これは報われない恋だ。

朝陽天満

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266、宰相の人とクエスト

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 宰相の人とばっちり目が合ってしまう。

 思わず動きを止めると、宰相の人は少しだけ視線を彷徨わせた。もしかしてヴィデロさんを探してるのかな。



「こ、こんばんは」

「マック殿。お久しぶりですね。今日はおひとりなのですか?」



 この言葉でやっぱりヴィデロさんを探してたんだとわかる。

 曖昧に頷くと、宰相の人は後ろの騎士さんに小さな声で何か指示を出した。



「今部屋を用意しますので、少しだけ近況を聞かせてくださいませんか。私の方も色々とお伝えしたいことがありますし」



 俺の横から先に王宮に入って行った騎士さんは、もしかして部屋の用意をしに行ったのかな。

 でもそろそろトレに帰ろうと思ってたんだけど。



「こんな時間にお邪魔するのは悪いので」

「お気になさらず。少しの時間だけでいいので、モント殿から手に入れた新しい茶葉をぜひ味わっていって頂きたい」



 断ろうにも宰相の人は逃がす気がないとでもいう様に、俺を誘う。すると、ピコン、とクエスト欄にビックリマークが付いた。

 え、ここにきてクエスト?

 宰相の人に視線を向けながら、そっとクエスト欄を開く。

 新しいクエストが来ていた。これ、タイムリーにレガロさんが出してるの? それとも、世界に散らばってるって言ってたから、その一つを拾ったってことなのかな。クエスト、奥が深い。

 新しいクエスト欄には、こういうことが書かれていた。



『【NEW】極秘建造物通行権利を行使せよ



 極秘建造物通行権利を行使し、宰相と共にある人物に会い、対話しよう



 クリア報酬:喪失と獲得

 クエスト失敗:極秘建造物通行権利を行使できず喪失 

恒久的現状維持』



 えっと。これ、俺一人ではクリアできないクエストだ。

 確か、極秘建造物通行権利って、ヴィデロさんを伴わないと使えないんじゃないんだっけ。

 でもこれを使わないとこのクエストはクリアできなくて、でもヴィデロさんは前にきっぱりとこの権利の行使を拒否したんだよな。

 でもなんでこんな時にこんなクエストが出てくるんだろう。

 レガロさんの言葉といいこのクエストといい、なんかわけのわからない不安要素が最近多いよ。



「ええと、じゃあ、少しだけ」



 ちょっと極秘建造物のことについても聞きたいしね。

 俺が了承すると、宰相の人は目を細めて、こちらへ、と俺を王宮の中に案内してくれた。



 宰相の人の後ろを付いて歩いていると、王宮から横の通路に逸れて、隣に建っている塔の方に案内された。

 その塔の中の部屋に通されると、立派な応接セットが目に入る。

 赤いベルベットの様な布の貼られたソファと、少しだけ華美なテーブル。その上には白くて豪華なレースが敷かれていた。これ飲み物零しちゃいけないテーブルだ。

 どうぞとその豪華なソファを勧められた俺は、ちょっと遠慮したいなと思いながら腰を下ろした。

 すぐさま目の前に湯気の立ったお茶が運ばれてくる。そしてお菓子のわんさか載った皿も。



「どうぞ、遠慮なさらず手を出してください」

「ありがとうございます」



 お菓子を勧められて、一応礼はしたものの、あんまり夜にお菓子を食べるってことをしない俺は、ただお茶にだけ手を伸ばした。



「それにしても、マック殿がご健勝そうで何よりです。どうですか、その後の御活躍は。私もあのギルドが発行した本を手に取りました。正直ああして利益を得るとは思わなかったのですが」

