これは報われない恋だ。

朝陽天満

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302、3・2・1

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 ケインさんは、何度か魔法陣を宙に投げていた。そしてその都度「ダメだ。強度が」とか「今度は柔軟性が」とかブツブツ呟いていた。魔法陣の微調整が難しいんだろうなあ。見ていても俺の知らない単語を多用してるし。もっと古代魔道語レベルが上がらないと描けないレベルの魔法陣なんだと思う。あの森にあったここにまっすぐ直通できる固定化魔法陣も同じような物だったけど、あれはたしかにあの場所を通るだけでここに来たしなあ。こっちからはそうはならないから、あの魔法陣と同じようなことをあの光の糸に施そうとしているようだった。なんかすごい挑戦をしているみたいだけど、レベルの低い俺にはほんとさっぱり。

 今度はヴィルさんも向こうの状況を説明しながらの試行錯誤だったので、俺もケインさんの隣に立ってヴィルさんの言葉を一言一句間違えずに伝えていく。

 ヴィルさんの所では、物質が消えた瞬間に同調率が一気に乱れるんだって言ってた。かといってギアと同じ波長を合わせるやり方をすると物質自体は送れないらしくて、なかなか難しいらしい。

 ケインさんはひたすら魔法陣を描き続け、とうとう魔力が切れそうになったらしく、「ヒイロ!」とヒイロさんを呼んでマジックハイパーポーションを貰っていた。一発で全快してたみたいだったから、俺の作るものとはまずレベルが違うよね。ケインさんは魔法陣とか魔法特化の獣人さんらしいから、MPだってきっと恐ろしいくらい高いだろうし。それが一発でほぼ全快に近い回復なんて、俺、何年修行してもできる気がしない。



「三つ数えたら送ってくれ」

『三・二・一……』

「そりゃ!」



 ケインさんから魔法陣が飛ぶ。さっきまでの魔法陣は糸があると思われる場所で弾けて霧散していたんだけど。

 今回は霧散せず、その魔法陣がスッと宙に消えた。



「お、もしかして?」

「ようやく、だな」



 その言葉でわかる。今度こそ、魔法陣がちゃんと効果を発揮するってことだ。

 いつの間にか、後ろで騒いでいた獣人たちが静かにこっちを見守っていた。

 誰かの喉がごくりと鳴る。











「……来た」



 ひらり、と宙に一枚の紙が舞った。

 そして。

 足元で、コトリ、と音がした。



『……成功か?』



 宙を舞う紙をジャル・ガーさんが受け止め、ケインさんが足元に転がった小さな瓶を拾う。

 紙には、流暢なこの世界の字が書かれていて、アリッサさんからジャル・ガーさんへの手紙であることが分かった。

 ケインさんが拾った瓶は、しっかりと俺たちの世界の字のパッケージが張り付けられていて、そこには有名な日本酒の銘柄が描かれていた。





 瓶がケインさんの手にあるのを確認して、俺は、身体の中の何かが高揚してくるのを抑えることができなかった。

 成功?

 ってことは、俺が、こっちの世界に来るのが、できるってこと?

 だとしたら。

 俺は、すぐにでも。ヴィルさんに頼んだら、なんて答えてくれるかな。

 すぐに、俺をこっちに。



 ケインさんがその小さな瓶をジャル・ガーさんに渡すために「ジャル様」と声を上げたことで、ハッと我に帰る。

 それを受け取ったジャル・ガーさんは、アリッサさんからの手紙にしっかりと目を通してから、ふと俺に視線を向けた。



「マックは、こっちに来るのが片道だとしても、ここに来る気はあるのか?」

「もちろん」



 ジャル・ガーさんの問いに間髪入れず答えると、その小さな瞳孔がキラリと光った。

 口元が弧を描き、ニヤリとする。



「ヴィデロがいるからか」

「ヴィデロさんがいるから」



 やっぱり迷うことなくそう答えた俺に、そうか、とジャル・ガーさんは呟いて、手の酒瓶を掲げた。



「とりあえず成功だ。が、マックはまだ来るんじゃねえぞ」



 ジャル・ガーさんが何かを見据えるようにじっと俺を見下ろしてくる。

 すぐにでもこっちに来たくてドキドキしていた俺は、その瞳に気圧されて、スッと熱が冷めた。



「どうして、って聞いてもいいですか」

「どうしてってあれだ。前にヴィデロと二人でここで酒盛りをしている時に聞いたからだ。マックが魔大陸に行くことになるかもしれないってな。こっちの世界に来ちまったら、お前、魔大陸に渡れなくなるぞ。並の魔力じゃあ正気を保てねえからな。それをヴィデロがとんでもなく悔しがっててな。なだめるのに苦労したんだわ。まあ止めなかったらマックは魔大陸に行くことはなくなるからヴィデロとしては嬉しいだろうけどよ、マック」



