これは報われない恋だ。

朝陽天満

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118、おかえり

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「クラッシュー!」



 店に飛び込んだ俺を、クラッシュが苦笑で迎えてくれる。

 だって、今日は4日目だし!

 ワクワクソワソワしながらログインして、その後すぐここに飛んできた俺を、クラッシュは生暖かい目で迎えてくれた。

 そんなクラッシュの前に、マジックハイポーションを積み上げる。



「これ、差し入れね。売るわけじゃないからクラッシュじゃんじゃん飲んで」

「わかった、わかったから」



 積み上がっていくマジックハイポーションに溜め息を吐きながら、クラッシュは俺に脳天チョップをかましてきた。



「ちょっとは落ち着け」

「だって俺欲求不満」

「少しは隠せよそういうこと!」

「クラッシュに隠し事はなしだろ!」

「ああもう、ヴィデロは今日までセィでお勤め。迎えは夜! 今は夕方。わかった?」



 いちいち俺のおでこを突つきながら説明するクラッシュに、口を尖らせながら頷く。

 待ちきれないよ。トレでヴィデロさんとゆっくりできたのなんて、だいぶ前だよ。

 カウンター近くにある椅子に腰を下ろし、俺は魂が抜けたようにこてんとカウンターに頭を預けた。



「そんなダラダラしてるんだったら、奥の本でも読んでたら? 勝手に入っていいから。あ、左奥の部屋はセイジさんの部屋だから、勝手に入らないようにね」



 そうしようかな。読めるかどうかはわからないけど。何もしないでグダグダしてるのもあれだし。でも集中力は絶対に欠けるから何かを作ろうと思っても絶対に失敗する自信あるし。

 のそっと椅子から立って、クラッシュに示唆されたドアを開ける。

 実はこっちの住居部分に入るのは初めてだったりするんだ。

 部屋は、中央にテーブルが置かれて、そこに椅子が4脚セットされていた。壁には本棚があって、この間の『古ぼけた本』がしっかりと並んでいた。

 テーブル中央には調味料と思われる小瓶が数個並んでいて、正面の壁と左側の壁にはドアが合わせて3つ。そしてキッチンが右奥に見えた。

 雑然としているけど、ちゃんと整理されてて、すごく居心地のいいスペースになっている。

 壁にニンニクみたいなのが紐でくくられてぶら下がってたり、ドライフラワーがぶら下がってたり、プランターがぶら下がってたりして、それもまたなんか可愛い。

 うちの工房にもあのプランターのつぶつぶした植物置きたいな。何だろうあのつぶつぶした植物。

 きょろきょろしながら、本棚に近付く。

 ふと、本棚の横を見ると、ひとつの絵が飾られていた。

 年老いたご夫婦の絵なんだけど。すごく穏やかで、優しそうな女性と、きりっとしてるんだけど口元が笑っていてすごく頼りになりそうな男性が、並んで描かれている。

 もしかして、この人たちがクラッシュを預かって育ててくれた人かな。

 息子さんを魔王討伐の時亡くしたって、魔物に襲われたってことかな。それとも、息子さんが、英雄の一人の、亡くなったって言われている賢者ってことなのかな。ってことは、ここ、賢者の生家……?



 いやいやまさかな、と自分の考えを否定する。

 そんなすごい人の家の住居部分に入れるなんて、ありえないし。

 と気を取り直して、本を見ていく。背表紙すら確認しないで片っ端からインベントリに突っ込んだから、どんな本があるのか全くわからないんだよ。



「『いきるとしぬ』『神の御使いの欠片』『欲望と渇望』『はなのずとせつめい』って、うわあ、ちゃんと読めるのあんまりないよ。背表紙からこれって、中身見ても理解できない気がする。ちゃんと読める本は」



 うん、なさそうだ。

 一応一冊を手に取って開いてみるけど、前の日記の時と同じような感じになる。読めないところは変な記号の羅列になるし。

 あそこにあったってことは、全部が古い文字を使ってるんだよな。やっぱりセィに行った時に図書館に寄ってくればよかった。ってそんな時間なかったんだけど。

 溜め息を吐いて本を戻していると、ドアが開いて、クラッシュが顔を出した。



「読めそうなのあった? 俺は旧文字読めないからあんまり読んでないんだけど」

「クラッシュもか。俺もだ」

「あははやっぱり。暇してるかなって思って、お願いしに来たんだ」



 お願い? と首を傾げると、クラッシュが拝むように顔の前で手を合わせた。



「暇してるんだったらさ、そこのキッチン使っていいから、なんか夕飯作ってくれない? 材料はある物使っていいから。お願い」



 たぶんクラッシュ、俺がグダグダしてるの気付いてたんだと思う。だからこその料理の提案。

 増えた魔力でセィからここまで転移できるようになったからって、ほんとはヴィデロさんを迎えに行くメリットはクラッシュにはないはずなのに。俺のためにそんな提案をしてくれてるんだよな。

