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182、王の間
しおりを挟む「マック……まさかこれは……」
「ジャル・ガーさんと同じような、獣人の石像……」
「何てことを……」
「これに触ったら、俺のディスペルハイポーションじゃ呪いが解けないから、触らないでね。でも、複合呪いって、こんなことをする人族を許さないってこの獣人さんが言ってるみたいで、なんか」
心臓部分から微かに魔力ってことは、もしかしたらまだ意識があるのかもしれない。こんな風に砕かれてなお。どうしたらいいんだろう。何も出来ない。ごめんなさい。
「ごめんなさい……」
奥歯を食いしばって上半身だけの石像から目を逸らす。
「行こう、マック」
「……うん」
ヴィデロさんに肩を押されて、その部屋を後にする。
斜めになった本を棚に綺麗に収めると、またもゴゴゴゴと音がして、隠し扉が閉まった。
俺もヴィデロさんも、後ろから覗き込んだユキヒラですら、押し黙ったまま教皇の私室から出てきた。
反対奥にある扉に無言で向かう。
口を開くとすごい目でこっちを睨んでる教皇に向かって罵詈雑言を飛ばしそうだから。
反対奥の扉を開けて中に入ると、奥にある質素なチェストの蓋の間から見慣れたカバンの紐がはみ出していた。
チェストを開けると、無造作に俺のカバンとローブが入っていた。ローブを持ち上げて羽根が壊れてないか確認すると、着ていた教会のローブをそこに投げ捨て、自分のを羽織る。
胸に羽根があることに酷くホッとしながら、カバンをたすき掛けに掛けた。
「あったよ、待たせてごめんなさい」
待っていた人たちに一言そう言うと、近衛騎士団が幹部たちを引きずるように歩き始めた。
ヴィデロさんは俺を振り返って俺が近付いていくのを待っている。
横に立つと、そっと手を差し出してくれた。
その手を握り、力を込める。
手を繋いだままユキヒラと近衛騎士団の後ろをついて足を進めた。
アドレラ教総本山の建物から出て、バラの生け垣の間を通り、王宮に進む。
王宮と総本山の間には近衛騎士団の詰所があり、生け垣が壁のような役割を果たしているその道はまるで、アドレラ教が王にまで手を伸ばすのをギリギリのところで防いでいるように思えてならない。
だって王宮の敷地内に、しかもこんな風に並んだところに建物を建てるなんて、かなり進出してきてるじゃん。
でも外から見ると、総本山の建物はまだ建築されてそれほど時間が経っていない様相だった。
そっとヴィデロさんに聞くと、ヴィデロさんがセィの貴族街で暮らしていた時に建てられたらしい。
教会トップと近衛騎士団一行は、王宮の裏の方の入り口から中に入ると、全く飾られていない廊下をただ進み、途中で合流した近衛騎士団の人たちに幹部たちを託していた。幹部たちは地下にある魔法使い専用の牢屋に入れられるらしい。俺達と一緒に歩いてきた騎士団は、教皇だけを引き連れて、階段を上に上に進み始めた。
何階分登ったのかわからなくなってきたあたりで、ようやく横移動になる。
途中教皇がへばって足を止めていたけれど、近衛騎士団の人が無理やりスタミナポーションを口に突っ込んで回復させて歩かせていた。教皇がすっごい顔をしていたから、劣悪スタミナポーションだろうと推測される。俺は飲みたくない。
こっそりヴィデロさんにもスタミナポーションを渡して飲んでもらった。あれだけ血を流したせいか、途中ふらついてたから。早めに造血剤を作りたい。
途中からふわふわの絨毯が敷かれた廊下になり、さらにそこから進んで行くと、ずらりと近衛騎士団が並んだ広い通りに出た。
槍を手にした近衛騎士団に見守られながら、赤いふわふわの絨毯を進んで行く。
すると、とても立派な扉が見えてきた。
扉は開かれており、近衛騎士団はその扉を守るように立っている。
「御前、失礼いたします」
先頭を歩いていた近衛騎士の人が扉の前で敬礼をする。
「よい、入れ」
扉の奥から、威厳のある声が聞こえてきた。
ちょっとビリっとするから、きっと威圧とかそういうのが込められてる声だ。
もしかして、中にいるの、ここの王様……?
