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277、薬草取扱講座開きましたとも……
しおりを挟む「じゃあ次はこのラインをなぞるように、葉を磨ってください。優しくです。力任せだととても苦くなります。時間がかかるけど、ここで丁寧にやらないとやたら苦くなります。ええと、コツは、恋人の肩を優しく手の平でマッサージするような」
俺は今、たくさんの人の前で薬草講座を開いている。
10人も参加すればいいかな、なんて思っていた俺をあざ笑うかのように数えきれない程の人が参加した。
講座を開く場所も材料もモントさん持ちで、セィの街の集会所みたいなところを借り切ってやっている。
その広い講堂に人数分の椅子や机をセットして、講義を聞きながら自分でも作業できるようにとの配慮だ。
モントさんに月光薬草を作るよう頼んでから、実に三日でモントさんは大量の月光薬草を作り上げた。しかもランクの高い立派な葉を。さすが。
その間に講座の告知もだし、口コミ、そして冒険者ギルドにも募集依頼を掛けたらしく、全国からの移動を考えて、と話し合いから二週間後の実施と相成った。早いよ。
もっとじっくり募集して満を持して、みたいな感じだと思ってたら、この世界の人はほんと仕事が早いよ。
そして俺の予定もぎゅうぎゅう。これが終わったら、明日はヴィデロさんと雄太たちとエルフの里に向かうんだ。楽しみ。
最初にその場所に足を踏み入れた時は「大げさすぎない?」と思ったんだけど、モントさんの集客力のすごさか、ギルドの宣伝のおかげか、この広い会場が満員御礼。
ギルドの受付に美味しいハイポーションを作る講座の紙が貼り出されていたからね。
ボス討伐の報酬のチケットを使ってこの講座を聞きに来ている人もいるらしい。っていうか薬師だけじゃなくて、プレイヤーもかなり参加してるのが凄い。自分でハイポーションを自作するために来たのかな。これ、売上とかに響かないかなあ。ごめんクラッシュ。
緊張しながらそんな沢山の人前に立ち、すでにそのやり方を知っていたカイルさんを助手として、何とか講義を進めているところだ。
たまにどもるのは気にしないで欲しい。
皆の手元から、ゴリゴリと薬草を磨る音が聞こえてくる。
たまに指が動いている人がいるのは、誰かとチャットでもしてるのかな。
でもあまりお喋りをする人はいなくて、会場全体が何となくピシッとしている。
多分、横にあの人が立ってるからだと思う。
と俺はちらりとそっちに視線を向けた。
腕を組んで見守っているモントさんの横で、目を細めながら宰相の人が会場を観察しているんだよ。
国の偉い人っていうモントさんの説明で、現地の薬師の人たちは気を引き締め、プレイヤーたちも粗相をしたら今後どうなるかわからねえよとモントさんに揶揄われ、ふざけ気分が消え去ったようだった。
これだけ集まったプレイヤーの中には、講座が目当てなんじゃなくて俺を見に来た人もいるらしいんだよね。まさにそんなことを言われたから。今日は門番さんは一緒じゃないんだねって。門番さんトレから動けないもんねって。いやいや、ヴィデロさんどこにでも動けるから、そんな行動の決まったNPCじゃないんだからさ。と溜め息を呑み込んだのはついさっき。
そんなふざけたことを言っていた人も、宰相の人がいることでピシッと締まった空気に呑まれて静かにしている。
でもさ、わざわざお金を出して俺を見に来るなんて、おかしいよね。もっと有効なことに使うべきだよ。
そろそろ皆が薬草を磨り終わったのを見計らって、俺は自分のキットに火を点けた。
「次は薬草を煮出します。ここでの注意は、かき混ぜるスピードです。早すぎても遅すぎても、ランクが落ちます。やってみるので、見ていて下さい」
説明しながらグルグル混ぜる。
心の中で俺は祝詞を唱えるんだけど、皆はどんな感じでやるのかな。