「利益を得ようとしたわけではないです。ただ、人族が獣人を見る目を変えて欲しくて。獣人を踏みにじる人がいなくなって欲しくて本を出しました」

「そうですか……あのアドレラ教本部の所にあった石像のその後などを聞いてもよろしいですか?」

「はい。ちゃんと元の形に直しました」



 そして今は獣人の村で穏やかに暮らしてます。と心の中で付け加える。

 宰相の人は、俺の答えを聞いて、ホッと息を吐いた。

 そして、小さく「そうですか……」と口元を綻ばせた。



「マック殿の方では、何か変わったことはありませんか?」

「変わったことですか? 特には……あ、工房を大きくしたことくらいです」



 そこから今の教会内部の事や、俺の近況、そして宰相の人の近況などを話した。

 でも、一言もあの極秘建造物のことは話に上らなかった。

 どうしてクエストなんて形で出てきたんだろう。クエストが出てきたってことはこの会話とかそこらへんもつながりがあると思ったんだけど。

 首を捻っていると、宰相の人が手ずから小さな焼き菓子を一つ皿に取って差し出してくれた。

 ここまでしてもらって断ったら不敬になるかな、なんて思いながら受け取る。

 一口で食べれるそれは、ほんのり甘くておいしかった。



「実は私も、時間を見て呪われた石像のある場所まで足を延ばしてみたのですよ。ここからだと一番近い砂漠都市の南側にある洞窟に。あそこに置かれていたのは虎の石像でした」



 宰相の人も一つお菓子を取って頬張る。美味しい、と顔を綻ばせてから、続けた。



「酒を掛けたことで本当に石像から獣人に進化したのには驚きました。しかし、有意義なひと時でした」

「そうだったんですか。南の洞窟にも立札って立ってました?」

「ありました。色々と注意点が書かれていました。あれを書いたのは異邦人でしょうか。同じように洞窟に向かった獣人の異邦人の方も、「ほうほう」と頷きながら立札を読んでいましたよ。その姿がとても面白くて、ついつい虎の獣人と異邦人の獣人と私とで話し込んでしまいました。楽しい時間でした」



 その時のことを思い出してるのか、宰相の人の雰囲気が明るくなる。きっと普段の激務を忘れて楽しんできたんだろうなというのがわかる表情だった。

 俺、虎の獣人さんとはまだほとんど交流してないんだよなあ。気さくなのかな。今度ゆっくり話したいなあ。



「その時にとても面白いことを訊いてしまいまして」

「面白いこと?」



 宰相の人がまっすぐ俺を見る。

 視線が合わさり、なぜかよくわからない圧がその視線にかかっているような気がして居たたまれなくなる。



「マック殿が獣人の村に遊びに行っていると」



 ……あはい。行っています。

 あれ、中央のこんな偉い人にそんなこと知られて、大丈夫なのかな。トラの獣人さん、もしかして口が軽い? まさかね。

 内心汗を搔きながら無言を通すと、宰相の人はわかってますとでも言うような慈愛の笑みを浮かべた。



「マック殿はさらに何かを成すことのできるひとかどの人物だとは思っておりましたが。あの幻とまで言われた獣人たちとすでに行き来できるほど交流しているとは。あ、もちろん虎の獣人はマック殿の名前を言っていたわけではないので、そこはご安心ください。ただ、話を聞いていると私にはその人物がマック殿としか思えなかったのです」

「……」

「だからと言って何かをさせようというわけではないのですが。もし本当にマック殿が獣人の村でハイポーションのさらに上のポーションの製作を習ってきていたとしたら、そのレシピを買い取れないかと思いまして。タダとは言いませんし、言い値を出してもいい。いかがでしょう。この魔物だらけの世に、ぜひ効果の高いハイポーションのさらに上のポーションを浸透させたいと思いまして」



 何かをさせようというわけじゃないとか言いながらさせようとしている宰相の人に、俺はどう答えようか考えていた。

 っていうか、多分無理だと思う。ここの薬師さんたちはまだハイパーポーションを作れないんじゃないかな。だって上級キットは出回ってないし、薬草の葉脈をぶっちぎる磨り方するから、どう頑張ってもハイパーポーションを作れないと思う。でもそれを言って、この宰相の人は納得するかどうか。

