これは報われない恋だ。

朝陽天満

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242、俺、頑張った

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 朝教室に入って席に着くと、後ろから背中をつんつんされた。



「ん? 何雄太、おはよ」

「おはよう健吾。面白いもんを見つけたからちょっと見てみねえ?」

「え、なになに、見る」



 雄太の言葉にワクワクしながら振り返ると、雄太が携帯端末画面を俺に向けた。

 そして、そこで目にした物は。



 トレの門の前でヴィデロさんにくっついてる俺のアバターと、周りをぐるっと取り囲むギャラリーの山、のスクショ。



『ちなみにこの時「これで俺たちは公認になって悪い虫がつかなくなるってことかな」って言ってる』

『薬師は門番さんと公認になりたいらしい』

『英雄の息子どうなった』

『三角関係?』

『Foooooo! 公認にしてやるぜ!』

『あの身長差萌える』

『そんなことよりハイポーション購入規制解除よろ!』

『規制解除してくれたら二人の仲を認めるぜ!』

『認めるぜ! よろ!』

『解除で認める!』



 下のほうまで続く掲示板は、ハイポーション規制解除したら公認って認めるっていう文字がずっと並んでいた。



 撃沈。

 机に突っ伏した俺に追い打ちを掛けるように、雄太はさらにその掲示板を下の方にスクロールした。



 そこには、ムービーが貼られていた。



「すっげえ面白いだろ」

「って言われても……うわああ、撮られてたんだ……しかも貼られてるなんて……」



 その掲示板の下の方に貼られていたムービーは、俺があのストーカーを一瞬で撃沈させたものだった。

 剣を構え、挑発されたところを乗って目潰しを投げ、苦しんでるところに魔法陣で火球を飛ばした後もごもご何か口を動かして相手を弾き飛ばし、そのまま走って剣でグサッとするという、実に時間にして10秒足らずの戦闘のムービーだった。

 その再生回数、笑えない。

 しっかりと魔法陣魔法が画面には映っている。



 音声が小さいにも関わらず、周りから「俺もそれ見た!」「俺も!」「それ見てトレの街に戻ろうかと思ったもん!」「ダメだ俺もう辺境近い」とかいう声が聞こえてくる。結構やってる人いるんだなあ。っていうか周りは雄太の辺境の活躍とかは知ってるけど、この薬師が俺だってことは気付いてないみたいだった。雄太、顔隠してないもんな。そこから先生が教室に来るまで周りの奴らのゲーム状況報告会に発展しちゃって大変な騒ぎになってたけど、俺は内心「ああああ……」と悶えていた。



「規制解除したらみんなから認めてもらえるって、どんな天国なんだよ……!」



 顔を抑えて小さな声で呟くと、雄太がぶっと吹き出した。



「やっぱそこかよ! 公認おめでとう健吾。末永くオシアワセニナ!」



 笑いをこらえた声で祝福をくれた雄太にありがとうと脳天チョップのお返しをしてからもう一度雄太の端末の画面をのぞき込む。

 なんか、マックの顔、この上なくデレデレしてる……客観的に見ると、流石に恥ずかしい……!

 俺、こんな顔でヴィデロさんを見てたのかあ……。ヴィデロさん自体は、兜の面を下げてるから顔が見えてないんだけどね。でもしっかりと抱擁してるし何より俺の顔がヴィデロさんを好きって訴えてるのがね。しかもこんな風に晒されてるのがね。顔、変えててよかったあ。ほんと、よかったよ。

 ちょっと「この魔法あれじゃね。ダンジョンサーチャーの魔法じゃね?」とかいう会話も気にならなくはないけど、それよりも重大なのは俺のデレ顔がアレだってことだよ。はぁ、どうしてヴィデロさんはこんなデレ顔を可愛いとか言うんだろう。あれかな。趣味の問題かな。……そうだったらヴィデロさんの趣味が悪くてよかった……。そして俺もイケメンアバターにしなくてよかった。だってヴィデロさんの趣味から外れそうだからね。





