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197、輪廻がいた
しおりを挟むこっちの世界に新年を祝う行事があるのかは知らないけど、俺はさっき作った料理をずらっとテーブルに並べた。宿屋の部屋のテーブルだからそこまで大きくないので、乗せれない分はまだインベントリに入っている。
ヴィデロさんはそれを見て驚いたように目を見開いていた。
「新しい年を祝うんだ。ここではこういう祝い事ってないの?」
「あるにはあるが、昔から教会が主体になってやっていたから、今は皆家でそっとその年の豊穣を祈るくらいだな」
「そうなんだ」
教会が主体っていうのが廃れた原因なのか。ってことは廃れたのはここ最近の事なのかな。
「それにしても、この時間にマックが起きているってことは、今日移動できるってことか?」
「う~ん、移動中ちょっとだけ寝ると思うけど、トレアムさんの所に行ったらあとは出れるかなあ」
何せ両親は車の荒波に旅立って行ったし。まだ神社にたどり着けていない、なんてこともあるかも。
だったらいつ帰ってくるのかわからない両親をただ待つのもあれだし、ということで移動開始することにした。また一日移動になるし。
昨日は受付しただけで部屋に行っちゃったから、とちょっとだけ食堂に顔を出すことにする。
もう食べたんだけどね。俺の手作りご飯。だからほんとに顔を出すだけなんだけど。
「おはようございます」
テーブルを拭いていた女性に声を掛けると、その人は顔を上げて俺の顔を見て、「あら!」と顔を綻ばせた。
「あんたあの時の! どうやら羽根は直ったみたいだねえ。よかったよ」
「はい。あの時はお世話になりました!」
頭を下げると、女性がカラカラ笑いながらお世話なんてしてないわよ、と手を振った。
「あんた! あんた! トレアムさんの恩人の子が来たよ!」
厨房に女性が声を掛けると、カウンターの奥からのっそりと旦那さんがやってきた。そして俺を見て、うん、と一つ頷いてまた奥に戻っていく。やっぱり寡黙だ。親子だ。とちょっと可笑しくなった。
「俺、最近クワットロの店に行って」
「クワットロ?」
街の名前を聞いて、女性がハッとしたように俺を見る。
「あそこで店を出してるの、息子さんなんですね。すごく美味しかったです。最初はこのヴィデロさんに紹介してもらって食べに行ったんですけど。俺、魚がすごく好きで」
「そう、あんた、あの子の店に食べに行ってくれたの……。あの子口が下手だから、正直あんまり上手くいかないと思ってたのよ……そう、美味しかったの。よかったわ。ありがとうあなた達、あの子の料理を食べてくれて」
口元を抑えて、女性が目を潤ませた。
確かに口下手だけど、ちゃんと口の達者な人がそばに付いていてくれるんだよな。とあの騒がしいカトレさんを思い出す。
ジーモさんは元気でした、と伝えると、感極まったように女性が目から涙をこぼした。
厨房の奥から出てきた旦那さんが女性の顔を自分の服でガッと拭いて、横でおろおろするしかできなかった俺にニッと笑顔を見せてくれた。
「これはうれし涙だから大丈夫だ。……また、息子の店に食いに行ってくれ」
女性を抱きしめる旦那さんにそっと挨拶し、俺とヴィデロさんは食堂を後にした。
荷物を持って、今度はセッテの農園に行く。
ここで果物を買って帰るんだ。HP上昇は出来なくても、美味しいタルトを作って食べたいから。
まだ澄果実は少しずつ残ってるけど、普通の果実を料理にバンバン使いたい。
と農園の柵横を通り過ぎようとして、ふと気付く。
何か、見知った顔がいる。
「……輪廻?」
思わず声を掛けると、何か作業をしていたプレイヤーが顔を上げた。やっぱり輪廻だった!
