これは報われない恋だ。

朝陽天満

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 順調に砂漠を抜け、森の中を馬で進む。

 力試しにゆっくりと一人で歩いて進んだ日が懐かしい。

 後ろを振り向くと、ヴィデロさんがきりっと前を向いて馬を走らせている。カッコいい。好き。

 早めに砂漠都市を出たからか、お昼になる前にセィ城下街とセッテの街に分かれる道まで着いた俺たちは、そこにあるちょっとした旅人のための休憩地点に降り立って、早めの昼ご飯を食べることにした。



「セィとセッテを行き来するときはこの道かオットの街経由で向かわないといけないんだよね。直通の道ってないのかな」



 誰が切ったのか、座るのに丁度いい切株が数個あるので、そこに腰を下ろしてヴィデロさんにお弁当を渡しながらふとした疑問を口に出すと、ヴィデロさんは顔を輝かせながら受け取った。



「昔は作るっていう計画も出ていたらしいんだが、間にある森がどうも魔物の多い場所らしくて、近くて危険な道だったら遠回りでも安全な方がいいからと開発を断念したらしいぞ」

「魔物、多いんだ」

「そうだな、街道を歩くよりはとても多いな。こうやって座って何かを食べるということは出来ないくらいには」



 うええ、エンカウント率がめちゃくちゃ高いってことかな。レベル上げにはちょうどいいのかな。でもそんなところ入りたくない。



「いい腕試しにはなるんだけどな。たまに穢れてる魔物も出てくるから、今は誰も入りたがらないんだ」

「穢れた魔物かぁ……」



 魔素がどうのって言ってたよな穢れた魔物。魔素を浴びて突然変異したって。魔物が生まれた経緯が経緯だけに、セィの近くってことはあの貴族たちの欲望で魔素が溜まってるように思えてならないよなあ。実際にはもっといろんな理由があるんだろうけど。森の中に魔素が吹き出すところでもあるのかな。

 マックにはお勧めしないというヴィデロさんの言葉に頷いて、立ち上がる。さ、もうすぐセィ城下街だから、馬さん頑張って。

 こげ茶の馬の鼻を撫でて、乗せてもらう。砂漠を越える馬はスピードよりもスタミナ重視なのか、最初の馬よりも体形ががっしりしていた。なんかこのがっしり安定感がブロッサムさんを彷彿とさせるな、このこげ茶の馬。

 馬車に乗って三日、馬で飛ばして二日、徒歩では一週間くらいしかかからないという距離だけれど、ブロッサムさんはすごくよくしてくれた。

 こうして二人でこんな所まで出歩けるのもブロッサムさんの尽力のおかげだし。ありがたい。ずっと俺を抱えながら馬を走らせるヴィデロさんは大変だろうけどね。自分でも乗れるようにしよう。



 ヴィデロさんと二人、森と平野に挟まれた道を馬でひたすら進み、まだ陽の高いうちにセィ城下街に着いた。

 馬を門で預け、ヴィデロさんが門番さんに挨拶する。その門番さんは兜の前部分を上げて素顔を晒しながらにこやかにヴィデロさんに挨拶を返してきた。



「通達来てたよ。ここまで無事で何よりだ。馬はこちらで世話をしよう。あの門の先に行くんだろう? 気を付けて行けよ。あんたにまだ未練がある奴もいるかもしれん」

「ああ、ありがとう」



 拳と拳をコンと合わせてから、先に進む。そういうやり取り、やっぱりカッコいい。絶対にクラッシュに教えて一緒にやってもらおう。

 一度貴族門の方に行き、門番さんに宰相の手形的なカードを見せて、王宮にアポイントを取ってもらった。ヴィデロさんによると、ここの詰所には王宮に通じる通信の魔道具があるらしい。詰所内でしばらく待たされた俺たちは、そこの緊張感に小さくなりながら宰相からの連絡を待った。

 こんなに雰囲気が違うんだ。ここでずっといたヴィデロさんは胃が痛くならなかったのかなあ。

 たまにヴィデロさんを覚えている人たちがヴィデロさんに声を掛けてくるんだけど、外の門番さんたちみたいに気さくなわけではなく、何しに来たんだ的な質問がほとんどだった。

 思わずギュッとヴィデロさんの服の裾を握ると、ヴィデロさんが「大丈夫か?」と俺を覗き込んできた。周りの視線は友好的な物がとても少なく、詰所の造り自体はあまり変わりないのに雰囲気がまるで違う。門番さん同士の会話も引き継ぎ事項か情報の共有的な物がほとんどで、ほぼ私語がない。そんな中、ヴィデロさんの表情はいつもと変わりなく、平常通りに微笑んでいてくれて、それがすごく心強かった。好き。

