これは報われない恋だ。

朝陽天満

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205、エミリさん仕事が早いよ

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 学校から帰ると、早速俺は『諧調かいちょう薬師』をメインジョブに設定して調薬をしてみた。

 何かが違うとかあんまりわからない。そういえば草花薬師の時もそんな感じだった。でもあれはたしか農園関係者として扱ってもらえる職業だから。今回もそんな感じの何かがあるのかな。でも諧調って。

 諧調っていう言葉の意味が分からなかったから調べてみたんだけど、諧調っていうのは全体がしっくり融け合った調子、調和のとれた様子、なんだって。

 調和がとれてる……っていうのがよくわからないし、この職業を持ってるからって何か待遇が変わるのかはわからないけど、まあしばらく行動してみよう。

 ジョブをセットして何か行動をすればちゃんとジョブレベルも上がっていくから、取り敢えず。



 色々作ってみたけど、何かの補正が付くとかそういうことはないみたいだった。

 たくさん作ったハイポーションをクラッシュの所に届けに行くと、クラッシュとそこにいたお客さんが俺を大歓迎してくれた。



「美味いハイポーション作る人だあ! やった俺運がいい!」



 結構高そうな鎧を着てるから適正レベルはトレ付近じゃないと思われる人が、飛び跳ねんばかりに大喜びしている。

 これはもし卸すポーションを持ってこなかったらあかんレベルじゃなかろうか。

 ちらりとクラッシュを見ると、ちょいちょいと薬棚を指さされた。

 ランクごとに分けられて値段のついている棚は、一番上と二番目の俺が卸した物を置いているところだけ一本も残っていなかった。あれえ。

 ランクBの棚はちょっと閑散としていて、その下の棚は全く売れてないような状況だった。

 あ、あれだ。苦い奴か。青汁みたいな。確かに買いたくないかも。値段とかランクCとSでは三倍から四倍の差がついてるんだけどやっぱり高いの欲しいのか。



「マック、どれだけ卸せる? 昨日からマックのやつは一人一日二本限定にしたんだけどこのありさまなんだ。この人なんて、マックの薬が欲しいから先に進みたいのに進めないみたいなこと言ってたよ」

「一気に20本くらい売ってくれたら心置きなく先に進むのに……!」

「あ、はは」



 こればっかりはなあ。薬師個人の創意工夫とかそういうのも必要になって来るしなあ。そこらへんはクラッシュの判断に任せよう。

 とりあえず笑ってごまかして薬を卸していると、そういえばとクラッシュが振り向いた。



「母さんが、マックの荷物が届いてるのに全然取りに来ないって困ってたよ」

「荷物……?」

「うん。辺境街からだって」



 あ、そういえば海里が何か素材を送るって言ってた。すっかり忘れてた。クラッシュに礼を言って、薬を並べ終える。よし、ギルドに行こう。

 クラッシュとお客さんのプレイヤーに見送られて店を出ると、俺はギルドに向かって足を進めた。





 ギルド内は適度に賑わっていて、俺は掲示板に群がる人をかき分けてカウンターに向かった。

 職員さんが笑顔で迎えてくれる。



「生還おめでとうございます。今日はお荷物をお預かりしているのですが、それの受け取りですか? それとも、統括とお会いになられますか?」

「え。あ、ありがとうございます……。荷物を受け取りに来ただけなんですが」

「かしこまりました。もしお時間があれば統括が会って話したいそうなので、よければ上に顔を出していただけませんでしょうか」



 はい、と返事をしつつ、もしかして捜索に掛けた賠償金がどうのとかそういう話だったらどうしよう、とちょっとだけどきっとする。だって最近遭難した人の救助活動をした団体がその家族に捜索費を何十万と請求したとかいうニュースを見たから。俺達ギルド全体で捜索されてたんだもんな。あの旅の間一度もギルドに顔を出さなかったし。ましてや獣人の村にギルドなんてないし。

