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102、輪廻とクエスト
しおりを挟むおさわりだけの戯れの後、ヴィデロさんはこの街の宿舎に帰っていった。
ログアウトする時間まではまだ1時間ほど残っているから、と俺はフレンドリストを開いた。
あまり数の増えていないフレンドリストの中から、「輪廻」という名前を見つけ出す。
お互い同じ時期に始めて、俺はソロで、輪廻は薬師の下に入って、腕を磨いた薬師仲間だ。
「あーあったあった。まだログインしてる」
リストの文字が白かったから、まだゲーム内にいることがわかる。
早速メッセージを飛ばしてみることにした。
簡潔に『久しぶり、今何してる?』とメッセージを送って、カバンの中の材料を宿屋の部屋についている小さなテーブルの上に出していく。
何か新しいレシピ。これ、もし持って行ったのが既存のレシピだったらやり直せるのかな。それともその時点で失敗になるのかな。
そんなことを思いながら月見草をゴリゴリと磨る。
レアは使っちゃいけないっていうのはちょっと辛い。昨日作ったのは完璧レアアイテム入ってたからな。
続いて、ふと目についたリモーネの実を取り出してみた。そのままがぶっと食べると、レモンの酸っぱさが口に広がっていく。くううう、目が覚める。
顔を顰めながら色々と素材を出していく。サボテンも砂漠都市の名物だけあってレアってわけではないのか。砂漠都市に行けば採れるっていうスタンスだからなのかな。こんなことならトレアムさんの所で普通の実もたくさん買っておけばよかったかな。今悔やんでも仕方ないから、ある物で。明日は素材をちょっとそこらへんに探しに行ってみようかな。それともまずは使えそうなのを作業場で混ぜてみようかな。
素材を吟味しながら色々考えていると、ピロン、とメッセージ欄が光った。
輪廻からの返答だった。
『久しぶり。今はもう薬師の所はやめて『夕凪』ってところの専属薬師やってる』
『夕凪』と言ったら、俺ですら名前を知ってるところだ。たしかクランを初めて設立したってことで有名になったんだよな。ネットでよく名前が挙がって。でも攻略第一のクランで、好き嫌いが別れるとかどうのこうのって書いてあった気がする。よくは知らないけど。そんなところで専属薬師をやってたんだ。
『何で薬師の所辞めたんだ?』
『決まりきったレシピでしか作らせてくれないから、薬師レベルが頭打ちになった』
即帰ってきたレスに、なるほどなと納得する。
『パーソナルレベルもそもそも低かったし、『夕凪』ならパワーレベリングとかしてくれるって聞いたから入れてもらったんだ。マックは?』
パワーレベリングかあ。俺はゆっくり行きたいからそういうのは好きじゃないんだけど、レベル上げたい人は手っ取り早く上げたいんだろうな。
向上心だけはすごかったから、と一緒に遊んだ時のことを思い出して思わず頬を緩ませる。
『俺は相変わらずソロでやってる。上位薬師になれたよ』
『は?』
俺の方の報告をすると、間を置かずにその一文字が帰ってきた。
『上位ってどうやってなれるんだ? 俺、薬師レベル50超えたのにまだ上位になれないんだけど』
え、すごい。薬師レベル50って。どれだけ頑張ってんだよ。
『街のクエストこなしたら、職業欄に上位職が出てた。NPCから出されるクエスト』
『マジか。もしかして、前に出たクエスト、それだったのかな……』
『前に出たクエスト?』
『セッテを『夕凪』と一緒に通り抜けるとき、農園が困ってるって言われて、でも『夕凪』のリーダーがそんなのにかまってる暇はねえからってクエストやる許可をくれなかったんだ。もしここに残るなら別にいいが、夕凪は脱退とか言われてさ、泣く泣くクエストをあきらめたんだけど』
衝撃の事実に、俺は少しの間指の動きを止めていた。
あのトレアムさんが泣いていたクエスト、輪廻がいる時に出されてたクエストだったんだ……。
『あの後あの農園、大丈夫だったのかすごく心配なんだけど、そういうこと口に出すとメンバーからすごく嫌な目で見られてさ。そろそろ脱退を本気で考えてる』
輪廻の返信にショックを受けた俺は、それでも、落ち着くように深呼吸をすると、メッセージを返した。
『大丈夫。農園は立ち直ったよ。ギリギリだったけど。でも、あのクエスト、輪廻のだったんだ。ちょっとびっくりした』
『もしかしてマックが引き継いでくれたのか?! うわあ、恩に着る! マジで心配だったんだ。ほんと、あの時脱退してクエスト受ければよかったって何回思ったことか』
『そうなんだ』
それしか返せなかった。あのクエストは、クエスト受けれなかったよ残念、なんて簡単な物じゃなかったから。
でも、輪廻の泣く泣く諦めたっていう言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。そんなの受けなくてもいいや、なんて輪廻が笑っていたりしたら、きっともう連絡とる気にならなかったから。