祝詞テンポでかき混ぜて、ふわっと色が変わった瞬間器具を持ち上げる。そのまま冷まさずに瓶に開けて、出来上がったハイポーションを掲げて見せた。
ハイポーションのくせに微弱の聖属性が付いてるのはご愛敬。
皆も同じようにかき混ぜ始めて、見るからに調薬が初めてな人は次々黒い物体を作っていた。
そこここで「失敗しやがった……!」「なんで?」なんて声が聞こえてくるけど、すかさずスタッフさんが走って新しい月光薬草を渡していた。成功するまで作らせるつもりかな。スパルタか。頑張れ。
「やった、出来た!」
「いつもよりランク高そうじゃない?」
そんな声もちらほら上がり始めたので、鑑定出来る人が回り始める。これでランクが低かったらお金をお返ししたいよ。でもヒイロ師匠直伝だから教え方自体は間違ってないはず。
隅の方にはしっかりと輪廻も参加していて、トレアムさんはスタッフとして会場入りしている。あとで声を掛けに行こう。
っていうかそろそろ俺、ここを降りてもいいかな。これで講習終わりなんだけど。
ちらりとモントさんに視線を向けると、モントさんはいい笑顔でサムズアップしていた。ホッとして会場を降りる。そしてモントさんと宰相の人の所に向かうと、モントさんが顎をしゃくった。
「ほらマック。今度は失敗した奴の所に行って直に指導しねえと」
「え、そんなこともするんですか?」
「カイルが一人で走り回ってんじゃねえか。手、足りてねえみてえだぞ」
「た、確かに……」
モントさんの言う通り、カイルさんは黒い物体を作った参加者の元を渡り歩いては、コツを伝授していた。凄いなカイルさん。
って、俺もアレをするのか。
溜め息を呑み込んで足を向けようとすると、宰相の人が「マック殿」と声をかけてきた。
「この度は、レシピの提供だけじゃなくて、こんな技術の底上げまでしてくださってありがとうございました。マック殿にはどれだけこの国が助けられているか計り知れませんね」
「そんな大げさな。それにこれはモントさんが主宰したことであって、俺はただの雇われ講師ですから」
雇われ講師、というところで、宰相の人が笑う。謙遜を、なんていうけど厳然たる事実なんですよ。
「私はそろそろお暇しますが、ぜひまた王宮に遊びに来てください」
そう言って宰相の人は俺とモントさんに頭を下げた。まあ忙しい人だからね。
そして今貰った言葉にこれ幸いと帰ろうとする宰相の人を呼び止めた俺は、前置きを抜きにしてお願いすることにした。
「今度、王宮にヴィデロさんと二人で行ってもいいでしょうか。あの、ヴィデロさんが」
そこまで言ったところで宰相の人はピンと来たらしく、何かを考えるように目を細めた。
「次の会合は、10日後です。その後は20日ごとに会合をします。私も彼女もなかなかに忙しい身なので。それに合わせてくださるのなら、歓迎しますよ」
「ありがとうございます!」
宰相の人の言葉に嬉しくなって勢いよくお礼をすると、宰相の人は薄っすらと笑顔になってから、会場を後にした。仕事の合間に来たんだろうなあ。っていうか一介のプレイヤーの講座に宰相の人が来るっていうのも恐ろしいよね。
宰相の人の言質を取ったことでひとつ憂いのなくなった俺は、よし、と気合を入れて机の間に突っ込んでいくのだった。
何とかほぼ全員がハイポーションを作ることができたことで、講座は成功を収めた。
さすがにずっと薬師をやっていた現地のおじいちゃんなんかは、手つきがほんと半端なくて、すぐにランクAまで作れるようになってたし。あれは練習したらランクSもすぐできるようになるよ。
今日初めてキットを弄ったというプレイヤーもランクCのハイポーションが作れて満足そうにしていた。鎧を着た前衛職の人なんだけどね。調薬に手を出してどうするんだろ。と思ってたら、薬もなくなって追い詰められた時に自分で作れたらそれだけでアドバンテージが得られるじゃん、なんて言ってたから納得。教えてくれてありがとうなんていい笑顔で言われたら、教えてよかったって思うよね。
