183 / 830
183、それでは実践してみましょう
しおりを挟む「……陛下、このローブ、呪いが掛かっております。これを羽織るものを魅了する呪いです。この薬師の行動から、触れただけで呪いに掛かると思われます」
「魅了の呪い……?」
宰相の言葉を繰り返すように呟く王様は、落ちているローブをまるで得体の知れない物を見るような目で見降ろしている。
教皇がそれを見て、声を荒げる。でも、どの口が言ってるんだよ。
「それはきっとこの者が私を貶めようと呪いを掛けたに違いありません!」
「それがあった部屋の奥には、石像の欠片がありました。あの呪いの石像の欠片です。ライオンの獣人の身体の一部です。その頭部は、この教皇の私室の奥に隠された部屋に置かれていました」
きっとチンクェ大砂漠の北部の洞窟で、ジャル・ガーさんと同じように獣人の村に行く入り口を長年守っていたはずの獣人さんだ。あんなところであんな姿になっていていいわけないんだ。
思い出すと怒りが沸いてきて、せめて目の前の教皇だけでも引き摺り降ろしたいというどす黒い感情が浮かんでくる。
「教会の総本山に魅了の呪いに掛けられる石像の欠片があり、そしてこういうローブがある。それが、どういうことかわかりますか王様。王様が信者とおっしゃる国民は、全員とは言いませんが多くがこの人によって呪いを掛けられて、信者となった人なんです」
なあなあで済まそうとなんてさせない。
しっかりとその目で本当のことを見て、聞いて、そして、この男を切り捨てて、国民がどうのなんて甘い言い訳なんて絶対にさせるもんか。
そんな気概が伝わったのか、宰相が小さく溜め息を吐いた。
「マック殿、私からの依頼は、完成したのですか?」
張り詰めかけた空気を緩和させるように、宰相がことさらやんわりと俺に話しかけてきた。
俺は王様から視線を宰相に移動して、頷いた。
「どういう物を作ったのですか? よければ、陛下の御前で見せていただきたいのですが」
「もちろんです」
きっと詳細までこの人は知ってるんだと思う。でもここで訊くことに意義がある、とばかりに知らないふりをしてくる。俺は頷くと、ディスペルハイポーションを取り出して、宰相に渡した。
「呪いを解く薬です。ただ、まだ複合呪いを解くには至ってません。でもきっとそのうち作ります」
「複合呪い……それは、確か今は誰も解くことが出来ない呪いです。もしそんな薬が出来たら、きっと呪いは怖い物じゃなくなりますね」
ディスペルハイポーションの瓶を見下ろしながら宰相が呟いた内容に、びっくりした。
じゃああの石像に誰かが触ったら、ヤバいってことだよな。そんな物を抱えていたなんて。
「司祭の人たちでも複合呪いは解けないんですか?」
「前教皇は聖魔法に長けたとても素晴らしいお方で、その方だけは複合の呪いも解けたのですが……14年ほど前に何の因果かその複合の呪いがもとでお亡くなりになってしまいました。惜しい人を亡くしたものです」
宰相の言葉に、息が詰まった。
複合の呪いで死んだって、それってまるで。
縛られて跪かされている教皇を振り返る。
教皇の視線はひたすら王様に向けられており、俺の方は見ようとはしなかった。
「……前教皇って」
この眼の前の人に意図的に呪わされて殺されたんじゃ……。
息を呑んでいると、宰相が眼光を鋭くした。
「何か、見ましたか?」
「はい。拉致された際に無事近衛騎士団たちと合流した後、奪われたこのカバンとローブを探しに教皇の私室に入った時、隠し部屋を見つけてそこで呪いの石像を見つけて。その石像が、触れると複合呪いに掛かる石像だって、鑑定で」
支離滅裂になってしまった俺の言葉に宰相は深く頷いて、近くにいた文官のような人を呼んだ。
「すぐに教皇猊下の私室を調べてきてください」
「はい」
返事と共に出て行こうとしたので、呼び止める。隠し扉の仕掛けを教えると、教皇が「そんなのでたらめだ!」と喚き始めた。
「でたらめかどうかは、私の部下に確認していただきましょう。では改めてマック君、この薬を試してみてもいいですか?」
「試すって、どうやって……」
「魅了の呪いというものはですね、それにかかっている時に熱心に何かを訴えると、掛かっている者が、それが至高だと盲目的に信じてしまうような一種の洗脳の呪いなのですよ。では、そこの君、こちらへ」
「は!」
宰相は壁に立っていた近衛騎士の一人を呼ぶと、ローブを拾ってから羽織るように命じた。
成り行きを見ていると、恐る恐るローブを拾って羽織った人の耳元に、宰相が囁くように何かを呟いた。
「我らがアドレラ教は最高にして至高の教え。そこに君臨する教皇聖下は神の次に至高の存在です。あなたはこれで私たちの仲間。同胞です。アドレラ教万歳。アドレラ教の未来を我らと共に作っていきましょう」
宰相がすごく嫌そうな顔でアドレラ教のありがたみを説いていた。途端に羽織った騎士の目がトロンとなる。あ、魅了された顔なのかなアレ。
「アドレラ教万歳。教皇聖下、万歳」
熱に浮かされたように呟き始める近衛騎士を、周りが何か恐ろしい物を見るような目つきで注目していた。
王様もさすがに信じがたい光景を見たように目を見開いた。
「その者に訊きたい」
「は、何でありましょう陛下!」
王様の声に応える騎士の声がさっきまでとは全く違う張りのある声なのが、逆に違和感を煽った。
「余と教皇殿、どちらにその魂を預ける」
