これは報われない恋だ。

朝陽天満

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268、緊急クエスト

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 門に走り寄って、鎧姿のヴィデロさんに抱き着く。隣に立っていた名も知らない門番さんが微笑ましそうに俺たちを見ている。

 今日は山の麓の方にいる魔物の素材がなくなったから取りに行く予定で工房を出た俺は、いつものごとく門番をしているヴィデロさんを見かけてついつい我慢できなくて抱き着いていった。至福だ。

 俺の体当たりにもびくともしないヴィデロさんは、すぐに面を上げて優しい笑みを俺に向けてくれた。好き。



「ヴィデロさんもうすぐ交代?」

「ああ。マックはこれから出るのか?」

「うん。少し森で採ってきたい物があって」

「今日は少し森が物騒な感じだから、少し待っててくれないか? 俺も付いていく」

「でも仕事の後じゃ疲れてない?」



 ずっとここで見張りをしていて、その後俺に付き合って森に、なんてヴィデロさん休む暇ないんじゃないかな。と見上げると、ヴィデロさんは疲れなんて全然ない様な顔で「大丈夫」と頷いた。

 でも、物騒な感じって、どんな感じだろう。

 と首を傾げていると、森の方から丁度プレイヤーが戻ってきた。

 もう一人の門番さんが「よう。大丈夫だったか?」とその人たちに声をかけている。



「なんか今日はわんさか魔物がいるな。いつもの適正レベルより強い魔物ばっかりなんだけど、なんか公式にイベントでもやるのか?」



 プレイヤーが門番さんにそう返している。

 門番さんははははと笑って肩を竦めた。



「公式ってのがどこだかわからねえが、イベントってか祭りはねえなあ。それより、適正レベルより強い魔物って、それがわんさか森にいるのか?」

「ああ。いつもより二割増しくらいでレベル上げが楽だった。でもなあ、手持ちのハイポーションがなくなっちまって帰ってきたんだ。英雄の息子の店に買いに行かねえと。あと、ギルドにも顔を出して情報見てみねえとな」

「そうか、ありがとう。無事でよかったよ」

「そっちこそお疲れさん」



 あんな会話が成り立つのが不思議な気がしたけど、でも門番さんももう慣れてるんだよなきっと。



「適正レベルより上の魔物が沢山って、ちょっと危ないんじゃないかな」



 さすがに夜に道を出歩くのは見回りの人かプレイヤーくらいだとは思うけど。

 ようやくレベルを上げてここら辺を歩いてる人はすぐ魔物にやられて死に戻りするかもってことだろ。



「な、物騒だろ。マックが行くなら俺も護衛として付いていくから、ちょっと待ってくれないか?」

「……ヴィデロさんが大変じゃないなら、お願いしようかな。俺が欲しい物、山に近い方の魔物の素材なんだ」



 適正レベル魔物でも一人では一体を倒すのもめちゃくちゃ苦労するのに、それ以上がわんさかなんて、もしかして今日は出ない方がいいのかな。

 なんて思っていたら、詰所の入り口から数人の門番さんが出てきた。鎧じゃないけど、軽く装備を整えて、これから探索にでも出そうな雰囲気だった。



「んじゃちょっと行ってくるからよ」



 籠手を填めたブロッサムさんが中に向かって声を上げている。

 横には、ロイさんもいる。



「お、マックじゃねえか。なんだあ、ヴィデロをデートにでも誘いに来たのか?」

「夜デートの約束してたんだ。たった今」

「夜デートな。それは街中でするこった。森は今日はなんだか厄介そうだからよ」

「強い魔物がいるから?」

「まあ、そうだな。俺らはちょいと情報の確認ってところだな」



 腰の剣を手で確認しながら、ブロッサムさんが笑って答える。

 いつも思うけど、門番さんって門を守るだけが仕事じゃないんだなあ。非番の人はそうやって森の中を見回ったり情報を持ちかえったり、門を通る人が持ってきた情報を確認したりする仕事も門番さんの仕事なんだ。

 4人ほどの集団で固まったブロッサムさんは、顔を出した団長さんと一言二言話してから、俺の頭をポンポンと手で軽く叩いて門を出ていった。



「マック、どうする? 今日は森はやめとくか?」

「うん……どうしよう」



 門の警戒に、ちょっとだけ竦む俺。

 前もこんな感じの時があったけど、あれは穢れた魔物が襲ってきたんだったよな。もしかして今日も何かあるのかな。



「さっきの人もギルドに情報があるか行ってみるって言ってたから、俺もヴィデロさんが交代の時間までギルド辺りで何かあるのか訊いてみて来る」

「そうか。じゃあ、くれぐれも勝手に一人では行くなよ」

「うん、わかった。じゃあ、ギルドに行ってくるね」



 念押しされて笑顔で頷いた俺は、心配そうな顔をするヴィデロさんに手を振って、今来た道を戻り始めた。

 工房に行く道とは違う、冒険者ギルドに向かう道を歩きながら、周りを見る。

 かなりの数のプレイヤーが道を歩いている。外に行こうとしている人、店を覗き込む人、そして、宿屋を探す人。全てがギルドを中心に動いていると言っても過言じゃない流れをしている。

