これは報われない恋だ。

朝陽天満

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279、エルフの里に、しゅっぱーつ!

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 工房に帰り着いた俺は、ログアウトまでひたすら複合調薬をしていた。

 レベルも上がって薬も沢山出来て、いい感じだ。

 ……過程のあのブツをアレしてアレするのも、大分慣れ、慣れ……るといいなとひたすら思いながら無心で手を動かして頑張った俺。

 そしてインベントリには『魔力増強薬マナエンハンスポーション』と『耐久値上昇薬ディフェンサーポーション』がそれぞれ15本くらいずつ入ってる。もちろんいつもの常備薬もたくさん作った。感覚機能破壊薬センスブレイクドラッグ』も大量に作った。これでエルフの里まで足りるといいけど。

 たくさんのポーション類を作って満足した俺は、ログアウトして明日に備えた。





 一夜明けて早朝。ワクワクしすぎて早起きした俺は、仕事に行くという父さんと一緒にご飯を食べてから部屋に戻った。

 父さんに「なんだか楽しそうだな健吾」なんて声を掛けられたけど、「だって雄太と遊ぶから!」と返事をしたら、なんだか納得されてしまった。

 ログインした俺は、早速ヴィデロさんをお迎えに門に向かった。

 立っている門番さんが欠伸を噛み殺してるのが見えて、ちょっと和む。



「ようマック。おはよう。今日はヴィデロとデートなのか? すげえ楽しそうな顔してる」

「えへへ、遠出するんだ。楽しみすぎて早起きしちゃった」

「ガキかよ?! ってマックはまだ成人前か。無茶すんなよ」



 門番さんもつられて笑いながら、ヴィデロさんを呼び出してくれた。

 すぐに出てきたヴィデロさんは、軽装ではあるものの、しっかりと用意をしていたみたいだった。



「おはようヴィデロさん」

「おはようマック。これからマックの所に行こうと思ってたのに」

「だって待ちきれなくて」



 すぐに飛びついていくと、ヴィデロさんの表情が柔らかくなる。隣では門番さんが「朝からありがとよ」となげやりにぼやいていた。

 ヴィデロさんを伴って工房に戻り、ヴィデロさんが鎧を身に着けるのを待ってから、途中一度中継を入れて、セッテの街に跳ぶ。

 雄太たちも昨日辺境からここに向かって、セッテの街には昨日のうちに着いたらしいので、今日は朝からエルフの里に向かえるんだって。

 セッテに着いたことを知らせるチャットを送ると、宿屋に泊ってるらしいので、宿屋の食堂に向かった。

 宿屋のドアを開けて中に入ると、雄太たちは食堂のテーブルに着いていた。

 ヴィデロさんと一緒に雄太たちに合流すると、奥から奥さんが出てくる。

 そして、俺とヴィデロさんの顔を見てハッとしたように目を見開いた。



「あら! あらあらあら! いらっしゃい! 元気そうでよかったわ。うちに顔を出してくれて嬉しいわ」



 俺の顔を見た瞬間、両手を広げて近寄ってきて、俺にハグ。俺もそっと腕を回して、再会を喜んだ。ヴィデロさんは横で苦笑してみていた。

「いつの間にここの女将さんを誑してたんだ?」なんて人聞きの悪いことを言うんじゃありません雄太くん。

 朝ご飯を食べてなかった俺たちは、雄太たちと一緒に旦那さんの腕によりをかけて作った朝食を食べた。トレアムさんの所の果物で作ったソースがやっぱり絶品で、最高に美味しかった。宿屋を出る時に、無言で旦那さんにバスケットを渡されたので、遠慮なく貰った俺は、奥さんの「またおいで」という言葉に笑顔で頷いて、宿屋を後にした。

 6人の大所帯で湖への道へ向かう。



「マックは至る所で誑してるのな」

「人聞き悪いこと言うな」

「だっていつの間にやら勇者とも懇意にしてるじゃん。もしかして、表フレンドリストより裏フレンドリストの方が名前多かったりして」



 くくくと笑いながらそう揶揄ってくる雄太に、ぐうの音も出ない。まさにそれだからだ。なんかクラッシュに俺のモノ宣言されてからフレンドになってっていう人は増えたんだけど、どう考えても薬欲しさにフレンドになりたい系の人ばっかりだったから、とりあえず片っ端から断ってたんだよ。

