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218、「幻の獣人」との懸け橋になる重要な本です
しおりを挟むギルドのドアを潜ると、受付カウンターの横には綺麗な装丁の本が一冊、飾られていた。
こんな立派な本になったんだ。
近づいて行って、受付の人に頭を下げてから、そっと触れてみる。
ハードカバーのその本は、表紙に装飾までついており、表紙を見てるだけでも満足するような仕上がりになっている。これ、誰が作ったんだろう。一つ一つ手作りなのかなあ。
「いらっしゃいませ。その本は「幻の獣人」との懸け橋になる重要な本です。一冊いかがですか?」
セールストークに思わず口をあんぐり開けてしまう。
そのセールストークは誰が考えたのかな。
それにしても、勧められてしまった。原本は持ってるけど、どんな風に翻訳されたのかはちょっと気になるところだから、一冊買っておこうかな。
「じゃあ、一冊ください」
「ありがとうございます」
値段を示されて、中級魔法用の魔導書一冊と同じくらいの値段にちょっとだけ驚く。結構高くないかな? でもこれだけ造りがしっかりしてるってことは、技術料とかも込みなのかな。
一冊分の値段を払って、受付の人から本を受け取っていると、丁度後ろのドアからエミリさんの秘書さんが出てきた。
そして、俺の手の本を見て、首を傾げる。
「いらっしゃいませ。マック様。お買い上げ、ですか……?」
「あ、はい。今一冊買わせてもらいました。こんにちは」
「しかしあなたは……」
秘書さんは言葉を濁してから、身を屈めて受付の人に耳打ちした。
途端に受付の人がハッとした様な顔をして、慌てて本を引っ込めて、払った料金分を返してきた。
「す、すみません……この本の提供者の方にお勧めするなんて……」
「え、あの、欲しいって言ったのは俺なんで、売って欲しいんですけど」
焦る受付の人にもう一度お金を差し出すと、今度は秘書の人が手を伸ばしてそのお金を返してきた。
「出来上がった本の見本を、マック様と稀代の英雄様、そしてヴィデロ様にはお届けするようにと統括の指示ですので、このお金はお納めください。至らない職員で申し訳ありません」
「すいませんでした」
「もしお時間がおありでしたら、統括の所に寄ってもらえるとありがたいのですが」
「え、あの、あ、はい」
かえって職員さんには申し訳ないことをしちゃった。
俺こそすいません、と頭を下げてから、秘書さんと一緒にカウンター横から階段に向かった。
エミリさんの執務室に入ると、すぐさま秘書さんはどこかに消えてしまった。
エミリさんは相変わらず机を紙で埋めていた。
「あ、マック。いらっしゃい。稀代の英雄の本、すごい大ブレイクよ。マックの取り分忘れずに貰ってね」
「はい。あ、そういえば勇者も読んだって言ってました」
「勇者? それって、アルの事?」
勇者の話を出すと、エミリさんが立ち上がりながら首を傾げた。
アルって呼ばれてるんだ。そういえばアルフォードって名乗ってもらったな。
「アルフォードっていう辺境の愛妻家って名乗られたんで、多分そうです」
俺の言葉に、エミリさんが肩を震わせた。
「アルだわ。いくつになってもムードメーカーなところは変わりないわね。ってマック、アルに会ったの?」
「はい、昨日」
「元気だった? ……って聞くのはあれね。元気以外ありえないから答えなくていいわ」
勇者は元気じゃない時がないのか。そうだよな。元気に威圧を放ってたしな。
「ちょっと怖かったですけど」
「ジャスミンを苛めない限り噛み付きゃしないから大丈夫よ」
「でも頭に拳骨入れられて高橋が瀕死になってましたよ……」
HP1を思い出しながらそう言うと、エミリさんがはははとわざとらしく笑った。
そのまま奥の応接用の場所に移動して、ソファに座る。と同時に秘書さんが来て、俺の前にお茶を差し出してくれた。ありがとうございます。
