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136、失われたはずの知識、だったんだ……
しおりを挟むニヤリと笑っていた獣人の石像は、ぎろりと瞳を動かし、俺を見下ろした。
『よう、薬師の兄ちゃん。約束通り酒を持ってきてくれるとは律儀だな』
「こんにちは。ちょっと呪いのことを訊きたくて」
『そしてそっちの兄ちゃんは初めましてだな。ほぼエルフの兄ちゃん』
「いえ、ほぼエルフ、じゃなくてハーフエルフですけど」
石像にそう声を掛けられたクラッシュは、言葉が気に入らなかったのか、少しだけ目を細めて、そう反論した。
半分はお父さんの血って言いたいんだろうな。
『お、気を悪くしたか。わりいな、でもエルフの血が濃いからつい、な。人族の血が入ってるのはわかる。でもな、ハーフエルフの兄ちゃんの腹の中の力がすごくてよ。エルフにすげえ近いんだよな。前に会ったことのあるハーフエルフの色にそっくりなもんで』
「もう一人のハーフエルフ……?」
もしかして、レガロさんだったりして。この世にハーフエルフっていったい何人くらいいるんだろ。ちょっと気になる。
クラッシュは誰だろう、と首を捻ってる。そういえば、前にレガロさんが。クラッシュは気付いてないって言ってたよな。
「他にもハーフエルフっているんですか?」
『俺が知ってるのは、兄ちゃんと、もう一人と、200年くらい前にあった一人だけだな。もともとエルフはほぼ外に出ねえから、ましてや人族と恋に落ちるなんて、あんまり聞いたことねえからなあ』
そうだったんだ……。じゃあやっぱりこの石像の知ってるハーフエルフはレガロさんだ。
これはクラッシュに言っていい案件なのかな? と考えていると、石像が『それよりよ』とクラッシュを見下ろした。
『酒、後ろの方にも掛けてくれねえ? 首んとこが石のままで、首が下向かねえんだ』
その言葉に二人で後ろに回ってみると、背面は全面石のままだった。確かにあの掛け方じゃ後ろにはいかないか。と一旦樽をインベントリにしまって後ろに回って樽を出す。
またもクラッシュの酒攻撃が炸裂し、石像は石像とは言えない状態まで石化が解かれた。
『ふぅ、ありがとよ』
身体が動くようになった獣人は、ドカッとその祭壇の上に座り込んだ。モフモフしている首を、コキコキと鳴らして、後ろに置いていた樽を軽々と片手で持ち上げた。
座ってても俺達が立った状態くらいの高さのある石像は、持ち上げた樽を俺達の前に出して、『これ全部貰っていいか?』と嬉しそうに訊いてきた。
俺はスタミナポーションを片手に、石像とクラッシュは酒を手に、酒盛りのような物が始まった。
「ところで石像さん、ジャル・ガーさんって呼んでいいですか?」
今はもう石像じゃないのでそう訊いてみると、石像は首を捻って『あ? 何でおれの名前知ってんだ?』と怪訝な顔をした。
「え、だって手のブレスレットにも首のアクセサリーにも名前が書かれてますよ」
『ブレスレット? アクセサリー?』
ジャル・ガーさんは驚いた顔で、自分の腕を上げた。
その間にも、クラッシュが「稀代の英雄って、ジャル・ガーさんいったいどんなことをしたんですか?」と目を輝かせている。
ジャル・ガーさんはクラッシュの問いに答えることなく、自分の腕に付いたブレスレットの文字を読んで、目を丸くした。
『ちょ、え、ま……、な、何だこりゃ?!』
素っ頓狂な声を上げて、一気に青灰色の顔が真っ赤になる。
ワタワタするジャル・ガーさんはそのブレスレットを必死で外し、そして首のアクセサリーをぶっちぎった。
『待て待て、俺、こんな『稀代の英雄』なんて大層なもんじゃねえぞ?! 誰だこんなん付けたの……あいつか……』
そのブレスレットを付けた人物に思い当たったらしいジャル・ガーさんが、溜め息を吐いて顔を手で覆った。
ついでに赤くなった顔を隠している。
『あのなあ、俺はこんな『稀代の英雄』なんかじゃなくて、その当時一番適任だっただけのしがない見張り人だ。獣人の村がこの先の山の中にあるからよ、そこに人族が来ねえよう見張りをしてるだけなんだよ』
