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132、記念品
しおりを挟むふと、顔を上げたその女性と目が合った。
「あら」
「え、あの?」
まじまじとこっちを見てくる女性に戸惑っていると、女性は「あなた」と声を掛けてきた。
「整理券は貰ったの? 向こうの方で、ADOの姿をしたスタッフが配っているから、ぜひぜひ体験して欲しいわ。いらっしゃい」
じゅ、15歳未満と間違われた!
女性の言葉に衝撃を受けて思わず固まる。
おいでと手を差し出す女性は、動かなくなった俺を見て、首を傾げている。
「あの俺、もうADO持ってますから……」
「親御さんに買ってもらったの? 15歳以上からしかプレイ……」
「17歳です」
女性の言葉を遮って歳を教えると、今度は女性が固まった。
そして、すぐにフリーズ解除して、苦笑した。
「ごめんなさい。どうしても東洋人は幼く見えてしまって。気分を害しちゃったわよね、ほんとごめんなさい」
「あ、いえ……慣れてるんで」
とはいえ溜め息。東洋人と大きなひとくくりにしてくれたけど、俺が幼い顔なんだよわかってる。
ははは、と笑いを零すと、女性が改めて俺の前に立った。
ヒールを履いてるとはいえ、ブレイブくらいには背の高い女性は、俺を見下ろすと、胸ポケットから何かを取り出した。
「お詫びと言っては何だけど、このチケットをあげるわ。コスチュームの試着と撮影を行っているところの物なんだけど、もしよければADOの姿で写真を撮らない?」
「あ、ありがとうございます」
チケットを手渡され、思わず受け取ってしまう。コスプレはする気なかったんだけど、いらないって返すのも悪いしな。
とそのチケットをズボンのポケットにしまう。
「あなたプレイヤーなら、セィの街に行ったことはある?」
俺が受け取ったことに満足したのか、女性は笑顔になって、そう俺に質問してきた。
「あ、あります。ここのセット、セィの街を模してますよね」
「ええ。素敵にできたでしょう。私が一番気に入っている街なのよ」
「そうなんですか。綺麗な街並みですよね」
「ふふ、ありがとう」
本当に嬉しそうに、女性は笑った。セィが本当に好きなんだろうな。スーツ姿ってことは会場スタッフじゃなくて、技術面の方の人だよな。
もしかして開発とかそういうのを手がけてる人かな。
そういうの、かっこいいなあ。
「じゃあ、今日は現実のADOの世界を楽しんでね」
「はい、ありがとうございます」
手を振って人波に消えていく女性を見送ってから、体験ブースを後にした。
その後、グッズ販売の方に流れていき、怪しげな瓶に入ったポーションと銘打たれた飲み物を数本買って、更に進んでみる。
既にセィを模した街並みからは外れ、レベルランキング130分待ちというプレートを掲げたスタッフが立ち、ちょっと先では撮影75分待ちというプレートを掲げたスタッフが立っている場所に出てくる。
こっちから奥には、その二つのブースしかないらしく、長蛇の列が上手いこと少ないスペースで取れるようにスタッフが誘導していた。
どっちもする気のなかった俺は、そのままスルー、しようとして、ポケットからさっき貰ったチケットを取り出した。
「コスチューム撮影無料って……」
「お、健吾も俺たちの仲間になるのか?」
チケットを見ていたら、後ろからいきなり声を掛けられた。
ビクッとして思わず振り返る。
そこには、ヴィルさんが立っていた。
「その顔は、「なんで仕事してないんだ」って顔だな。いい質問だ、答えよう」
「質問してないから」
「第一回Q&Aが終わったから、次のスタッフと交代なんだ。これから裏に戻るところなんだよ」
「お疲れ様です」
「ありがとう。それより健吾は着替えないのか? それとも恥ずかしいのか? ダメダメ。俺だって今こんな格好をしてるんだから。一緒に恥をかき捨てよう」
「ふぁ?!」
俺の返事を訊く前に、ヴィルさんは俺の手を握ってぐいぐいと人の間を抜けていった。
そして、撮影ブースに着くと、受付をしているスタッフに、俺の持っている券を、俺の手ごと差し出した。
「この子の撮影よろしく」
「ヴィルさん、でも列に並ばないと」
慌てて止めると、ヴィルさんはくすっと笑って俺の胸元の名札を抓んだ。
「何のための優先チケットなんだ? こういう時に優先されるためのチケットなんだけどな」
隣のスタッフに同意を求めると、スタッフは「優先券をお持ちでしたら、どうぞ」と笑顔で俺とヴィルさんを通してくれた。
ヴィルさんはそのまま俺を衣装スペースまで引っ張っていった。
カーテンで仕切られたそこには、あらゆるADO仕様の衣装がぶら下がっており、レベル高い人が纏える装備とか、胸当てとか色々な小物まであった。奥に立ててあるフル装備の鎧も、着る人がいたりするのかな。
色々な衣装を見ながら、ヴィルさんはこっちを振り返った。
「健吾は、ADOではどんなジョブに就いているんだ?」
「薬師ですけど」
「薬師か」
俺の返事に、ヴィルさんは少しだけ目を丸くして、その後「それなら」と色の薄いローブを取り出した。
