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260、鬼難易度クエストは俺だけじゃなかった
しおりを挟むもしかして『蘇生薬』ってこの「複合調薬」じゃないと作れないってことだったのかな。ってことは、今日ヒイロさんの所に来て正解だったんだ。
白くなった『蘇生薬』のレシピをタップしてみると、素材と手順が書かれていた。これはいつもの事。でもなぜか、その下に「成功率」っていうのがあった。これは今まで現れたことなかった表示だった。
「成功率……12%」
今作っても絶対に成功しないってことかな。素材自体はそろってるんだけど。
「あ、もしかして」
もう一度セイジさんのクエストを開く。
クエスト失敗の所を確認して、思わず唸る。
『蘇生薬の精製失敗』っていう文字は読んで字のごとく、一度でも精製を失敗するとクエスト終了ってこと、だったりして。
このクエスト、『超難易度』レベルのクエストかと思ったら、さらに上を行く『鬼難易度』レベルのクエストだった。
思わず重い溜め息が出る。
「何落ち込んでるんだ? 最初から上手くいくやつなんていないよ」
ポン、と肩にヒイロさんの手が乗る。
振り返ると、にこにことしているような顔をしたヒイロさんが俺を見下ろしていた。あ、ヒイロさんの顔に癒される。
これは腕を上げて成功率を上げてから、満を持して『蘇生薬』を作らないといけないってことだよな。
「もう大丈夫、頑張ります」
「あんまり頑張りすぎても肩に力がはいっちまって上手くできないけどな。ある程度気を抜いて。楽に作りな。そのほうが上達する。何なら、鼻歌でも歌いながら作ったらいい」
「師匠みたいにですか?」
「ああうんそうだね。だって両手ふさがってても口とかは暇だろ? だったら歌わない手はないだろ。歌ってると楽しくなるしな」
ん、まさかの理由だった。そんなこと考えたことなかったよ。もしかしてヒイロさんの頭の中は「ザ・効率化」って感じになってるってことなのかな。空恐ろしい。
「でもって、休むときはとことん休む。脳みそをとろかすくらいに力を抜く。緩急は大事だよ」
「勉強になります、師匠」
「ほらマック。緩急緩急。ちょっと休憩しようか」
俺の肩を揉み揉みしてから、ヒイロさんは嬉々としてお茶を淹れに行った。もしかして自分がお茶を飲みたかったのかな、なんて思いたくなるくらい嬉しそうな雰囲気に、さらに癒される。
作業台から離れて、キッチンに向かう。こういうのも大事なんだそうだ。作業場は作業場、休む場所は休む場所って区別すると、頭の緩急がつけやすいんだって。確かに。
「で、マックは何を悩んでたんだ? 聞いてやろうか?」
「ええと、俺に『蘇生薬』が作れるのかなって思ってちょっと気が遠くなりました」
「うーん、『蘇生薬』ねえ。俺にしてみたら簡単なんだけど。確かに葉脈もわからなかったマックが作るとなると、成功は賭けになるかもなぁ。だってちょっとした匂いの変化を嗅ぎ取って素材を足したり、気泡の雰囲気で次の素材を変えたりするもんだし。身体全体を使うもんだからなあ。人族はほら、鼻が利かないだろ」
うん、全然簡単じゃなかった。経験と知識があってこその『蘇生薬』だった。
鼻も利かない、気泡の状態も読めない今の俺じゃ、どう頑張っても無理だった。でも、練習を重ねて覚えることも出来ないっぽい仕様なのが本気で『鬼』モードだ。
試しに、なんて軽く作ってみてクエスト失敗になったらシャレにならないもんな。
出してもらった聖水茶を飲みながら、もう一度『蘇生薬』レシピを開いてみた。
そして、アレ、と目を見開く。さっきは12%だった『蘇生薬』の成功率が14%に増えてる。何でだろう。
……断片を繋ぎ合わせて。って。もしかして、『蘇生薬』を作るための色んな知識を色んな所からため込んで行かないとだめってことかああああ!!