 この時間は学校とか仕事とか終わった後にログインする人たちの時間だからなあ。夜は混むんだよね。



 開け放たれたギルドの入り口から中を覗くと、中も人が一杯だった。

 依頼の張り出された場所にも人だかり、そして受付カウンターにも列ができていた。

 情報が欲しいだけなんだけどなあ。

 端の方に移動して、誰も座っていない椅子に座る。皆、列に並ぶか依頼用掲示板の前に立って掲示板を確認してるか、隣に隣接されている食堂に行くかだから、椅子に座ってぼんやりする人は殆どいない。

 情報はどこで探せばいいかな。一回ウインドウを開けてそこからネットにつないでみてもいいかな。でもそれだったらギルドに来た意味が。

 とギルド内をきょろきょろしていると、バン! とカウンター奥の扉が開き、職員さんが紙を持って慌てて出てきた。

 「すいません、通してください! 緊急です!」と紙を持ったまま掲示板の人の間に割り込んでいく。プレイヤーたちは慣れたもので、職員さんが来るとさっと道を開けてくれた。

 職員さんが依頼用掲示板に一枚の紙を貼り付ける。他とは違って、目立つように周りを赤い枠で囲ってあることから、確かに緊急っぽいと思われた。



「魔物が大量発生の兆候にあります! 森の各所でここら辺では珍しい魔物が発生しています! 腕に自信のある方は、ぜひ討伐をお願いします!」



 張り付けた後、職員さんが大声で皆に呼びかける。その声と共に、ピコン、とクエスト欄にビックリマークが付いた。

 皆動きを止めて掲示板じゃなくて宙を睨み始める。こういうのを見ると、ちょっと異様な光景だなあって思うけど、ギルドの人は慣れたものなのか、普段通りの顔をして仕事をしている。

 俺もその異様な集団に紛れてクエスト欄を開く。



『【NEW】緊急! 魔物の大量発生を阻止せよ!



 各地で魔物の大量発生が起こっている。

 魔物を駆逐し、各街への侵入を抑えろ! 

 (クエスト受注はギルドの受付でのみ)



 タイムリミット:翌朝日の出まで



 クリア報酬:冒険ギルドランクアップ値上昇 討伐数による金銭報酬 ギルド秘匿情報(小)

 クエスト失敗:街に魔物が到達した 街人に被害が出た場合 街の規模縮小(魔物到達程度による)』



 今ギルド職員さんの声を聴いた人に発生するやつかな。

 でもこれ、街人って、門番さんたちも含まれるってことじゃないのかな……。トレ周辺のいつもの魔物よりちょっと強いくらいの魔物だったら、ブロッサムさんたちだったらどうってことないけど、ないとは思うんだけど!

 ウインドウを閉じて、俺は椅子から立ち上がって受付カウンターの方に並んだ。





 しっかりとクエストを受けたことを確認してから、俺は門に走った。

 もうすぐヴィデロさんの交代の時間だけど、これってヴィデロさんは門前を守ってた方がいいんじゃないかな。そしてプレイヤー勢を突破した魔物を片っ端から駆逐してもらった方が。

 と思っていると、普段はのんびり街を歩いている衛兵の人たちが、きりっとした動きで門の近くに集まっていた。



「ヴィデロさん!」

「マック。森が警戒態勢に入った。さっき異邦人が有力情報を持ってきてくれたから、衛兵もここで防衛するってことだ」

「うん。ギルドで訊いてきた。俺も魔物討伐の依頼を受けてきたから、できる限り魔物倒してくるね! ヴィデロさんは」

「じゃあ行くか。今日はこの鎧を着たままで行く」



 ここで、という前にヴィデロさんが槍から剣に持ちかえていた。いつも私服の時に持ち歩いているお父さんの形見の剣だ。



「ここで、っていうのは、きかないんだよね」

「だってマックも討伐志願してきたんだろ? 薬師のマックが出るのに、俺が出ないのは面目が立たないからな」

「じゃあ無理だけはしないようにね」

「大丈夫」



 門番の鎧のまま持ち場を離れたヴィデロさんは、一緒に立っていた門番さんに一言「ここは任せた」と言うと、俺の隣に並んだ。門の前には衛兵が立って、街の前の安全を守るらしい。

 次々ギルドでクエストを受諾したプレイヤーたちも街から森に走り出している。

 のんびり歩いているプレイヤーはギルドにいなかったプレイヤーなのかな。その対比がちょっと不思議だった。きっとあの依頼の紙を見たらクエスト欄にクエストが舞い込むんだろうな。

 インベントリの持ち物を確認しながら、俺も気合いを入れて森に足を踏み入れた。



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