これは報われない恋だ。

朝陽天満

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168、同調率の調整

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 獣の咆哮が身体をビリビリと縛り付ける。

 視線はずっと赤片喰さんをとらえている。

 ヴィデロさんも腰の剣に手を掛け、クラッシュも険しい顔でジャル・ガーさんを見ている。



「ジャル・ガー!」

『侵略者は排除する!』



 ただまっすぐ赤片喰さんを見つめ、低い声でジャル・ガーさんが叫んだ瞬間、ぶわっと圧力がかかって赤片喰さんの装備がぼろぼろになった。



『想定外だ! 一回そこを避難しろ!』



 鳥が鳴いてメッセージが送られてくるけど、すでに赤片喰さんのHPは半分くらいまで減っていた。あの一撃で。



『わが同胞の元には誰一人通さん!』

「通らねえよ! わが同胞ってなんだよ! 俺はただここの魔力を調べろって言われただけだよ!」

『何度同胞の元に開く道をこじ開けようとしたか、俺が知らないとでも思ってるのか!』



 え、もしかして、ヴィルさんの指示で赤片喰さんがしてたのって、道を作ることだったのか?!

 それは攻撃されても仕方ないよ!



「ヴィルさん! 無理やり獣人の村に強襲することが今日のバイトだったら、俺は絶対やりませんよ!」



 鳥に向かって叫ぶと、鳥がぴよ! と鳴いた。



『断じて違う! そこがこっちと繋がる中心の場所だから、そこの魔力が揺らぐと健吾たちプレイヤーのログインが安定して行われなくなるんだ。だから定期的にそこを魔力で満たしてこっちの電波と同調しないといけないんだよ! だから、獣人の所に行く道なんて、開ける気はない!』

「ほんとですね!」



 同胞への元に開く道って、もしかして台座にあるってことかな。だからこそ上にジャル・ガーさんが陣取って守ってるってことなんだろうな。

 一番触れちゃいけないところだったんだ。



「赤片喰さん! これを!」

「サンキュ! 悪い、ちょい俺は部屋から出るわ。ずっと俺だけ狙われてるからよ。お前らも一旦出た方がいいぞ!」



 ハイポーションを赤片喰さんに投げると、それを受け取った赤片喰さんが素早く部屋から出ていった。

 部屋への扉が閉まった瞬間、空間に満ちていた圧力がなくなった。

 思わずその場にへたり込む。この人、間違いなくボスキャラレベルの強さだ。セッテの森の中で会った魔物を思い出したよ。

 はぁ、と息を吐くと、柄に手を掛けていたヴィデロさんもその手をようやく放した。



「ジャル・ガーさん……」



 クラッシュが声を掛けると、『よう、兄ちゃん』という答えが返ってくる。



『驚かせて悪いな。さっきの奴、何度もここに来て道をこじ開けようとしやがるからよ。まあ俺がここに立ってる間は通れねえんだけど、道が少しでも開いちまうとやべえからな』



 ガシガシと後ろ頭を掻いて、ジャル・ガーさんが申し訳なさそうに俺たちを見た。



「あの人は道を開けようとしてたんじゃなくて、ここの調整をしていたらしいです。ここの調整を定期的にしないと俺達がここに来れなくなるからって」

『……ああ、ここは色んな所と繋がるからなあ。薬師の兄ちゃんの所とも繋がってるしな』



 さらっとジャル・ガーさんが答えてくれたけど、その答えに目がまん丸になる。



「え、まって。じゃあヴィデロさんのお母さんが向こうに帰ったのって、ここ……?」



 ヴィデロさんと顔を見合わせると、クラッシュの肩に止まっていたヴィル鳥が獣人の周りを飛び回り始めた。



『本当に石像がしゃべっている……。母が言ってたことは本当だったのか……』



 飛び回りながらピヨピヨ鳴く鳥を、ジャル・ガーさんがちょっとだけ胡散臭げに見上げた。

 そして『今日も飛んでるのかよ』と手を伸ばす。

 がしっとヴィル鳥を捕まえて、覗き込んだ。



『ようやく捕まえたぜ、偽物。お前いつもあの偽物が来た時に飛び回ってただろ。お前らはいったい何をしてるんだ。ことと次第によっては容赦しねえぞ』



 ガルルルと威嚇しながらヴィル鳥を睨みつけるジャル・ガーさんに向かって、ヴィル鳥が一生懸命ピヨピヨ鳴いている。

 ヴィルさんの所にあるモニターには、この景色がどんな風に映ってるんだろう。ちょっと気になる。今はきっとジャル・ガーさんのどアップだよな。



「この空間に存在する魔素と、俺たちの世界の電波の波長を合わせることで、俺達がこの世界に来れるようになっているんだそうです。だから、たまにここに誰かをよこして、魔力を充満させて向こうと波長を合わせないと、俺達が普通にこっちに来れなくなるから、必要な作業だったってヴィル鳥が言ってます。俺には意味がよくわからないけど」

