これは報われない恋だ。

朝陽天満

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177、アドレラ教って言うんだ……初めて知った

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「すいません、ちょっと俺、馬車に酔う体質なので、歩いていきます。わざわざ迎えに来てくださったのに申し訳ないのですが、宰相閣下にそうお伝えください」



 ぺこりと頭を下げて、ヴィデロさんの腕をとった。

 乗ったら王宮になんかいけない気がする。どこかから何らかの情報が漏れたのかな。自分の足で王宮に向かうのが一番無難な気がする。



「お待ちください、それでは私が主に叱られてしまいます」

「でも乗せてもらって具合が悪くなったら、それこそ宰相閣下を待たせてしまいますから。そこまで距離もなさそうですし、俺の事より、ご自分の仕事を優先してください」



 じり、と馬車から離れると、ヴィデロさんが俺の前に立って、俺を背後に隠した。



「失礼致します。そこまで宰相閣下はこの者をお待ちなのですか?」



 ヴィデロさんがそう訊くと、我が意を得たとばかりに執事の人が頷いた。



「すぐにでもお連れしろと申し付けられております」

「わかりました。ありがとうございます。マック、おいで」



 ヴィデロさんも執事の人に頭を下げると、執事の人に背を向けて、今潜ってきた門の方に向き直り俺の肩を抱いて足を進め始めた。

 すぐにと言われたのに道を戻り始めたヴィデロさんに戸惑いながら足を動かすと、後ろの方でも執事の人が焦ったように声を荒げた。



「お待ちください! どこへ……!」

「急ぎとのことでしたので、騎乗で王宮へ連れて行きたいと思います。では、急ぎますので失礼します」



 そのままぐいぐいと昨日入った門の詰所の方に俺を引っ張っていく。

 執事の人が見守る中詰所に入って行った俺たちを、昨日の門番さんたちが出迎えた。



「また何かあったのか? 厄介な……」

「あまり問題を持ち込むなよ」

「わかってる。問題にしたくないのなら、一頭馬を貸してほしい。こちらにも通達は届いているだろう」



 顎髭のある冷めた目をした男性にヴィデロさんが肩を竦めつつ頼み込む。

 その人はじっとヴィデロさんを見てから、俺に視線を移した。



「何があった」

「宰相の人の馬車が迎えに来てたんですけど、あの馬車からすごく嫌な感じがして、それで馬車を断ってしまって」

「嫌な感じ、とは。相手は宰相閣下だ。生半可な理由では馬車を断るだけで不敬罪になる」



 じろりと冷たい目で俺を見つめる髭の人に少しだけ気後れしつつ、手を握りしめて俺も睨み返した。

 頼りになるのは自分の感覚だけという不確かな情報しかないんだけど、ただ一つ言えるのは、あの馬車に乗ったらまともな状態で宰相の前には行けないってことだけはわかる。



「クワットロの教会で感じたような、無理やり好意を擦り付ける部屋の気持ち悪さと同じような嫌な感じです」

「ほう、教会で……無理やり好意を擦り付ける部屋、とは」

「呪いを解く部屋だと言われて案内された奥の方の部屋です。ここはすごく気持ちのいいところだよって部屋全体で訴えかけてくるような温かみがあるんですけど、でもそれは表面だけで、心ではその感覚がとても違和感がある気持ち悪さがあって……。どう説明していいかうまい言葉が浮かばないんですけど、とにかく何かにまとわりつかれるような感じが常にする部屋なんです」

「ほう……わかった」



 髭の人はそれだけ言って頷いた。本当に通じたのかはわからないけれど、何かよからぬ者が介入してるのだけは伝わってくれたかな、とその人の反応を待っていると。



「馬を一頭貸し出そう。ヴィデロは俺の馬を知っているな。それで王宮まで行け。その気持ちの悪い馬車はこちらで調べる」



 冷たい瞳のまま、その人が踵を返した。

 来い、と呼ばれて、ヴィデロさんと一緒に歩く。

 ヴィデロさんはなんてことない表情をしていたけれど、横に立った時軽く俺の手をギュッとしてくれた。緊張してたのバレバレだったのかな。



 裏から出ると、そこには厩舎があった。

 馬たちが世話をされているのを見て、少しだけ和む。



「必ず返せよ、ヴィデロ。こいつは何度も王宮に連れて行っているから、道も覚えている。もしお前に何かあってそっちの小僧一人だけになっても、最悪こいつに跨ることが出来ればここまでは絶対に逃げて来ることが出来る。わかったな小僧。何かがあれば、こいつに頼れ。こいつは頼もしい俺の相棒だ。リウ、行ってくれるな」



 さっきまではあんなに冷たい目をしていた髭の人が、目を和ませて目の前の栗毛の馬を撫でる。リウと呼ばれたその馬も、嬉しそうに髭の人に顔を摺り寄せた。そこには髭の人と馬との信頼関係がしっかりとあるのが素人の俺でもわかった。こんな馬を借りていいのかな。

 鞍を乗せられたことで早く乗れと髭の人にぐいぐい身体を押し付けてくるリウに苦笑して、髭の人がその綺麗な鬣を撫でた。



「悪いなリウ、お前が乗せるのは俺じゃなく、ヴィデロと小僧だ。ヴィデロは覚えているな。しばらく前にお前の世話をしてくれた男だ。頼んだぞ」

「ヒヒン」



 まるで言葉が通じているかのようにリウが返事をする。そうだよ。ここの馬たちは皆しっかりと俺たちの言うことを理解しているんだ。もしかしたら、向こうにいる馬もこうなのかもしれない。馴染みがないからわからないけれど。

