これは報われない恋だ。

朝陽天満

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143、忘れてるかもだけど、俺薬師だから

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 無意識に手が動き、宙に文字を描く。

 自分の意志じゃないその手の動きは、まるで強制的にスキル発動させたときのようだった。

 次の瞬間、俺は離れていたはずのヴィデロさんの目の前で、魔物の牙を剣で弾いていた。

 俺の手から剣が飛び、腕がビリビリと痺れる。

 その間にヴィデロさんの硬直も治ったらしく、ヴィデロさんは俺の横をすり抜けて、魔物を切り上げていた。

 自分でもなんでヴィデロさんの前にいたのか、いまいちわからなかった。

 でも手はあの一瞬で魔法陣を描き上げて、ヴィデロさんの前に転移しているわけで。

 どうして、と首を捻りながら、飛ばされた剣を拾いに走る。

 ほぼ黒い靄の消えた魔物は、門番さんたちの攻撃でHPバーをどんどんと減らしていった。

 黒い靄は、左後ろ脚部分と尻尾だけ。攻撃できる部分が広がったことで、門番さんたちもやり易くなったらしい。

 たまに攻撃を受ける人の元に走り、ハイポーションと聖水をかけ、俺が剣を出す隙はなくなった。

 でもまだ穢れ部分があるせいか、傷つくとそこが穢れるんだよな。

 聖水もあまり買ってないから残り2本。

 魔物のHPバーは、ヴィデロさんの攻撃で最後の一本である赤に突入した。

 瞬間、またも咆哮が放たれる。

 顔じゅうの口からは涎がダラダラと垂れ、一本の牙は折られてすでに光となって消えている。



 今回は身の毛もよだつ咆哮じゃなかったせいか、俺はちょっと身を竦めたくらいで済み、門番さんたちも硬直することなく攻撃を続けていた。



『ゴォォアアアア!』



 なんの前振りもなく、魔物が身体の向きを変え、勢いよく身体を捻った。するとさっきまで短かった尻尾が、鞭のようにヒュン、と伸びて、門番さんたちを一閃していく。

 ビシィっと抉られるような重い音が響き、その尻尾攻撃によってヴィデロさんたちが一斉に弾き飛ばされた。

 俺は離れていたからその尻尾の餌食にはならなかったけれど、攻撃がクリーンヒットしたヴィデロさんたちの胸当ては、その一撃で完全に耐久値を失っており、ぼろぼろの胸当ての間から、抉られた胸元が見えた。

 間髪おかず魔物の噛み付き攻撃が繰り出されたけれど、ブロッサムさんが剣で撃退。

 大抵のボスは最後のあがきで最終HPバーになるとパワーアップするのはわかってたけれど、この魔物も例にもれずに防御力が上がったらしい。ブロッサムさんの一撃で減るHPが微々たるものになった。

 ヴィデロさんたち全員の身体に、穢れの靄がまとわりついている。

 早く何とかしないと、あの穢れがどうなるかわからない。

 どうしたら。

 と俺はスキルをざっと見た。

 そういえば、腕にはドイリーが付いている。



 魔力半減で出来るよな。よし。

 と視線で魔法スキル欄の呪文を確認した俺は、剣を離して両手を魔物に向けた。



「自由な風よ、そこに集まり形と成し、標的を押しつぶせ! ストムプレス!」



 ふっと身体から何かが抜かれる感じがして、魔物に向けた手から空気の塊が飛び出す。

 その塊は空気の淀みの様に可視化されて、勢いよく魔物の顔に飛んで行った。



 ドゴォ! と破壊音がして、魔法を受けた魔物の頭部が砕け散った。

 一気に魔物のHPバーが減る。そして俺のMPバーも一気に減る。

 穢れを纏ったままのヴィデロさんが、とどめ! と顔がなくなっても立っている魔物に一撃を加えた瞬間、ようやくユニークボスは頭部のなくなった身体を地面に沈めた。

 ゆっくりと、身体が光になっていく。消えていく光を見上げながら、俺はインベントリを開き、MPハイポーションを取り出した。

 息を吐く間もなく、俺はMPハイポーションを一気飲みした。よし、MP回復。

 ここからトレまでどれくらいの距離だろう。ドイリーをつけてても、4人を連れて一気には跳べないかな。

 聖水が足りなくて、傷は治せても穢れは治せないから。



「やべえぐらい強かったな。っつうかそれよりも予想外のマックの強さにビビった」



 青い顔をしながらも、マルクスさんがそんなことを言ってニヤリと笑う。

 ヴィデロさんは剣を構えたまま立っていたけれど、やっぱり顔色が悪くて、肩で息をしている。

 穢れって、どういう感じなのかいまいちわからないから、余計に焦る。



「聖水あと2本しかないから、教会に行こう」



 俺がそう言うと、ブロッサムさんは片方の眉を上げた。



「そりゃあ聞けねえ相談だな」

「でも穢れが!」

「これも深刻だけどよ、教会に行くにゃもっと深刻な事態に陥る覚悟をして行かねえといけねえから」



 どうして、と呆然とすると、ヴィデロさんが息を切らしながら、腰の鞘に剣をしまった。



「あそこに行くと、たとえ穢れは祓えても、根こそぎ稼ぎを持ってかれるからな」

「そんなに?! じゃあ、中に入らないで聖水を買うだけでも」

「まずこんな穢れを纏って教会に行った時点で即掴まるわ。でもって、強制的に穢れを祓われて、金を奪われるのがオチだ。それに、こんななりで街には入れねえよ」



 呪いを解くだけじゃなくて、穢れを祓うのもボったくられるの?!