『魔素と電波を? って、これの事か? 変な糸が絡み合ってるやつ。たまに動いて絡まってるぜ』



 ジャル・ガーさんが何もない空気中に視線を向けて、何かを辿るように奥の方に視線を動かしていく。

 そこに何があるのか、俺たちは多分誰一人わからないんだけど、きっとジャル・ガーさんには電波の糸みたいなものが見えてるんだろうな。

 指を動かして宙を掻いた瞬間、ヴィル鳥がピヨ! とジャル・ガーさんの手の中で鳴いた。



『すごい、今ので一気に同調率が高まった。一体何をしたんだ?』

「今ので同調率? が高まったそうです。何をしたんですか?」



 ヴィル鳥の通訳をしていると、ジャル・ガーさんはまたも変な顔をして、手の鳥を覗き込んだ。



『絡まった糸を直しただけだ。ここ数年前からこの糸が現れるようになったんだが、薬師の兄ちゃんの世界と繋がってたのか』

「そうらしいです。俺も仕組みはさっぱりなんですけど」

『……ああ、あの人族が跳んでからこれがここに来るようになったってことか……』



 その呟きに、ヴィデロさんが一歩前に出た。



「俺の母が、世話になった。今は自分の世界でしっかりと生きているようだ」



 しっかりと頭を下げて、ジャル・ガーさんに礼を言う。

 あんな寂しそうな顔をして独りだって言ってたのに、こんな風にお礼を言えるヴィデロさんってやっぱりすごい。好き。

 思わず手を伸ばしてそっとヴィデロさんの手を握る。



『母さん……ん? 自分の世界? ……ってことはあれか。金色の兄ちゃんがあの時あの人の腹にいた命か』

「え?」

『その人がここに逃げ込んできた時によ、その人を追い掛けてきた騎士が持ってた気付けの酒が偶然俺に掛かってよ。こう、飲まそうとしたらその人が嫌がってそれを手で払っちまってな」



そう言ってジャルガーさんが手を払う真似をする。



『その人族がどう見てもここの魂じゃねえから帰り方を教えてやったんだよ。何かに追われてかなり弱ってたからよ、迫害されたのかって思って。でもな、その人、腹に小さな命を持ってて、流石にその命は世界間を渡るなら諦めろって言ったら騎士と一緒にこの世界に留まることにしたらしいんだが、そうか、あの時の命が兄ちゃんか。道理で魂は薬師の兄ちゃんに近いはずだよな』



 ジャル・ガーさんは目を細めてヴィデロさんを見た。その顔はまるで、ヴィデロさんの成長を喜んでいるようで、少しだけ嬉しくなる。

 でも、迫害かあ。色々あって苦労したらしいことをモントさんも言ってたもんな。誰かに何かされそうになってここに逃げ込んだんだろうなあ、ヴィデロさんのお母さん。ジャル・ガーさんもそういうの見てられなかったんだよなきっと。自分の種族と重ねたりしてたんだろうなあ。って、全部俺の想像だけど。

 もしここに嫌気がさしてヴィデロさんのお母さんがその場で自分の世界に戻っていたら、ヴィデロさんはここにはいないのか。そして、ADOが発売されることもなくて、俺は。

 繋がっている手にギュッと力が入る。

 お母さんと離れ離れだったヴィルさんには申し訳ないけど。ありがとうヴィデロさんのお母さん。

 なんか、ここで祈りを捧げたいくらいだよ。



『おい、偽物』



 感動していると、ジャル・ガーさんが手の中の鳥を睨みつけた。

 まるでその鳥をこれから丸呑みしそうな雰囲気だ。スクショ。



『台座に魔法をぶっ放して無理やり魔素を充満させるなんて強引なやり方はするんじゃねえよ。お前ら俺と敵対してえのか? この糸全部断ち切るぞ。次誰かをよこすときは、酒を持ってきて俺に掛けろよ。ちゃんと調整してやるからよ。この薬師の兄ちゃんがいねえと多分あいつの願いが叶うのが大分先になりそうなんだよ。ちゃんと話をすりゃ協力もしてやるから次からは絶対にすんじゃねえ』

『わかった。肝に銘じよう』



 ジャル・ガーさんにヴィル鳥が神妙に返事をする。

 でも返事は俺のメッセージ欄に現れるわけで。



「肝に銘じるそうです」

『そうか、この鳥からっぽで何言ってんのか全然わからねえんだよ』



 通訳は必要なんですね。わかります。

 頷くと、ようやくヴィル鳥はジャル・ガーさんの手から解放された。

 バサバサと羽ばたいて、空に舞う。その後、何を思ったか、ジャル・ガーさんの肩に止まった。



『すごく助かる。ありがたい。そして俺も母のことで礼を言いたかった。石像が本当に話すとは思わなかったけどな。ありがとう。母はここに残ったことも、こっちに帰ってきたことも、あなたのおかげで後悔はなかったと言っていた』



 ジャル・ガーさんに向かってピヨーと鳴くその風景は微笑ましく、でもジャル・ガーさんの表情は、何か得体のしれない者を見るそれだった。鳥さん、空っぽだからね。







 無事調整も済んで、俺たちはその部屋を後にした。

 扉の外には赤片喰さんが剣を片手に待っていた。そうだった。部屋の外は普通に魔物にエンカウントするんだった。



「お前ら遅いよ」



 ご愁傷様です。

 赤片喰さんも一緒になってクラッシュの転移でトレの街に帰ってくると、クラッシュから手を離した赤片喰さんが今度こそどっと疲れたようにその場にしゃがみ込んだ。



「何で英雄の息子もダンジョンサーチャーみてえな魔法が使えるんだよ……またダンジョンに行くのかと思って焦ったぜ」



 その一言で、赤片喰さんもシークレットダンジョンに入ったことがあることがわかり、クラッシュの好感度が少しだけ上がったのだった。





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