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116、一人より二人だよ
しおりを挟む結局はログアウトまで失敗作を作り続けた俺は、固まった身体を解しながら近くのベッドに転がってログアウトした。
そしてその日見た夢は、理科の実験で毎回黒い失敗作を作る夢。辛い。
朝起きて朝食を食べて、俺は部屋に戻った。
いやな夢を見たせいか、なんか調薬キットを見たくない気分だ。
溜め息を吐いて。仕方なく教科書を開く。
だってもうすぐテストだし。少し勉強してからログインしよう。
数学の教科書を開きながら、頭の中で考えるのは、ADOのこと。
何も書かれていないノートの一ページに、ADO内では大分描けるようになった古代魔道語を落書きしてみる。
「ええと、『しこうかいろ、かいてんじょうしょう、きおくちゅうすう、ようりょうかくだい』っと。これでこっちでも魔法陣とか効いたら笑えないよな。ってか汚い字」
それっぽくは書けたけど、こんなんだったっけ? と疑問の残るわけわからない文字に、思わず苦笑する。何やってんの俺。
描いた文字のようなものを消しゴムで慌てて消して、ようやく教科書に視線を向けた。
なんだかんだで午前中は勉強をしてしまった俺。
もう頭がパンパンな気がする。
気分転換にログインしよう。
ギアを被り、精神的にぐったりと疲れた体をベッドに横たえる。
ああ、こんな時はヴィデロさんに会いたい。ヴィデロさん、ちゃんと休み貰ってるのかな。働き詰めはよくないのに。疲れてないといいなあ。っていうか、ヴィデロさんとエッチしたい。二人でくっついて、気持ちいいことしたい。ヴィデロさんのヴィデロさんで、心身ともに満たされたい。
ヴィデロさんの胸筋に顔を埋めて、ヴィデロさんの背中を堪能しながら、二人で気持ちよくなりたい。
なんか最近すごくすれ違いが多い気がする。
仕方ないんだけど。
「う~」と唸ると、俺はログインせずに頭のギアを外した。
ログインする前に、ちょっとだけ。昼間っからなんて、どうなんだよ、なんて思うけど。
ヴィデロさんのことを考えて元気になってしまった俺の息子に視線を向けて、俺はそっとそこを治めるべく手を伸ばした。
結局ログインしたのは2時過ぎだった。
結論。一人より二人。早く帰ってきてヴィデロさん。気持ちよかったけど、物足りない。でも、まだ自分で後ろを何とかするなんて、無理。何より、向こうでは俺は清い体のままだから。
ローブを羽織って溜め息を吐く。
調薬をする気にもならなくて、俺は昨日の薬の効果を見るために、農園を目指した。
「カイルさーん。昨日のどうなった?」
「お―マックか。待ってたぜ」
外で作業をしていたカイルさんは、俺の姿を見るとこっち、と手招きした。
二人で昨日『混合植物魔力栄養剤』を与えた木まで行く。すると、その木が昨日より一回り大きくなっていた。
「おお! 元気になってる!」
生っていた実も、ほんの小指程度だった大きさから、二回りくらい大きくなってる。そして、赤かった実の色が、ちょっとだけ赤黒くなって、熟れてる、っていう感じを醸し出していた。
「実を食ってみろよ。味がな、すげえ濃厚になってるんだ」
「うん」
一粒もいで、口に放り込む。
すると、今までは、甘いなあ、って感じだったのが、「うわ、確かに濃厚……」と思わず呟くほどに味に深みが出ていた。まるでお高いメロンを食べてるみたいな。いや、食べたことないんだけど。
思わずもう一つ手が伸びる。
「うまぁ……。幸せ」
もごもごと実を噛んでいると、カイルさんもその実に手を伸ばした。
少しの間、二人でその実の甘さを堪能する。
はー、なんか、お腹があったかい。結構食べたからなあ。
満足していると、カイルさんも表情を緩ませてお腹をさすっていた。
「あ、なんか、普通に手が伸びて沢山食べちゃった。実は一粒いくら?」
「んー、『混合魔剤』分は食ったか? もっと食うか? もっと食いたいときは追加でお代を貰う」
なんかもうお腹が満足しちゃったので、食えません。
あの薬代だったんだ。この実の値段。
それにしてもお腹からポカポカする。
「ちょっと鑑定してみてもいい?」
「おう。もう栄養不足ではねえはずだ」
「じゃあ、鑑定」
『ジェソの木:赤くて甘い実をつけるトレの森に生えている木。実は料理、調薬に使える。『混合植物魔力栄養剤』を与えたため、実に魔力を宿している。実を食べると魔力上昇(小)』
鑑定を読んで、俺は慌ててステータス欄を開いた。
MPの数字の横に、(+22)とついていた。俺、22個もこの希少な木の実を食べたんだ。粒が小さめとはいえ食べすぎだろ。ってそうじゃなくて。
これって恒久的に上がるのかな。それとも時間があるのかな。もしかして、この、お腹があったかいのは魔力上昇のせいなのかな。
なんか色々わけわからない。お腹の暖かいのが治まったらもう一回ステータス見てみようそうしよう。ずっとだったらいいのに。でもカッコがついてる時点で、多分時間が経つと元に戻る系だよな。
「カイルさん。この実、買っていい? たくさん」
「お? おお。また明日には実をつけるからな。どれくらい必要だ?」
「沢山欲しい。カイルさんがこれ以上はダメだってくらい欲しい」
俺の答えに、カイルさんはちょっとだけ考えて、「今日は100個くらいだな。もっと欲しかったら日を改めないと採れねえよ」と返してくれた。うわ、そんなに売ってくれるんだ!
