これは報われない恋だ。

朝陽天満

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121、ノルマご褒美制

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「金曜日からテストだぞー。しっかり勉強しろよー」



 担任の間延びしそうな励ましを聞きながら、俺はさっさと帰る用意をした。

 雄太もいつもは空のカバンに、少しだけ教科書を詰めている。



「あれ、雄太勉強するのか? 教科書なんて珍しい」

「ん? ああ、今回のテストでいい成績取れば、小遣いアップしてもらえるから。そしたらADO課金できるし」

「ああ、唯にプレゼントか。頑張れ」

「おい、健吾」



 課金か、と雄太の言葉に唸る。

 ADOは課金枠があり、課金することで、中のガルが増えたり、顔つきを弄ることが出来るようになる。今までの顔をベースにして少しだけなんだけど。課金したからと言って、特別な物が買えたりとかそういうことがないのはちょっと学生に優しいよな、とは思う。課金でしか買えないアイテムとかあったら、俺達みたいな貧乏学生は涙を呑んで諦めるか、なけなしの小遣いを叩くしかないわけだから。雄太は単純にガルを増やすための課金なんだろうな。先に進んだみたいだし、辺境街の装備とか、段違いにいい物売ってそうだから。

 俺はほぼ課金したことはない。小遣いも雀の涙だし、バイトするくらいなら節制してADOをしたかったし。

 たぶん雄太も同じ考えの口だから、テストで金が増えるのなら、ってちょっとは勉強するんだろうな。



「健吾は実力で受けるんじゃなかったのかよ」



 雄太が俺の膨らんだカバンを見下ろしていたので、俺は「付け焼刃の実力ですがなにか」と返しておいた。





「それよりも、来週の水曜日が抽選結果出るんだっけ」

「あ、そうだった」



 前に予約登録したゲームフェスタの抽選も、テストの終わりとともに結果が出るんだった。



「っても、受かる気がしないから半分諦めてるけど」

「そうか。唯も増田もブレイブもちゃんと予約登録できたらしいから、誰かが引っかかればいいな」

「って、増田、アレどうやって予約登録できたんだ? うちの担任は「ダメ、絶対」だっただろ」

「午前中歯医者を予約してたからって、学校の許可を得て遅れて登校してきたらしい。あれは絶対学校で禁止されるのを計算済みでその日に予約してたっぽい」

「うわあ、増田って結構計算高い?」

「結構えげつない」



 あの、ブレイブからプレゼントをもらって目をウルウルさせてる増田が計算高いとか。何それ怖い。

 と言っていた瞬間、教室のドアから「あれ、二人も今帰りなんだ」という増田の声が聞こえてきて、俺達は思わずビクッとしてしまった。

 そんな俺たちの様子を見て、増田が半眼になる。



「俺のこと話してたんだ。悪いこと? そのビビりようは悪い噂?」

「ち、違う。ゲームフェスの予約登録の話をちょっと」

「あああれ。保健室で聞いたけど、郷野足捻挫したんでしょ。予約したいがために身体を張ってとか、やるな郷野って思ってたんだ」

「わざとじゃないから!」



 人聞きが悪い! 教室でナニを言い出すんだろうねこの人は。

 人が少ないのが救いだよほんと。



 途中まで一緒に帰ろうか、ということになり、俺達はそろって昇降口に向かった。



「高橋は今日は唯ちゃんと勉強するの?」

「いや、しねえよ。増田はあれかブレイブと勉強会か。違う勉強に発展して全然はかどらなそうだよな」

「大丈夫だよ。ノルマご褒美制だから」



 さらっと返してくる増田君は、俺の目にはとても大人に見えました……。

 何だよノルマご褒美制って!

 毎回そんな大人なことやってるのか増田。

 そんな増田に「なんだ、なだれ込んで勉強してねえってなったら面白えのに」とさらっと返す雄太も、思った以上に大人だった。





 途中増田は駅に向かうからと別れて、そのまま雄太とADOの話をしながら帰ってきて、飲み物を片手に部屋に向かう。

 椅子に座って、カバンから教科書を出しながら、ふと増田の大人な言葉を思い出していた。



「ノルマご褒美制か……」



 俺も、勉強どれくらいしたらログインしてヴィデロさんの顔を見てくる、っていうご褒美制にしようかな。

 そしたら勉強頑張れる、かも。

 テストが終わったら、ご褒美エッチ、とか……。

 でも、そろそろ副作用が出そうで怖いよなあ。すっごく気分が盛り上がった時に副作用出たら、多分俺立ち直れなそう。



「じゃあ、古典5ページと数学10ページやったら、ご褒美にヴィデロさんの顔を見に行こう」



 顔を見るだけでいい。会っちゃうと多分話し込んで、仕事終わってから工房にお持ち帰りしそうだから。ヴィデロさんも疲れてるのにきっと付き合ってくれるから。だから、顔を見るだけ。

