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101、『パラディン』
しおりを挟む「あんたすごく腕いいのな。ソロ?」
「基本ソロです」
「そっか。上位職? って聞くのはマナー違反? ちなみに俺は剣士の上位職なんだけど」
「上位職です」
俺の答えに、目の前のプレイヤーさんが楽しそうに笑った。
「ちょっと上位職同士、親交を深めないか?」
プレイヤーさんはそう言うと、サッと俺の手を掴んで、店員さんに「ロミーナちゃん、また来るから! 納品して欲しい物があったら言ってね!」と手を振って店を出た。
「ちょっと! 何するんだよ!」
強引な態度に手を振り払おうとすると、その人は「いいからついて来いよ」と俺の腕を取ったまま、近場の食堂に入っていった。
途中厨房に向かって「定食二つ――」と注文しつつ、一番奥の席まで行くと、ま、座れよ、と椅子を勧めて、自分は奥の方の席にドカッと座った。
「強引なのは悪かった。でもちょっと先輩からのアドバイスがあるから、座れって言ってんの。ちゃんと定食奢るから」
「……」
渋々俺が座ると、やっぱり人好きのする顔で「よし」と頷いた。
「俺はユキヒラ。レベル131のソロプレイヤーだ。辺境辺りでずっと騎士団とか助っ人とか色々やって遊んでる。で、辺境でちょっとした騎士団からのクエスト受けたら、上位職になってな」
定食が運ばれてきて、俺とユキヒラの前に置かれると、ユキヒラは「サンキュ」と手を上げてお礼を言っていた。俺も頭を下げつつ、視線はユキヒラ。この人は、何が言いたいんだろう。
「上位職になった途端、仲のよかった騎士団の副団長に、「気を付けろ」とか言われ始めてな。知ってるか? この世界の奴らは、ほぼ上位職にならないって。上位職を持ってるのは、一握りのこの世界の奴と、プレイヤーぐらいだって」
「それらしいことは聞いたけど」
「上位職になるとそれだけで一目置かれるんだよ。そして、基本おせっかいなこの世界の奴らは、その腕を心配してくれるんだ。その力は隠せってな。心当たりないか」
ある。ありすぎる。でも、それだと楽しかった薬師がだんだん楽しくなくなる気がして。
黙ったまま心の中で肯定する。
でも、皆俺を心配しての声だから、無下にも出来なくて。
「実際にそれで揉め事もあったし、周りの奴ら、ほんと俺を気遣って言ってくれてたからさ、最初は俺もセーブしたわけだ。上位職ってのは隠して、いつもくらいの力で魔物をぶっ倒して。でもな」
トレイの上に乗っていたグラスを持ち上げ一気飲みすると、ユキヒラはすっと目を細めた。
「つまらねえんだよな。せっかく楽しむために始めた『ADO』なのにってな」
その一言は、まさに俺が少しずつ積もってた気持ちを代弁しているようだった。
「あんたさあ。ためらいなくアレ出しただろ。鑑定も、ためらいなく了承しただろ。何でだ」
「……『薬師』だから」
最初は簡単に、生産職に行こう、って思ってやり始めた薬師だけど。
薬師をやってなかったらヴィデロさんを助けられなかったし、薬師の腕を上げたからこそクラッシュと仲良くなれたわけだし。
「隠せって言われたけど。隠したくないっていう、ちょっとした考えなしの馬鹿な意地」
目をそらしながらちょっとだけ本音を言うと、ユキヒラは軽く「そっか」と返してきた。
「やっぱりなあ。俺もそれ思ってさ、隠すのやめたんだ。何回か一緒させてもらった『白金の獅子』っていうパーティーに楽しめって言われてなぁ。だからさ、あんたも、楽しめよ」
肉と野菜を大胆に炒めて山になって盛られてる一皿にフォークを突きさしながら、ユキヒラが笑った。
ガバッと取れた肉を、大きな口を開けて詰め込むユキヒラを見ながら、俺も水を少しだけ飲んだ。
咀嚼して飲み込んだユキヒラは、水のお代わりを大声で頼むと、また俺に視線を向けてきた。
周りには人がぽつぽつ入っているけれど、一番奥の俺達の席の周りにはまだ誰も座っていない。店の飾りか何なのか、床から天井に掛けて木の幹が伸びてるのが、丁度良く俺たちを隠してくれてる感じになっている。
「昨日、俺はちょっとしたつてで臨時のバイトをしてたんだよ。もちろん、こっちの世界だ。で、だ。貴族に拉致られたプレイヤーがいるってことで俺も出動したんだよ。ま、えらいさんの護衛だったんだけどな。それさ、もしかして、あんたじゃねえかなってちょっと思ったわけだが」