お茶をエミリさんの前に置いた秘書さんがそのままエミリさんにそっと耳打ちしている。
次の瞬間、エミリさんが吹き出した。
「ちょ、待って、マック、あの新人ちゃんに本買わされてたの?! あはは、自分は持ってるんだっていえばいいのに、お、おかしい」
「だって、どんな風に翻訳してるのか気になるじゃないですか」
お腹を押さえてテーブルに突っ伏して震えているエミリさんにそう反論すると、エミリさんは涙目で「こ、これだからマックは……」とさらに笑いを深くした。
ひとしきり笑って、ようやく落ち着いたエミリさんは、深呼吸をすると、ちょっと待ってて、と腰を上げた。
すぐに戻ってきたエミリさんの手には、さっき飾ってあった本が三冊と、フォリスさんの本があった。
「一冊はマック用に。一冊は稀代の英雄用に。一冊はヴィデロ君用に。もしよければ届けてくれない? あと、原本をお返しするわ」
はい、と渡されて、俺はすぐにフォリスさんの本を手に取った。
綺麗な装丁の新しい本よりも、この古い本の方がやっぱり魅力がある。すぐにインベントリにしまい込むと、改めて新しい本を手に取った。
最初のページを捲ると、フォリスさんの切ない言葉が、しっかりと一言一句同じように翻訳されている。
「これを読んだ殆どの職員が泣いちゃって大変だったのよ。だから、売るのにも熱が入ってるの。獣人の異邦人もね、この世界の獣人にぜひ会いたいって言って、獣人擁護の何かを立ち上げようとか話してたわ。本を売りに出して正解ね」
「そうですか……もしそれがすべての街に広がったら、もしかしたらそう遠くもない未来に石像はいらなくなるんですね」
「そうね。そしたら、私たちエルフも引きこもりを卒業しないといけないのかしらね」
少しだけ目を細めて山の方に目を向けたエミリさんは、優しく微笑んでから、少しだけ温くなったお茶に手を伸ばした。
そういえば、エミリさんにはユイルのことを報告したほうがいいのかな。
「この本を手掛けたフォリスさんの生まれ変わりですけど、見つかりましたよ」
報告までに、と口を開くと、エミリさんは飲んでいたお茶が気管に入っちゃったらしく、激しくむせ始めた。
ゲホゲホと苦しそうに咳をしてから、落ち着くようにもう一度お茶を口に含む。はぁ、と大きく息を吐いてから、零したお茶を布で拭いた。
「待ってマック。どうしてそう急展開になるわけ。信じられないわ」
「ええと、俺、獣人の村に行ったんですけど、最初に行ったときに、ジャル・ガーさんの石化を解いて連れてってもらったんですよ。すぐに石像に戻ったんですけど、その一瞬でジャル・ガーさんが番だって気付いちゃった子がいまして。なんだかんだでジャル・ガーさんの所に連れて行ったら、同じ魂の色だって、ジャル・ガーさんが教えてくれて。フォリスさんの生まれ変わりみたいなんです。子狐の、こんな小さい可愛い子なんですけど」
ユイルの大きさを手で示すと、エミリさんは信じられないわ、と言った表情を一変させて、目を伏せた。
「……ほんとあなた達って……これも『幸運』の力なのかしら。でも何かあるのは大抵あなたとヴィデロ君が一緒のときよね。ってクラッシュが言ってたから、きっとあなたがヴィデロ君の『幸運』を引き出してるのね」
しみじみと言われて、ヴィデロさんの顔を思い浮かべる。
確かに、ユイルとジャル・ガーさんが会えたのは、ヴィデロさんの『幸運』のおかげかもしれない。ヴィデロさんはほんとに皆に幸せを運ぶ人なんだなあ。好き。でも俺としてはヴィデロさんに幸せになって欲しいなあ。自分のために『幸運』を使って、他の人にはちょっと出し惜しみしてもいいと思うんだ。本人が幸せじゃなきゃ、きっと『幸運』スキルだって効果出なそうだし。
俺的には引き出して周りを幸運にするより、しまい込んでヴィデロさんを幸せにしたい。切実に。
「俺がヴィデロさんの『幸運』を引き出してるのは嫌だなあ」
「あら、どうして?」
俺の呟きにキョトンとした顔をして反応したエミリさんに、俺は口を尖らせてだってと続けた。