輪廻の所属する『夕凪』の人たちって、生粋の攻略系ゲーマーなんだろうな。でも、きっと俺は好きになれない気がする。
そのうち会おうと約束してメッセージを終えると、こんな短いメッセージのやり取りなのにどっと疲れた気がした。
無事脱退できるといいな、輪廻、なんて、少しだけ応援してしまう。
俺は一つ溜め息を吐くと、出していた素材をすべてインベントリにしまい、早々にベッドに転がった。
たまには早くログアウトしよう。なんかすごく疲れた。
そういえばクラッシュはもうトレに戻っていったのかな、なんて思いながら、俺はログアウトしたのだった。
「雄太、『夕凪』って知ってる?」
昼休み、俺は雄太にズバリ訊いてみた。
そしたら、雄太はズバリ返してくれた。
「脳筋集団」
「え、脳筋……?」
雄太の答えに戸惑っていると、笑いながら増田が補足してくれる。
「攻略組って呼ばれる戦闘クランだよ。ダンジョンに潜ったり、強い魔物って聞くとそっちに向かって討伐したり。クランを強くするためにレベル低い剣士とかを拾ってはパワーレベリングしてる。ただ、やり口はあまり褒められたやり方じゃなくて、誰かが狩ってる途中の獲物とかも平気で横取りしたりするから、もし『夕凪』が潜ってるダンジョンがあったら、そこはいかない方がいいっていう情報はすぐさまネットで飛び交うかな。だから、独占状態。俺はあんまり好きじゃないかな。雄太も目を付けられてるし」
「そうなんだ」
「っていうか、誘われたんだよ俺。最初のころ。でも、あまりにも脳筋ぞろいでムキムキでムサいから断ったら、最初のころはたまに絡まれてたんだ。今はもうなくなったけどな。もっと先に進んでて、活動場所が被ることもねえから」
へえ、初めて聞いた、雄太のそういう話。結構人付き合いとかそつなくこなすと思ってたんだけど。
それにしても断った理由。
思わず笑ってしまうと、増田もつられるように笑った。
「高橋らしいって言えばらしいよね。あんまりにもしつこくて、見てらんなくて、俺とブレイブとで一緒にパーティー組もうって声を掛けたんだ」
「正直助かった。まだ右も左もわからなかったときだったから。でも増田も同じようなもんだったよな」
「だって同じ歳だよ? 高橋よりちょっと誕生日が早かっただけだからね」
「へえ、そうだったんだ。でもさ、増田は中学の時から雄太とパーティー組んでたってことだろ? 同中じゃないよな」
ちょっとだけ『高橋と愉快な仲間達』のなれそめが気になっていたんだ。だって、たった2か月の間にすでに雄太はパーティー組んじゃってたし。15歳だから、そのころ俺らはまだ中学三年生。あ、受験は地元のそれほどレベル高くないところ選んだから全然問題なかった。雄太は。……俺は、ちょっとだけゲーム控えて頑張ったけど。
「最初はお互い近くの中学校だって知らなかったんだけど、高校がって話になって、俺がついここの名前を出したら、高橋が俺もだって言ってたから。ブレイブは最初から私立女子中に通ってたし。俺達幼馴染なんだ。ユイはその女子中仲間なんだよ」
「へえ。世界ってホント狭いな」
「俺もそう思う」
初めて知ったよ『高橋と愉快な仲間達』の馴れ初め。そしてなるべくして二組のカップルが誕生してたんだな。リア充か。……俺にはヴィデロさんがいるからいいんだもん。
「郷野の友達の薬師の人、無事脱退できるといいねえ。脱退とかに関して、『夕凪』ってあんまりいい噂ないから、ちょっと心配だね」
「そうなんだ。大丈夫かな、輪廻」
「そんな揉め事でADOやめるのももったいないよね。ADOは楽しむためのモノなのに。ね、高橋」
「ああ。スパルタな楽しみ方だけどな」
「あれはあれで楽しいからいいよ」
どんなレベル上げをしてるんだろう。実はおっとりして見えて、増田も好戦的なのかな。双剣とか使ってバリバリ突っ込んでく人だもんな。男の子なんだね。あの外見で。
怖いのでそこらへんはそっとしつつ、俺達は予鈴のチャイムと共に教室に帰っていくのだった。
今日は簡易作業場で調薬するぞ、と気合を入れて宿屋を出た。
今度は近づいても大丈夫かな。なんて、こっそり中門の前を通ってみたりして。
ヴィデロさんはやっぱりトレの街で身にまとうよりもっと立派な鎧を身に着けて、槍を持って立っていた。かっこいい。
隣に立つ人も今度は俺を追い返そうとしないで、ただじっと俺を見ていた。
でもさすがに立ち話ははばかられるから、ちょっとだけ手を振って、その場を去る。
兜の間から見えた、少しだけ目を細めたヴィデロさんの表情がすごくかっこよかった。好き。
追い払われずにヴィデロさんに会えたことで顔を緩ませながら簡易作業場の場所まで行くと、さっそく部屋を一つ借りる。ちょっとお高めの所にして、時間はログアウトギリギリまでの数時間。
よし、今日は少しは進展するといいなあ!
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