これは報われない恋だ。

朝陽天満

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158、どれに驚いていいかもうわからないよ

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 ヴィルさんの言葉に、ヴィデロさんが段々と険しい顔をしていく。

 ADOを作るとか、それのきっかけが自分だとか。そんな突拍子もないことを言われたからかな。きっと門番をやってるなら、ADOという単語は聞いたことくらいあるだろうし。何せプレイヤーと接する機会も多いから。



「余計にわけがわからないんですけど。それに調整はどうしたんですか」

「今のところ問題は出ていないから、そのままにしてある。数日前に少し波長が乱れたけれど、まあ魔素の異常噴出なら乱れても仕方ないし、その後の時間経過で落ち着いたから」



 ヴィルさんがどんな調整をしているのかわからないから、言ってることがさっぱりわからない。

 魔素の異常噴出で波長が乱れる。波長って、ログインする前にも言ってたけど、波長ってなんの波長なんだろう。

 首を傾げていると、ヴィデロさんがそっと口を開いた。



「もしかして、母は、白い壁の部屋の中で、よくわからない金属に囲まれながら毎日を過ごしているのか?」



 あ、と思わず声が出そうになった。

 いつかしてくれた夢の話だ。

 ってことは、ヴィデロさんが自分だと思ってみていた人は、実はヴィルさんだったってこと……なの、かな。

 え、どういうこと。

 首を捻っていると、ヴィルさんが俺に向かって手を挙げた。



「ちょっとだけ待っててくれないか。ここを映しているモニターを消してくるから。さすがに誰も何も出来ない状態はヤバいから人を呼んだんだ。そろそろ着くはずだから、そいつが着く前にここの情報をシャットアウトしてくる。そうでもないとここの会話は筒抜けになるからな」

「あ、はい」



 返事をしている間に、ヴィルさんは目を閉じたまま動かなくなった。座ったまま寝てるみたいに見えて、少しだけ和む。

 ヴィデロさんはその様子を険しい顔のまま見ていたけれど、俺の方に向き直ると、ちょっとだけ苦笑した。



「お茶が冷めちまったな。せっかくマックが淹れてくれたのに

「すぐ淹れなおすよ。他のでもいいよ。何がいい? ヴィデロさんが欲しい物」

「俺が欲しいのは、マックのキス、かな」

「ふぁ?!」



 ヴィデロさんの意外な言葉に驚いて思わず変な声が出ちゃったよ。

 向かい側で静かに目を閉じているヴィルさんのアバターをチラ見しながら、俺は隣に座るヴィデロさんの手をそっとテーブルの下で握った。



「でも今まだ見られてるかもしれないし」

「マック達が眠ると自分の国に帰っているっていうのは、なんとなくはわかっていたんだ。自分の国に帰った後マックがどう呼ばれて何をしているのか、それを縛る権利は俺にはないけど、ケンゴと呼ばれたマックが出来れば他の奴と恋愛をしないで欲しいって思うのは、俺のエゴなんだろうな……」



 少しだけ目を伏せてとんでもないことを言いだし始めるヴィデロさんは、やっぱりさっきのヴィルさんの言葉で誤解していたみたいだ。

 なんてことを言い出しやがるんだヴィルさん。俺とヴィデロさんがラブラブとか知らなかったんだから仕方ないけど! ないんだけど!



「あの人は何度か会ったことがあるだけの、一日仕事の雇い主。その仕事がご飯を作れってことだっただけ。ヴィデロさん知ってるだろ、俺がそんなに器用じゃないこと。同時に二人好きになるなんて、俺には絶対に無理だよ。信じて欲しい」



 ちょっとだけ寂し気に俺を見下ろすヴィデロさんに胸が痛くなった俺は、握った手に更に力を込めて、椅子からお尻を浮かせた。

 いつだって、俺はヴィデロさんが望むものをあげたいんだ。見られたって全然構うもんか。

 身を乗り出して、俺はヴィデロさんにちゅ、とキスを送った。

 顔を離すと、ヴィデロさんが驚いたような顔をしていた。してもらえるとは思わなかったみたいだ。



「俺はきっと、ヴィデロさん以外好きになれない。絶対に」

「マック……」



 ようやくヴィデロさんの顔に少しだけ笑顔が戻った。うん。笑顔が一番好き。

 ホッとしてお茶を淹れようとヴィデロさんの手を離した瞬間、ヴィルさんの目がパチッと開いた。



「ごめんごめん、セーフだった。ログアウトして即モニターを消した瞬間玄関の鍵が開いたよ。後はそのモニターを点けてもここは見えないようにしてきたから、じっくりと話そうか。向こうは任せてきたから」

「ああ」



 俺はお茶を淹れよう。でも二人の込み入った話、俺も聞いていいのかな。

 そう思いながらキッチンで作業をする。

 ちらりと時間を見ると、まだまだ余裕がある。そういえばカレー放置したままだったな。

 リラックス効果の高いお茶を淹れて、ヴィデロさんとヴィルさんの前に差し出すと、二人とも同じように目元を和ませた。



「ほら健吾、早く座れよ」

「マック、おいで」

「あ、俺も聞いていいんだ」



 慌てて席に座りながら、ちょっとだけ嬉しさがこみ上げてくる。なんか、二人に関わっていいよって言われたみたいだ。

 ヴィルさんは淹れたてのお茶を一口飲み、「美味しい」と呟いて顔をほころばせた。



「じゃあ、さっきの続きといこうか。まずは君の質問だ。その白い壁の部屋で金属に囲まれながら仕事してるのは、多分状況からして間違いなく君の母だ。そして、俺の母親でもある。君は、俺の弟だ」