 黙り込んだ俺に、雄太は笑った顔のままフリーズした。



「……マジか」



 こくんと頷くと、ユイが和やかにすごいねえと感嘆の声を上げた。



「確かに逆にすごい。なかなか名前を教えて貰えないのが普通なのに。相変わらず「ザ・非常識」だよねマックは」

「海里うるさいよ」



 セッテの街を抜け、農園の横を通り、果樹園で作業しているトレアムさんと輪廻に手を振りながら、隠れ道を進んでいく。

 実は俺、この道は初めてなんだよな。湖に抜けるんだよね。楽しみ。その湖魚とかいないのかな。



「それにしても門番さん。その鎧、前着てた時はもう少し黒くなかったか? 新しくした?」



 雄太がヴィデロさんの横を歩きながら鎧に興味津々な目を向ける。なんだかんだで鎧好きなんだね雄太。今日の雄太の鎧はやっぱり前着てたのとは違って全体的に赤っぽいすごく強そうな鎧だった。っていうか雄太って毎回鎧が違うんだけど、一体何着くらい持ってるんだろう。



「いや、これは前に辺境で買った鎧だ。ただ、マックが装飾を施してくれて、少しだけ変わったくらいだな」

「ふうん、マックの魔改造の餌食か。どんな性能なのか訊いてもいいか?」

「闇魔法無効、雷魔法吸収、隠密、雷蓄積って感じか」



 ヴィデロさんの答えに、雄太が慄いていた。

 そんな、そんな鎧があるなんて……! と足を止めた雄太は、同じような鎧を探す気満々のようだった。

 ヴィデロさんに鎧を買った場所を教えて貰って、今度行ってみる! と気合を入れてるから、きっとまた懐が寒くなるんだろうな。頑張れ。



「ちなみに、いくらくらいしたんだ?」



 恐る恐る値段を聞いた雄太にヴィデロさんが教えてあげると、雄太は視線を動かし始めた。あれだ所持金を確かめてるんだ。あ、膝をついた。持ってなかったんだ、お金。思わず吹き出す。

 『高橋と愉快な仲間たち』のメンバーは生暖かい目で雄太を見ているので、こういうのは日常茶飯事なんだろうなとわかる。

 そんな雄太君に、いい物をやろう。



「高橋、元気出せよ。これを特別に一本譲るから。その代り転売すんなよ」



 そう言って懐インベントリから取り出したのは、『耐久値上昇薬ディフェンサーポーション』。



「それで防御力が一定時間あがるから、それを飲んで気合い入れて俺の盾になれ」

「……嬉しいけど、嬉しくない」



 複雑な顔で瓶を受け取った雄太は、それをカバンにしまい込んだ。ついでとばかりに前衛の海里にも渡す。ヴィデロさんにはすでに沢山渡し済みだから大丈夫。

 そしてユイとブレイブには『魔力増強薬マナエンハンスポーション』を三つずつ渡した。



「こっちは魔法攻撃力を一定時間だけあげるやつ。特にユイにガンガン使って欲しいんだ。ただし、威力分だけMP消費も激しくなるから、ついでにこっちもつけよう」

「え、ほんとに? ありがとう!」



 一緒にマジックハイパーポーションも渡すと、ユイが嬉しそうに笑った。ブレイブも、「悪いな俺にまで」とニヤリと笑う。やっぱり中身が女の子なんてみじんも思わないこのなりきり方が素晴らしいと思うよ二人とも。

