これは報われない恋だ。

朝陽天満

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313、レイドメンバー候補

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 筑前煮とサバの味噌煮と具沢山味噌汁を並べて、佐久間さんに声を掛ける。

 佐久間さんはその一言でパッと仕事を中断して、いそいそと奥に来た。そして、壁に掛かっているモニターフォンをピッと押す。

 すると、モニターに『あと5分待て』という文字が出てきた。

 待たねえよ、とさっさと席に座った佐久間さんは、「さ、食うか」と満面の笑みで俺にも座る様に促した。

 ほぼ食べ終わる、という頃に、ドアが開いてヴィルさんが顔を出した。

 佐久間さんの隣に座っていただきます、と手を合わせる。



「冷めちゃったから温めますよ」

「いやこのままでいい。どうせ冷めても健吾のご飯は美味しいからな」

「でも熱い方がもっと美味しいですよ」



 いいから、と俺にもちゃんと食べるように促したヴィルさんは、やっぱりというかADOにログインしてレベル上げをしていたらしい。

 あれ、でも内線通じてたよね。ログインしてるのになんで? と思ったら、モニターフォンとギアを連動させてたらしい。そんなことも出来るんだ、ギアって。

 どんなことをしていたのか訊いてみたら、俺が想像していたようなことにはなってはいなかった。まずはヴィデロさんの所に行って門番さんたちに稽古をつけてもらって剣スキルをゲットした後、クラッシュの所に行って古代魔道語スキルをゲットして、さらにトレの森の方じゃなくて、北門からドゥエの街の方に向かう道でレベル上げをしていたらしい。剣スキルをゲットしたから、そっちの魔物は何とかソロでも倒せるようになったとか。……万能型、恐ろしい。



「レベルも上がったよ。あれはいいな、剣のスキル。振り回すのが楽になった」

「補正かかるらしいですからね」

「らしいってことは健吾は持ってないのか?」



 ヴィルさんの純粋な疑問に、俺は言葉を詰まらせた。



「……俺は、生産系ですから」

「バカヴィル。察してやれよ」



 そっとそう答えると、佐久間さんがヴィルさんのわき腹を肘で突いてフォローしてくれる。

 でもね佐久間さん、その気遣いが辛いです。ヴィルさんも悟ったような顔で「なんか、ごめんな?」とか謝らないでください。余計に心に刺さります。どうせ俺は剣に見放されてますよ。剣スキル、どれだけ剣を振り回しても未だに覚えてないよ。今度本気で教わりに行こうかな。

 唇を尖らせていると、ヴィルさんが話を逸らすように「そうだ健吾」と声をかけて来た。



「弟と話をしてきたんだが、次の弟の休みが健吾のバイトと重なるから、その日に例の約束を果たすからな。気合い入れて作ってくれよ。ついでにちゃんと温度もそのままで送れるのかを検証したいし、味も同じなのか検証したい。だから、健吾は作って味見したらここでログインして、すぐにあの洞窟に行ってくれないか?」

「あ、はい。でも、何を作ろう」

「男心をぐっと掴むものと言ったら、決まってるだろ。肉じゃがだ」

「それはこっちでの話ですよね?!」

「ちなみに俺は肉じゃがにぐっと心を掴まれる」

「佐久間さんの心を掴んでどうするんですか」

「俺の仕事が捗って佐久間はご機嫌、一石二鳥じゃないか」



 にこやかに言い切るヴィルさんに、俺は肩をがっくりと落とした。

 その後メニューのことでしばらくワイワイしてから、俺たちはまた各自の作業に取り掛かった。





 次の日。

 俺が学校に行くと、雄太がスッと自分の携帯端末を取り出して俺に見せて来た。

 中を覗き込むと、早速限界突破アイテムのことが話題になっているらしい。

 すっごく曖昧で、出所すらわからないような感じで情報を流したのに、それでも掲示板内では恐ろしいくらい書き込みがある。



「……皆限定解除したかったんだ……」

「まあ、そりゃそうだろ。俺らにしたって、レベルが199で止まったし。経験値が入らなくなったんだよ。だからパーソナルレベルは、通常状態だと199がマックス。もう少し前から『白金の獅子』もその状態になって悔しがってる。でも勇者はたとえ伸びしろがなくなっても、今度はその状態でさらにどれだけ上手い戦いができるかを考えることは出来るし、身体能力よりも必要な物はたくさんあるから手を止めるのは得策じゃねえって言って相変わらず魔物狩りに俺らを連れ出すけどな。まあまだジョブレベルはMAXじゃねえから」

