これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
278 / 830

275、約束をとりつけた

しおりを挟む
 ヴィデロさんに否定の言葉を吐くのがこんなにつらいとは思わなかった。でもこれだけは譲れない。

 俺の言葉を聞いて、ヴィデロさんの表情が曇る。でも、これだけは絶対に譲れない。



「俺はどれだけやられても死に戻ってこれるから。それに魔大陸の魔素だって平気なんだよ。多分高橋たちも勇者も一緒に行くだろうし、だから心配しないで。いざとなったら勇者を盾にして転移で逃げるから」



 務めて明るくそんな宣言をすると、ヴィデロさんはようやく表情を緩めてくれた。



「そうだな。勇者なら、盾になっても全然平気そうだな。……辛かったらいつでも逃げていいからな。逃げたところで誰も文句なんか言わないから。だから、ダメだと思ったら、帰ってこい」

「うん。ってそれはまだまだ先の話なんだけどね。とりあえず、来週あたりセィに行って薬草講座を開かないと。モントさんから依頼を受けたんだ」

「薬草講座か。マックの調薬能力は凄いからな」



 話題を変えると、ヴィデロさんもそれに乗って口調が柔らかくなった。



「だからね、来週までにヒイロさんの所に行ってちょっと習ってこようと思って」

「そうか。いつ頃行くんだ?」

「明日か、明後日くらいかなあ。人がいない時を見計らってだから夜かなあ」

「そうか。気を付けていくんだぞ」



 ヴィデロさんの言葉にうんと頷くと、ヴィデロさんの顔が綻ぶ。

 俺もホッとしてお茶に手を伸ばして一口口に含む。ああ、もう冷めちゃってる。淹れなおそう。

 席を立ってお茶ッ葉の入ったポットに熱湯を魔法陣で出して注ぐ。

 すぐに出来上がったお茶をヴィデロさんに差し出して、もう一度席に着いた。

 温度調整とか魔素濃度調整とか、水の魔法陣に関してだけ腕が上がるよね。



「あ、あと、エミリさんに勧められたんだけど、今度エルフの里に行くことになるかも」



 何の気なく今後の予定を伝えると、ヴィデロさんがハッと顔を上げた。



「それは、いつ行くとかは決まったのか?」

「ううん、まだ。一人では行けないから、高橋たちに護衛を頼もうかと思ってたんだ」

「俺も、付いて行ってはダメか? 魔大陸はダメでも、エルフの里くらいなら俺でも行けるだろ」

「え、ほんと?!」



 思わぬ提案に、思わず飛びつく。

 行きたい! 一緒に行きたい! あそこならヴィデロさんが狂うとかそういうこともないし、魔物は強いけど、雄太たちもいるからきっとさらに道中安心になるだろうし。

 その考えが顔に出ていたんだろう。ヴィデロさんは「決まりな」と微笑んで、熱いお茶に手を伸ばした。

 日取りが決まり次第ヴィデロさんは休暇届けを出すと握り拳を作っていた。気合いが入ってるのがちょっと可笑しい。そして楽しい。



 もう遅いからとヴィデロさんは軽いキスをくれて詰所に帰っていった。

 ふと見ると、もうログアウトしないといけない時間から大分経っている。

 お茶セットを片付けながら、俺は少しだけ溜め息を吐いた。

 お母さんに会いに行こうって、言えなかった。サラッと言えればいいんだけど、サラっと頼んだ場合、「いや、やめとく」なんて一言断られちゃったらそれで終わりになっちゃってもう頼めなそうなんだよな。そしたらクエスト失敗になっちゃうのかな。期限が切られてない分難しい。どこで失敗判定が来るのかほんとわからないからどう頼んでいいかわからないよ。いっそのことクエスト内容を教えちゃえばいいのかな。そして「お母さんと会って」って頼み込んで。ヴィデロさんは優しいから、必死で頼み込んだら嫌なことだっていいよって言ってくれるだろうから、言質を取って一緒に……一番使いたくない手だ。こんな無理やり連れて行ってどうするんだよ。