 あ、そうだ。



「……まだ教えられません。まだ貴族の人が、そんな知識のある獣人を攫ってきたりする可能性があるので、獣人の所の知識は出せません。でも、そういう人がいなくなったとちゃんと証明されて、それを獣人が納得したら、レシピを出していいかどうか、確認します」



 売ります、とは一言も言わない。確認する、だ。確認してノーと言われたらもちろん出さない。



「それは厳しい。ですが、やれるだけはやってみましょう。少し判断があいまいなのでこういうのはいかがですか? 獣人迫害禁止法を作るなど」

「……法律……」



 それは凄い、と思ったけど、でも法律って案外守らない人とかいるよね。



「それだけじゃ多分ダメですね。獣人は納得しません。何せあのばらばらだった獅子の石像の人は人族に番さんを蹂躙されて惨殺されて、自身も権力とか富のためにバラバラにされて利用されていたのでちょっとやそっとじゃ信用はしてもらえないです」



 オランさんは俺によくしてくれるし、ヴィデロさんの剣の相手も進んでしてくれるけど、でもきっとまだ人族を許してはいないと思う。俺たちがただ特別扱いしてもらってるだけだから。

 早く獣人さんたちと人族が和解して欲しいとは思ってるけど、こればっかりは早すぎてもいいことなそうだしね。

 今は俺たちプレイヤーの中では獣人掲示板まで立ち上がって獣人ブレイクしているけど。こっちの世界の人がどう思ってるかもわからないし。人族と仲良くして、なんて俺の口からは絶対に言えない。



「そうですか……。マック殿がいればもしや、とは思いましたが。残念ですが、こちらが尽力した後にまたご助力願いたいと思います」

「そうしてもらえると助かります。それに、獣人たちと仲良くなった頃にならないと、薬師の人たちもレシピに腕が追い付かないと思います。今のハイポーション流通はランクBですけど、ランクBが出来る程度の腕じゃ実質的に作れないですし、それに作るための器具もない。俺はたまたま手に入れたから作りましたが、売ってるところは見たことがないです」



 その手の職人さんにかかったらすぐに作れそうだけどね。

 昔はあったってことだから、薬師の腕が廃れて必要なくなったって感じだしね。

 宰相の人は冷めたお茶を一口飲んで少しだけ顔を顰めると、奥の扉の方に声をかけた。すぐに人が来て、宰相の人が何かを言う前にお茶の入ったカップを下げていった。すぐに新しいお茶が運ばれてくる。温くてもいいのに。



「失礼しました。お茶が冷めてしまいましたね。では、その調薬器具の作成も視野に入れないといけないということですね。わかりました。では、状況が整ったら、またお願いします」



 宰相の人が頭を下げる。この人全然諦めてない顔だ。そのうちこういうのもクエストになりそうな予感がする。それよりも気になるのが、さっき出たクエスト。本気で一言も極秘建造物の話は出なかったし、ヴィデロさんのこともお母さんのことも話に出なかったんだけど。いきなりヴィデロさんと一緒に来て「極秘の建物に入れてください」なんて頼むことは出来ないよなあ。一度ヴィデロさんにお伺いして了承してもらったら宰相の人に頼もう。期限は書かれてなかったから、そこまで慌てることはないはずだし。……いいよって言ってくれるかなヴィデロさん。



 でも、クエスト失敗の所が気になるんだ。『恒久的現状維持』って、どの部分を指してるのか。

 このクエストをクリアできなかったら、俺はずっとアバターで、ってことはこっちの世界に生身で来れなくなるってこと? もしそうだとしたら、どうにか辛うじて掴んでいたヴィデロさんとの未来への道から、踏み外しちゃうってことだよね。多分。

 ふ、深読みしすぎかな。



 
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