これは報われない恋だ。

朝陽天満

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 長老様は、魔大陸の成り立ち、魔王が初めに誕生した時の話、そして、その後大陸の人たちがどうなったのかを詳しく話してくれた。

 俺が王宮の書庫とか図書館で読んだ本の内容ほぼそのままを、この人はその身で、その目で感じてきたんだと思うと、背筋が伸びる。

 雄太たちも神妙に長老様の話を聞いていた。

 そして、15年前4人の若者たちによって何とか魔王を封印できたこと、でもそれもかりそめの平和でしかないこと、地脈を流れる魔素が弱まっていること、魔王の穢れた魔素がこの大陸にもじわじわと手を伸ばしていることを、語った。



「辺境に、向こうの大陸にしかいないはずの魔物が出てきたのが、魔王の手が伸びてきている証拠よ。ただ、人族はそのことを把握しているのが何人もいないと思うけれど」



 長老様がはぁ、と思案気に溜め息を吐くと、雄太が「あれな」と頷いた。



「滅茶苦茶強かったですよ。辺境に普段出てくる魔物が目じゃないくらい。まあ勇者がひょいひょい倒していくから見てる分には強そうに見えなかったんですけどね。でも実際に手を出してみると、ヤバかったです。あんなのが魔大陸にはうじゃうじゃいるんですか?」

「そうねえ、ここの大陸に現れたのは、端に出てくるものだから、向こうの大陸の中では下っ端な方じゃないかしら。それにしても、あなたたちが退治してくれたのね。ありがとう。あのままあの大きな魔物が壁の向こうを跋扈ばっこし始めたら、それに引き摺られるように次々同じような物が沸いてくるようになってたわ。あなたたちはこの大陸の恩人ね」



 長老様は雄太たちをゆっくりと見回して、感情の籠った声で「ありがとう」とほほ笑んだ。

 そっか。あれを放っておくと、段々と魔大陸が侵蝕してくるところだったんだ。ホッと息をついて、心の中で雄太たちに拍手喝さいを送った。ヴィデロさんの国を救ってくれてありがとう、今度アイス奢るよ、と。



「でもその話だと、魔王はまだ生きてるってことですよね。ってか、何で討伐されたなんて嘘を。勇者が誤魔化して英雄になりた……かったらあんな辺境にはいねえもんな。どういうことだ?」

「俺たちが鍛えられてんのは、新しく出てくる魔王を倒すためじゃなくて、その封印の魔王を倒すため、なんじゃないのか?」



 雄太とブレイブが厳しい顔をしながら口を開くと、長老様が微笑んだまま、そうねえ、と茶器に手を伸ばした。



「討伐はされていないけれど、封印はなされたの。とても尊い者を犠牲にして。だから魔王は今、顕現してはいないのよ。でも消滅したわけじゃない。不思議なものでね、私たちエルフは、事実をありのまま受け止めるけれど、同じものを見て、同じことを聞いたとしても、人族の場合はとてもおかしな捉え方をするのよ。例えば、勇者が王様に「魔王を封印は出来た。でも犠牲者が出た」と報告するでしょう、その王様は「勇者たちが尊い犠牲を出しながら、魔王を討伐した」と受け止めて、そのように国民に曲がった情報を発表するのよ。すると、国民は「魔王は討伐された! 魔王はもういない!」と少しだけ事実と違うことを信じてしまうの。そこから、どんどん真実が変えられてしまうのよ」

「じゃあ、勇者が嘘を吐いたわけじゃない、と」

「勇者は嘘はつかないわねえ。そんな器用な人じゃないと思うの。エミリの話を聞いて、そう確信してるわ」

「確かにな。絶対にごまかさないで堂々とサボる人だしな。言い訳も「嫁が大事!」だからある意味潔いよな」

「そうだよね。勇者はそういうごまかしを一切しないよね。でも他の人には寛容っていうか」

「ふふ、あそこまで奥さんを想ってる旦那様は素敵よね」



 女の子たちが会話に加わったことで、長老様の重大な話が勇者嫁溺愛話にすり替わった。

 長老様はやっぱりニコニコと、話をするユイと海里とブレイブを暖かい目で見ている。

 王様事実改竄問題は勇者嫁溺愛問題よりも格下だったんだ。

 はぁぁ、と女の子たちを見ていると、それに気付いた雄太が肩を竦めた。



「長い話になっちゃったわねえ。ごめんなさいね。新しいお茶を用意させるわ」



 長老様がもう一度手をパンパンと叩いた。すると、またもエルフの人がそっと現れて、俺たちの前に新しい茶器を差し出してくれた。

 今度はまた違うお茶みたいだった。お礼を言って早速それを口にする。今度は新茶でじっくり淹れた緑茶の様な味わいのお茶だった。すごく美味しい。底には緑色をした小さな花が沈んでいて、目にも楽しい。この茶葉も欲しいなあ。

 馴染み深い味は、雄太たちの心もリラックスさせたらしく、皆それぞれに表情がまったりしていた。



「どうも毎日変わらない景色を見ていると、たまに来るお客様がとても嬉しくてねえ。ついついおしゃべりになってしまうわ。私もかしましいわねえ、ごめんなさいね」



 そんなことないです。でも長老様の表情を見ていると、たまにフッととても若く感じる時があるのは気のせいかな。もう何百年も生きてる人なのに。今の顔もなんとなく少女を思わせる雰囲気がある。かと思うと、ふと世俗を捨てた人の様な達観した様な何とも言えない目をするときもある。とても不思議な人だ。