 そうだった。俺は、セイジさんから頼まれたクエストを抱えているんだった。それをやり遂げないとそもそもヴィデロさんの暮らすこの世界自体が消えてしまうかもしれなくて。

 ジャル・ガーさんの言葉に、頭の熱が一気に下がった。



「お前は、まだその身体でやらなきゃいけねえことが色々とあんだろ。来る時期を間違うな。そして、見極めろ」

「そうでした。俺、すっかりヴィデロさんのことで頭がいっぱいになって」



 大きく深呼吸をすると、外野の獣人さんたちが「番と一緒になれるんならしょうがねえって。それが普通だからよ」と言葉を掛けてくれる。

 けれど、その助言をくれたのは、その時の状況を正しく理解してひたすら考えて後悔しながらも番と離れることを選択したジャル・ガーさんで。



 言葉の重みがまるで違った。



 俺は口元を引き締めて、頷いた。



「やることをやったら、俺、ここにヴィデロさんを迎えに来ます」

「はは。そん時を楽しみにしてるぜ。それにしてもお前らは……恐ろしいほどの運命を背負っちまったな。まあ、ヴィデロがマックと一緒にいる限りは、何とかなんだろ。あいつの力はあいつの気持ちひとつで強くもなるし、弱くもなる。マックと一緒にいる時が一番力を発揮してるからな。なんでもできるんじゃないか?」

「そういうの、分かるんですか?」

「一発だな。マックと番う前にここに来てた時はまるで光に力がなかったんだ。それが、マックと一緒にいる時は目がちかちかするくらいに魂が輝いてるんだよ。マックがいなくても、騎士集団でここに来ても一発でわかるくらいにな。あいつの魂は素直だから」



 そういえば、アリッサさんもそんな感じだったってモントさんに前に聞いたことがあるな。「幸運」っていうのはそういう物だって。しかも本人の意図しないところでも力が及ぶんだよな確か。アリッサさんとヴィデロさんのその力が全く同じかどうかはわからないけれど、ヴィデロさんの場合もそうなのかな。だったら、ヴィデロさんを俺が全力で幸せにできれば、ヴィデロさんはいつでもすごく強くいられるってことかな。頑張ろう。



『次を送ってみてもいいか? 準備が整った。味の変化は……マックではだめか。赤片喰あかかたばみをそこに行かせられればいいんだけど、本人が頑なに拒否するんだよな。こんなに獣人がいる中に行ったら瞬殺されるって』

「確かに」

『もう一人すぐにログインできそうな奴はいるんだけどな、そいつの活動拠点が西寄りですぐにはそこに行けそうもないんだ。困ったな。とりあえず飲んでみるよう伝えてくれないか?』



 俺は頷くと、ジャル・ガーさんに飲んでみるようにお願いした。でも異世界の物と言って目の前にいきなり出てきた物を飲んでみてくれなんて、抵抗あるんじゃないかな。

 ……という俺の懸念は杞憂に終わった。

 そうか、なんて相好を崩して、ジャル・ガーさんが嬉々として瓶を開けようとしていたからだ。



「この蓋、どうなってやがるんだ?」

「ちょっとジャル様、肩にユイルを乗せたまま酒を飲まないで下さいよ! ユイル、こっちにおいで」

「僕ね、おしゃけを飲んだえいゆうの顔を見るのがしゅきなの。ここがいい」

「ユイル⁈」



 ジャル・ガーさんにスリスリするユイルにケインさんが毛を逆立て、いつもの雰囲気に戻ってなんとなくホッと息を吐いた俺は、ジャル・ガーさんに瓶の蓋の開け方をレクチャーしながら少しだけ考えていた。



 確かに魔素の身体だからこそ魔大陸に行けるわけで、クエスト内容は絶対に俺が魔大陸に渡らないといけないような感じの内容で。ってことはすぐにはこっちにこれないんだ。

 来年ヴィルさんの会社に就職するってなってたの、どうなるかなあ。俺がそこに行くからこそ佐久間さんも転職してまでヴィルさんの会社に来たのに。勢いのままにこの世界に渡っちゃうっていうのは、冷静になっちゃった今はもう無理そう。ちょっとだけ待っててね、ヴィデロさん。頑張ってさっさと蘇生薬を作って、魔王を退治するから。雄太たちが。

 そして向こうの方でもちゃんとなんとかするから。

 そしたら、迎えに来るから、俺の工房で一緒に住もう。



 隣で「うめえ! 何だこれ、うめえ!」と小さな瓶を一気飲みするジャル・ガーさんに「俺たちの分も残しとけよ!」と騒ぐ獣人たち、そしてユイルを取り返そうと必死で説得するケインさんに、ただ楽しそうに手持ちの酒を傾けるヒイロさん、多分暴走するだろう獣人を諫めるためにいるだろうオランさん、賑やかなまわりに囲まれながら、俺は決意を新たにした。

 全てケリが付いたら、迎えに来るから。

 待ってて、ヴィデロさん。





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