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149、勧誘、怖い
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「こちらの棚に祈りに関することが書かれたものが入っています。少々お待ちください」
司書さんはそう言うと、近くにあった足台を持ってきて、一番上の棚から本を数冊出してくれた。
「読み終わりましたら、受付にお持ちください。私どものほうでしまっておきますので」
「……ありがとうございます」
すごくありがたい申し出に、俺は複雑な気持ちを抱きながらお礼を言った。
何せ足台に乗っても俺には届かない棚にあった書物だし。俺小さいし。
だからこそのこんなありがたい申し出。嬉しいけど、悔しい。
司書さんはそんな俺の心情を知ってか知らずか、いい笑顔のまま受付に戻っていった。
本を抱えて、もやもやしながら読書スペースに進む。
呪いの部屋よりは広くて明るい読書スペースにあるテーブルに本を置いて、椅子に腰を下ろし、さっそく本を開く。
神がどうのから始まる本を読み、一冊、二冊と読み終えたものを横に積んでいく。
三冊目を開いていると、ふと、目の前に影が差した。
顔を上げてみると、そこには、教会のローブを着た人が人好きのする笑顔で立っていた。
「読書の邪魔をしてしまいましたか、失礼しました」
目があった瞬間、その人は穏やかな口調でそう言って一歩だけ下がった。
「あの、何か?」
下がっただけで動こうとはしなかったので、困惑してそう声を掛けると、その人はゆっくりと頷いた。
「『祈り』にご興味があるようでしたので、もしかしたら私どもが力になれるかと思いまして」
「力に?」
突然の申し出に、さらに困惑が広がる。
まさか俺が呪いを解くアイテムを作ろうとしてるって言うことは洩れてないとは思うけど。
教会側から接触してくるとは思わなかった。
ドキドキしながら相手の言葉を待っていると、その人は「ああ、すいません、唐突でしたね」と頭を下げた。
「教会で、神に感謝をささげるための講習などを開いておりますので、もしよろしければ参加してみてはいかがかと、失礼ながらお声を掛けさせてもらいました」
「講習……?」
あの初心者向けの訓練所みたいな形で、教会も何かやってるのかな。と少しだけ興味がわく。
でもなあ、とあの呪いを解く部屋の気持ち悪さを思い出して、少しだけ眉が寄る。
講習中ずっとあの気持ち悪い感覚がまとわりついてたら、気分的に参っちゃいそうだよ。
「すいません、そこまで本格的に覚えようと思ったわけじゃないので、講習は遠慮します」
「そうですか、きっとあなたにとって有意義な時間になると思うのですが」
「お断りします」
きっぱり断ったにも関わらず、ローブの人はその場所から動こうとしない。
もしかして俺、なんかこの人にロックオンされちゃってる?
「講習を受けて、祈りの本質をご理解いただければ、あなたもきっと素晴らしいご加護を授かることが出来ると思うのですが」
「いいえ結構です……」
何度断っても、ローブの人は俺に講習を受けさせたいみたいだった。
どうしよう。なんか、どうしよう。こういうしつこい人の撃退方法、知らないんだよ。
「あなたのような勤勉な方にこそ、ぜひ我々の教会に来ていただけると……」
「失礼します。読み終わりましたようなので、お片づけを手伝いに来ました」
さらに言い募ろうとするローブの人の後ろに、いつの間にか司書さんが立っていた。
ローブの人の横を抜けるようにして目の前に来ると、俺が積み上げた方の本を手に取った。
「失礼しました。もしかしてお話し中でしたか」
今気づいたとでもいう様に、司書さんがローブの人に目を向ける。
「会話に割って入るとは失礼では……」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます。棚が高くて届かなくてあはは」
初めて表情を崩したローブの人の言葉を遮るように、俺も椅子を立ち上がった。司書さんに本を渡して、お願いします助けてくださいと目で訴える。
「安心しました。では失礼します」
司書さんは、ローブの人に笑顔で頭を下げると、本を手にして俺を促してくれた。
助かったぁ。
「あの、ありがとうございます」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
にこやかにそう言いながら本をしまってくれる司書さんがとても頼もしく見える。
本当に助かった。
ローブの人はこっちを見ていたけれど、流石に俺達についてこようとはしなかった。