 ほんとに何やってんだよ教会。レガロさんが愛想つかすのわかるよ。



「ヴィデ……」

「触るなよ、マック」



 ヴィデロさんに手を伸ばした瞬間、やんわりとそれをヴィデロさんに止められた。

 なんでも、穢れは不用意に触れると移るらしい。なるほどだから街には入れないのか。



「じゃあ俺がすぐ行って聖水買ってくるから。ほんの少しだけ待って」



 一人だったら十分教会まで跳べる。そしてまだMPハイポーションは潤沢にインベントリに詰め込まれてるから、帰りも一瞬。場所は、と地図を見て、チェックする。この場所を頭で必死で古代魔道語に変換していく。大丈夫、来れる、はず。この大まかな場所と、ヴィデロさんの名前を入れたら、絶対に違うところになんて跳ばない自信がある。



「酒をぶっかければ一応の応急処置にはなるから。おら、皆気付けの酒身体に掛けろよ」



 魔法陣を描こうとした俺をとどめるように、ブロッサムさんが腰のカバンから気付けの酒を取り出した。

 それを胸元に零すと、確かに黒い靄は収まったように見えた。

 全員がそれに習い、酒を掛ける。でも、ちらりとシャツの間から見える傷には、まだ紫色が残ってるんだけど。



「穢れって、いったいどんな症状? キュアポーションで治る?」

「穢れ自体はとれねえが、この紫のあざは消える。が、俺ら、そこまでランクの高いキュアポーションは支給されてねえんだ」

「誰に言ってんの。俺、薬師だよ?」



 俺の作ったキュアポーションなら治るってことだろ。聖水がなくても、酒とランクの高いキュアポーションがあればこの症状は治まるのか。

 とりあえず、4つのランクSキュアポーションを取り出して、一人一人に渡す。



「俺の最高傑作のキュアポーションだから、多分大丈夫。他では売ってないランクだよ」

「バカお前、こんな高いもん」

「あのね、ランクがどうだろうと、原材料はおんなじなんだよ。仕入れ値は、同じってこと。だから気にしないで。気にするんだったら、仕入れ値で貰うから。大体全部で100ガルくらいかな」

「あのなあ……」



 ブロッサムさんが呆れたようにこっちを見た。でも俺、こんなことで利益を得ようなんて思えないから。そんなことより全員が無事な方が全然いいから。

 でもこの穢れって、酒といいキュアポーションといい、聖水といい、なんか呪いに近いよな。全部混ぜたら解呪アイテム出来ちゃいそうだ。

 全員にハイポーションセット一式を配って、回復するように促す。

 大物が倒れたってことは、しばらくはここから大物に追い出されていた魔物もいないってことだろうし。



「よし」



 ブロッサムさんの言葉で、決めた。

 絶対に解呪アイテム作ってやる。

 気軽にこういう穢れとか呪いを消せるようになったら、きっともっとヴィデロさんが生きやすくなるはずだ。



 索敵をオンにしたまま、俺は簡易調薬キットを取り出した。

 必要なものは、祈りをささげた水と酒と状態を回復する物。

 月見草を取り出して、ゴリゴリと磨る。

 魔物の赤い点はまだ視界には入ってないから周りは大丈夫。

 ジャル・ガーさんはすごく簡単に一般人でも作ってたって言ってたから、多分レシピがこの大陸から消えただけで、本当に簡単に作れるんだと思う。

 聖水を一本、調薬用のビーカーに入れて、それを沸騰させるランプに火を点け、聖水の中に月見草を絞り入れる。グルグルしながら顔を上げて、俺に注目する門番さんたちを見上げた。



「お酒まだ余ってたら、少し貰えないかな」



 俺のその言葉に、ヴィデロさんが即座に反応してくれた。気付け用の酒の瓶をもう一本取り出して、俺に渡してくれる。

 俺はそれを受け取って、少しずつ注ぎ入れた。

 かき混ぜて、様子を見つつ、マップ上に赤い点がないか確認する。戸外での調薬、なんか開放感。



「後ろの方に魔物が来るから気を付けて」



 赤い点を発見して、それを教えつつ、色が変わってぽこっと気泡が上がった瞬間火を止める。

 それをろ過器を通して瓶に流し入れた。

 黒くはないし煙も出てないから、何かしらは作れたらしい。一回の調薬で、ポーション瓶5本分の何かが出来上がった。



「鑑定」



『ディスペルポーション:ランクD 穢れ状態を解除できるポーション。呪いは解けない』



「うわ、ほんとに簡単だった……ランクが低いってことは、多分材料も改善の余地ありだし、比率とかも何か違うんだ……。研究の余地あり、かな」



 出来上がったディスペルポーションを手に持って、思わずふう、と息を吐く。後ろではイノシシが相変わらず一撃で撃退されていて、俺にまで恩恵の経験値が入ってくる。これ、パーティー組んでることになってるんだろうなあ。

 俺は出来上がったディスペルポーションを横で見ていたヴィデロさんに渡した。

 見た感じ穢れはとれてるみたいだけど、一応の応急処置ってブロッサムさんが言ってたから、まだ穢れが残ってるかもしれないし。



「マックこれは……?」

「試作段階の穢れをとるアイテム。ちょっとヴィデロさん、実験台になってくれない? 今は、穢れたところ、どんな感じ?」

「……」



 俺の言葉を聞いたヴィデロさんは、驚いたように目を見開くと、俺の問いに答えることもなく手の中の新しい薬をガン見した。

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