「マック! どうしたんだよこんなところで」
「それは俺のセリフ! 『夕凪』について辺境街まで向かったんだとばっかり」
「それなんだけどな……」
「入ってもらえ」
二人で柵越しに話していたら、後ろの方からやってきたトレアムさんにそう声を掛けられた。
早速農園の中に入れてもらう。
「よく来たな、待っていた」
目を細めてそう言うと、トレアムさんは俺の身体に腕を回して背中をバンバン叩いた。トレアムさんもいい身体してるからちょっと痛かったけれど、でもこれだけ再会を喜んでくれるのは嬉しい。
「はい。お元気そうで何よりです。今日は果実を買いたくて。沢山売ってください。あと、油も」
「持って行け。好きなだけ」
「いくらですか?」
「持って行け」
対価は払いますよ? と詰め寄ると、トレアムさんが目を逸らした。
ヴィデロさんがくいくいと俺のローブを引っ張ったので、そっと「あの人が俺にタルトの作り方を教えてくれた人だよ」と教えておいた。
トレアムさんの居住区に招待されて、輪廻含めた全員で家の中に移動した。
それにしても、何で輪廻がここにいるんだろ。
首を捻っていると、輪廻が事の顛末を教えてくれた。
ここのクエストを振り切って先に進んだ後、辺境街で活動していた輪廻は、ある日夕凪のリーダーにあるアイテムを作れと命令された。でも輪廻の手持ちの素材では作れなくて、セィかセッテの農園じゃないと素材が手に入らないことを伝えると、リーダーがここの農園で買えばいいと辺境街からセッテに移動させられた。でもここは前に見捨てたことのある農園で、輪廻はずっとそれが心に引っかかっていた。夕凪が農園に顔を出すと、トレアムさんは「お前らに売るもんはない」と無下に突っぱね、追い返した。夕凪が大声で「ここの農園は最悪だな。客を選ぶなんてよ」などと言っていたから輪廻は耐えられずにリーダーに「最悪なのはあんただ! ここが困ってる時には無視しておいてそれは虫がよすぎるだろ!」と言い返してしまい、そこで夕凪のリンチにあったという。
わざわざパーティーを解除して、輪廻のHPをじわじわといたぶる様に削っている夕凪を見ていられなかったトレアムさんが思わず庇うと、そこに夕凪のリーダーが剣を振るってしまい、即リーダーは垢BAN。そして、他のメンバーはその場を逃げるように離れてしまい、輪廻は切られたトレアムさんを自分の薬で治療して、ずっと謝っていたらしい。
許してもらえた輪廻は、それからここに住み着いてトレアムさんの手伝いをしてるんだとか。
話を聞き終わって、俺はホッと息を吐いた。そんなことがあったんだ。
二人とも、大変だったんだな。
でも、輪廻は前と同じような屈託のない笑顔をトレアムさんに向けていて、すごく安心した。トラウマにならなくてよかった。
「そんでさマック! 俺も上位職になった! マックと同じ草花薬師! なあなあ、秘匿してないなら、農園関係に役立つレシピ教えてくれねえ?」
楽しそうにそんなことを言う輪廻に、上位職になったお祝い、と調薬レシピを伝授することにした。そんな輪廻を、トレアムさんもすごく優しそうな顔で見ていた。
沢山果物を買い込み、ここで薬師の腕を磨くという輪廻と別れると、俺達はセッテを後にした。ちょっと遅くなったけど、道は整備されてるから砂漠都市までは今日中に着けるらしい。さすがヴィデロさん。
馬にも買ったばかりのメイレの実をあげて、背に乗ると、馬は楽しそうに走り出した。
ヴィデロさんの腕にすっぽりと収まり、背中に胸筋を感じる。砂漠都市に一泊して、そして明日、ジャル・ガーさんの所に行って、そして二人の旅が終わるのかあ。いろんなことがあって大変だったけど、でも、嬉しかったな。ヴィデロさんが冒険者に転職したら、こういうのが日常茶飯事になったりして。なんて、冗談だけど。
ちょっとだけ寝るね、とヴィデロさんに断ってログアウトすると、両親はまだ全く帰ってきてなかった。
下に行っておせちを摘まんでから部屋に戻ると、丁度携帯端末が鳴り始めた。
母さんからの電話だった。
「はいはい、どうしたの?」
『ちょっと渋滞にハマっちゃって嫌になったから道を逸れたら温泉街に出たから一泊して帰るね。おせち、冷蔵庫にしまっててくれない?』
「え? じゃあ、帰りは明日……?」
『そうねえ。明日にもう一回初詣にチャレンジしてから帰るから、何時になるかわからないわ』
「……わかった」
自由な親に苦笑して返事すると、母さんはそれにしても、と溜め息を吐いた。
『健吾は恋人と遊んだりしないの? いないの? 最近健吾ゲームばっかりだから雄太君に初詣くらいは連れ出してって頼んでたんだけど』
心配そうな声に、思わず「いるよ、恋人」と返すと、母さんが素っ頓狂な声を上げた。
『いたの⁈ そう、よかった。じゃあ、母さん余計なお世話だったわね。そっか、恋人出来たのねえ。昔から健吾筋肉が好きで全然筋肉の付かない父さんに「ムキムキになって」なんて無茶なことを言い続けてたから、諦めてたのよ……ってまさか、筋肉すごい恋人じゃないでしょうね』
母さんが電話口で言ってる言葉に、俺は無言で答えた。
御明察。筋肉すごい恋人です。あれえ、俺、昔から筋肉好きだったっけ。……父さんにそんなこと言ってたっけ。あれえ。
無言がどうとらえられたのか、母さんはちょっとだけトーンを落として『そっか、健吾は、父さんに似て頑固だもんね』とわけのわからないことを返してきた。
目の前での会話じゃなくてよかった、と心底思いながら、複雑な気分のまま、俺はまたもログインしたのだった。
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