 その言葉に、俺とヴィデロさんは同じくらい衝撃を受けていた。 

 どうしてADO世界のヴィデロさんと現実世界のヴィルさんが兄弟だなんて、ヴィルさんはこんなにきっぱり言い切るんだろう。何か根拠があって、とか。



「本当は、ヴィデロさんもヴィルさんの弟さんのアバターで……っていうのでは、ないですよね」

「いや、彼は本当にここで生まれ、育ってきた本物のこの世界の人物だよ。そして、俺は今アバターで、向こうの世界で生きている、生粋の地球人だ」

「わけがわかりません」



 率直に感想を言うと、ヴィルさんが面白そうな顔をした。



「まあ、そうだろうな」



 くすくす笑いながら、ヴィルさんはお茶を一口飲み、表情を和ませた。

 カップを置く音が、やけに大きく響いた気がした。







「健吾は、物質転移装置の事故の話は知っているか? 君が生まれる前の話なんだが」



 いきなり話題を転換したヴィルさんは、今度は俺を見て、そう口を開いた。

 物質転移装置の事故、って言うと、この間近代日本史の授業で習ったような。

 必死で脳内で教科書をめくり、該当ページを思い出す。



「ええと、約30年前、物質転移装置がほぼ完成に近づいていた時に大規模な爆発事故が起こり、それが原因で転移装置の研究の危険性が問題視されて、研究自体が凍結され今に至る、だったかな」



 ちょっと気になったんだ。物質転移装置が出来上がって普及していたら、かなりの人が仕事にあぶれるんだよ、なんて先生がしみじみ言ってたから。

 俺の答えに、ヴィルさんは満足したようだった。



「正しくは27年前だ。俺が生まれて一年も経っていないころ。爆発事故と転移装置の危険性だけが大きく報道に取り上げられたが、その話にはさらに悲劇があった」







 物質転移装置開発の中枢に立ち、研究を進めてきたのは、ある一組の夫婦だった。

 まだ実用段階には至らなかったその研究開発は、妻の機転と発想により、ある時期飛躍的に進歩した。そのおかげで装置は無事、物質変化させることなく転移することに成功。ここから更なる調整を加えれば、一般に浸透させることも可能になる、というところまで、実際に開発は進められていた。

 しかし、その飛躍的進歩が妻の功績になるのが妬ましくなってしまった夫は、当時の研究所内にいた部下に妻の実績を横取りしようと囁かれ、魔が差してしまった。

 夫は妻に連名をと懇願し、妻も二人で研究してきたことだから、と最初は連名に合意していたが、ある日、夫は自分を殺害してでも成果を横取りしようとしていたことを知り、夫のことが信用できなくなってしまった。

 そこからは研究にも妻と夫で齟齬が出て来るようになり、研究室は内部分裂状態となった。

 ある日、たまたま研究室に二人だけでいた夫婦が小さなことで口論をし、激高した夫が妻を物質転移装置の方に突き飛ばした。衝撃を受けたところが運悪く外の鉄板を外した状態でむき出しになっていた中枢の機械だったため、物質転移装置が誤作動、その後、爆発を起こしてしまった。

 その爆発事故による死者は六名、行方不明者一名。



「その行方不明者一名が、俺と君の母である『アリッサ』だ。どれだけ瓦礫の中を探しても、母の遺体は出てこなかったらしい。まあ、生きていたんだからなくて当たり前なんだが。なぜこんなことが起きたのかは、当事者だった父が爆発で死んでしまって詳細もわからないし、俺達の世界の科学では証明できていない。母がこの世界に転移されたということは、世間には発表もしていない。荒唐無稽な話で、俺ですらにわかに信じられなかったからな。でも、母はアバターではなく、生身でこの世界に飛ばされた。それが、27年前だ」



 ヴィルさんの話を、俺とヴィデロさんは真剣に聞いていた。

 信じられない出来事だけど、でも。



「母は最初、言葉も文字も文化も全く違うこの世界に戸惑ったそうだ。そんな母を保護して、丁寧に言葉と文字を教えてくれた騎士と恋に落ち、君が出来たそうだ」

「……母は、無事自分の世界に戻れたってことか」

「勿論。しかも戻る方法は、君がお腹の中にいた時にはすでに知っていたらしいな。なんでも石像が教えてくれたと言っていた。ただし、当時はこちらから向こうに帰るだけの一方通行だったらしい。でもその時にお腹に君が出来ていたことを知って、そのまま戻ってくるのは諦めたらしい。強い魔力が発生していて、お腹の子がどうなるかはわからないと言われたらしいからな。石像に。まあ、俺達の世界では母は辛い経験ばかりだったからこちらに残っても仕方ないとは思う。置いてかれた俺としてはたまったもんじゃなかったけれど。でもその石像にはちょっとだけ会って話をしてみたい気がするが」



 ヴィルさんがヴィデロさんに視線を向ける。ヴィデロさんはただ、そうか、と一言だけ呟いた。

 そんなヴィデロさんから視線を俺に向けたヴィルさんは、お茶で喉を潤した後、それに、と続けた。



「健吾が言っていた物質転移装置のことで、もう一つ世に知られていないことがある」

「え、それだけじゃないんですか?」

「ああ、実は研究開発は凍結されてはいない。前よりも進歩している自信がある。何せ俺が大分前から率先して研究していたからな。母の失踪の原因を突き止めるために」



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