「ヴィデロさん、自分のためには『幸運』を全く使わないんですもん。俺的には周りはいいからヴィデロさんに幸せになって欲しいのに、俺がヴィデロさんの『幸運』を引き出しちゃってたら本末転倒じゃないですか」
「きっと、マックがそうだから、周りまで『幸運』に引き摺られるのね」
納得した様なエミリさんは、クラッシュに向けるような優しい顔を俺に向けて、「マックはそのまま変わらずにいてね」と呟いた。
下に降りて受付の横を通ると、さっきとはまた違う職員さんが「マックさん」と声を掛けてきた。
本の報酬が出たから、と結構な大金をそっと渡されて、慌ててしまう。うわあ、一瞬にしてお金持ち。「出来れば定期的に顔を出してもらえると助かります」という職員さんに頷いて、俺はギルドを後にした。
まずは、ヴィデロさんに本を届けよう。そして、ジャル・ガーさんの所に跳んで、今獣人さんたちに必要な物が何か訊こう。この報酬はもう獣人さんたちに使うって決めてるから。
っていうか、フォリスさんの本なんだから、その番のジャル・ガーさんが貰うのが筋なんだよな。石像に必要な物って何だろう。……何も思いつかない。
ちょっとだけ溜め息を吐きながら道を進んで行く。もう無意識でも身体が門への道を覚えているから、考え事には最適。
門が見えてくると、門番さん用の鎧を着たヴィデロさんが立っているのが見えた。
「ヴィデロさーん」
足の動きを速めて、ヴィデロさんの元に急ぐ。
ヴィデロさんは俺が来たことに気付くと、面を上げて顔を晒して、目を細めた。うん、かっこいい。好き。
思わず鎧に突撃していくと、揺らぐこともなく俺の体当たりを受け止めたヴィデロさんは、笑いながら手甲のついた手で俺の髪を撫でた。
「今日はヴィデロさんにお届け物があって来たんだ」
「俺にお届け物?」
「エミリさんから、フォリスさんの本を」
「マックにじゃなくて、俺に?」
首を捻るヴィデロさんに、うんと頷く。
インベントリから取り出して見せると、向こう側で立っていたロイさんが近付いてきた。
面を上げて、よ、と挨拶してきたので、挨拶を返すと、ロイさんは俺が持ってる本を指さした。
「それ、彼女も読んだって俺に勧めてきたぞ。泣いたって。説明する間にも涙目になってたんだけど、ほんとのところどうなんだ?」
彼女さんは読んだんだ。でもロイさんはまだ読んでないのか。ヴィデロさんも実は読んでないんだよな。原本の中身を俺が説明した程度で。
「俺もこっちの本は読んでないんだけど、原本では泣いたから絶対泣ける。読んで感想を彼女に言ったらきっと惚れ直されると思うよ」
「原本って……。ほんとかよ。適当なこと言ってるんじゃないだろうなあ」
「ほんとだよ。ね、ヴィデロさん」
「ああ。マックは号泣してたな。すごく可愛かった」
凄くうっとりするような表情でそう言うヴィデロさんを見上げていると、ロイさんがちょっと考えてから「……読んでみるか」と一言呟いた。
ヴィデロさんに本を渡すと、少しだけヴィデロさんを堪能してから工房に戻った。
ジャル・ガーさんの所に跳んで、エミリさんから託された本を渡そうと思って。でも邪魔じゃないといいけど。だって石像になるし。手に本を持った石像とか、ちょっと笑いそう。
魔法陣を描いて、ジャル・ガーさんの部屋の前に跳ぶ。すると、洞窟マップ上に数点のプレイヤーマークと魔物マークが現れた。結構プレイヤーが多いなあ。魔法陣で跳ぶのも気を付けないと。もしかしたら洞窟の裏手辺りに跳んでからここに自力で来ることになりそうだなあ。見られたらヤバそうだし。
そっとジャル・ガーさんの部屋に入ると、そこにもプレイヤーが数人いて、酒を掛けられたジャル・ガーさんと話をしていた。
そして、その横には。
「ユイル⁈」
ユイルとケインさんが堂々とプレイヤーの前に姿を見せていた。
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