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309、パーティー申請が来ています。許可しますか「▶YES]「NO」
しおりを挟む「やあ健吾。まだ寝てなかったのか?」
爽やかな声でそんな挨拶をしたヴィルさんが、アバター安置所から顔を出した。
「ヴィルさん。こんばんは。どうしたんですか?」
「たまにはこっちの世界を堪能しようと思ってね。それより健吾は明日も学校だろ? 寝なくていいのか?」
「これからログアウトするところだったんですけど。とりあえずお茶でも飲みますか?」
お茶を勧めてみると、ヴィルさんは笑顔で頷いたので、俺は寝室には入らないでキッチンに立った。
茶葉を用意して魔法陣で熱湯を出す。そしてアバターだからあんまり関係はないんだろうけど、きっと仕事のし過ぎで無精ひげと隈を顔に張り付かせているだろうヴィルさんに、頭のスッキリするお茶を淹れる。
最後の仕上げに、サービスで祈りを込めて、聖水茶にしてみた。
どうぞ、とちょっとキラキラした赤い色のお茶を差し出すと、ヴィルさんは頬杖を突きながら俺の方を見ていた。
「その「祈り」スキル、聴き心地がいいな。眠くなりそうだ」
「だったら寝てください。最近また寝不足なんじゃないんですか?」
「寝る間も惜しいことってあるだろ? 俺にとって異世界間転移の研究はそれにあたるんだよ。悔しいのは、土台は俺じゃなくて母が作っていたってことかな。引き継いだだけだというのが悔しいし、母を越える技術者にはまだまだなれていない」
異世界に転移してしまってなお研究することを辞めなかったアリッサさんを越すことって、実はものすごく難しいんじゃないかな、なんて話を聞いていてふと思う。
それでも寝る間も惜しんでそんな高みを目指すヴィルさんは、凄い人だと思う。
俺に、そこまで出来るようなことなんてあるのかな。
自分もお茶を飲みながら尊敬の眼差しでヴィルさんを見ていると、それにしても、とヴィルさんが肩を竦めた。
「この間も少しログインして街の外に出てみたんだけど、流石に武器を持っていないと一発で魔物にやられるな。死に戻ってここでリスポーンしたよ。なかなかに面白い体験だった。健吾は凄いな。こんな怖い世界に躊躇いなく飛び込もうとしているなんて。もし安全性を確認してとうとう人物を送ることもできるということが確認されても、たとえ健吾は行く気満々でも、俺が送るのを躊躇ってしまいそうだ。まあ、あの弟がついてるなら多少は安心なんだろうけどな」
「でも、それでも俺はこの世界に来たいです」
「生身じゃなくて、ログインすれば会えるとしてもか?」
「だって、こういうゲーム的サービスって永久じゃないじゃないですか。もしあの糸が切れたら、その時点でログインできなくなるだろうし、もし運営の方針が変わったらやっぱりログインできなくてこっちに来れなくなる。そしたら、俺はもう二度とヴィデロさんと会えないんですよ。そんなのは……考えただけで」
考えただけで、暴れたくなる。もう、向こうの世界でもヤル気が出なくなる気がするし、もうこんな気持ちを誰かに抱くこともできなくなる気がする。
失恋とかそんな可愛い気持ちでなんかいられない気がする。そんな気がするなんて考えただけでも、胸が痛くなる。
視線を落とすと、ヴィルさんの微かな笑い声がした。
「うちの弟をそこまで好きになってくれて、ありがとう、と言えばいいのかな。ホントに、健吾は不思議な子だね。高校生の歳なんて、とても多感な時期じゃないか。気が多いくらいが普通だと思うんだけど、一途なんだな」
「俺の周りは一途なのが多いですよ。皆ちゃんと自分の彼女を大事にしてますし。普通です」
「普通か。でもそれを言ったら、俺の方が普通じゃないかもな。俺はまだそこまで強い想いを誰かに抱いたことがないから。そんなことより研究を、なんて、その多感な時期はひたすら機械やテキストと向き合っていたな」
「おれも、ヴィデロさんと付き合い始める前まではそんな感じでしたけど」
「弟が初恋か……そうだ健吾。制限解除はしたのか?」
「しました」
「……したのか?」
「それをお兄ちゃんに報告しないといけないんですか?」
興味津々で訊いてくるヴィルさんに、顔を赤くしながら突っ込むと、ヴィルさんが笑い始めた。
確かにお兄ちゃんにそういう報告をするのはおかしいか、なんて肩を揺らしている。
「でも健吾。今の言葉でちゃんとわかったから。そうかそうか。身も心もあれか」
「あれって何ですか」
「健吾、顔が赤いぞ。さすがにアバターは凄いな。ちゃんと表情が出る」
ニヤッと笑ったヴィルさんは、お茶の礼を言うと、椅子から立ち上がった。
そして、宙を操作して剣を取り出していた。
「じゃあな健吾。明日は来るのか? リクエストはサバの味噌煮な」