 そんな長老様は、俺と視線が合うと、緩めていた表情を改めた。



「あなた、マック君といったかしら。お願いがあるのだけど」

「はい」

「前にサラがここで見せてくれた錬金術、もう一度見たいのだけれど、見せてくれないかしら」



 長老様がだめかしら、と首を傾げた瞬間、ピコンと音が鳴った。

 俺が何かを答える前に、長老様が手をパンパンと叩く。すると、さっきはお茶を持ってきてくれたエルフの人が今度は一枚の白い紙を持ってきた。

 それをスッと俺の前に置いた。



「これ、サラに頂いたレシピだったのよ。今は真っ白だけれども。15年前に突然真っ白になってしまったの」

「これって……」



 サラさんのレシピの欠片だ。

 俺が持ったら文字が出るやつ。

 サラさんが封印されたときに消えていったのかな。でも、俺が持ってるサラさんのレシピは、サラさんが封印されてからサラさんの魔力で出来た物だってレガロさんが言ってた気がする。

 考え込んでいると、雄太が横から覗き込んできて、「ちょっとごめん」とその紙を持ち上げた。そして裏と表を確認する。



「真っ白じゃん。これにレシピを書いて錬金するのか?」

「ううん。多分、俺が触るとレシピが出てくる。俺が知ってる素材限定でだけど」

「何だそれ、面白い」



 雄太は目を輝かせて俺に紙を差し出してきた。早く触れってことらしい。

 そっとその紙を受け取ると、表面に文字が浮かび上がってきた。



「これ、スープのレシピだ」



 浮き上がってきたのは、前に必死で作った『薬草の色とりどり薬膳スープ』のレシピだった。

 新しいレシピかと思っていただけに、少しだけがっかりする。

 ちゃんと作ったことがあるから、しっかりと完成図まで載っているそのレシピを見て、雄太たちが「すげえ!」と大興奮していた。

 ついでにクエスト欄を開いてみると、長老様からのクエストがしっかりと載っていた。



『【NEW】錬金しよう



 エルフの里の最長老がサラの作ったスープを所望している

 材料を集めて目の前で錬金し、スープを振舞おう



 タイムリミット:一日



 クリア報酬:素材採取及び入手の権利 レシピ入手

 クエスト失敗:錬金出来ずスープを振舞えなかった 素材採取権取得ならず レシピ入手』



 えっと、成功しても失敗してもレシピは貰えるってことかな。でもこのレシピは知ってるやつだから、多分大丈夫。材料は、すでに雪森草が切れてたけど、さっき生えてるのは見かけたから大丈夫。これは絶対成功させないとだよ。だって素材採取と取得だよ?! 嬉しすぎる!



「頑張ります! 早速ですが、これを作るのに素材をいくつか手に入れたいんですけど、許可貰えますか?」



 気合いを入れてそう言うと、長老様が「もちろんよ」と快く頷いてくれた。





 スープに使う素材各種の特徴を伝えると、エルフの人が早速取ってきてくれた。

 雄太たちは飽きることなく居座り続けている。そろそろ里に遊びに行ってもいいと思うんだけど。ヴィデロさんは俺の横で話を聞いている。

 長老様の前で、俺はレガロさんから貰ったドイリーを開いて敷いた。



「その敷物、綺麗ねえ。とても懐かしい感じがするわ」

「はい。レガロさんという人に貰いました」

「その子はきっと、ここにいたエルフの子ね。仲良くしてくれてありがとう」

「俺の方が色々してもらっているんです。とてもすごい人ですよ」



 錬金釜をインベントリから取り出しながら、レガロさんを思い出す。そうか。レガロさんにも親がいたんだ。なんて、変なところで感心する。レガロさんだったら、そこら辺からいきなり現れたんだって言われても納得できそうっていうかなんて言うか。それくらい謎な人だったんだけど、この長老様にかかれば「あの子」なんだ。世の中ってすごいなあ。



「横のあなた。ヴィデロ君といったかしら。ちょっとだけ、手を貸してあげてくれない?」

「俺、ですか?」



 長老様はいきなりヴィデロさんに声を掛けた。ヴィデロさんはそこで指名されるとは思ってなかったらしく、キョトンとした顔をしていた。可愛い。



「この釜に、あなたの魔力を少しだけ注いでくれないかしら?」

「俺の魔力を」



 怪訝な顔をしながら、ヴィデロさんはためらう様に釜に手を伸ばした。グルグルするときに手を貸してくれた時はあったけど、釜に直接触ったことはなかったからなあ。



「触れば、何とかなるのか……?」

「あ、うん。魔力が入ると、なぜかこの釜の中に謎液体が注がれるからすぐわかるよ」



 説明すると、ヴィデロさんはためらいがちにそっと釜に手を伸ばした。手のひらで釜に触れて、フッと目を閉じる。

 釜に少し、謎液体が現れた。ヴィデロさんの魔力だ。



「ありがとうね。もういいんじゃないかしら」

「後は俺の仕事かな。ありがとうヴィデロさん」

「こんなんでいいのか?」



 ヴィデロさんとの共同作業。頑張ります。

 気分もさらに浮上して、俺はウキウキしながらMPを釜に注ぎ込んだ。





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