 海里からの荷物を受け取って、「そちらのドアからどうぞ」という声に従って中に入って行くと、エミリさんの秘書さんとすれ違いざま頭を下げられた。

 ドアをノックして返事を待つと、すぐに「はーい」というエミリさんの声が聞こえて来た。



「お邪魔します」

「あらマック、いらっしゃい。よかった早めに顔を出してくれて」

「はい。荷物は下で受け取りました。ありがとうございます」



 俺が頭を下げると、エミリさんは違うのよ、と笑った。



「荷物もそうなんだけど、あの獣人の本の事よ。あれね、ちょっとギルド長会議で翻訳して販売しようってことになって、まずは持ち主のマックと取り分とか色々と話をしないとと思って。そういうの勝手に出来ないから」

「え、販売? 取り分? っていうか……販売⁈」



 昨日の今日で大きくなってる話に、俺は目を剥いた。正直各ギルドに一冊くらい置いといて、誰かが手に取って読んでもらえたらちょっとは皆考えるものがあるかなって思ってただけなんだけど。この世界にとって本っていうのは娯楽のためじゃなくて、指導書とか魔導書とかそういうのが主流だし。

 俺が驚いているのを笑いながら、エミリさんは俺に、すでに二個用意されているお茶の所に座るように促した。あの秘書さんが淹れていってくれたのかな。

 腰を下ろして、勧められたお茶に手を伸ばす。



「するわよ販売。昨日のうちにあの稀代の英雄にも了承を得て来たわ。その本はマックの本だからマックがいいっていうなら願ってもないって」

「それは、俺も否やはないですけど。でもこれの収入を俺が手にするっていうのはちょっと違う気がします」

「あなたの本だから、それが違うんだと思ったら、あなたが一旦その収入を手にしてから、代金を支払われるべき場所と思うところに持って行くのが最善だと思うわ。勿論マックが使っても誰も文句は言わないだろうし。そこらへんはマック次第よ」



 収入とか全く想定していなくて、どうしよう、なんて俺は唸ってしまった。むしろ製本代とか請求されてもいいくらいだよなって。



「私としてもね、この本が王宮の奥底に眠ってたなんて聞いて、王宮の秘蔵書庫を破壊して世に出してやろうかしらなんて思ったくらいの重要な内容なの。人族にとってはそうではなくても、他種族である私たちにとっては特にね。だから、ぜひ広めたいの」



 そうか。エミリさんは人族以外の視点から見てそういう結論を出したんだ。

 ようやくストンと納得した。

 椅子に座り直すと、俺は「じゃあ」と口を開いた。



「ええと、入り口っていう言葉は全部消すことにして、監視か何かに置き換えませんか。無理やりこじ開けようとする人もいるかもしれない。あと、お酒を掛けると石像じゃなくなるっていうのはどうしよう」



 真剣な顔つきになった俺を見たエミリさんが、少しだけくすっと笑う。そしてエミリさん自身も身を乗り出して、本を開いた。



「ちょっと二人の蜜月はぼかさないと未成人の子に売れないわね。なかなか濃厚で読みごたえはあったけれど。お酒の方はそうねえ、入れちゃっていいと思うのよ。生きてるってわかれば無茶なことをする人も少なくなるだろうしね」



 言外にオランさんのことを言ってるのがわかる。確かに石像だと壊したり悪用したりしてもあんまり罪悪感とかわかないけど、生きてるってわかれば少しは抑止力にはなりそう。

 もしかしたら話をして仲良くなる人も出てくるだろうし、何より獣人さんたちは悪い考えを持ってる人を見分けるから。いい顔をしてフレンドリーに接してきても心で何かを企んでる人を絶対に獣人たちには近づけないだろうから。



「そこらへんもちょっとジャル・ガーさんに相談した方がいいかもしれないですね。でもこれを機にまた獣人と人族が少しずつ接触したりできるかもしれない」

「救いなのはね、人族も獣人もすでにこの著者が生きていた時代から何代か世代交代してるってことよね。見つかったのがこの時代でよかったと言わざるを得ないわね。石像を悪用しようとした教皇と幹部たちはもう処刑された後だし、どうして処刑されたのか、王ははっきりと理由を言ったのよ。「呪いの石像を教会の利益のためだけに悪用した」って。聞きようによっては石像擁護と取れないこともないから、もし誰かがまた悪用しようとしてもあの王の言葉を借りれるわ」

