これは報われない恋だ。

朝陽天満

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231、支援魔導士さんとクエスト

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 少ししてから、詰所のドアが開いてマルクスさんが私服で出てきた。今まで寝てたのか、無精ひげが薄っすら生えていた。



「なんだあ? 休みの日の朝っぱらから起こしやがって」



 大あくびをしながらぼさぼさ髪の頭をがりがり掻きながら出てきたマルクスさんは、はっきり言ってオヤジだった。

 ヴィデロさんとブロッサムさんもあまりにもだらしない恰好のマルクスさんに溜め息を漏らした。



「朝っぱらじゃねえよ。もう昼に近い時間だ。ってか今日暇だろ。この異邦人の護衛してやれよ。山の麓に薬の材料採りに行きたいんだとよ」

「護衛って。……まあ確かに山の麓は魔物が強いからなあ。でも見る限り魔導士だろ? 魔法で攻撃とかしねえの?」

「主に支援の方なんだそうだ。だから、一人で戦うのは難しいらしいんだよ。何ならあれだ、マックももし暇だったらついてってやってくれねえか?」

「え、俺?」



 いきなり話を振られて驚いていると、支援魔導士の人も驚いたような顔をした。



「しかし……」



 少しだけ眉を顰める支援魔導士の人は、多分さっきのことが引っかかってるんだと思う。俺はプレイヤーだし、また搾取されたら嫌だろうし。採らないけどね。でも多分一緒に行っても俺はあんまり力になれないと思うんだよね。

 支援魔導士の人の不安がわかったのか、ブロッサムさんはバン、と軽く俺の背中を叩いた。あ、ヴィデロさんがブロッサムさんをジト目で見てる。可愛い。



「こいつはさっきの奴とは全然違うよ。安心しろよ。それに薬師だから素材集めはプロみてえなもんだ。この間同じようなところに行ったばっかりみたいだしな。マック、同じ異邦人のよしみで手伝ってやれよ。薬師だって素材は必要だろうし、そんな依頼を薬師が出し始めたってのは喜ばしいことだろ。今までなかったんだからよ。ちょっとくらいは手伝ってもいいと思うぜ。何なら、俺から報酬も出すしよ」

「報酬って。でも確かに、薬師の人がこういう依頼を出し始めるのはいいことだよな。皆頑張ってるのかな。俺も負けないようにしないと」

「だろ。だから、今日はヴィデロもここに立ってないとダメだから遊べねえだろうし、手が空いてるなら手伝ってやれよ」



 な、とブロッサムさんがウインクした瞬間、ピコンとクエスト欄に通知が来た。

 あ、これ、クエストになっちゃった。ってことはやっぱり着いていった方がいいってことかな。



「そうだね。俺でよければ」

「あ、じゃあ俺も」

「お前は仕事だろうが。サボったら減俸だぜ」



 俺が了承した瞬間ヴィデロさんも詰所に戻ろうとしたのを、ブロッサムさんが笑顔で止める。

 減俸でも構わないから行かせてくれ、というヴィデロさんの申し出を笑顔で一刀両断したブロッサムさんは、マルクスさんにさっさと出る用意をしてこいと尻を叩いた。



 マルクスさんの用意を待っている間、支援魔導士の人は戸惑ったような顔をして俺と二人を見比べていた。



「初対面の人にこんなことを頼んでいいのか?」



 申し訳ない様な顔つきでそんなことを訊いてくるので、俺はしっかりと頷いた。



「俺も一緒に素材集めしてもいいですか? 便乗するみたいで申し訳ないですけど。もともと今日の予定は素材集めだったんで、問題ないです。それに、マルクスさんは強いので安心ですよ」



 ヴィデロさんの方が強いけどね。とは言わないでおく。

 その言葉にホッとしたのか、支援魔導士の人がふっと表情を緩めた。



「ありがとう。俺はスノウグラス。支援魔導士の職をセットしている。攻撃魔法は出来ないが、バフ掛けは任せてほしい」

「俺はマック。草花薬師やってます」

「薬師だったのか。じゃあ採取レベルは高いのか? さっき採った花がどうしてもランク落ちしてしまうんだ。採取レベルが今36なんだがまだ足りないのか?」

「あの花は採取レベル50を超えて初めてランクB以上を採れるやつですよ。採取持ってない人が採るとほんと花弁が落ちちゃうやつなんで難しいんです」

「それを知っている君は採取レベルが高いんだな」

「俺は今60近いですから」



 すごいな、と素直に驚くスノウグラスさんに、専門だからと返しておく。そんな感じで話が盛り上がっている間に、身支度を整えたマルクスさんが出てきた。

 しっかりと髭を剃って、厚手のズボンにブーツを合わせて、腰には剣を挿している。胸元には軽い防具を付けて、気楽な感じで腰にカバンを下げているマルクスさんは、さっきまでのオヤジな姿とはまるで違うちゃんとした戦う人に見えた。でもやっぱり門番さんたちは休みには鎧を着ないんだよな。何でだろ。