司書さんはさっさと本を棚に戻してしまうと、少しだけ声のトーンを上げて、俺の方を見ながら口を開いた。
「次は農耕についての本をお探しでしたね。こちらです」
「え、あ、はい?」
探してないよ? と困惑しながら司書さんの後ろをついていく。
ドアを一つ開けて隣の部屋に入ると、しっかりとドアを閉めてから、司書さんは振り返って声を潜めた。
「せっかく当図書館に足をお運びくださったのに、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。最近はああいった方たちも手段を選ばなくなってきておりまして」
「教会の人ですか?」
「はい。ここで教会に関係のありそうな本を探される方を勧誘したのは、あなたで3人目です。その都度私共がお止めはするのですが。ここは誰でも利用可能を掲げているので、教会の方が来られても、拒むことが出来ないのです」
「そうなんですか、それも大変ですね」
宗教の勧誘って、しつこそうだしな。司書さんの苦労がしのばれる。
「勧誘についていくかどうかはお客様の判断になりますが、先ほどの様にしっかりと断っていてもなお勧誘してくるような事が今後もありましたら、ぜひこちらにお声を掛けてくだされば、手助けくらいは出来ますので」
「すごく助かります。流石に、言質を取られて講習に連れていかれて、財産をなくしちゃったらこれから困るし」
絶対に教会の講習なんて、バカ高いお金を取られる気がするしなあ。と溜め息を吐くと、司書さんがおや、という顔をした。
「前に何かあったようですね」
「解呪してもらって、懐が寒くなったことが」
あの値段を聞いたときにはほんとにびっくりしたもんなあ。工房増築できるよそのお金で! ってちょっとだけ呪われたこと後悔したくらいだし。
司書さんは今度は憐みのこもった視線を俺に向けてきた。
「心情お察しします。今はまだ彼があちらにいるかと思われますので、もしよければこの部屋でしばらく時間を潰していかれませんか?」
「そうさせてもらいます」
ありがたい司書さんの申し出に、俺は喜んで飛びついた。
さすがにここから転移で抜け出して、あとで司書さんを困らせるわけにはいかないし。
でも最近はクラッシュも堂々と転移魔法陣を描いてるから、司書さんに事情を話せばここから跳んでも大丈夫かな。
……ダメだよな。諦めてローブの人がいなくなるまでここで待っておこう。
幸い、農園関係の書物の部屋だし。読んでたら新しいレシピを覚えるかもしれないし。
司書さんに頭を下げて本棚に視線を移すと、司書さんもぺこりと一つ頭を下げて、部屋から出ていった。
レシピを二つほどゲットして、読み終えた本を棚に戻していると、コンコン、とドアが叩かれた。
「はい」と返事をすると、そっとドアが開いて、司書さんが顔を出した。
もうあの人はいないとのこと。
俺はようやく図書館を後にすることが出来た。
帰りに納品でもして行こうかなとクラッシュの店に向かうと、やっぱり今日も列ができていた。
今日は納品の方だから、と列の合間を縫って店に入っていく。ごめんなさい、横入りじゃないよ。
「クラッシュ、ブツを持ってきたけど、いる?」
「あ、いる! こっち来てついでにサービスで陳列してくれたら嬉しい」
「サービスかよ」
クラッシュの言葉に突っ込みながら、カウンターに向かう。忙しいのは見なくてもわかるから並べるけどね。
そんな俺を見たプレイヤーさんが、いきなり声を上げた。
「やった! ランク上のやつ来た! なあなあ店員さん、俺、今並べてるやつが欲しいんだけどいいかな」
品物を用意しているクラッシュに、プレイヤーさんが俺の方を指さしてそんなことを言う。
「昨日も俺それ買ったんだけど、味からして違うんだもんよ。こっちのやつめちゃくちゃ美味いんだよな。高くても美味い方がいいんだけど、ダメか?」
頼むよーと手を合わせるプレイヤーさんに、クラッシュが笑いながら「いいよ。確かにこっちのは美味しいもんねえ」と今出したハイポーションをしまった。
俺から3個ほど受け取ると、そっちをプレイヤーさんに渡す。
昨日よりさらにちょっと値段が上乗せされたハイポーションを、感謝しながらカバンにしまうプレイヤーに、クラッシュも笑顔を返していた。あんた商人や。根っからの商人や。今さりげなくぼったくっただろ。
持っていたほとんどの薬類を棚に並べ終えて、カウンター裏に戻ってくると、丁度マジックハイポーションを買っていた女性プレイヤーさんが、ちらりと俺を見た。
「君もプレイヤーだよね。薬師プレイしてるの? ねえ、今度個人的に作ってくれない? 私、君の薬の大ファンでさ」
目が合うと、その人はにっこりと笑って俺を見た。
っていうか、個人的に?