モントさんが解散の声をあげても、なかなか皆帰らず、さらに追加で月光薬草を貰って練習していく人も出始めて、講座は盛況のうちに幕を閉じた。
最後に、モントさんが「この薬草が欲しい奴は、俺の所に来い。沢山作っておいたからよ。慣れたら今度は普通の薬草でやってみろよ」なんて宣伝していたから、しばらくは農園も人だかりが出来そうな勢いだよね。
キットをインベントリにしまい込んでホッとしたところで、ピロンと通知が来た。
椅子や机をスタッフさんが片付けているなか、俺はその通知を開いた。
『薬草取り扱いの講義をしよう
モントが伸び悩んでいる薬師の技術向上をどうにかしようとしている
集まった薬師に薬草の取り扱いを教え、薬師たちの技術向上に貢献しよう
クリア報酬:講習料5割 上級薬草買取権利 薬師秘伝レシピ
クエスト失敗:講習内容の変更 参加者誰一人技術を身につけられなかった 薬師地位低下 全体的調薬技術衰退
【クエストクリア!】
薬師たちに薬草の取り扱いを教えることに成功した
薬師たちの技術向上に貢献できた
クリアランク:A
クリア報酬:講習料5割 上級薬草買取権利 薬師秘伝レシピ』
いつ見てもこのクエストクリアの文字はほっとする。
クエスト欄を閉じながら、思わず表情を緩めると、モントさんが今日の講座に参加してくれたランクAハイポーションを作ったおじいちゃんを伴って俺の元にやってきた。
「今日はありがとうございました。我々にもまだ先が残されていたのかと思うと、感無量です。そして、我々の凝り固まった意識を変えてくださって、本当にありがとうございます」
「ええと、はい?」
深々と頭を下げられて、思わず眉を寄せる。
もしかして、この人は薬師関係者の偉い人?
そんな人まで参加してたの?
どう答えていいかわからなくて困っていると、モントさんが助け舟を出してくれた。
「このお方はセィ城下街で薬師を取りまとめているウル老師だ。ただし、この人も例に漏れずレシピ通りの調薬しか習ってなくてな。しかも他のことをやろうとすると頭ごなしに、たまに体罰で上の奴らから阻止されたという経験をしているんだ。それが歯がゆかったらしいが、ずっと積もった意識が邪魔をして、形通りの調薬しかできないとこの御年で苦しんでたからよ。だからこそマックにこれを開いてもらおうと思ったんだ」
「そうだったんですか……」
「おかげさまで、私の目も覚めました。もう先も短いですが、その短いなりに先導者の一人として、あなた様に教わったこの技術を下の者に伝えて行こうと思います」
取りまとめている人だったから手つきが半端なかったんだなあ。何十年調薬し続けてるんだろう。
頑張って欲しいなあ。
老い先短いなんて言ってないで長生きして若い子たちに発破をかけてください。
そう言うと、おじいちゃんは破顔した。
そして、懐から一枚の紙を取り出した。
「お礼にもなりませんが、私が初めて薬師の元に弟子入りした7つのころに、お付きだった薬師様がこっそりと私に残してくださったレシピを差し上げます。どうか、マック殿の役に立ててくれませんかな」
差し出された紙は、ところどころ破れていて、ぼろぼろと言っても過言ではない状態だった。でもそれだけこの人はこのレシピを大事にしていたってことで。
「そんなものを俺が貰ってもいいんですか?」
「マック殿だからこそ、託すのです。私にはこのレシピの一片も理解することは出来ませんでした。もしやマック殿ならと、勝手ながら託させてもらおうと思います」
おじいちゃんはそう言うと、俺の前にその紙を開いて見せてくれた。
そこには複合調薬の方法で作るレシピが描かれていた。
「『魔力増強薬』……」
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