「お待たせ。でもマックが行くなら俺いらねえんじゃねえ?」

「え、俺あそこの魔物全然倒せなかったよ。全部ヴィデロさんに倒してもらっちゃった。すっごくかっこよかったよ」

「ハイハイごちそうさま。んじゃ気合い入れて護りますかね。よろしくな、支援魔導士さん」



 うーん、と伸びをしたマルクスさんに、ヴィデロさんが大まかな場所を教える。気軽に「了解」と答えたマルクスさんは、ニヤリと笑ってヴィデロさんの肩をトンと叩いた。



「お前さんのマックは借りてくぜえ」

「く……命を懸けて護れよ」

「俺の護衛対象はこっちの兄ちゃんだよ。それにマックは自分の身は自分で護れるだろ」

「そうだけど……ブロッサム、やっぱり俺も」

「はい無理」 



 悔しそうに唇を噛むヴィデロさんに手を振って、俺達は門を出発した。

 あそこまで片道一時間半から二時間ってところかな。でも山の麓に近付くと、いきなり強い魔物が出てくるんだ。試しに戦ってみたけど、本当に俺では弱らせられても止めは刺せないって感じでHPを削り切れないくらいの魔物。レベル帯的にはセィとかセッテの先に出てくるような感じかな。そこまでの魔物は俺一人で何とかなるから。

 そういうことをスノウグラスさんとマルクスさんに説明しながら足を動かす。

 たまに出てくる魔物は、マルクスさんが難なく倒してしまうので、スノウグラスさんが感嘆の眼差しでマルクスさんを見ていた。



「マック君は詳しいんだな。あの門番がついていけと言った意味が分かった。それにあなたも。とても強い。はっきり言ってさっき組んだプレイヤーたちは魔物相手にかなり苦労していたから」

「なんか今日は調子いいんだ。もしかして、支援魔法掛けてねえか? すげえ身体が軽い」

「能力向上の物はいくつか戦闘中に掛けました」



 確かに素早く呪文を唱えてマルクスさんに魔法を放っていた。それに索敵。ちゃんとマルクスさんに向こうに魔物がいるとか近付いてきているとかしっかりと教えてる。大分レベル高いのかな。

 やることがないので、俺はクエスト欄を開いてみた。



『【NEW】素材採取の手伝い



 門番たちが採取クエストを中断された異邦人を助けたいらしい

 手伝ってあげよう!



 タイムリミット:今日日没まで



 クリア報酬:限定一日護衛貸し出し

 クエスト失敗:日没までに異邦人が素材を納品できなかった トレ街門守護騎士団好感度???』



 ええと?

 好感度下降とかそういうのならわかるけど、「???」って何だろう。

 首を傾げつつクエスト欄を見返す。この護衛貸し出しって、ヴィデロさんを一日借りれるのかな。頑張っちゃうよ俺。……やることは特にないけど。



「支援魔法って今まで縁がなかったけど、すげえなあ。中毒性あるぜこれ絶対。すっげえテンション違う」



 クエスト欄に目を向けていると、マルクスさんの楽しそうな声が聞こえた。

 マルクスさんはまさに出て来たばかりの魔物を一刀両断しているところだった。

 確かに、動きの切れが違う、気がする。よくわからないけど。



「ありがとうございます。そう言ってもらえることがあまりないから、嬉しいです」



 ほぼ困ったような顔しかしなかったスノウグラスさんが、マルクスさんの言葉に口元を緩めた。確かに支援魔法って地味だからなあ。でも支援魔法を使ってる最前線の人を知ってるせいか、俺なんかよりも全然役に立つ職だってのはわかる。ドレインさんが支援魔導士のはずだから。あの人は攻撃も回復もするからこそなのかもしれないけど。