「……ただレベルをあげるだけじゃこのパーセンテージは上がらないってことかな。先が長すぎる……」
その後、ヒイロさんに『蘇生薬』の作り方の事とか、『蘇生薬』が成功したときの話とか、覚えたての時の事とかを根掘り葉掘り訊いてみることにした。ヒイロさんは嫌な顔一つせずにすべてを教えてくれたんだけど、最後に照れながら「なんか俺の自慢話みたいになっちまったな。マックも頑張れよ」なんて頭を掻いていた。狐さんの顔でそれをやられると可愛い。師匠可愛いです。
そしてそのヒイロさんの武勇伝で、やっぱりというか成功率は少しだけ上がっていた。あとは複合調薬のレベルをあげても成功率が上がるのかを検証しないとなあ。
その後は辺りが暗くなるまでひたすら複合調薬のコツを伝授してもらい、帰るころにはレベルが5まで上がっていた。レベルが上がっても成功率が1%ずつしか上昇しないってことも確認した。これは本格的に色々な知識を手に入れないといけないってことか。……ちっとも当てがないのが笑えない。レベルを後80くらい上げるっていうのも一つの手だけど、複合調薬レベルを80なんて気が遠くなる。これだけやってきて最初から取ってた調薬がレベル60だったんだから。
取り敢えず『蘇生薬』に使う素材はひとまとめにして倉庫インベントリにしまおう。何かのきっかけで他のに使っちゃって、あとで取りに行ったらもう素材がないよ、なんてなったらそれこそシャレにならないから。
「もっと腕が上がって、もっとスムーズにその器具を使えるようになったら、もっと面白いもんを教えてやるからまた来な」
そろそろ帰る、というとき、ヒイロさんがそんな発言をかましてくれた。
もっとおもしろいもん。なんだそれ。知りたい。
「わかりました! 頑張って腕を上げてきます!」
気合いと共にそう答えて、俺はヒイロさんの家を後にした。
帰る途中村にいた子供たちの中にユイルがまじって一緒に遊んでいたので声を掛けると、皆が一斉に森の近くまで送ってくと言い出して、とんでもなく顔が緩んだ。ユイルが腕に飛び込んでくると、周りの小さな獣人の子たちが「ずるいずるい」と騒ぎ始めて、俺の両肩に一人ずつ、腕に二人、足元の周りにはちょっと大きめのお兄ちゃん獣人さんを侍らせることになった。え、何かのパラダイスかな。でもこの子たち連れて森に行くのはちょっと危ない気がする。
と困っていると、ユイルを迎えに来たケインさんが俺の状態を見て「ありゃー」と変な声を出した。
「ほらほらみんな、おにいちゃんが困ってるよ。降りてあげな。それに夜の森は近付かないって言われてるだろ」
「でもおにいちゃん一人じゃ危ないから」
「全員で行っても危ないよ。大丈夫、とうちゃんが送ってくから。ユイルは皆とお家に帰りな。もう暗いよ」
「でも」
「ユイル、とうちゃんとの約束を守れない子はしばらく英雄の所には連れて行かないっていつも言ってるよね?」
「……はぁい。おにいちゃん、また来てね。今度はおじちゃんとだけじゃなくて、皆で遊ぼうね」
皆が渋々村の中心の方へ歩いていくのを手を振りながら見送って、言葉通りケインさんに洞窟まで送ってもらった。ジャル・ガーさんの所には今は人もおらず、ジャル・ガーさんはしっかりと石化していた。
「送ってくださってありがとうございました」
「いいよ。あのまま子供たちが森まで送る方が大問題だ。夜の森は物騒だからね」
「物騒……」
魔物に出くわさなくてよかった、と内心安堵しながら、もう一度ケインさんにお礼を言って扉に向かった。
工房に帰ってくると、俺は早速一つの袋に『蘇生薬』の素材をまとめて詰め込んだ。
それを倉庫のインベントリに詰め込む。素材一つ一つじゃなくて、それひとつで『蘇生薬用素材』って表されるインベントリってすごく有能だと思う。これは成功率が上がるまでは封印、と。
一度ログアウトして、諸々のことを済ませてきた俺は、もう一度ログインして時間が来るまで複合調薬の腕を上げることにした。
まだまだ三個のうち一個は失敗するという体たらく。難しい。
でもこれが難なくこなせるようになったらもっと面白いことを教えてもらえるらしいし、それを目指して頑張ろう。
気合いを入れるために伸びをして、ふとキッチンに目を向けた。
工房とキッチンの間にはドアは設置されていないから、工房からキッチンはよく見えた。仕切りたいときは横にまとまっているアコーディオンカーテンみたいなものを引けば普通に仕切られるけれど、俺は広い空間の方が好きだからいつでもこの仕切りは開けてたりする。
作業台から見えるキッチンの隅では、ヴィデロさんの鎧が相変わらずうっすらと緑色の光を発していて、綺麗だった。
「辺境の壁の外に出てみた。酸素濃度高すぎる空気、って感じの所だった」
とうとう勇者に壁の外に連れていかれた雄太の感想は、そんな感じだった。
「うん。それだね。あと、MPの自然回復がかなり速かったよ。でもなんか肌に目に見えない何かがまとわりつく感じは常に付きまとってたけど」
増田も弁当を食べながら教えてくれる。
魔素が濃いって言ってたもんなあ。想像つかないけど。サウナみたいな感じかな。
「で、壁の外に出たら、今まで灰色になって受けれなかったクエストが白い文字に変わったんだ」
「え……?」
それって、俺と同じパターン?