知らない人なのに?
大ファンっていつから。
ツッコみどころ満載だよ。
「えっと、俺、この店の専属薬師で」
「そんなこと言わずにさあ。同じプレイヤー同士じゃん。ね、お願い」
軽装備の女性プレイヤーさんは、お願い、と顔の前で手を合わせて、肩を竦めた。胸の谷間を強調されたようなそのポーズが、ちょっとあざとい。
確かに顔は可愛いよ。でも、きっとこの仕草、海里の方が絶対に「作ってやるよ」って思わせると思う。自信満々で私は可愛いのよって言ってるみたいなのがいまいち可愛くない。
ユイと海里の方が絶対可愛い。仕草的に。
失礼にもそんなことを思いながら、「すいません」と頭を下げる。
すると。
「何よ専属って。君だって自由にポーションを売る権利とかあるんでしょ。プレイヤーなんだし。もったいぶらないで作ってよ」
女性プレイヤーの発した言葉に、ちょっとだけ眩暈がする。自由にポーションを売る権利があるから、君には売りたくないです。わかって。
っていうか、この店の店主さんの前でそんなことを言うのがまず信じられない。
ちらりと横を見ると、クラッシュが口元だけ弧を描いて、まっすぐ目の前の女性プレイヤーを見据えていた。
「お客様。当店の専属薬師を目の前で買収しないでくださいますか」
「買収とか人聞き悪いこと言わないでくれない? 君は単なる店の店員さんでしょ」
あ、「単なる店の店員」ってところが「単なるNPC」って聞こえた。その言葉にイラっとする。
そして、横が気になってクラッシュは……とちらりと盗み見ると。静かに静かに、キレてる、かも。
列の後ろの方に並んでいるプレイヤーさんたちも、女性プレイヤーの言葉にざわざわしている。
クラッシュは、口元の笑みを消して、愛想笑いを取っ払って、はぁ、と溜め息を吐いた。
「あのさあ」と垂れていた綺麗な金髪を無造作に持ちあげて、まっすぐ女性プレイヤーを見据えた。
美形がすごむと、怖いよ。
「客じゃないならさ、さっさと出てってくれない? っていうか専属薬師だって言ってるでしょ。耳ないわけ? それに俺は単なる店員じゃなくて、この店の店主だから。だから、この薬師は、俺のなの」
「クラッシュ……」
っていうかそういう誤解しか生まなそうなセリフ言うのやめてくれ。止めてくれるのはありがたいけど、頼むからやめてくれ……!
思わずその場でしゃがんで頭を抱える。
絶対にスクショしてる人いるよこれ。掲示板とかで英雄の息子の恋人はプレイヤーだったとか出そうだよ、絶対!
しゃがみこんだままクラッシュのズボンをくいくい引っ張る。
「ん、どうしたのマック? 疲れた? 大丈夫」
さっきの声音とは一転、心配そうな声を出すクラッシュは、どこからどう見ても恋人を気遣う人にしか見えない、んじゃないかなああああ!