「もちろん、教皇聖下にございます。教皇聖下は至高の存在。私が命を懸けるのは、教皇聖下にございます」
一瞬にして、口調に熱がこもり、張りがなくなった。
うわ、この呪いのローブ怖い。そしてあのうっとりとした顔もすごく異質だった。目の当たりにすると嫌悪感がさらに募る。
「陛下、ご覧になりましたか?」
「うむ……」
「陛下、彼は私の命で呪いに掛かった者にございます。この者の忠誠が陛下ではなくこの教皇猊下に移るということで御気分を害するのは承知でやらせたので、もし罰するのであれば私をお願いいたしますね。では、今度はこの薬を試してみましょう」
宰相は俺が渡したディスペルハイポーションを騎士の人に渡した。
「これを飲めと教皇聖下がおっしゃっておりますよ」
「は!」
当の教皇から横やりが入らなかったので不思議に思っていたら、教皇はすでに他の騎士の手によってまたも口を布で覆われていた。
騎士の人が「ありがたき幸せ」と呟きながらディスペルハイポーションを受け取る。
あ、でもそれじゃダメだ。
「宰相さん、この人まだローブ羽織ってるから今それを飲んでもまた呪われます。まずはローブの呪いを解かないと」
インベントリからディスペルハイポーションを取り出すと、騎士さんの頭から掛けてまずはローブの呪いを解く。鑑定で呪いが解けたのを確認してから、ディスペルハイポーションを飲むよう促した。じっと見ている宰相の人もしっかりと鑑定をしているようだった。
薄い青色の液体を見つめ、騎士の人が瓶の蓋を開ける。一気に煽り、大きく息を吐いた。
「スタミナポーションをどうぞ。呪いが消えるのにはスタミナを使うので」
「ありがとうございます」
騎士はそれもまた一気に飲み干すと、バッとローブを脱いだ。
鑑定をしていたらしい宰相の人が満足そうにそのローブを受け取る。
「ではもう一度問います。あなたは陛下と教皇猊下、どちらに魂を預けますか?」
宰相の人の質問に、近衛騎士の人はビシッと敬礼を王様に向けた。
「私がこの命を懸けるのは後にも先にも陛下以外ありえません。そのように誓い、この鎧を身に付けました!」
さっきとはまるで違う、真摯な目で王様を見上げる騎士さんに、王様はもう一度唸った。
一部始終をその目で見た王様は、何かを考えているかのようだった。視線を教皇に固定し、睨め付けている。
そんな中、先ほど出ていった人が数人の近衛騎士と共に帰ってきた。
「確かに教皇猊下の私室の奥に隠し部屋があり、そこから呪いの石像の頭部が見つかりました。複合の呪いに掛かる石像ということで動かすことが出来ませんでしたが、私と供の騎士が確認しております」
「わかった」
宰相の部下の報告に、王様は眉間に深い皺を刻んだ。
じろりと威圧たっぷりで教皇を睨みつけ、口を開いた。
「……貴様を教皇の任から外す。貴様は余の国民の憂いを取り除くためにアドレラ教の教えを民に広めたのではないのか? 貴様が教皇の地位に着いたときに、真摯な目で余にそう言っただろう。余は貴様のその言葉を信じていたのだが……。余の民を、単なる金の生る木と、傀儡にしようとしていたとは……。貴様は地下牢で沙汰を待て。しかし貴様も余の国の民、最後の慈悲で楽に逝かせてやろう」
もうその姿も見たくないとでも言うように、王様が手を振った。すると、敬礼をした近衛騎士がモガモガ喚いている教皇を引き摺って部屋から出ていった。
王様はもうそっちに目を向けることもなく、立ち上がった。
宰相を一瞥した後、じろりと俺を見下ろす。
「異邦人であるそなたには詫びをしよう。後で余の私室に来るがいい。宰相、即座に教会の後釜を探せ。聖魔法に長けた者を厳選せよ。必ず聖魔法を使える者だ。そして城下街の教会を本山とせよ。そこの建物は何人も立ち入りを禁ずる。ローブの着用も禁ずる。この状態でアドレラ教をなくすわけにはいかないのだ。聖魔法の使い手を伝承できる者が消えてしまう」
「かしこまりました」
王様の言葉に宰相が恭しく頭を下げる。
その場にいた人全員が頭を下げ、俺もちょっと遅れて頭を下げると、王様は踵を返して重厚なカーテンの奥の華美な扉に消えていった。
扉が閉まった音を確認すると、俺は頭を上げた。
思わず王様の前に飛び出したけど、あんなことをして無礼じゃないのかな、なんて思いがすべて過ぎ去った今になってじわじわと浮かんでくる。
思わず盛大な溜め息を吐くと、宰相の人が目を細めてくすっと笑った。
「ユキヒラ君、マック殿、そして、オルランド卿子息ヴィデロ君。君たちは私の私室に来てくれませんか」
宰相が俺達を手招きし、ヴィデロさんに視線を向けた。
ヴィデロさんが「恐れながら」とまっすぐその視線をはじき返し、口を開く。
「その名は爵位の返上と共に陛下にお返ししました」
「知っています」
何事もなかったようにそう頷いて、宰相が踵を返す。
オルランドって、ヴィデロさんの姓なのかな。初めて聞いた。でも本人はもう捨てたつもりだから呼ばれたらいやだよな。心に秘めておくだけにしよう。
ちらりとヴィデロさんを見上げて、並んで宰相の人の後を付いていく。
ユキヒラは伸びをしながら「予想外に大変な仕事だったぜ。あんたも人使いが荒い」なんて宰相に軽口を叩いていた。
771
お気に入りに追加
8,993
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる