これは報われない恋だ。

朝陽天満

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296、クラッシュ後光が射してるよ

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 クラッシュの身体から青い光がゆらゆらと立ち上って、それが部屋全体に広がっていく。

 目が慣れてくると、ようやく俺はその幻想的な光景をしっかりと見ることができた。

 これが魔素……? もしかして、ジャル・ガーさんはこんな世界をずっと見てるのかな。

 青い光の他にも、赤く光った線とかオレンジっぽい線とかいろんなものが飛び交ってる部屋は、光の洪水のようで、もし電波を可視化できたらこんな感じなんじゃないかなっていうくらい不思議な感じだった。



「何かクラッシュ……後光が射してるみたい」

「ちょっとマック、変なこと言うのやめて。なんか俺おかしな物になった気分になるじゃん」

「だってクラッシュが光ってる……」



 目をパチッと開いたクラッシュは、自分の身体を見下ろして、首を傾げた。



「別にどこも光ってないじゃん」

「今、俺、魔素が見えるようになってるみたいだから。めっちゃ視力が良くなってる」

「いやそれ視力云々の問題じゃないでしょ。もう、こっちは真面目にやってるのに」



 口を尖らせたクラッシュは、俺をじろりと見ながらまた鳩尾に手を当てて深呼吸を始めた。

 一度止まっていた光がまたもゆらゆら輝き始める。



「首の後ろがチリチリする……」



 髪の毛をなびかせながら、クラッシュがぼやく。沢山魔力を出すと首の後ろがチリチリするのか、なんて感心していると、あふれ出した光が流れるように部屋の中に渦を作り始めた。



「うわぁ……」



 これが本当のゲームだったら、綺麗な効果だなあ、で終わるんだけど、違うからこそ見入ってしまう。

 ジャル・ガーさんが時折指でサッとあぶれた光を戻してるせいか、光は綺麗に一つになっていく。

 一本の線の様に流れた光は、強い光を発しながら、部屋全体をグルグルと巡り始めた。



「すごい……」



 思わず感嘆の声を出すと、クラッシュが「ずるい、俺も見たい」と目を凝らした。

 ケインさんが「まあいいか」と一言呟き、俺にぶつけた魔法陣と同じものを描いてクラッシュにも飛ばすと、クラッシュは一瞬後に「ふわぁぁ……」と変な声を出した。



「すっごいこれ。なにこれ綺麗。え、俺から出てるの? 待って、もっと見たいから俺頑張る」



 気合いを入れなおしたクラッシュは、目を開いたまま両手を開いた。そして、はぁぁ、と息を吐く。

 さっきよりももっと眩い光がクラッシュから立ち上り、部屋を巡る光に合流していく。



 ジャル・ガーさんが光を引っ張り、片手に持った黄色い糸に導くと、渦を巻いたまま、光はジャル・ガーさんの手を中心に回り始めた。



「もう魔力は十分だ」



 ジャル・ガーさんがそう呟くと、クラッシュはホッと短く息を吐いて、んー、と伸びをした。

 静かに静かに光が収まっていく。部屋の中に見えていたあらゆる色の光の糸も、段々と薄くなっていく。

 スン……と光の洪水が収まった部屋は、いつもの通り少しだけ薄暗い石造りの部屋に戻っていた。

 でもクラッシュはまだ目を輝かせて部屋を見回しているし、ジャル・ガーさんもまだ指を導くように動かしている。

 魔法が切れちゃったのかな。残念。

 そっと宙を掴む手を離したジャル・ガーさんは、視線を手元から天井の方に移し、そして俺たちの方を見た。



「もうしばらくしたら定着するだろ。後は他のやつと絡まないようにたまに弄るくらいで大丈夫だ」

「ジャル・ガーさんは、いつもあんな光景を見ているんですか……?」



 静かな部屋に戻ったけれど、さっきの幻想的な光景は目に焼き付いて離れない。一応後光が射すクラッシュを一枚スクショしてみたから、あとで確認してみよう。

 俺の質問に、ジャル・ガーさんは「まあ、そうだな」と頷いた。



「あれだけの魔素がここに溢れるのは稀だが、それに加えてお前らの魂もあんな感じで見えるし、悪意あるやつは曇ったように見える。それが当たり前だからなあ」



 あれだね。ジャル・ガーさん、目が疲れそうだよな。ずっとあんなのを見てたら、視力が下がりそう。

 綺麗だったけど。



「もしこれがヴィデロの兄ちゃんの所に繋がってるんだとしたら、まず手始めに酒かなんかで物を送る実験をしてみるよう言ってくれねえか?」

「わかりました」



 そっか、繋がったんなら、物質を転送する実験をしないといけないんだ。

 ヴィルさんに言ってみよう。まずはお酒で、と。届くかな。どんな実験をしているのか実はまだ全然わからないけど。



「クラッシュ……ありがとう」



 隣で「ああ……消えちゃった」と呟くクラッシュに、俺は小さくお礼を言った。クラッシュがいなかったら、きっとまだ向こうからの糸は迷ってただろうから。





 クラッシュと共にトレの街に帰ってきた俺は、改めてクラッシュにお礼を言った。



「マックの頼みだもん。全然オッケー。いつも俺が頼むばっかりだったしね。でもまあ、お礼し足りないっていうんだったら、新しく覚えた薬を俺に納品してくれてもいいんだよ」



