がひょこっと顔を出す。優しそうな顔つきがすごく美人な馬だった。

 ヴィデロさんは、現れた馬の鼻を優しく撫でて、それからひらりと馬に飛び乗った。そして俺に手を差し出してくる。

 捕まると、ふわっと浮いたと思った瞬間には、俺も馬上の人となっていた。いつもながら鮮やか。馬の鬣を撫でて、「よろしくね」と声を掛けると、馬は鼻をフン、と鳴らした。



 馬は快適に森の中を駆け抜ける。前はなかった道のような物が出来ているのがなんだかおかしい。皆が行き来するようになったから道になったのかな。

 なんて森を観察していると、ヴィデロさんが俺の後頭部にチュッと唇を寄せた。

 洞窟を出た瞬間ヴィル鳥がどこかに跳んで行ってしまったから今は見られてないとは思うけど、どうせキスするなら正面を向き合って口にして欲しいなあ。

 そう思って身体を捻ると、今度は頬にちゅっと唇がくっついた。



「マックは本当に料理の天才だな。最高に旨かった。あんなに旨い物食べたことがなかった。……あんな料理をいつでも食べられるあいつに嫉妬する」

「あいつって、ヴィルさん? そういう契約でヴィルさんの所で働いてるからね。でも俺はまだまだ料理は下手くそだよ。レパートリー少ないし。もっとたくさん美味しいものを作る勉強しないと」



 何せ来年は毎日だからね。しかも昼食と夜食を作らないといけないみたいだから、今作れる種類だと二週間くらいで手詰まりになるんだ。

 そこで料理の勉強をして、ヴィデロさんと一緒に住み始めた時にたくさん美味しい料理を作ってあげたいんだ。胃袋を掴んでおきたいから。



「あいつはいつでもマックに会えるのに、俺は……この距離がもどかしい」



 俺に言うでもなくポツリと呟かれたヴィデロさんの言葉は、それでもしっかりと聞こえていたのだった。

 うん、俺も、もどかしい。

 胸をギュッと掴まれたような感覚が沸き上がってきて、俺は思わずヴィデロさんの腕に頬を摺り寄せて、ヴィデロさんの存在を確認したのだった。





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