「勇者も色々凄いね。でも俺もMPはMAX状態だしもっと伸ばしたいけど限界値だからこれ以上上がらないから限定解除は欲しいんだよな」

「そんな状態でコレは滅茶苦茶垂涎だろうしな。あ。『白金の獅子』は即飛びついてくれた。でも、マッドライドは誘えねえ」

「誘えない?」

「何かわからんけど、勇者が「俺も連れてけ」って言いだしてさ。だから、一人外れないといけなくなりそうだから誘うのやめにしたんだ」

「なるほど……勇者が。それ、試練がイージーモードになるんじゃないの?」

「どんなのかわからねえから何とも言えねえけどな」



 書き込みを覗き込みつつ、雄太の言葉を反芻する。

 ってことは、俺達三人と、雄太たちの面子9人で12人で挑むってことになるよな。残り枠3人分しかないから、4人パーティーは誘えない。

 「どこにあるんだああああああ」「情報くれえええええ」的な書き込みがずらっと並ぶ掲示板が、限界突破アイテムのすごさを物語っている。

 誰かがあそこに辿り着いて、あの文字を読めたら、そこで別枠で同じクエストが発生するのかな。でもあれって発見者は必ず一緒に入らないといけないから、誰かを連れて行って文字の意味を教えて読ませたら、そこでまた俺も入らないといけなくなるってことかな。クエストの重複はしないんだよな……?







 学校から家に帰り着いた俺は、今日はゆっくりログインできるぞ、と早速ギアを被った。

 見慣れた工房のベッドで目を開き、立ち上がる。

 限界突破のクエストも大事だけど、セイジさんクエストの方も大事。80%を超えた成功率を視線に入れながら、残りは複合調薬のレベル上げで埋めようかなとか考える。

 レシピを開いて、素材の有無を確認していると、ピロンとチャットの通知が来た。

 チャット欄を開いてみると、そこにはヴィルさんからのメッセージがあった。



『すぐに天使の所へ来てくれ』

「クラッシュの所? 何かあったのかな」



 工房のインベントリを閉じて、首を傾げる。

 すぐにってクラッシュに何かあったのかな。この時間は普通に店が開いてると思うんだけど。

 俺は魔法陣を描いて、クラッシュの居住区に跳んだ。



 そこには、エミリさんがいた。



「あら、マック、久しぶりね」



 ゆったりと椅子に座ってお茶を飲むエミリさんは、俺の姿を見るなり笑顔で手をひらひらさせた。

 エミリさんを見る限り、特に何かあったような雰囲気じゃなかった。ってことは、店の方かな。



「すぐに来るように呼ばれたんで、急ぎの用かと思って慌てて来たんですけど」

「急ぎの用……? どうなのかしら。クラッシュなら店にいるわよ」



 エミリさんにお礼を言うと、俺は店に通じるドアから顔を出した。

 そこでは、カウンター裏で本を広げるヴィルさんと、棚の埃取りをするクラッシュがいた。お客さんはいないみたいだ。



「ヴィルさん、クラッシュ。何かあったの?」



 店に足を踏み入れつつ声を掛けると、2人は一斉にこっちを振り向いた。



「マック! ヴィルに聞いたよ。なんか面白いところに行くんだって? ちょっと詳しい話を奥でしよう」



 いきなりそう言いだしたクラッシュは、施錠の魔法陣をドアに飛ばすと、俺がたった今出てきたドアに俺を押し込んだ。後ろからはヴィルさんもついてくる。手には、古代魔道語の本。もうあれを一人で読めるんだ……。ヴィルさんの能力がハイスペックすぎて嫉妬も沸かない。

 ついでにクラッシュにお茶を淹れて欲しいと頼まれたのでキッチンに立つと、エミリさんが興味津々でヴィルさんを見ていた。



「あなた、ヴィデロ君そっくりね」

「兄ですから。ギルドマスターはうちの弟と親しいんですか?」

「だってヴィデロ君とマックはクラッシュの友達よ。それよりもあなた、この間ギルドに登録していたでしょ。異邦人……だったと思うんだけど、異邦人がなぜヴィデロ君と兄弟なのかしら」

「それには色々な事情があるんですが、ギルドマスターはうちの母を知っていますか?」

「……ヴィデロ君のお母様、ってことかしら? 噂では聞いたことあるわ。面識は……なかったんじゃないかしら。もしかして、ヴィデロくんのお母様の噂って」

「どんな噂が当時出回ったのか俺は知らないのですが、母が『幸運ラッキエスト』所持者だというのは本当の話です」



 お茶を蒸らしながら、ヴィルさんの話を聞く。

 カップはクラッシュが用意してくれたので、ポットを持ってテーブルに向かうと、エミリさんは「面白いわね」と口角を上げた。



「彼女は流れ着いた異邦人だっていう噂はかなり出回ったのよ。私はその噂、話半分で聞いていたの。自分と違う能力の者をそうやって省くのは人族の常だから。でもその噂が本当だったとしたら、ほんと、真実っていうのは面白いわね」

「正真正銘、俺と彼は兄弟ですよ。ただ、生きてきた世界が違うというだけで。ちなみに母はもうここから俺たちの世界に帰ってきています」

「異空間を渡ることができるなんて、本当に面白いわ。それに、異邦人たちの能力も」

「俺たちの力は、この世界の救いになっていますか?」



 ヴィルさんが何気なくエミリさんに聞く。すると、エミリさんは目を細めてふふっと声を出して笑った。



「もちろんよ」



 その笑顔とその一言が、なぜかとても質量を伴って俺の心に染み込んできた気がした。





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