 ニコニコとそんなことを言うクラッシュに、俺は今日手に入れたばっかりの素材を使って湿布薬を作って渡した。何とか成功だけど、改めて鑑定するとランクはDなんだよね。今度ヒイロさんの作った物を鑑定させてもらいたいなあ。絶対ランク高いよな。



「へえ、貼り薬かあ。面白い物を覚えたんだね。効能は……打撲、骨折、神経の痛みを消すのか。骨折が治るわけじゃないんだ。ハイポーションと併用するといいかも。ありがとう」



 クラッシュは早速湿布をしまうために店の方に行ってしまった。売るのかな? でも骨折もハイポーションで治せるから、いつが使い時なのかわからないよ。ジロさんという獣人さんは神経痛らしいけど、神経痛はハイポーションで治らないのかな。病気は全く別物らしいから、神経痛もまた別物なのかなあ。

 うーんと考えながらカップを下げる。洗ってから店に顔を出して、帰るねとクラッシュに一言言ってから工房に跳んだ。







 何気なくレシピを確認していて、息を呑んだ。

 蘇生薬の成功率が、いつの間にか73%になっていたから。

 え、昨日までは50を超えたくらいだったよな。じわじわ少しずつ上がってたはずだから。でも、どうして急にこんなに上昇したんだろう。

 ってことは、もうすぐ蘇生薬が作れるってことかな。

 作れたら、セイジさんに言って、サラさんの元に連れて行って貰って。

 雄太たちはもう魔王に対峙できるくらいレベル上がったのかな。まだ勇者に一瞬でHP1にされるくらいだから、まだ時期尚早だよな。

 セイジさんは、クリアオーブ何個集まったんだろう。この間、5個目って言ってなかったっけ。もしかして、ここら辺のクエストの進み具合って、同じような足並みで進んでるのかな。

 ドキドキしながらもう一度成功率の数字を見る。それは確かに高い数字を示していた。





 ドキドキする心臓をなだめようと、俺はさっきスクショしたクラッシュの姿を見ることにした。

 ステータスを開いてスクショしたものを見れるところを開く。

 あの幻想的な光景が目に浮かんだけど、実際には、石造りの部屋で乙女なポーズのクラッシュが髪を振り乱しているようなスクショしか出てこなくて、ちょっとだけ上がっていたテンションもちゃんと落ち着いた。さすがクラッシュ。

 もう一枚スッとスクショを出すと、そこにはヴィデロさんの満面の笑みが写っていた。ああ、好き。

 しばらく撮りためていたスクショを見てにやけ、ログアウトのアラームで現実に帰ってきた俺は、名残惜し気にスクショの所を閉じて、ログアウトしたのだった。最高でした。好き。







 次の日、学校帰りにまっすぐバイト先に行くと、部屋には日暮さんだけがいた。



「よう。皆こっちにはいないぜ。向こうの建物に行ってる。なんか昨日の夜中から大騒ぎで、社長もそっちにいるらしいぜ。お前は行かねえの?」

「え、もしかして、繋がった……?」

「なんだ、知ってんのか」



 昨日繋いだあの糸は。やっぱりここから繋がった物だったんだ。

 入り口の所から動けずに突っ立っていると、後ろから「やあ健吾」という爽やかな声がやけに近くに聞こえた。

 振り向くと、ヴィルさんが真後ろにいた。目の下には隈が浮かんでいて、金髪の無精ひげが生えていたけれど、でも顔はとても晴れ晴れしているヴィルさんは、すごくテンションが高いんだという弾んだ声をしていた。



「そろそろ来る頃だと思って戻ってきたんだ。丁度いい。健吾も来ないか、研究所に」

「研究所……」

「そう! ADOと同じくらいに、昨日いきなり転移装置の波長が安定したんだ! これで、母と、俺の夢が叶うかもしれないんだ!」



 嬉々としたその口調に、またふと昨日のよくわからない胸騒ぎがフッと浮かんで消えた。



「ヴィルさん、あの」



 俺の肩に腕を回して入り口から連れ出そうとしていたヴィルさんは、俺が呼びかけると、笑顔のまま「なんだ?」と振り返った。



「ジャル・ガーさんはまずは小さい物から試せって言ってました。酒とか美味しい物とかって」



 伝えそびれないようにジャル・ガーさんの言葉を伝える。慣れないと大きなものは通らないって言ってたから。最初から大きい物を試して失敗だったなんて思って欲しくないから。

 そう思って伝えた俺の言葉を聞いたヴィルさんは、笑顔のまま固まったように動きを止めた。

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