「これから街の外に出るんですか?」
「ああ。ちょっとレベリングをしてくる。ようやくレベル5になったんだ。でもあれだな。トレ付近だと俺には魔物が強敵だ。やっぱりウノの街から始めないとレベルを上げるのも辛いな」
「付き合いましょうか?」
「いや、大丈夫」
笑顔で付き添いを断られたので、俺はとりあえずインベントリからハイポーションマジックハイポーションを10本ずつ取り出してヴィルさんに渡した。
レベル5くらいだとほんとはポーションでもいいくらいなんだけど、俺もうポーションは作ってないんだよなあ。辛うじてクラッシュの所に納品するハイポーション類は作ってるけど。
ヴィルさんの姿はまんま初期装備。これでレベル5でトレ周辺はレベル上がる前に死に戻ると思うんだけどなあ。
行ってくる、と言って出ていったヴィルさんを見送ってから、なんとなくウダウダとキッチンでお茶を飲んでいた俺。
そろそろ本気でログアウトしないとな、と時間を見て椅子を立ち上がったところで、目の前にキラキラした光が現れた。
何事だと見守っていると、それは徐々に人型に変わっていった。
「死に戻ってしまった」
光から姿を変えながら、ヴィルさんは屈託なく笑って、また行ってくる、と玄関に手を掛けた。
「ヴィルさん……せめて冒険者ギルド辺りで一緒に行動してくれる人を探したらどうですか?」
「それも考えたんだけどな。俺、弟とかなり似てるだろう。顔もそのまま反映してしまったしな。一度冒険者ギルドに登録に行ったら、知らないユーザーに門番を辞めたのか訊かれてしまって。破局したのかとか、それとも薬師と結婚するから動けない門番じゃなくて冒険者をやるのかとか色々詰め寄られてな。健吾と弟はこの街ではかなり有名だな、ははは」
「え……あの、ごめんなさい」
「いや、誤解は解けたんだけどな。腰の剣が初期装備だったのに気付いてもらって。門番さんはNPC表記だけど俺はしっかりプレイヤーだったしな」
じゃあ、と玄関を開けるヴィルさんに手を振って、ふと、黒い鎧の横に立ててある俺の剣が目に入る。
ここで待ってたらまた10分後くらいにヴィルさんがリスポーンされて帰ってきそうな気がした俺は、その剣を掴んでヴィルさんの後を追うことにした。
少しぐらい寝不足だって大丈夫、と頷きながら、道を歩くヴィルさんに駆け寄った。
「レベリング手伝います」
隣に並んで足を緩め、そう声を掛けてパーティー申請を飛ばすと、ヴィルさんは驚いたようにこっちを見た。
「寝なくていいのか? 明日も学校だろう? そしてサバの味噌煮だろ」
「大丈夫です。一日くらい。そして明日の献立は筑前煮です」
「筑前煮も捨てがたい。が、俺はサバの味噌煮が食べたい。追加予算も出そう」
「……善処します」
ヴィルさんが申請を許可して、俺たちの臨時パーティーが成立する。
2人で道を歩きながら明日の夜の献立を話していると、門が見えて来た。
それにしてもさっきはどれくらいの所で死に戻ったんだろう。
っていうか装備を変える気はないのかな。ヴィルさんが何の職業にしてるのかわからないから俺の古い装備を勧めることもできないけど、流石に初期装備のままじゃ一発くらっただけでHP刈り取られると思うんだけど。
そんなことを考えていたら、門に立っていた門番さんが「よう」と声をかけて来た。
「マックこんな時間にどうしたんだよ。おい、鐘鳴らせ」
「ちょっと魔物狩りを」
「夜は魔物が活性化するからあぶねえぞ。待ってろ今ヴィデロ呼んだから……って、マックお前の連れ……」
門番さんはふとヴィルさんを見て、動きを止めた。
「ヴィデロの兄ちゃん、魔物にやられたのか?」
「ああ。さっき振りだな。がっちり死に戻ったよ。見てられなくてマックが付き添ってくれることになったんだ」
ははは、なんて声を上げて笑うヴィルさんに、門番さんが「いや、笑い事じゃねえよ……」とげんなりした顔をする。そんなことをしてる間に、詰所の扉が開いた。
中から、軽装備のヴィデロさんが出てくる。
「マック、どうしたんだこんな時間に」
手を広げて俺を抱きしめようとしたヴィデロさんは、横に立っていたヴィルさんを視界に入れて、その状態で動きを止めた。でもせっかく手を広げてくれているから、くっついとこう。
「俺の弱さを見ていられなくてマックがレベル上げに付き合ってくれるんだ」
「俺も行く」
ヴィルさんの説明に、すぐさまそう返したヴィデロさんは、くっついている俺をギュッとしてから、ヴィルさんの隣に並んだ。
え、なにこれ。二人が共闘?
思わぬ三人パーティーに、俺はひそかにログアウトしなくてよかった、とワクワクするのだった。
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