ああああ、誤解、されたらどう責任取ってくれるんだろう。って本人に言ったらニヤニヤしながら「責任取って俺がヴィデロの代わりに恋人役をやってあげるよ」くらい言いそうだこやつは。黙っとこ。
すっごくお客さんの間でざわざわしてるのは気のせいだ、そう、気のせい。
「納品も終わったから、奥から帰ってもいい……?」
「いいよ、ありがとね、マック。何なら、奥で休んでいってもいいよ」
「いえ結構ですもう黙ってくださいお願い」
脱力しながらふらふらと奥の扉に手を掛けた瞬間、プレイヤーの間のざわざわが一層大きくなった。
……掲示板、しばらく見ない。絶対。
司書さんはそう言うと、近くにあった足台を持ってきて、一番上の棚から本を数冊出してくれた。
「読み終わりましたら、受付にお持ちください。私どものほうでしまっておきますので」
「……ありがとうございます」
すごくありがたい申し出に、俺は複雑な気持ちを抱きながらお礼を言った。
何せ足台に乗っても俺には届かない棚にあった書物だし。俺小さいし。
だからこそのこんなありがたい申し出。嬉しいけど、悔しい。
司書さんはそんな俺の心情を知ってか知らずか、いい笑顔のまま受付に戻っていった。
本を抱えて、もやもやしながら読書スペースに進む。
呪いの部屋よりは広くて明るい読書スペースにあるテーブルに本を置いて、椅子に腰を下ろし、さっそく本を開く。
神がどうのから始まる本を読み、一冊、二冊と読み終えたものを横に積んでいく。
三冊目を開いていると、ふと、目の前に影が差した。
顔を上げてみると、そこには、教会のローブを着た人が人好きのする笑顔で立っていた。
「読書の邪魔をしてしまいましたか、失礼しました」
目があった瞬間、その人は穏やかな口調でそう言って一歩だけ下がった。
「あの、何か?」
下がっただけで動こうとはしなかったので、困惑してそう声を掛けると、その人はゆっくりと頷いた。
「『祈り』にご興味があるようでしたので、もしかしたら私どもが力になれるかと思いまして」
「力に?」
突然の申し出に、さらに困惑が広がる。
まさか俺が呪いを解くアイテムを作ろうとしてるって言うことは洩れてないとは思うけど。
教会側から接触してくるとは思わなかった。
ドキドキしながら相手の言葉を待っていると、その人は「ああ、すいません、唐突でしたね」と頭を下げた。
「教会で、神に感謝をささげるための講習などを開いておりますので、もしよろしければ参加してみてはいかがかと、失礼ながらお声を掛けさせてもらいました」
「講習……?」
あの初心者向けの訓練所みたいな形で、教会も何かやってるのかな。と少しだけ興味がわく。
でもなあ、とあの呪いを解く部屋の気持ち悪さを思い出して、少しだけ眉が寄る。
講習中ずっとあの気持ち悪い感覚がまとわりついてたら、気分的に参っちゃいそうだよ。
「すいません、そこまで本格的に覚えようと思ったわけじゃないので、講習は遠慮します」
「そうですか、きっとあなたにとって有意義な時間になると思うのですが」
「お断りします」
きっぱり断ったにも関わらず、ローブの人はその場所から動こうとしない。
もしかして俺、なんかこの人にロックオンされちゃってる?
「講習を受けて、祈りの本質をご理解いただければ、あなたもきっと素晴らしいご加護を授かることが出来ると思うのですが」
「いいえ結構です……」
何度断っても、ローブの人は俺に講習を受けさせたいみたいだった。
どうしよう。なんか、どうしよう。こういうしつこい人の撃退方法、知らないんだよ。
「あなたのような勤勉な方にこそ、ぜひ我々の教会に来ていただけると……」
「失礼します。読み終わりましたようなので、お片づけを手伝いに来ました」
さらに言い募ろうとするローブの人の後ろに、いつの間にか司書さんが立っていた。
ローブの人の横を抜けるようにして目の前に来ると、俺が積み上げた方の本を手に取った。
「失礼しました。もしかしてお話し中でしたか」
今気づいたとでもいう様に、司書さんがローブの人に目を向ける。
「会話に割って入るとは失礼では……」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます。棚が高くて届かなくてあはは」
初めて表情を崩したローブの人の言葉を遮るように、俺も椅子を立ち上がった。司書さんに本を渡して、お願いします助けてくださいと目で訴える。
「安心しました。では失礼します」
司書さんは、ローブの人に笑顔で頭を下げると、本を手にして俺を促してくれた。
助かったぁ。
「あの、ありがとうございます」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
にこやかにそう言いながら本をしまってくれる司書さんがとても頼もしく見える。
