これは報われない恋だ。

朝陽天満

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236、思わぬ助っ人

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「前にパーティーを組んでいたところのリーダーが、親戚なんです。あっちが本家、俺の家が分家で、立場的に向こうの方が権力があるんです。家もごく近くて、両親はいつも本家の子とは仲良くしなさいと言っていました。その子供は小さいころから甘やかされて育っていたので、少々傲慢なところがあって俺は苦手だったんですが、他にも同じような歳の親戚がいるのにそいつがなぜか俺にいつでも突っかかってきて、高校までは同じ学校に通わされて。ようやく地方の大学を受けて家から、そいつから離れることに成功したんです」



 うわあ、なんか、俺には別世界的な典型的なお家騒動のアレだ。マルクスさんは真顔で聞いてるけど、本家とか分家とか、わかってるかどうかは謎。



「ようやくあいつから自由になれて、ようやくやってみたかったギアを買って、そしてここにログインして……うちの親から聞いたのかどこかから聞いたのか、俺がスノウグラスとして始めてしばらくしてからあいつが現れて、一緒にやれと言われて。お前が断ったらお前の親の立場がどうのという言葉で一緒にやってきたんですが、また、ずっと感じていたような息苦しさを感じてしまって……。あいつが俺に対してそうだから、他のパーティーメンバーも同じような扱いを始めたので、せっかくやりたかったADOを嫌いになりそうで、でもそれだけは嫌で、あいつから逃げて来たんです」



 思った以上に根深かった問題に、俺は思わずうわあ、と声を上げてしまった。

 こっちでフレンド解除しても、また家のことを出されたら断れないとかなっちゃうんじゃないかな。

 ヴィデロさんとマルクスさんは何も言わずに、ただスノウグラスさんの話を聞いていた。



「その中の一人があのエイシンで……さすがにあそこであんな形で会うとは思わず……。マルクスさん、マック君、本当に、すいません」

「お前が謝ることじゃねえな」



 テーブルギリギリまで頭を下げた状態のスノウグラスさんの頭に手を置いたマルクスさんは、スノウグラスさんのきっちりと整えてある綺麗なミルクティー色の髪をわしわしと掻き混ぜた。

 呆れたような顔をしている。



「本家とか分家とか意味わかんねえけど、お前は自由なんだろ。そいつの奴隷とかそんなんじゃないんだろ。だったら、逃げても全然いいじゃねえか」

「奴隷……だと思ってたこともありました……けど、家を離れたらようやく客観的に状況を見れるようになって。そしたらなんか、馬鹿らしくなってきて。ゲームくらいは言いなりにならなくてもいいだろって。あいつがゲーム内で自分に逆らった、なんて言ったら逆にあいつの株が下がるんだとわかったので」

「そっか。スノウグラスも少し成長したってことだな」



 もしかしてその親戚の人、スノウグラスさんが好きでそれをこじらせてストーカーになったのかな。この世界でまで。でもスノウグラスさんは迷惑でしかないみたいだから、やっぱりしばらくはパーティー解除しない方がいいよなあ。

 静かにお茶を飲むヴィデロさんは、じっとスノウグラスさんを見てしばらく何かを考えていたけど、そっとカップを置くと口を開いた。



「そういう血筋のごたごたは、たとえ些細なことでも相手の度量によっては大事に発展することが多い。ここで見切りをつけて手を離したのは英断だと思うが、大丈夫なのか? その男はまるでこの世界の典型的な貴族のようだから、何をしでかすかわからない怖さがあるな」



 あ、そういえば。今まで忘れてたけど、ヴィデロさんって貴族だった。もう爵位は返上したから貴族とは言えないかもしれないけど、生まれは貴族なんだった。マルクスさんもそうだった忘れてたっていう顔をしている。俺とマルクスさんの表情が視界に入ったらしく、ヴィデロさんは少しだけ嬉しそうに目を細めてから、キリッと表情を改めた。



「異邦人たちの世界のことは俺達にはどうすることもできないんだ、悪い」

「はい。でも気に掛けてくださってありがとうございます」



 ヴィデロさんの言葉に、スノウグラスさんが頭を下げた。でも親戚ってことは、ゲームでは突っ張っても現実に帰るとまたつながるってことなのかな。

 ここで反抗されたからって向こうの世界で何かされるとか、そういうことってないのかな。思った以上に根深かった。



「あの、大丈夫なんですか?」



 色々ひっくるめて。この世界でだったら俺もある程度は手助けできるけど、ログアウト後に何かあったらもう何も出来ないから。スノウグラスさんは、少しだけ目を伏せて、小さく頷いた。全然大丈夫じゃなさそうな顔だよ。