「獣人の村?」
『ああ。ちょっと昔人族と道を違えてよ、俺ら山ン中に一族で引っ越したんだよ。そっからそん時一番力の強い奴が見張りに立つことになっててよ。こんな感じで呪いを振りまきながらな。ここで呪われたままこの先に進むのはそれこそ命とりだからよ。先に行けないようにってな。こういう技術はもう人族では消えてると思ったんだけどな……』
ふぅ、と溜め息を吐いたジャル・ガーさんは、こういうの、と指を動かして、ひとつの魔法陣を描いた。
「魔法陣?!」
クラッシュが目を丸くする。俺もたぶん同じ顔をしてるはず。
だって、これを使えるの、セイジさんとクラッシュしか知らなかったし。
ジャル・ガーさんの言葉を鵜呑みにするとしたら、魔法陣はもともと獣人の物で、出回っていた魔法陣の知識はすべて人族の街から消し去った、ってことだよな……。
俺たちの驚いた顔を見て、ジャル・ガーさんはその魔法陣を打ち消した。
『やっぱり知ってんのか。これと、神の聖杯の欠片は人族に渡らねえようにって、俺らがしっかり保存して引っ越したはずなのによ。漏れがあったんだなあ。賢者の兄ちゃんがこれを使ってたのは知ってたんだけどな、魔法陣。あんときは自分だけしか使えねえって賢者が言ってたから、安心してたんだがなあ……』
手に持った半分ほどに減った樽の中身を一気に飲み干し、ジャル・ガーさんは『……っかー。やっぱ酒うめえ!』と表情を少しだけ緩ませた。
『ちなみによ、その魔法陣って、使ったのはそこの薬師の兄ちゃんだよな』
「あ、はい。俺はこのクラッシュっていうイケメンの兄ちゃんに教えて貰いました」
「俺はセイジさんっていう母の知り合いに教えて貰いました」
『あーあー、なるほど、賢者セイジねえ……。あー……そっか。なら納得だ。ま、元気そうで何よりだ』
目元を緩ませたジャル・ガーさんは、まるでセイジさんを知っているかのようだった。
でも、あれだけシークレットダンジョンを探しまくってるセイジさんだから、ここに来ててもおかしくはないんだよな。この大陸中を飛び回ってるみたいだし。
という自分の思考に、少しだけ引っかかる。
飛び回っている誰かを、助けてってあの本は言っていて。
もしかして、という仮説が浮かぶ。でも、魔王を討伐したのは15年前で、彼の今の姿は、クラッシュよりちょっとだけ年上、くらいの外見で。
待てよ、最初ここに来た時、ジャル・ガーさんは『15年ぶりの酒』って言ってなかったか? セイジさんは来ただけで、酒をあげなかった? でもその割には、親しそうな雰囲気の表情をしていたよ、な。
歳をとる呪いも、若返る呪いもあるこの世界、もしかして、外見はそこまで重要じゃないとしたら。
俺の中で何かの答えが出そうな気がしたとき、クラッシュが口を開いて思考が霧散した。
「神の聖杯の欠片って……」
クラッシュが口に出した、もう一つの引っかかったワードに、少しだけ心臓の動きが早くなった気がした。
それって、錬金釜のことじゃないのかな。古代魔道語の本に書いてあったのって、それって。
魔法陣も、錬金釜も、この獣人たちが守っていた歴史と、そして、技術なんじゃ。
『それな、飯を作るやつみたいな形をしてるんだけどよ、魔力で色んな物をヤバい物に変えちまうやつなんだ。前に腹減ったからってそれで飯を作ろうとしたら材料が消えちまってよ、すげえ嘆いてたら長老にぼこぼこにされたことがあるんだがな、それ、人族が持つとまたやべえ使い方をしそうだからって、俺らとエルフで協力して壊して回ってるんだよ』
あ、これ、当たりのやつだ。
またもクラッシュと顔を見合わせる。
俺達って、なんかすごくヤバい所に足を突っ込んでないかな。
これはジャル・ガーさんに言っていい物かちょっと悩む。
俺が持ってますって。
もし知られたら、この石像に変わる獣人さんがどう動くのか、俺には全く予想できなかった。
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