本当に助かった。
ローブの人はこっちを見ていたけれど、流石に俺達についてこようとはしなかった。
司書さんはさっさと本を棚に戻してしまうと、少しだけ声のトーンを上げて、俺の方を見ながら口を開いた。
「次は農耕についての本をお探しでしたね。こちらです」
「え、あ、はい?」
探してないよ? と困惑しながら司書さんの後ろをついていく。
ドアを一つ開けて隣の部屋に入ると、しっかりとドアを閉めてから、司書さんは振り返って声を潜めた。
「せっかく当図書館に足をお運びくださったのに、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。最近はああいった方たちも手段を選ばなくなってきておりまして」
「教会の人ですか?」
「はい。ここで教会に関係のありそうな本を探される方を勧誘したのは、あなたで3人目です。その都度私共がお止めはするのですが。ここは誰でも利用可能を掲げているので、教会の方が来られても、拒むことが出来ないのです」
「そうなんですか、それも大変ですね」
宗教の勧誘って、しつこそうだしな。司書さんの苦労がしのばれる。
「勧誘についていくかどうかはお客様の判断になりますが、先ほどの様にしっかりと断っていてもなお勧誘してくるような事が今後もありましたら、ぜひこちらにお声を掛けてくだされば、手助けくらいは出来ますので」
「すごく助かります。流石に、言質を取られて講習に連れていかれて、財産をなくしちゃったらこれから困るし」
絶対に教会の講習なんて、バカ高いお金を取られる気がするしなあ。と溜め息を吐くと、司書さんがおや、という顔をした。
「前に何かあったようですね」
「解呪してもらって、懐が寒くなったことが」
あの値段を聞いたときにはほんとにびっくりしたもんなあ。工房増築できるよそのお金で! ってちょっとだけ呪われたこと後悔したくらいだし。
司書さんは今度は憐みのこもった視線を俺に向けてきた。
「心情お察しします。今はまだ彼があちらにいるかと思われますので、もしよければこの部屋でしばらく時間を潰していかれませんか?」
「そうさせてもらいます」
ありがたい司書さんの申し出に、俺は喜んで飛びついた。
さすがにここから転移で抜け出して、あとで司書さんを困らせるわけにはいかないし。
でも最近はクラッシュも堂々と転移魔法陣を描いてるから、司書さんに事情を話せばここから跳んでも大丈夫かな。
……ダメだよな。諦めてローブの人がいなくなるまでここで待っておこう。
幸い、農園関係の書物の部屋だし。読んでたら新しいレシピを覚えるかもしれないし。
司書さんに頭を下げて本棚に視線を移すと、司書さんもぺこりと一つ頭を下げて、部屋から出ていった。
レシピを二つほどゲットして、読み終えた本を棚に戻していると、コンコン、とドアが叩かれた。
「はい」と返事をすると、そっとドアが開いて、司書さんが顔を出した。
もうあの人はいないとのこと。
俺はようやく図書館を後にすることが出来た。
帰りに納品でもして行こうかなとクラッシュの店に向かうと、やっぱり今日も列ができていた。
今日は納品の方だから、と列の合間を縫って店に入っていく。ごめんなさい、横入りじゃないよ。
「クラッシュ、ブツを持ってきたけど、いる?」
「あ、いる! こっち来てついでにサービスで陳列してくれたら嬉しい」
「サービスかよ」
クラッシュの言葉に突っ込みながら、カウンターに向かう。忙しいのは見なくてもわかるから並べるけどね。
そんな俺を見たプレイヤーさんが、いきなり声を上げた。
「やった! ランク上のやつ来た! なあなあ店員さん、俺、今並べてるやつが欲しいんだけどいいかな」
品物を用意しているクラッシュに、プレイヤーさんが俺の方を指さしてそんなことを言う。
「昨日も俺それ買ったんだけど、味からして違うんだもんよ。こっちのやつめちゃくちゃ美味いんだよな。高くても美味い方がいいんだけど、ダメか?」
頼むよーと手を合わせるプレイヤーさんに、クラッシュが笑いながら「いいよ。確かにこっちのは美味しいもんねえ」と今出したハイポーションをしまった。
俺から3個ほど受け取ると、そっちをプレイヤーさんに渡す。
昨日よりさらにちょっと値段が上乗せされたハイポーションを、感謝しながらカバンにしまうプレイヤーに、クラッシュも笑顔を返していた。あんた商人や。根っからの商人や。今さりげなくぼったくっただろ。
持っていたほとんどの薬類を棚に並べ終えて、カウンター裏に戻ってくると、丁度マジックハイポーションを買っていた女性プレイヤーさんが、ちらりと俺を見た。
「君もプレイヤーだよね。薬師プレイしてるの? ねえ、今度個人的に作ってくれない? 私、君の薬の大ファンでさ」
目が合うと、その人はにっこりと笑って俺を見た。
っていうか、個人的に?