「カイルさんもたぶん今魔力多くなってるから、魔法系で畑を耕すなら、今がチャンスだよ!」
「魔力付与ってそんな感じなのか。どれ。作業するかな。マックは適当に実を採って行けよ」
「わかった」
示唆された分の料金を払って、俺は採取開始した。見えるところの実を採っていき、最後の実をもいだところで数を見ると、丁度100個だった。これが30とか言われたら、30しか取れるところに見えないってことなのかな。そこのところ気になる。カイルさんは、土魔法を使って土を耕している。俺もこの補正値があるうちに何かしてみよう。カイルさんに大声でお礼を言って、俺は工房に戻った。
前にレガロさんから貰ったレース編みの敷物を敷いて、その上に錬金窯を置いてみる。
そして、手には錬金レシピ集。
まだ作ったことないけど素材はそろったよ、っていうのがないか一通り捲ってみると。
一つだけ、素材が全部載っているのがあった。最初の方のだから難易度はそれほど高くないかな。素材もそこら辺にある物だし。
何ができるのかな。とワクワクしながら倉庫から素材を取り出す。
そして、窯にMPを分ける。
あ、ほんとに少しで窯が謎液体で満たされた。このドイリーすごい。
一つ一つ丁寧に窯に入れていく。
融けるごとに色の変化が目に楽しい。
5つの素材全部を融かして、グルグル混ぜる。MPが減っていくけど、前みたいにどんどん減ってくことがない。
それほど経たないうちに、窯の中が光って、出来上がりを告げた。
急いで窯を持ち上げて瓶にひっくり返すと、瓶の中にコロンとオレンジ色の物が転がり落ちた。
「おおー、固形物」
出来たことで、レシピの欄に絵と物の名前が浮かび上がった。
「『香石』ってなんだ。この石を擦るとあらゆるものに香りが付く……って、何か意味があるのか……?」
瓶からは、確かにふわっといい香りが漂ってくる。でも、意味不明の物を作ってしまった。
そして減ったMPはほんとに少し。まだ材料があるから、今度はドイリーを引かないで作ってみるかな。
と何も引かずに同じことを繰り返す。
うん、最初に謎液体を満たす時点でかなり差が出る。そして、グルグルすると目に見えてぐいぐいMPが減る。ここまで違うんだ。きっちり倍のMPが減り、完成品は全く同じ物。さすがレガロさん作マジックセーブドイリー。活用させてもらいます!
「それにしても、これいい香り。なんだろう。ローズ系? の中にミント系? まったりするのに後味がいい感じが、すごくいいなあ」
たぶん入れた素材が花と薬草だったから、それの香りなんだろうけど。
気に入ったので、俺は一番活用するベッドの枕元に、少しだけこすり付けることにした。
シーツでいいのかな、とおもいつつ、固形を手に取って、それをサッとこすり付ける。そしてまた瓶にしまって蓋をする。
ふわっといい香りがして、思わず俺はベッドに転がった。
あ、これ、安眠できるやつだ。一つヴィデロさんに贈ろう。そしてヴィデロさんを俺の香りに包ませようそうしよう。
そんなことを思いながら、匂いを堪能すべく、目を閉じた。
そして寝落ちしたのは言うまでもない。
目を空けたら、すでに外は夕日の色に染まっていた。あれ、今日、何したっけ? とぼんやりした頭で考える。うん、寝た。
寝たよ。
ぼーっと起きだして、ローブを羽織る。
失敗作で消えていった素材の一つをクラッシュの所に買いに行こう。
そうしないとまた寝そうだ。
気付けに水を飲んで、俺は工房を後にしたのだった。
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