ドキドキしながら近衛騎士について足を踏み入れる。
何で俺王様の所に行くんだろう。今日は宰相の人との約束の日のはず。
途中拉致されるというハプニングもあったけれど、王の前に行くなんて、そんな予定は。
と気後れしながら頭を上げると、威厳のある人が立派な玉座に座っており、その隣に俺が今日会うはずだった宰相が立っていた。
え、何であの人がここに? と驚いている間に、周りの人たちの頭がざっと下がった。
宰相がくすっと笑ったのが目に入って、俺が無礼にも頭を下げてないことに気付いた。一人ひょこっと突っ立ったままの間抜けな状態で我に返り、急いで頭を下げた。
「面を上げよ」という王様の声に、皆が一斉に頭を上げる。
王様は目の前に引っ立てられた教皇を無表情で見下ろした。
「その様な状態で余の前に連れられてくるとは、珍しいな教皇殿」
王様の声に、サッと近衛騎士の人が教皇の猿轡を外す。教皇は声が出る状態になった瞬間、噛みつくように身体を乗り出した。
「陛下、あなたの近衛騎士の教育はなっておられませんな! この私にこんな縄を掛けるなど、一体どういう躾をされているのか!」
この人王様にそんな上から目線で文句言ってるけど、いいのか?
心の中で突っ込みつつ、黙って成り行きを見ていると、近衛騎士の人が敬礼をした。
「恐れながら陛下、私に発言の許可をお願いいたします!」
「よい。話せ」
「ありがたき幸せ!」
うわあ、目の前で配信動画とか映画でしか見たことない様な光景が広がってる。
少しだけ引いていると、近衛騎士の人が敬礼したまま事の成り行きを王様に報告した。
「この者が、宰相閣下へのお客人である異邦人を闇魔法を使い不当に拉致し、害しようとしておりました。その際、アドレラ教の全ての幹部が闇魔法を使用したのを、私が直に確認しております」
「闇魔法……それは真か?」
「は」
近衛騎士からの報告に、王様の目がスッと細められる。
そしてその目が騎士と教皇の上を滑り、俺の元に。
目が合ってしまった。
王様はそのまま俺をしばらくの間じっと見つめていた。
威圧をひしひしと感じる。でも森の魔物とかそういうのと対峙したことのある俺にとって、王様の威圧はただ不快なだけで他の感情は浮いてこなかった。
セイジさんの話を聞いていたからかもしれない。エミリさんに対する行いとか、セイジさんから聞いていたから、俺は王様が好きじゃないんだ。
「……こやつの言う異邦人とは、そこの者の事か?」
ふいっと目を逸らして、王様が隣の宰相に声を掛ける。宰相は俺を見てから「はい、その通りです陛下」と答えた。
「お前の客人とは、どのような客人だ」
王様の言葉に、俺はちょっとだけ驚いた。
騎士の人が言ってたのは、教皇の悪事の事だったんだよな。それを俺の話題に持ってくなんて、話をすり替えてる?
「陛下、私にも私事はあるのですよ。そういうことを詮索しないで、まずはこの者をどう処分するかと」
「私を処分などして、同胞が黙っているとお思いか!」
宰相が話の筋を戻してくれたことにホッとするけれども、王様はまるで興味ないかのように教皇を一瞥するのみだった。
「処分、と。しかしお前の客人はそこに五体満足でいるのだろう。ここで教皇の悪事を追求し、処分するとなると、アドレラ教の信者たちが心の支えをなくしてはしまわないか」
「陛下は信者のためにこの男を野放しにするとおっしゃられるのか」
「野放しとは言っていない。確かに最近はこの王宮にも進出してきているのは憂いていた。だが、アドレラ教を心の支えにしている者たちも数多く民にいるのだ」
王様の憂えた目は、確かに民のことを考えているような顔つきだった。
でも。
なんかセイジさんが言ってることが分かった気がした。
いい王様なのかもしれない。けど、大局にばかり目を向けて、個々の機微は歯牙にもかけないんだ。そういうのが帝王学なのかもしれないけど、確かにやられた方はたまったもんじゃない。
「王さ、陛下、ちょっといいですか」
俺は近衛騎士の間から手を挙げて口を開いた。
俺の発言に、王様と宰相が少しだけ驚いたように目を開く。その後、王様が半眼のままに「よい」と一言言った。寛大な返答ありがとうございます。
「この場に鑑定が出来る人はいますか」
一歩前に出てそう訊くと、宰相も一歩前に出た。
「私が鑑定しましょう。して、何を鑑定するのですか?」
知ってる人が出てきたことにちょっとだけホッとしながら、俺はインベントリに突っ込んでいた呪いを解く前のローブを取り出した。ディスペルハイポーションも一緒に。だって触ると魅了の呪いが掛かるんだもん。即飲めば魅了だからそこまで被害は甚大にならないし。ポイっと宰相の前にありがたい呪われたローブを投げ捨てる。雄太に見せるために持ってきたのに、思わぬところで出す羽目になったなあ。でも、信者がどうのっていうのは、このローブが解決してくれると思うからさ。
宰相は目の前に投げ捨てられた教皇が着ているのと装飾は違えど同じ色のローブを手に取ろうとして、俺がディスペルハイポーションを飲むのを目にしたのか、手に取る前に動きを止めた。
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