これは報われない恋だ。

朝陽天満

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111、保護指定動物

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 蔦を最後尾で登っていると、上の方から大騒ぎする声が聞こえてきた。



「バカ、攻撃するなよ! その鳥は国ぐるみで保護指定されてる鳥だ! 攻撃した奴は捕まるからな!」



 俺の隣を登っていた一緒に歩いてきた人が、その声を聞いて少しだけ蔦を登る速度を速めた。

 え、国ぐるみで保護指定されてる鳥ってどんな鳥だろう。気になる。上からは歓声が聞こえるし。

 何が起きてるんだ。



 必死に滝の上まで登ると、滝の上部には、でかい鳥の巣が作られていた。

 そして、人の間から見えたその巣には、綺麗なでっかい青い鳥が。



「あの鳥は……」



 でんと巣の中に鎮座している鳥は、騒ぐ俺たちの方をちらりと見ながらも、全然動こうとしない。

 この世界の人が一番前に立って、プレイヤーが近付かないように押しとどめていた。



「あれはブルーテイルっていう鳥だ。幸せを運ぶ鳥とも言われてるな。こんなところで生のブルーテイルにお目にかかれるとは、俺達はついてる」

「ブルーテイル……」



 って聞いたことある。

 っていうか俺、ブルーテイルの羽根、いつもぶら下げてるじゃん。

 この鳥から貰った羽根で作られてたのか、ヴィデロさんから貰ったアミュレット。

 もっと小さい鳥を想像してたけど、大きいなあ。座り込んだ状態で、小山ほどの大きさがあるんだけど。

 じゃあこの小さな羽根は、あの鳥のどこの羽根を使ったんだろう。と、胸にぶら下がっている羽根を手に取った。

 ゲージは、すでに76%にまで増えている。これ、溜まったらどんな風に変化するのかな。



 俺がそんなことを想っている間に、この世界の人たちが一か所に集まって、これからのことを話していたらしい。



「これは……しばらくは水は塞き止められたままだな……」

「仕方ない、ブルーテイルがここに巣くっちまったんだ。雛が孵って巣立ってからゆっくりここを解体するしかねえよ」

「水は大丈夫か?」

「まあ、少しは流れてるし、雛が孵るまでの日数くらいだったら何とかなると思う」

「ギルドに報告して、ここを立ち入り禁止にしないとな」

「ああ、ふざけたやつがブルーテイルを攻撃しちまったらことだ」



 え、ってことは、あのお腹の下に卵があるってことなんだ。

 話を聞いていたプレイヤーたちも、動きを止めて鳥を見ていた。

 誰一人鳥を攻撃しようとする人はいなかった。



「まずは急いでギルドに戻って一刻も早くここを立ち入り禁止にすることが先決だな」

「あ、俺、友人がトレのギルドにいるからここからチャット飛ばそうか?」

「ん? チャットというのは何だ?」

「即話ができる機能のことだよ。ここ、出入り禁止にするんだろ。チャットで連絡するから、そいつから職員に伝えてもらえるから」

「すぐできるならぜひお願いしたい。異邦人ってものはすごいんだな。通信の魔道具を皆持っているのか……?」



 感嘆の声を出す人の横で、プレイヤーが宙を睨んで指を動かす。

 チャットでやり取りしているだろうプレイヤーを見つつ、俺は隣に立ってる人に疑問を投げかけていた。



「保護指定されてるって、もしかして絶滅危惧種とかですか?」

「ああ、あの鳥はほとんど人前に現れることがないと言われてる鳥なんだ。この奥のグランデ山脈のどこかに群れで住んでるらしいんだけどな。険しくて人が立ち入れないような山だから、群れを見つけるのが困難なんだ。そしてな、この鳥を目にすると、幸運を呼ぶと言われているんだ。俺もここまで間近で見たのは初めてだ。よく遠くの空を飛ぶのは見かけたりするんだけどな」

「そうなんですか。じゃあ、俺達すごくラッキーなんじゃ」

「そうだな。きっといいことがある。でもそれよりもだ。あそこに巣くっちまったってことは、ハグレのブルーテイルってことなんだよなぁ。誰かに見張らせるにしても、何事もないようにだけしないと」



 そうだよな。普通群れとかいるんだったらその群れのいる安全な場所で卵を産むよな。

 緊急の何かがあったのかな。ここに巣を作らないといけないようなそんな何かが。

 無事孵るといいけど。



「今からギルドの誰かが来るって言ってた。あとここは立ち入り禁止にするってよ」

「そうか、ありがとう」

「いや、大したことはしてないから。それにほら、こんな風に立ち会ったよしみだ。元気に育つ雛が見たいからな」

「そう言ってもらえるととても助かる」



 わらわらと話をする俺たちがいるのも構わずに、ブルーテイルは巣にどっしりと腰を据えて毛づくろいしたり、目を閉じたりして、俺達の目を楽しませてくれた。

 そこかしこで「可愛い」と呟く声が聞こえる。しばらくの間、そこから帰ろうとする人は誰もいなかった。勿論俺も、しばらくブルーテイルを堪能していた。

 ヴィデロさんと一緒にブルーテイルを見たかったな。

 そっと胸のアミュレットを指で撫でた。





 和やかに鳥観察をしていると、いきなり皆の前に人が現れた。

 あれ、クラッシュとエミリさんだ。

 もしかして、ギルドトップが動いたってこと?