「これかな。それとも、全く違う服を着てみたいか?」
「えと、じゃあそれで」
一番無難だから。とは言えない。鎧とかはきっと俺が着るとブカブカして情けないし。
楽しそうに衣装を選んでいるヴィルさんを見ると、コスプレだからとしり込みしている自分がなんだか馬鹿らしくなって来るのが不思議だ。
溜め息を一つ吐くと、俺もヴィルさんの横に並んで衣装を選び始めた。
今着てる衣装に酷似した一式を探し出すのは、それほど時間はかからなかった。いかに俺が無難な格好であの街を歩いているのかがわかる。装備変えないからなあ。
すぐに着替えておいで、とヴィルさんに背中を押され、空いている試着室のようなスペースに入った俺は、手に持った衣装一式を何とか身に着けて外に出た。着替えるのも楽な装備だった。これ、フル装備とかやたら装飾が付きまくってる装備だったらすごく時間がかかると思う。
「おお! 健吾! なかなか似合うじゃないか!」
俺の姿を見たヴィルさんが、満面の笑みで迎えてくれた。
多分誰が着てもあんまり違和感のない恰好だけどね。
「よければ、一緒に撮影しないか? 記念にしよう」
「え、ヴィルさんと並んで?」
ヴィルさんの言葉に驚いていると、目に見えてヴィルさんがしゅんとなった。
「ダメか? せっかく再会できたんだ。お互いこんな格好だけど、記念に写真の一枚も持っていたいな、と思ったんだが」
「あ、いえ、ダメじゃないです! 嬉しいです!」
さすがにこんな格好の写真を一人で撮るのはちょっと、って感じだったけれど、ヴィルさんが一緒なら、それも悪くない。どころか、ちょっと嬉しい。
「というわけで、君、俺の分の料金はちゃんと払うから、二枚印刷してくれな」
「はい。では撮影スペースへどうぞ」
軽くウインクしたヴィルさんに、女性スタッフが少しだけ顔を赤くして、案内してくれた。
タラシだ。絶対タラシだ。横で見ていてそう思う。
ヴィルさんと一緒に撮影場所に並ぶと、フラッシュがたかれて、すぐに終わりの声が飛んできた。早い。
「脱いだ服は奥のスタッフに手渡してください。あと、貴重品はお忘れなきようご注意ください」
余韻に浸る間もなく、またも着替えスペースに連行された俺は、すぐに服を着替えてヴィルさんの元に急いだ。これくらいスピーディーじゃないと回らないのか、なんて一人変なところで納得しながら。
「さ、記念品を受け取りに行こうか」
「はい」
ヴィルさんと並んで受付とは反対方向にある奥の出口に向かうと、そこで印刷されていた写真を手渡された。
お礼を言って受け取って、その場で二人で開けてみる。
その写真には、ADOの街並みに、マックじゃない俺と、ヴィルさんが笑顔で立っていて。
それが、俺と、ヴィデロさんに見えて。
俺たちがこうして並んで笑っていられる、という俺の希望がそのまま写真に詰め込まれたような、そんな錯覚に陥るような記念の写真だった。
「一緒に撮ってくださって、ありがとうございます、ヴィルさん。すごい記念だ。宝物にしよう」
隣に立つのは本物のヴィデロさんじゃないけれど。
一つだけ、ヴィルさんに夢を叶えてもらったような、そんな気分で俺は写真をしまった。
「どういたしまして。こっちこそ、俺のわがままに付き合ってくれて、ありがとう」
「わがままなんて」
「だって健吾、本当はコスチュームを着る気はなかっただろう?」
ヴィルさんは、ニヤリと笑うと、俺の頭に手を置いた。
う、そこまでばれてたのか。っていうか普通男子一人でコスプレ写真なんて、罰ゲームに近いから。カップルとかでもあるまいし。
でも。
写真をしまったカバンに手を置くと、口元が緩んでくる。
ほんとに嬉しい写真になってしまった。
「よかった。ようやく健吾が笑った。俺もこの記念品、大事にするから」
「ヴィルさん、ありがとうございます」
「ほんとはな、俺も、この格好で人前に立つの、ちょっと抵抗があったんだ」
すごい秘密を暴露するかのように、ヴィルさんは声を潜めてそう言った。「でも」と目を細めて、俺の頭に置いた手で髪を撫で、サッと離れていく。
「健吾がそんないい顔をするなら、この格好でよかった」
「そんな、すごく似合ってるのに。それにしても、ヴィルさんがADOの関係者だったなんて、そっちの方が驚きです」
「いや、俺は関係者じゃないよ。ただの日雇い。本業は違うんだけど、どうしてもと母親に無理やり連れてこられたんだ」
「お母さんが関係者なんですね。すごいなあ」
「開発担当だったかな。男勝りな母親で、俺はいつも負けてしまうんだ」
肩を竦める仕草が様になっていて、思わず笑ってしまうと、ヴィルさんも一緒になって笑った。
「じゃあそろそろ行くよ。健吾、目いっぱい楽しめよ」
「はい。貴重な休憩時間をすいません」
「いや、俺こそ、貴重な記念品をありがとう。また会えるといいな!」
笑顔で手を振って消えていくヴィルさんを見送り、その姿が見えなくなると、俺は、気分がさっきよりだいぶ浮上していることに気付いた。
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