知らない人なのに?
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ツッコみどころ満載だよ。
「えっと、俺、この店の専属薬師で」
「そんなこと言わずにさあ。同じプレイヤー同士じゃん。ね、お願い」
軽装備の女性プレイヤーさんは、お願い、と顔の前で手を合わせて、肩を竦めた。胸の谷間を強調されたようなそのポーズが、ちょっとあざとい。
確かに顔は可愛いよ。でも、きっとこの仕草、海里の方が絶対に「作ってやるよ」って思わせると思う。自信満々で私は可愛いのよって言ってるみたいなのがいまいち可愛くない。
ユイと海里の方が絶対可愛い。仕草的に。
失礼にもそんなことを思いながら、「すいません」と頭を下げる。
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「何よ専属って。君だって自由にポーションを売る権利とかあるんでしょ。プレイヤーなんだし。もったいぶらないで作ってよ」
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っていうか、この店の店主さんの前でそんなことを言うのがまず信じられない。
ちらりと横を見ると、クラッシュが口元だけ弧を描いて、まっすぐ目の前の女性プレイヤーを見据えていた。
「お客様。当店の専属薬師を目の前で買収しないでくださいますか」
「買収とか人聞き悪いこと言わないでくれない? 君は単なる店の店員さんでしょ」
あ、「単なる店の店員」ってところが「単なるNPC」って聞こえた。その言葉にイラっとする。
そして、横が気になってクラッシュは……とちらりと盗み見ると。静かに静かに、キレてる、かも。
列の後ろの方に並んでいるプレイヤーさんたちも、女性プレイヤーの言葉にざわざわしている。
クラッシュは、口元の笑みを消して、愛想笑いを取っ払って、はぁ、と溜め息を吐いた。
「あのさあ」と垂れていた綺麗な金髪を無造作に持ちあげて、まっすぐ女性プレイヤーを見据えた。
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「客じゃないならさ、さっさと出てってくれない? っていうか専属薬師だって言ってるでしょ。耳ないわけ? それに俺は単なる店員じゃなくて、この店の店主だから。だから、この薬師は、俺のなの」
「クラッシュ……」
っていうかそういう誤解しか生まなそうなセリフ言うのやめてくれ。止めてくれるのはありがたいけど、頼むからやめてくれ……!
思わずその場でしゃがんで頭を抱える。
絶対にスクショしてる人いるよこれ。掲示板とかで英雄の息子の恋人はプレイヤーだったとか出そうだよ、絶対!
しゃがみこんだままクラッシュのズボンをくいくい引っ張る。
「ん、どうしたのマック? 疲れた? 大丈夫」
さっきの声音とは一転、心配そうな声を出すクラッシュは、どこからどう見ても恋人を気遣う人にしか見えない、んじゃないかなああああ!
ああああ、誤解、されたらどう責任取ってくれるんだろう。って本人に言ったらニヤニヤしながら「責任取って俺がヴィデロの代わりに恋人役をやってあげるよ」くらい言いそうだこやつは。黙っとこ。
すっごくお客さんの間でざわざわしてるのは気のせいだ、そう、気のせい。
「納品も終わったから、奥から帰ってもいい……?」
「いいよ、ありがとね、マック。何なら、奥で休んでいってもいいよ」
「いえ結構ですもう黙ってくださいお願い」
脱力しながらふらふらと奥の扉に手を掛けた瞬間、プレイヤーの間のざわざわが一層大きくなった。
……掲示板、しばらく見ない。絶対。
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