 周りもすごくガヤガヤしている。



「皆、聞いて。連絡してくれてありがとう。ギルドマスターとして礼を言うわ。この子は巣立つまではここでギルドが万全のサポートをすることが決定されたの。とりあえず皆が戻ったらここには人が来れないようにするから、そのことを心にとどめて置いて欲しいの。そして重ねてお願いがあるのだけれど、この子たちが巣立った後の巣の撤去作業の手伝いをしてくれる人を募集するわ。大変な作業だけど、できれば手伝ってくれないかしら。報告してくれた『影土かげつち』さんありがとうね。あとはこの子をそっとしておきたいから、解散でいいかしら」



 声を張り上げるエミリさんに向かって、皆が「俺撤去手伝う!」「俺がするんだ」「俺も!」と撤去作業希望者が殺到する。

 それを嫌がるでもなくエミリさんが「ありがとう」と笑顔で答えた。

 この世界の人も手を上げてるあたり、撤去作業もこの人数でやることになりそうだ。俺も参加したい。



「あとは各街のギルドで手続きをしてね! ただし、日程はまだわからないからそのつもりで。事前に取り消しも全然問題ないわ」



 エミリさんがそう締めくくると、我先に手続きしよう、というプレイヤーがすごい勢いで去っていった。

 残された数人は、気合いの入ったプレイヤーの勢いに押されて、ちょっと呆気にとられている。

 人が減ったことで、人の間に隠れていた俺に気付いたクラッシュが、「マック!」と駆け寄ってきた。



「どうしたのこんなところで」

「それは俺のセリフだよクラッシュ」

「いや、俺は母さんをここまで連れてきただけだし。母さんが緊急だっていうから。でも、確かに緊急だったね」



 クラッシュは丸まっているブルーテイルを見て、微かに目を細めた。



「この子が誰かに殺されていたら、ここら辺が魔物の巣窟になっちゃうらしいし」

「え?!」



 今、クラッシュが聞き捨てならないことを言った気がするんだけど。

 そのことに驚いていると、周りにいた現地の人が、俺の驚きっぷりに驚いていた。



「そうか。異邦人たちは知らないのか。ブルーテイルの伝承」



 その男性の話によると、なんでも、幸運を呼ぶブルーテイルは、殺されてしまうとその身の内の幸運が逃げ出してしまい、その土地のそういった運まで持って行ってしまうんだそうだ。

 運の消えてしまった土地は不毛の地となり、魔物が出やすくなってしまうっていう言い伝えがあるんだって。

 だから、そのことを知っている人は、誰もブルーテイルに危害を加えないようにしているんだって。

 なんか、ヴィデロさんの『幸運』スキルにちょっと似てる気がする。



「その伝承は俺達異邦人プレイヤーの間に広めた方がいいか?」



 残っていた数少ないプレイヤーの一人が、エミリさんに質問を投げかけている。

 エミリさんはそうね、と首を傾げた。



「面白ずくでブルーテイルを殺して、魔物を出させるような異邦人がいないのならいいんじゃないかしら」



 さらっと言われた言葉に、プレイヤーが苦笑いする。

 いない、とは絶対に言えないのが辛い所だよな。レベルを上げたいからってわざと魔物を呼び出そうとする人が出てこないとも限らないし。



「痛いところを突かれたな……」

「大半の異邦人が悪い人じゃないってのは、わかってるのよ。でも、あまり広めちゃうと逆にそういう変な奴まで呼び寄せちゃいそうで怖いじゃない」

「そうだなあ。それを考えたら、ここらへんで巣くっていてよかったと言わざるを得ないなあ。強い奴は先に先に行ってるから、あんまりここら辺にはいないからな」

「内輪だけにしてもらえると助かるわ。でも心配してくれてありがとう、影土さん」



 ニコッとエミリさんが微笑むと、影土と呼ばれたプレイヤーは焦ったように一歩後ろに下がった。ああ、顔が赤くなってる。美形親子だからなあ。



「あ、俺も巣の撤去作業混ざっていいか? 一応槌使いだから多少は使えると思う」

「ぜひお願いするわ」









 一人一人と去っていって、監視員が来た時には、俺とクラッシュとエミリさんしか残っていなかった。その待ち時間、実に数時間。俺も帰ってもよかったんだけど、ただ、いい機会だからあの日記のことを訊いてみたくて。

 エミリさんなんて、いつもは忙しいからいつアポを取れるかわからないし。



「二人ずつ、一日3交代でよろしくね。何かあれば、通信の魔道具を使ってくれる? 下の見張りも同じように。人手が足りなくなったら、ウノのギルドに連絡して人を呼ぶようにするので、言ってちょうだい」

「了解しました。お任せ下さい」



 すごく真面目そうな顔の男性がビシッとエミリさんに敬礼する。

 それに満足そうに頷くと、エミリさんは遠くで見守っていた俺とクラッシュの所にやってきた。



「ごめんね待たせて。クラッシュも先に帰っていてよかったのに」

「ほんとはそのつもりだったんだけど、マックがいたからついつい。店サボっちゃったよ。さ、帰ろう、母さん。マックも一緒に来るよね」

「いいのか?」

「もちろん」



 クラッシュの申し出に、喜んで頷くと、クラッシュは宙に魔法陣をサッと描いた。あれ。前より早くなってない? もうすぐセイジさんレベルになりそうなくらいの速さだったよ。

 そんなことを考えてる間に、エミリさんの執務室に立っていた俺達。

 ここなら、あれを出しても大丈夫かな。



「あの、ちょっと見て欲しいものがあって」



 他に人がいないことを確認してから、俺はエミリさんにそう声を掛けた。



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