「あ、もう処刑されたんですか」

「罪状がはっきりしているのに処刑を延ばす意味はないわよ。教皇を擁護する声が大きくなる前に何とかしたかったんでしょ。各街の教会でも、上の方の人が聖魔法を使えるのか、改めて王宮から派遣された人たちに調べられてたみたいよ」

「うわあ……本格的。あの人仕事早すぎでしょ……」

「宰相? そうねえ。むかつくくらい有能で笑っちゃうわ……」



 エミリさんが少しだけ遠い目をして、溜め息を吐く。やっぱりちょっとわだかまってるのかな。でもそれは俺が掘り起こしていいことじゃないから。

 そっと目の前のお茶を持ち上げて一口飲む。ふわっと花の香りのするお茶だった。美味しい。



「稀代の英雄には私が訊いておくわ。それで了承を得たら製本開始よ」

「あ、訊きに行くのは俺が行きますよ。魔力が増えたから、まっすぐジャル・ガーさんの所まで跳べるようになったし」

「そうなの。じゃあ、取り分の話をしたら、私も連れてってもらえないかしら」



 エミリさんも大概仕事が早いと思う。こんなに早くこの本が世に出るなんて思いもしなかったよ。ちょっとだけ感慨深いなあ。俺も早く腕を上げて「蘇生薬」を作れるようにならないと。

 その後、取り分の話をまとめてから、俺達はジャル・ガーさんの所に跳んだ。二人で部屋の前まで跳んでもまだMPが空にならないってすごい。ドイリーつけてないのに。

 ジャル・ガーさんと酒盛りしつつ許可を得て、本の話はまとまった。

 ジャル・ガーさんがいつもよりはしゃいでいたのは、俺の気のせいかな。それとも、ジャル・ガーさんもフォリスさんの本が日の目を見るのが嬉しいのかな。そうだったらいいな、と思いつつ、ガハハと笑うジャル・ガーさんの横で聖水茶を飲むのだった。

 それにしても、生粋のエルフと獣人と偽人族が一堂に会しているこの現場、よく考えるとすごいよなあ。







 エミリさんをギルドまで送って、俺は工房に戻るために道を歩いていた。学校が終わってからログインしたから、もう夜も更けている。そろそろヴィデロさんは交代の時間かな。

 なんてふと思いながら門の方に足を向けてみた。

 相変わらず門の所には門番さん専用の鎧を着た門番さんが左右に一人ずつ立っている。

 片方が俺を見つけた瞬間手を振ってくれた。



「ヴィデロさん!」



 思わず駆け足で駆け寄ると、兜の面を上げたヴィデロさんが微笑んだ。

 すごく久しぶりの光景だった。

 ヴィデロさんが門番さんの鎧を着てるのを見たのが本当に久し振りで、なんだか胸が締め付けられる。これはあれだ。惚れ直すっていうやつ。好き。

 どの鎧もすごく似合うけど、この鎧は本当に思い出がありすぎて。



「マック。もう暗いぞ。大丈夫か?」

「もちろん。これくらいは普通だよ。もう俺重要人物じゃなくなったしね」

「そうか。でも俺にとっては最重要人物なんだけどな」



 俺にとってもヴィデロさんは最重要人物だよ。好き。

 門の方に足を向けてよかった。ヴィデロさんの笑顔を見るとホッとする。

 ついつい鎧にくっつくと、ヴィデロさんがクリーム色のローブ越しに俺の頭を優しく撫でた。



「お前ら最近までハネムーンだったんだろ。かー、密度が増したのかよ。まいったね」



 反対側に立っているマルクスさんが笑いながら俺たちをちゃかしてくる。その言葉を聞いて、日常に戻ったんだななんて、今更になって実感した。

 ヴィデロさんが「いいだろ」なんて悪びれることなく言ってるのがまた嬉しいなと、俺は幸せをかみしめていた。





 ヴィデロさんを堪能して工房に帰ってくると、俺は早速海里からの荷物を開けることにした。

 インベントリから荷物を取り出して、包みを開ける。 

 そこからは、見たこともない草の束と、赤い花束と、魔物の素材、そして。



「え、これ」



 錬金素材『氷花の滴』というものが入っていた。



 
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