増田の言葉に雄太もうんうん頷いている。
内容は、規定レベルに達したら『トーレ』と合流し『カヴァッロ』先導のもと『アルフィエーレ』の封印を解けという物、らしい。
どきっとした。
「カヴァッロとかトーレとかわけわからないんだけどね。その封印を解くと貰える報酬に『新たなる命題』っていうのがあって、多分無事封印を解いたら続きクエストが発生するんだと思う。でももしクエスト失敗したら『アルフィエーレに連なるものの消失』『世の理崩壊微上昇』ってなってるんだ。かなり重要なクエストだよね。でも問題はこのクエストでさ。まず内容の意味自体が分からない。そして封印の場所も解き方も全くヒントがないんだ。こんなクエスト初めてだよ」
増田が苦笑しながらそんなことを言ってるけど。
俺、それわかる。だって、『カヴァッロ』とか『トーレ』とか、一度説明を受けたことがあるもん。
「もし時間が出来たら、クワットロに行くことを強くお勧めする、かな」
それとも俺が教えた方がいいのかな。でも説明は途中で終わっちゃったから、『アルフィエーレ』っていう言葉は初めて聞いたんだ。
増田と雄太にそう勧めると、二人は真顔で俺を見つめた。
「とりあえず、健吾には洗いざらい吐いてもらうしかねえかな」
「ええええ」
「そうだね。知る限りの情報は欲しいかな。もちろん報酬は出すよ。このチョコパンでいいかな」
「おい増田。それ俺のだ」
「頼れるリーダーで嬉しいよ」
増田がそっとチョコパンを俺の前に差し出してくる。これは弁当だけじゃ足りない雄太が持ってくる非常食。仕方ない。雄太の非常食に免じて知ってることだけは教えよう。
「多分、『トーレ』っていうのは、賢者で、『カヴァッロ』っていうのが勇者。『アルフィエーレ』は魔大陸に封印されている魔法使いだと思う。チェスの駒の名前だって教えてもらったことがあるから。だから、セイジさんと合流して、勇者に先導されて、サラさんの封印を解く、っていう感じだと思うんだけど」
答えた瞬間、雄太のこめかみぐりぐりが炸裂した。
「いたたたた!」
「どうして健吾がそんなことを知ってるんだ」
「だから、クワットロの呪術屋さんで聞いたんだよ! 痛いってば雄太!」
「痛くしてるんだから当たり前だ。いいか、ここは背が伸びるツボがあるんだ。俺は優しいからそのツボを刺激してやってるんだ喜べ」
「絶対嘘だろ!」
「ほんとほんと。情報のお礼にツボ刺激してやってるんだよ」
雄太の顔面にチョップをかましてようやくぐりぐり攻撃から逃げた俺は、チョコパンの袋を開けながら、少しだけ、ほんの少しだけ、本当にここに背の伸びるツボがあったらいいのに、と思ってしまって、自己嫌悪に陥ったのだった。
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