「でも支援魔導士のソロって珍しくねえか? 生産職がソロってのは結構見かけるけど、支援魔導士が一人じゃ、大変だろ」

「最近まではパーティーを組んでましたので。でもちょっと揉めて抜けました」

「揉めたって……わりい、もしかして嫌なことを訊いちまったか?」

「いえ。大丈夫です」



 話しながらも、バフが切れそうになるとスノウグラスさんはバフ掛けをしてくれる。呪文がすごく短いから、レベル高いんじゃないかなと推測する。上がるステータスも結構高いし。そして、俺にまでかけてくれるのが。



「スノウグラスさん、俺、全く働いてないから掛けなくていいですよ。MP勿体ない」

「これくらいならすぐに回復するから苦でもない。付いてきてもらえるだけで心強いから気にするな」



 うわあ、いい人だ。何でこんないい人が揉めるんだろう。ってさっき揉め事を見たばっかりだった。でもアレは全面的に相手が悪いんだけど。

 そんなことをしてる間にも、スノウグラスさんが敵影の方向をマルクスさんに教えている。

 ほんと俺役立たずだよ。



「それにしてもよ、支援魔導士なのに採取の依頼なんて珍しいな。普通はどこかのパーティーに臨時で入るとかそういう依頼が多いんじゃねえの?」

「採取は趣味なんです。ここで一度はやってみたかったことの一つで、魔法と採取はどうしても外せなかった。でも、友人たちは皆前線に出たがるような血の気の多い奴らだったからどうも俺とは合わなくて」

「あははは、そっか。だったらマックとならばっちり趣味が合うんじゃねえ? マックもいつでも採取と調薬をしてるような感じだからな」



 な、と話を振られて、そうかもね、なんて返していると、スノウグラスさんがポツリと呟いた。



「門番さんとマック君、名前で呼び合ってるんだ。確か名前を教えて貰うには、一定以上の好意を抱いていないといけないとか聞いた」

「一定以上の好意って……お前それ、さっきいた門番の前で絶対言うなよ。俺殺されちまう」



 スノウグラスさんの呟きにマルクスさんが青くなる。

 そんなマルクスさんの様子をスノウグラスさんが不思議そうに見つめた。



「殺される……? どうしてですか?」

「あいつとマック、恋人なんだよ。浮気でも疑われたら俺の命はねえ」

「疑うわけないじゃん。俺、浮気できる性格じゃないし」



 わざとらしく声を潜めるマルクスさんの言葉に口を尖らせていると、スノウグラスさんが目を見開いて今度は俺に視線を移した。



「……君と、門番さんが、恋人……? だって相手は」



 マルクスさんがいるのにNPCとは言いづらいのか、そこでスノウグラスさんは言葉を止めた。今はNPCは禁句だって結構出回ってるもんなあ。

 驚いてるスノウグラスさんを見上げて、俺は頷いた。



「だって好きになっちゃったら、止められないから。っていうかマルクスさん、そういう情報を周りにひょろっと言うなよ。スノウグラスさん混乱してるじゃん」

「お前らが場所を憚らずイチャイチャしてるんじゃねえか。隠す気ないなら問題ないだろーが。ったくいつでもどこでもイチャイチャしやがって」

「隠す気は全くないけど、わざと目の前でイチャイチャしてるわけじゃないよ。ただヴィデロさんがかっこいいから我慢できなくなる時に丁度マルクスさんがいるだけだよ」

「おいこらちょっとは独り身の俺に遠慮しろや」

「遠慮してたら会えなくなるかもしれないじゃん。だから今のうちにひたすらくっつくんだよ」

「マック……」



 ふと顔を曇らせたマルクスさんは、ヴィデロさんが瀕死状態になった時もしかして捜索した中に入ってたのかな。って俺が気付くくらいに気づかわし気な顔になった。

 ごめん、と謝ろうとして、ふと横でくすくす笑う声に気付いて視線を向けた。

 すると、スノウグラスさんが口元を抑えて笑っていた。



「あ、ご、ごめん……門番さんとマック君のやり取りがあまりにも面白いからつい」



 声を抑えて笑い続けるスノウグラスさんにつられるように、マルクスさんの曇った顔がふっと緩む。



「っつうかマックも呼んでたろ。俺はマルクスって言うんだよ。名乗ってなくて悪かったな、スノウグラス、だっけ?」

「はい。マルクスさん。名乗ってくださりありがとうございます」



 ガシガシと頭を掻きながら名乗るマルクスさんに、スノウグラスさんが笑った顔のまま頭を下げた。

 この人、一日で門番さんの名前ゲットしたよ。いい人だ。

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