 なんか嬉しい。



「いいよ。腕によりをかけて、クラッシュを唸らせる夜ご飯を作ってやるよ」

「美味しいって意味で唸らせるんだよね? 違う意味じゃないよね? でも、よろしくね」

「ああ、あのさ、クラッシュ……」

「ん?」



 俺の呼びかけに、店に戻ろうとしていたクラッシュが振り返る。

 面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいんだけど。



「あ……ありがとう」



 万感の思いを込めて、囁くようにそう言うと、クラッシュは首を傾げた。



「食材提供のこと? もちろん俺の夜ご飯だから当たり前だよ」

「や、違……」



 見当違いの通じ方をしたので、思わず否定しようとしたら、クラッシュがウインクをしてきた。く、美形にウインク似合い過ぎて太刀打ちできない。



「なんてね。わかってるって。ヴィデロを迎えに行くのは、そこで腐ってるマックのためだよ。早くゆっくり二人っきりになって生気を取り戻してほしいからね」



 そう言うと、クラッシュはサッと店に戻ってしまった。え、あ。不意打ちだ。ちょっと今の言葉胸に響いちゃった。

 クラッシュと仲良くなれてよかった。

 よし、期待に応えるために、腕を振るおう。

 クラッシュが感激するくらい美味しい料理を作ろう。レベルを上げる勢いで。

 気合いを入れると、俺は自分の頬をパン! と両手で叩いて、キッチンに向かった。



 そこにある食材と、自分の持ってる食材を使い、足りない分は転移魔法陣で工房に飛んで取ってきたりして、テーブルを埋めるほどの料理を作り終えたころ、クラッシュが顔を出した。



「うわ、すっごいいい匂い。って、何。こんなに作ったの? これ、3人で食べきれる?」

「え、3人……?」



 クラッシュの言葉に怪訝な顔をすると、クラッシュが「今から迎えに行ってくるね」と言いながら料理に手を伸ばした。

 揚げ物を一つ抓んで口に放り込みながら、もう片方の手で魔法陣を描く。って、器用過ぎない?

 つまみ食いの注意をする間もなく、クラッシュの身体は消えていった。



 すぐにヴィデロさんに会って、すぐに戻ってくるんだよな。

 とソワソワしながら椅子に座って、待つこと1時間。



「こんなにかかるものなのか……それとも何かあったのかな」



 もう料理冷めちゃうよ。

 クラッシュを唸らせるはずが、俺が唸ってるよ。

 そろそろ耐えられないよ。

 と思って腰を上げた瞬間、部屋の中に見知った姿が現れた。





「マック!」



 数日ぶりに聞くヴィデロさんの声に、思わず抱き付こうと走り寄る。が。



「おかえり! ヴィデロさん、クラッシュ! ……と、馬さん?!」



 二人にしては視界にはいる質量が大きいなと思ったら、二人の後ろに白い馬さんがいた。

 ちょっと驚きすぎて、ヴィデロさんに抱き着くタイミングを逃しちゃったよ。



「うん、ちょっと遅くなったの、この子を引き取ってたからなんだ」

「引き取る……?」



 わけがわからな過ぎて首を捻ると、クラッシュが、「まずはご飯を食べよう。お腹空いた」とさっさと椅子に座ってしまった。



「ほら、マックもヴィデロもまず食べよう。俺、魔力切れでフラフラなんだから。ヴィデロ、これ、マックが作ったご飯なんだからいらないとは言わせないよ」

「誰もいらないなんて言ってない。マックが作った物ならなおさらだ」



 クラッシュに煽られるような形で、ヴィデロさんも俺の肩に腕を回して、席に促す。あ、この感覚。

 肩に回った腕の感触に、思わず顔を綻ばせる。

 ヴィデロさんの腕だ。このずしっとした筋肉がすごくいい。好き。





 あらかた皿の上の食べ物がなくなると、クラッシュは漸く馬さんのことを説明してくれる気になったらしい。

 お茶を淹れて一息つきながら、目を細めた馬さんを見た。



「あの後、ごたごたしちゃってさ、ずっと馬さんを厩舎に預けたままだったんだよ。ヴィデロが預け代払ってくれてたんだけど、一旦砂漠都市に寄って、この子を返そうとしたらさ、顔を擦り付けてきて離れてくれなかったんだ。で、馬屋の人も困り果ててた時に、ヴィデロが、「この子を引き取ることは出来るのか」って馬屋に聞いてくれてさ。出来ないことはないって言ってたから、思わず買い取ってきちゃった。幸いうちの敷地は結構広いし、この子一頭くらいなら食うに困らないくらいには儲けてるしね」



 豪快だなあ。でもほんと可愛いからあとで撫でさせてもらおう。



 工房から持ってきた、澄果実を一つ馬さんにあげて、その毛並みを堪能させてもらってから、俺とヴィデロさんはクラッシュの店を後にした。って言っても、俺の魔法陣で工房に跳んだんだけど。

 工房の中だって確認した瞬間、どちらともなく抱き着いた。

 鎧では味わえなかった熱が、身体を包み込む。



「おかえりヴィデロさん」

「ただいま、マック。会いたかった」



 俺も。すごく。

 こうやってくっついて、声を聞いて、幸せを堪能したかった。

 緩む頬が抑えられない。今すごく俺変質者顔だよ。

 見られて100年の恋が冷めたら嫌だなあ、と思いつつ、ヴィデロさんの表情を拝むという欲求には抗えなくて顔を上げると、そこには、すごく幸せそうに眼を細めたヴィデロさんの顔があった。



 そして、どちらからともなく、深い深いキスをした。
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