 ユイが早速飲んで、「美味しい。乳酸菌飲料みたい」と感動していたけど、俺にはどうしてもそれを口にすることは出来なかった。だって。ねえ。

 その乳酸菌飲料のごとくまったりとした味わいは、きっとアレがアレだからだよ。言わないけど。

 複雑な顔でユイを見ている俺の横では、ヴィデロさんが笑いをこらえていた。



「あ、早速魔物が来たから、マック君の新しいポーションの効果を確かめてみるね」



 そういうなり、ユイは出てきた魔物に向かって大量のバスケットボール大のファイヤーボールをぶつけていた。

 大きな炎の球数十個を一気にぶつけられた魔物は、一瞬にして光と化していた。オーバーキルだよユイ……。こ、怖い。



「うわあ、ほんとに威力が上がってるね。ファイアーボールの大きさが全然違うよ。いつもは野球のボール位なんだけど」



 ああ……。試し打ちされた魔物が可哀そうと思う日が来ようとは。

 恐るべしユイ。『ザ・非常識』っていう称号はユイにこそふさわしいと思うんだけどな俺。





 しばらく歩くと、綺麗な湖のほとりに着いた。そこには、前に雄太たちに取ってきてもらった花が一面に咲いていて、凄く幻想的だった。

 いつ見ても綺麗ね、とユイと海里がうっとりと湖を眺める。

 俺は湖に近寄って行って、中を覗き込んだ。残念ながら淵の方には魚の陰影はなかった。

 ここまではほぼユイ一人で魔物を倒したような物だった。セッテ周辺の魔物と同じくらいの強さだから、それぞれが個人で対峙しても瞬殺できる強さらしい。問題は、この湖を越えてからの山道なんだそうだ。いきなり強いのがガツンとひっきりなしに来るらしい。回復も誰かが魔物を抑えてる間に一人が走り回ってするしかなくて、少しでも倒すのに時間がかかると、それだけで群がられて詰むらしい。……一人で来ようとしなくてよかった。

 湖の横をぐるっと回って、奥に行く道に入って行く。

 途端に、マップに魔物を示す赤い表示がぐわっと現れた。た、確かに多い。多すぎる。この間の魔物の大量発生と近い状態になってるよ。



 ヴィデロさんが前に出て、雄太と並ぶ。前衛三人がそれぞれの方向からくる魔物と一対一で対峙する。

 雄太はさすが勇者仕込みで問題なく瞬殺。海里も攻撃力は劣るのか、雄太から遅れること三手目で魔物を消滅。

 そしてヴィデロさんは。もともとスピードも速かったせいか、雄太よりも先に魔物を消し去っていた。剣に手を掛けつつ飛び出し、鞘から抜いた瞬間にはすでに魔物が真っ二つになっていた。いつ見てもすごいなあヴィデロさん。雄太と並んでも全然遜色ないっていうか、もしかしてレベル換算したら雄太より高いかもしれないよね。

 ついついうっとりとヴィデロさんを観察していたけれど、俺も何もしないわけにはいかないよな。後ろの方から現れる魔物に魔法陣の攻撃魔法で攻撃して、微々たる量だけどHPを削っていく。ほんとに微々たる量なのが悔しいけど、俺薬師だし。回復に専念するから怪我したら教えてね。



「っていうか何ナチュラルに戦闘に混ざってるんだよマック。お前はおとなしく逃げ回ってろよ」

「ただ守られるだけってのは性に合わないんだよ」



 雄太が呆れたように呟いた言葉に口を尖らすと、ヴィデロさんがぐいっと俺の身体を片腕で抱き込んだ。



「マックが怪我をしたら誰が回復するんだ。こういう魔物が大量にいる場所では、回復役が一番重要なんだ。だから、マックのことは俺に守らせて欲しい」

「ヴィデロさん……」



 片手で出てくる魔物をいなしながら、俺に向かって笑顔を向けるヴィデロさんを見る俺の目は、きっと絶対にハートマークが入ってると思う。カッコいい。好き。

 そっと腕を離したヴィデロさんの後ろに立って、俺はおとなしく皆の戦闘を見守ることにした。

 でも全員が強すぎて、誰も傷なんかできない。結局序盤は俺の出番なしだった。

 しばらく歩いていくと、一段階高い岩肌が見えた。そこの横に上に登れるような足場があるらしい。そこを登ってさらに先に進むんだとか。



「あそこから先が、さらに強いのがわんさか出てくるんだよ。そろそろマックのポーションに頼りっきりになるだろうから、覚悟してくれよ」



 ブレイブに忠告されて、俺は気を引き締めた。



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