「いっそのこと、ヴィルさんに相談するって手もあるかな」



 進退窮まったらそうしよう、ともう一度溜め息を吐いて、俺はさっきまでヴィデロさんの寝ていたベッドへ向かった。

 ヴィデロさんの寝顔、可愛かったな、なんて現実逃避しながら俺はログアウトした。







「雄太雄太。丸一日くらい俺に付き合ってくれる気ない?」



 昼休み、開口一番、そう言うと、雄太はいったん動きを止めてから「ごめん」と頭を下げてきた。



「俺、健吾はそういう目で見れないんだ」

「違うから!」



 一連の会話に、増田が腹を抱えて笑っている。

 取り敢えず雄太たちにエルフの里に行くことになったってことを説明すると、雄太はあからさまにほっとした様な顔をして、自分の胸を手のひらで撫でた。



「あーよかった。とうとう健吾に食われるのかと思ったよ」

「食わないから。俺にはもう将来を誓った人がいるから」

「門番タックルな。ってかほんとに健吾あの鎧の中から見分けられるのかよ?」

「もちろん。ってかなんで気付かないのかわからないよ」

「……」



 だってヴィデロさんの動きはヴィデロさんしかできないし。だから鎧が同じだろうと絶対にわかるよね。真顔でそう言うと、雄太と増田が呆れたように顔を見合わせていた。



「っつかエルフの里な。問題ない。今度の休みでいいか?」

「再来週あたりがいいな。今度の土曜日は俺バイトがあるし」

「もちろん俺も行ってもいいんだよね。俺ももう一度エルフの里に行ってみたい。あそこ、すごく綺麗な花とか色々あるんだよ。景色が凄くて見ごたえはバッチリ。途中の魔物がいなかったら一大観光スポットになりそうな感じなんだ」

「そうなんだ」



 うっとりと呟く増田の顔が、海里の顔と重なる。

 そういう話を聞くと、ワクワクしてくるよね。今日早速ヴィデロさんに行く日取りを報告しないと。



「観光かあ。ヴィデロさんと一緒に花見しようかな」

「門番さんも一緒に行くのか?」



 うっとりとまだ見ぬエルフの里に思いを馳せていると、雄太が何気なく質問してきた。



「もちろん行くよ」

「俺ら、多分健吾を守るだけで手いっぱいだぞ? さすがにもう一人は難しいからな。そこんとこはわかってんだろうな?」



 観光気分じゃ多分辿り着けねえぞ、と忠告してくる雄太は、ヴィデロさんの強さを多分低く見てるんだと思う。

 っていうか一緒に行動してるわけじゃないから当たり前の忠告か。ところでエルフの里の魔物ってどれくらい強いんだろう。



「ヴィデロさんは辺境の魔物を一人で倒せるくらいには強いけど、エルフの里の魔物ってもっと強いの?」

「辺境の魔物を一人で? ……ああ、なんか。心配しなくてもいいかもな」

「だね。あの辺の魔物を一人でなら大丈夫かもね。エルフの里に初めて行ったころは、俺たちはパーティーでも辺境の魔物一匹にかなり苦労してたもんね」



 頷き合った二人は、さっきはダメ出ししようとしたヴィデロさんの同行を快諾してくれた。よかった。でも、ってことは、ヴィデロさん、雄太たちも認める強さなのかな。やっぱりヴィデロさんは凄いなあ。

 ということで、二週間後にエルフの里に行く約束を取り付けた俺は、ワクワクしながらバイトに向かうのだった。







 ヴィルさんの会社で夜ご飯を作り終えた俺は、ヴィルさんの作業を手伝って入力作業をしていた。

 頼まれた書類を入力し終えて確認して保存していると、それが終わったのを見計らってヴィルさんが話しかけてきた。



「そういえば昨日久しぶりにログインしてみたんだけどな。健吾のホームが全く変わっていたのな。ログインした瞬間暗い部屋にいて、ログインし損ねたのかとちょっと焦ったよ」

「はい、だいぶ前なんですけど、工房を増築したんです。その時に家を増築してくれた人が、ヴィルさん専用の部屋を作ってくれて」

「俺専用の部屋ってずいぶん狭くて暗いんだな」

「だってアバター安置所ですから」

「そうだけどな。そうなんだけどな……、せめてもう少し、明るい場所にして欲しかった……」

「アバターって陽にあたって日焼けしないんですか?」



 一番の疑問をヴィルさんにぶつけた瞬間、近くで作業していた佐久間さんが思いっきり吹いていた。

 そしてわかったことは、アバターは特に日焼けとかしないんだって。逆に日焼けしたい人は課金して外見を変えるんだって。なるほどお。

 納得して頷いてたら、佐久間さんが椅子の下に頽れていた。



しおりを挟む
感想 503

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

処理中です...