 ログインするなり俺は早速クラッシュの店に向かった。

 ドアを開けて店に入ると、いつものようにクラッシュが笑顔で迎えてくれる。

 俺は周りに結構人がいるのも構わずに、クラッシュに詰め寄った。



「ハイポーション規制って、なくせない?」



 俺の言葉に、クラッシュよりも周りがざわ……となる。

 掲示板見たな、掲示板見たんだね、なんて言葉が耳に入ってくる。見たよ。規制なくしたら公認なんだろ! 気合入るよ!



「いきなりどうしたのマック。俺は別にそれで儲けられるからいいけど、規制なくして首が締まるのはマック自身だよ?」

「だって! そうすればヴィデロさんとの仲が公認に!」



 そう叫ぶと、クラッシュは俺を見て、そして周りのプレイヤーを見て、溜め息を吐いた。



「別に誰かに認めてもらうために付き合ってるわけじゃないでしょマック。誰かに何か言われたの?」



 俺の訴えに、呆れたように返してきたクラッシュの言葉で、俺はスッと我に返った。

 店の中にいるプレイヤーは、シーンと俺たちの会話に聞き入っている。



「今でも周りをカーテンで囲いたいくらい人目をはばからずべったりしてるでしょ。特にマックの顔。ヴィデロといると自主規制掛けたくなるくらいデレっとしてるから。あれでマックがヴィデロを好きだって思わない方が鈍いよね。それはヴィデロだって一緒。見てて砂吐きたくなるくらい情けない顔してるからね、ヴィデロ。マックが来るまではあいつ、結構な無表情だったんだよ。それとも誰かに認めてもらいたいの? じゃあ俺が認めてあげるよ。マックはヴィデロとラブラブだって。堂々としてなよ」



 諭すように、でも呆れたように言うクラッシュは、ただただクラッシュの言葉に驚いた顔で聞き入ってる俺の視線に気づくと、言い終わった後に「でも」と少しだけ照れ隠しの様にニヤリと笑った。



「マックが規制を解除していいっていうんなら、儲けさせてもらおうかな。今残ってる在庫、300くらいなんだけど、一日でなくなるんじゃないかなあ。ねえマック、今日中に追加1000くらいハイポーション、納品できる?」

「へ?」



 クラッシュの言葉に少なからず感動していた俺は、ニヤリと笑って鬼畜発言をするクラッシュについていけなくて、間抜けな声を上げてしまった。



「聞いた? 皆。今日は規制解除だってさ! 好きなだけハイポーション買っていいよ!」



 俺が何か言う前に、クラッシュがプレイヤーたちに宣言してしまう。すると、店にいたプレイヤーたちの間から歓声が上がった。



「じゃあ俺、100! 金ならある。ブツをくれ!」

「ずるい! 持ち合わせ50個分くらいしかない。今から金策取ってたら在庫なくなるよね。とりあえず買えるだけ買う!」

「じゃあ僕はマジックハイポーション50個欲しい」

「有り金全部使おう。今日はついてる!」



 一瞬にして在庫が消えていく。クラッシュは毎度アリ! と笑顔で接客しながら、俺にカウンター裏のテーブルを指さした。そこでハイポーションを作れと。

 簡易キットしか持ってきてないよ。しかも一回に作れる量って多くないからね!?



 焦っている間に、在庫が切れ、クラッシュに早くと急かされる。



「ちょっと待って! そんな一気に!」

「だってマックが規制解除していいって言ったんでしょ。ほらほら、お客さん待ってるよ。その場所貸すから、早く作って」

「今持ってるやつじゃ一回に十個分くらいしか作れないよ!」

「じゃあ大きい調薬キット持ってきていいから。あと薬草ある? カイルに連絡して大量に持ってきてもらおうか? 他の素材も。頑張れマック」



 そんなことをしている間に、誰かが掲示板に上げたのか。次々と店にプレイヤーが入ってくる。

 クラッシュが俺の首が締まるって言ってたのが、ようやく理解できたよ……。くっそ、やってやる……!