 よし、と俺は教科書とノートを開いた。







「終わった……」



 数時間かけて、ノルマをクリアした俺は、椅子の上で伸びをした。小学生から使っている椅子が、ギシ、となる。

 さて、ご褒美貰いに行こうかな。

 と俺はベッドに向かって、充電器の上に置いてあるギアに手を伸ばした。







 ふっと浮かび上がるような感覚の後、工房で身を起こす。

 こっちの身体でも伸びをして、暗くなっている街に繰り出していった。



 門付近に着くと、立っている門番さんを確認する。



「あれ、ヴィデロさんがいない」



 思わず走り寄って、立っている門番さんに声を掛けた。



「こんばんは。あの」

「おお! マック! おい、鐘鳴らせ!」

「わかった。マックちょっと待ってろ」



 一言声を掛けただけで、門番さんは謎の連携を見せて、ヴィデロさんを呼び出すための呼び鈴を鳴らした。

 何この連携。声を挟む隙もなかったよ。

 っていうか、すぐに帰る予定だったんだけどな……。



「どっかでヴィデロが帰ってきたこと聞いたのか。今呼んだから、ちょっと待ってろな」

「あ、はい」

「それにしても、マック最近こっちの門通ってないよな」

「北門のやつが、マックは北に行ってるって言ってたぞ」

「ええと」

「南門来いよ。ヴィデロも帰ってきたからヴィデロにも会えるぞ」

「そういえば、まだブルーテイルは巣立たねえのか? マックは何か訊いてるか?」

「あ、いえ」

「南といえばトレの森なんだけどな。最近トレの森の素材がよく採れるらしくてな」

「それはあれだろ、ここにとどまって採取してた異邦人がこぞってクワットロに行っちまったからだろ」

「だから今は森はお得だぞ」

「そうなんですか」



 矢継ぎ早に色んな話題が出てきて、俺さっきから一言返事しか返せてないよ。

 と話を必死で聞いていると、後ろからいきなり抱きこまれた。

 と同時に、耳元でヴィデロさんの「マック」と呼ぶ声が聞こえた。

 この腕の感触は間違わないって。

 嬉しくなって振り返ると、そこに蕩けそうな顔のヴィデロさんがいた。



「会いに来てくれて嬉しい……」



 って、門番さんたちニヤニヤして見てるけど。ちょっとだけその顔に照れながらも、俺も顔が緩んで引き締めることが出来なかった。



「今日、休みだったんだ」

「ああ。むこうではほとんど休みがなかったからって、取り計らってくれて、今日は休み。でもマックが忙しいのはわかってたから、一日部屋で休んでたよ」

「疲れは取れた? 昨日、香石渡しそびれちゃったから持ってきたんだ。あれは本来リラックス効果あるらしいし」

「とりあえず、俺の部屋においで」



 抱き着かれたまま、俺は引きずられるように詰所の中に連れていかれた。

 あれ、顔見たら帰る予定が。と言いつつ絶対に言い出せない。帰る気も失せている。



 ヴィデロさんに手を引かれて、廊下を進む。

 懐かしいドアをくぐって、ヴィデロさんの空間にお邪魔する。

 ここまで来て、もう帰る、なんて言えないよな。

 来いよ、なんてベッドをポンポンされて、帰れるわけない。

 『細胞活性剤』は持ってこなかったけど。





 ちょっと飲み物を貰ってくる、というヴィデロさんを見送って、俺はヴィデロさんの本棚を眺めていた。

 英雄譚とか基礎剣技とかなんかヴィデロさんらしい本がいっぱいだった。

 薬草学とかの本もあって、門番さんたちもこういうの読むんだなってちょっと感心した。

 なんていうか、この世界では娯楽のような本が、魔王と勇者たちの英雄譚みたいな話しかない。娯楽ってより伝記なのかな。図書館でも、娯楽のための本っていうのは見たことないし。本が娯楽で持てるほどには安価じゃないから仕方ないのかな。でも、代々の魔王と英雄譚はかなりの冊数出ていて、今回の魔王討伐の話も、前にトレの図書館で見たことがあった。それ以外のモノを探しに行くのが目的だったから、一度も読んだことはなかったんだけど、これってもしかして、エミリさんたちのことが載っている本じゃないかな。15年前って言ったら、ヴィデロさんも生まれてる時代だし。なんか、不思議だな。

 そっとその英雄譚を手に取って、開いてみる。

 そこには、大きな黒い塊と赤い髪の人が対峙する絵が載っていた。挿絵は最初のこれ一枚みたいだ。

 エミリさんが絵として載ってないのが残念だ。



 中を読もうかとページを繰ると同時に、部屋のドアが開いた。



「本を見てたのか?」

「おかえりヴィデロさん。うん。実は俺、英雄譚って読んだことなくて」

「気になるなら貸そうか?」

「んー、どうしようかな」



 湯気の立ったお茶の入ったカップを手渡されて、お礼を言うと。ヴィデロさんも自分の分を手に取って、座ろうか、と促してきた。

 片手の本を本棚に戻し、素直についていく。



「そういえば、前にここに招待して本を見せるっていう約束、まだ果たしてなかったな」

「そうだね。ヴィデロさんがどんな本を読むのか、気になったんだ」

「ありきたりな本しか読んでないんだ。マックの探してるような本がなくてごめんな」

「そういうんじゃなくて、ヴィデロさんの好きなものを知りたくてさ」



 だってヴィデロさんの趣味とか、好きな物とか、実は俺、あんまり知らないし。

 もっと知りたいんだ。

 そう言うと、ヴィデロさんが嬉しそうに破顔した。

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