 しばらくすると、俺たちをここに通してくれた門番さんが奥から出てきた。



「マック殿、これを。中を見るのは必ず人がいない場所で。この封筒を門番に見せると門を通ることが出来るので、無くさないよう」



 そう言って渡されたのは、ひとつの封筒だった。簡素なんだけど、透かしが入っているとても高価そうな紙で出来ており、蝋封がされていた。

 それをカバンにしまって、取り次いでくれた門番さんに礼を言うと、俺とヴィデロさんは詰所を後にした。

 宿屋に向かい二人部屋をとり、さっそく部屋に入る。こういう時にあのクラッシュの魔法陣とエミリさんの所の魔法陣を覚えていたらなあ。

 確か、ここが施錠、言語遮断、気配遮断、後は……。

 思い出すままに魔法陣に言葉を入れていく。

 MPが減ってるから間違ってはいない、はず。

 最後にうろ覚えのまま文字を入れた瞬間、フッと魔法陣が消えた。失敗だ。



「今度本気で覚えよう……」



 少しだけ悔しかったので、近くにいたヴィデロさんにくっついてその悔しさを晴らしたのだった。筋肉にギュッとされると癒されるんだよ。ヴィデロさん限定だけど!





 落ち着いたところで、二人で蝋封を開けることにした。

 とはいえ俺は蝋封の開け方のマナーを知らないので、いざ開けようとして手が止まる。



「これ、そのまま開けたら蝋が割れちゃうよね。割っちゃっていいの?」

「ああ、むしろ割れていないと中を見ていないことになってしまって失礼にあたるかもしれないな。明日は割れた蝋封を見せれば大丈夫だから、一思いに開けろよ」

「う、うん。それにしてもこの紋章? っていうか刻印っていうか、すごく仰々しいね……」

「多分それは宰相直々に押したんだろう。待たされたのは、この封書が届くことになったからじゃないか?」



 うわあ、なんか大事になってる。

 遠い目をしていると、ヴィデロさんがくすっと笑って「宰相閣下に御目通りするってことは、普通は大事なんだけどな」と呟いた。

 ドキドキしながら蝋封をパキっと割って中を開けると、やっぱり透かしの入った綺麗な便箋が出てきて、明日の午前中に時間を割いたことが書かれていた。これでアポイントは取れたってことかな。

 ホッとして、ヴィデロさんと顔を見合わせる。ほんとはこんなに早く時間をとってもらえるとは思わなかったんだ。数日とか待たされるのが普通のはず。前も本人がひょっこり出て来たし、フットワーク軽い宰相だなあ。なんてことを思いながら封筒をインベントリにしまい込んだ。



「ヴィデロさん、明日、用事が済んだらモントさんの所に行きたいんだけどいいかな」



 さすがに今日は外を歩いていらない問題を引き起こしたくないから、と宰相のクエストをこなした後の予定のお伺いを立ててみると、ヴィデロさんはそうだな、と頷いた。



「あの人には前にかなり世話になってしまったからな」



 何か礼をしたいな、というヴィデロさんに同意して、俺はどういったお礼をすれば喜んでくれるのかに少しだけ想いを馳せた。

 ついでにカイルさんの所で手に入れたレシピを眺めてみる。

 まだ作ったこともないような農園関係のレシピが結構あったので、手持ちのアイテムで何か作れないかなと文字を目で追った。





 



 次の日、貴族門の門番さんに昨日の封筒を見せて門を通してもらった。城下街の方から見る門は、他の門と変わりない武骨さだったが、門を潜ってふと振り返ると、そこには武骨さがなりを潜め緻密で優美な飾り門が姿を現していた。

 これぞまさに貴族街って感じだった。

 門から少し進むと、そこには昨日の刻印と同じ紋の入った馬車が停まっていた。

 馬車の横に微動だにせず立っていた執事のようなおじさんと目が合うと、その人はゆっくりと俺に向かって頭を下げた。



「お待ちしておりました。私は主、ミハエル・D・アンドルースの使いの者でございます。主に必ずあなた様を王宮まで連れて来るよう、厳しく言付かっておりますので、お乗りくださいませ」

「え、お迎えまでしてもらえるんですか?」



 てっきり王宮までは自分で行くものだと思ってたよ。

 乗っていいのかな、と近付いた瞬間、何かが引っかかった。

 何が、とは口で説明できるような感覚じゃなく。何かがおかしい、と第六感みたいな物が微かに訴えているようなそんな感じがふっと浮かんだ。

 何かがおかしい。

 とそっとステータスを表示する。

 さっきこの人は宰相の名前を言ったよな。でも、俺の裏フレンドリストに灰色文字で載ってる宰相の名前、違うんだけど。

 前に名乗られたときは、ミドルネームなんて入ってなかったよ。リストの文字もそう。でもこういう時はフルネームを名乗るものなのかな。

 首を傾げつつ、でもまた一歩近づくとその違和感がさらに増した。

 そっと「感知」を発動させると、その違和感は目の前に用意された馬車から発生していた。





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