 奥の部屋から工房に跳んで、ありったけの薬草の在庫とハイポーションの素材と、上級調薬キットを持ち出して、カウンターの裏の席に座った俺は、早速作業を始めた。

 ハイポーションはいつもは普通の調薬キットを使ってたんだけど、量が量なので、上級調薬キットを取り出す。いつものやつの倍くらいの量を詰め込めるキットだから、多分作れる量もふえるだろう、なんて安易な思い付きで、上級調薬キットにハイポーションの素材を詰めるだけ詰めて調薬を始めた。

 考え方は間違えていなかったらしく、いつもの3倍の量が出来上がったので、それを早速瓶に詰めていく。出来立てほやほやのハイポーションは、そのまま待っているプレイヤーに引き取られていく。

 必死で素材がなくなるまで作り続けた俺の姿は、途中数回スタミナを回復しながらひたすら夜が更けるまでキットをグツグツ言わせ、すっかりクラッシュの店の名物と化していた。



「結構作るの大変そうなんだな。作ってくれてありがとう。俺はあんたと門番さんの仲を認めるよ」



 じっと俺の作る姿を見物していたプレイヤーの一人が、出来上がりをインベントリにしまいながら、そう言ってサムズアップした。

 作り続けて疲れ切った手で、俺もサムズアップを返す。

 素材がなくなり、クラッシュが並んでいたプレイヤーたちにごめんねと謝りながら『CLOSE』の札を店のドアに掛けてくるころには、俺はもうテーブルに突っ伏してぐったりしていた。



「こ……こんなに気合い入れて調薬したの、久しぶりだ……」

「お疲れ様。ね、マックの首を絞めるでしょ。しかもここから先は魔物が強くなってくからって、マックのハイポーションは必須なんだよ。他の薬師も頑張ってはいるけど、まだランクAには届かないらしいからさ。マックのを買ってから、あとは仕方ないから他の人のランクの低いハイポーションを買って旅立ってくって人がほとんどなんだよ」

「そっか……知らなかったよ」

「あはは、マックが知らないのは知ってた。何か飲む?」

「飲む……赤いお茶、ある?」

「あるよ。マックが入れるよりは美味しくできないけどね」



 淹れてくれるだけで嬉しい。もう今日は何もする気が起きないくらい頑張ったよ俺。机に突っ伏したままクラッシュがお茶を淹れてくれるのを待つ。

 すぐに顔の横にいい香りのお茶が差し出されたので、ようやく俺は頭を起こしてカップを手に取った。

 熱いお茶が五臓六腑に染みわたる……!

 ほぅ、と息を吐いていると、クラッシュから袋を渡された。納品代だって。ちょっと多くない?



「突然の納品にもちゃんと応えてくれたからね、色付けといたよ。大丈夫、店から提供した素材代は既に引いてあるから」

「ありがと。でも最近、お金の使い道がないんだよね。やっぱりヴィデロさんと辺境に行って白い鎧をプレゼントするしか……」

「自分の装備を揃えたらいいのに」



 笑いながらそう突っ込むクラッシュに、俺は肩を竦めた。

 だってローブはヴィデロさんからすごく性能のいいやつをプレゼントしてもらったし、ブーツも買ったし、胸当ては正直付けてるだけっていう代物だし。剣だって手に入れたし。

 あと装備のどこにお金を使えばいいかわからないくらい充実してるんだよ。

 それをクラッシュに伝えると、クラッシュは俺の姿を見て笑いながらなるほどと頷いた。



「じゃああれだ」



 クラッシュは目を輝かせて口元をにぃっとあげた。



「工房を大きくしようよ! 手配なら俺が出来るからさ!」



 かくして、クラッシュのその一言で、俺の工房は増築されることが決定した。



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