「せめてプレイヤーのブロック機能とかあれば便利なんだけどなあ……そうすればここでだけでも楽しく過ごせるのに」



 ついつい溜め息を零すと、スノウグラスさんも同じような表情をして「そうだな」と溜め息を吐いた。

 なんか、このまま絡まれ続けたら、スノウグラスさんはここにログインしなくなりそうな気がする。

 せめて何か対策はないか、知ってそうな人はいないかな。

 つらつらとあまり多くないフレンド欄を見ていて、ふと目に入ったのは「赤片喰」さんの名前。そうだった。赤片喰さんは運営陣営の人だった。

 ログインしているのか、名前が白くなっている。

 ダメもとで聞いてみようかな。



『いきなりすいません。ストーカーみたいな人をブロックする機能ってないんですか?』



 返事を期待しないでメッセージを送ってみる。

 取り敢えず皆のお茶が切れたから淹れなおして来よう。







 キッチンに立って魔法陣魔法で、すでに熱々になっているお湯を出す。温度調整も出来るのがわかったから、さらに便利だよ魔法陣魔法。攻撃にはやっぱり向かないみたいだけど。俺にとって。

 前にモントさんの所から買った、とても綺麗な緑色のお茶を淹れて、皆の所に持って行く。ちょっとだけハーブが入ってるようなスッキリするお茶ですごく美味しいんだよ。頭もすっきりするし。

 食後のデザートはセッテ産の新鮮フルーツかな。アランネの実がいいかな。

 色々用意してトレイを持ってテーブルに戻ると、俺がさっきまで座っていた席に誰かの背中があった。



「……ヴィルさん?」

「マック、呼び方を間違っている。お兄ちゃん、だろ? いい香りだな。俺にもお茶をいっぱいくれないか? 徹夜明けでちょっと頭がフラフラなんだ」

「何でそんな状態でログインを……」



 振り返って満面の笑みを向けてきたのは、ヴィルさんだった。

 最近は何かが佳境に入っていてすごく忙しいって聞いてたのに、ログインなんてしてて大丈夫なのかな。

 ちらりとヴィデロさんを見ると、ヴィデロさんはヴィルさんに肩を抱かれてちょっとだけ嫌そうな顔をしている。可愛い。そしてそれを見たマルクスさんが面白そうに笑いを堪えていて、スノウグラスさんが驚いたように目を見開いている。まあ、そっくりな顔が並んでいるからね。



「だって可愛い未来の弟がストーカーに狙われていると聞いては来ないわけにはいかないだろう? 最近はあんまりにも忙しくてオフィスにも呼べないし。マックの手料理が食べたいのに」



 そう。最近バイトに入ってないのだ。調整は片手間にジャル・ガーさんがやってくれるらしく、通信の電波、って言っていいのかな、の調子がいいらしい。

 というか赤片喰さん、直でヴィルさんに連絡入れたな。



「いや、俺がストーカーにあってるわけじゃないですから」

「じゃあ、弟が?」



 それは大変だ! という顔でそう続けたヴィルさんに、とうとうマルクスさんが吹き出した。そんなマルクスさんの態度にもヴィデロさんの顔が苦々しくなる。可愛い。



「違うから離れろ」



 いやそうな顔をしながらも、ヴィデロさんはヴィルさんの拘束攻撃に本気で抗おうとはしてないみたいだ。だって本気を出したらヴィルさん吹っ飛びそうだから。そこらへんの関係がすごく可愛いっていうかなんて言うか。いいなあってちょっと思う。ってそうだった。スノウグラスさんの元パーティーリーダーの話だった。



「ストーカーっていうか、このスノウグラスさんという人に絡んでくる人がいるらしくて」

「ふうん。この世界で」



 目をキラリと光らせたヴィルさんは、ようやくヴィデロさんを解放すると、スノウグラスさんに詳細を促した。





 スノウグラスさんはさっき俺たちにしてくれた話をもう一度ヴィルさんに話した。

 ヴィルさんはスノウグラスさんが話し終えて口をつぐむと、「時代錯誤だな」と少しだけ眉を寄せた。



「昔はそういう血縁のつながりは大事だったけれど、今の時代にはそぐわないと言わざるを得ないな。しかし……親戚のストーカーか……」

「いえ、ストーカーとかじゃなくて……」

「いいかいスノウグラス君。そこまで執着されて、君は凄く迷惑している。これはストーカー以外の何物でもないな。基準は、君が嫌がっているかどうかだ。家なんか関係ないんだ。今はそういう時代だからね。これも何かの縁だ。ちょっとだけ力を貸してあげよう」



 ヴィルさんはそう言うと、机を回り込んでスノウグラスさんの横に移動した。



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