 ヴィデロさんも目元を優しく緩ませて、リウの鼻を撫でた。



「よろしくな。何かあれば、マックを頼むな。俺の大事な人なんだ」

「大事な人とは」

「唯一にして無二の半身」

「この異邦人の小僧がか」



 驚いたように髭の人が目を見開いた。異邦人ってところに驚いたのかな。それとも「唯一にして無二」とかいうすごくかっこいい言葉に驚いたのかな。俺もちょっと驚いた。ドキドキする。

 見上げると、ヴィデロさんはとても真顔をしていて、冗談で言っているようには絶対に見えなかった。



「お前のような真面目な男がそういうのならそうなのだろう。小僧、お前の半身は生半可な覚悟じゃ背負えないぞ」

「大丈夫です。もうすっかり覚悟決めてますから」



 やっぱり冷めたような目でそう忠告してくる髭の人に、笑顔でそう答える。

 覚悟なんてとっくに決めてる。だって、唯一にして無二の半身だから。

 なんてかっこつけてみたけどちょっと気恥ずかしくて、ヴィデロさんを見上げてごまかしの様に笑う。すると、ヴィデロさんも目を細めて愛し気に俺を見下ろしてくれた。好き。



「じゃあ、お借りします。リウ、行こうか」

「フン」



 リウが鼻息で返事をすると、ヴィデロさんがひらりとリウに飛び乗った。重力を感じさせないその動きに、俺は見惚れることしかできない。

 馬上から手を差し出されて俺の手を重ねると、グイッと引っ張られてすとんと一瞬でヴィデロさんの懐に座り込んだ。鮮やか過ぎて毎回どうしてここまで綺麗に収まるのか理解が追い付かない。

 何にしろ、よろしく、リウ。

 目の前にある栗色の鬣を撫でてから、俺は髭の人を見下ろした。



「リウをお借りします。俺の曖昧な言い分を聞いてくれてありがとうございました」



 頭を下げると、髭の人は冷たい目をスッと細めた。



「最近、衛兵の中でも教会支持者が出始めている。ここから先の街はアドレラ教もかなり廃れたようだが、ここにはアドレラ教皇が腰を据えている。どこに教会の手の者がいてもおかしくはない。故に、小僧の言うことを一蹴するわけにもいかないだけだ。行け。無事リウを返せよ」

「わかりました」



 髭の人に敬礼し、ヴィデロさんがリウを繰り駆け出す。

 裏口から出たからか、馬車までは結構距離があった。

 そのまま馬車から離れるようにリウを走らせたヴィデロさんは、少しだけ我慢しててくれ、と耳元で囁くと、さらにリウのスピードを上げた。

 それにしても、あの教会はアドレラ教って言うんだ。アドレラっていう神様でも信仰してるのかな。神様を信仰するときは欲を絡めちゃいけないって前に神社かどこかで聞いたことがあるんだけどなあ。神様は人がどうこうできる存在じゃないから人の欲を絡めちゃうとバチが当たるって。欲まみれになっちゃてるよな教会。バチが当たるよ。



 口を開くと舌を噛むからと、二人無言で王宮までリウで乗り付ける。

 王宮の門を潜り、さらに乗馬のままヴィデロさんはリウを進めた。降りなくていいのかな。



「そこの者、騎乗を控えよ」



 見回りの騎士から声が跳ぶ。

 ヴィデロさんはそっちに視線を向けると、ニヤリと笑った。耳元で「宰相の封をちらっと見せろ」とささやかれたので、カバンからちらりと宰相の手紙の蝋封の所を見せる。すると、騎士はそれを目にしてハッと目を見開いた。



「宰相閣下が急ぎこの者を召致している故、騎乗のまま失礼する」

「宰相閣下が。承知した。王城横の騎士団に声を掛け、その馬を預けて王城に入れ」

「承知した」



 騎士に馬上から敬礼し、先に進む。スピードは早駆け程度なんだけど、すぐに奥に聳え立つ王宮に近付いた。

 さっきの人に言われた通りに、騎士団の詰所らしき建物に近付き、二人でリウから降りる。

 見張りの人に声を掛け、封筒を見せると、騎士の人は疑うことなく馬を受け取ってくれた。何かあればここまで逃げてリウに跨ればいいってことか。流石に王宮の中には馬を連れてはいけないしなあ。



 二人並んで豪華なお城を前にすると、サッと槍が目の前でクロスされた。



「何用があってここまで来た」

「宰相閣下と約束しています」

「証拠は」



 兜の面の間から鋭い眼光で俺を睨む騎士に手紙と宰相からのカードを見せると、一瞬にして槍が引かれた。



「失礼しました。どうぞお通りください」



 両側から全身鎧の人に敬礼されて、恐縮しながら城に足を踏み入れる。遠くの方から鎧が歩く音が響き、しっかりと騎士が見回っているのが入り口でわかる。

 それにしても広いなあ。入り口でこれだけ広いってことは、下手すると迷うってことだよな。

 遠い天井にぶら下がっているシャンデリアを見上げながら感嘆の息を吐いていると、やっぱり全身鎧の人が近付いてきて、俺達の前で立ち止まった。



「失礼。俺が案内してやるよ。マックは城の中絶対に迷うだろうからな」



 いきなりざっくばらんな 言葉で話しかけられて目が丸くなる。王宮にもフレンドリーな人がいたんだ、なんて思ってると、その人が兜を脱ぎ、顔を晒した。



「……ユキヒラ?」

「おう。久しぶりだなマック、そして幸運。相変わらず一緒にいるのなお前ら」



 前にセィの雑貨屋で会った『パラディン』のユキヒラだった。



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