まさにだ。どう返していいのかわからなかったから、目の前の山になっている定食に、ようやく手を伸ばす。
もさもさ食べていると、ユキヒラがハハハと笑った。
「なあ、フレンド登録しねえ? なんかあったら少しはつてあるから、相談だって乗ってやれるかもしれねえし。あれだろ。あんた、こっちのNPCにかなり入れ込んでるたちだろ。俺もだから、そういうのはわかるんだよ。店の対応一つでな」
な、と言ってフレンド登録申請を飛ばしてきたユキヒラには、全く悪意はなさそうだった。
でもまあ悪い奴だったらつてなんてこの世界には出来ないのはわかってるんだけど。
「ユキヒラが情報通で悪い奴じゃないってのは、なんとなく、わかったような気がするけど」
「いや俺いい奴だから」
「それ自分で言うなよ。って、でもさ、ここで俺が登録したら、ユキヒラのつてを頼るためにフレンド登録するみたいでなんか嫌」
そう言ってフレンド欄に触らないでいたら、ユキヒラが吹き出した。
「あんたマジであれな。この世界の奴らのツボ的性格だわ。あんたみたいな性格の奴で、この世界の奴にモテモテなの、一人知ってるわ。そんなこと疑わねえよ。さっさとイエス押せよ」
笑いながらほらほらと急かすユキヒラにつられて思わず顔をほころばせながら、ユキヒラをフレンドに登録する。
「俺、マック。『草花薬師』」
「何か平和な上位職だなあ。マックの雰囲気に合ってる感じはするけどな。改めて、俺はユキヒラ。大っぴらには言えねえし、そうは見えねえかもしれねえけど、『パラディン』だ。つてが大物過ぎてな、こんな職になっちまったんだ」
「パラディンって、なんかかっこいい響きだ」
「まあなあ。騎士とかそっち方面の上位職だから性に合わねえのはわかってるんだけどよ。でも職業増えてたらついつい選んじまうよな」
「わかる」
「だろ。でもな、これから……」
ユキヒラの声が止まる。と同時に、肩に手が置かれた。
この手のひらは。
とついつい頬が緩む。
「『幸運』が何でここに……」
ユキヒラが唖然として俺の後ろを見てるのを放置して、俺は振り返った。
そこには、愛しい人が。
「マック。昨日はごめん。今朝ようやく解放されたんだ。待たせたな」
「ううん、ヴィデロさん、大変だったよな。俺こそ、巻き込んでごめん」
「マックのためならなんだって巻き込まれるから、安心しろ」
「うん」
覆いかぶさって抱き着いてくるヴィデロさんに、さっき以上に顔が緩むのを自覚した俺は、「なあ」と声を掛けてきたユキヒラに向きなおった。
「……もしかして、『幸運』の大事な人って、マック?」
その声に、ヴィデロさんもようやくユキヒラを視界に収めた。
ってユキヒラ、ヴィデロさんを知ってるんだ。
そっか、昨日のことを知ってるなら、ヴィデロさんを見かけてたりしてそうだもんな。
「お前は、宰相についていた騎士の片割れか?」
「そうそう、昨日は王宮でバイトしてたんだ。っつうか、何で『幸運』があんなに必死になってたのかわかったわ」
ユキヒラは一人うんうん頷くと、今度ははぁ、と溜め息を吐いた。
もしかして、俺達の関係に引いたのかな。
なんて思ったら。
「……羨ましすぎるぞマック! なんでそんな仲良くなれるんだよ! 俺も、あんたらくらいの距離でロミーナちゃんを愛でたい……!」
と悶えだした。
店主さん若干引き気味だったから、難しいんじゃないかな。とは言わずに生暖かい視線だけをユキヒラに向けた俺だった。
ユキヒラにお礼を言って、俺はヴィデロさんと共に宿屋に向かった。試行錯誤はまた明日。それより大事なことが俺にはある。
部屋に入った瞬間、ヴィデロさんは俺を包み込むようにギュッとしてきた。
その抱きしめられる腕が嬉しくて、俺も背中に腕を回す。
「ヴィデロさん、お咎めなかった?」
「ああ大丈夫。それよりマックの方こそ、大丈夫だったか?」
心配そうなヴィデロさんに、俺は昨日の宰相のクエストの話を教えた。
「それ、受けるのか?」
「うん、受ける。……ヴィデロさんにも皆にも色々心配してもらってたけど。でも」
「マック、俺がさっき言った言葉、覚えてるか?」
「さっき……? ええと、安心しろって」
「その前。『マックのためならなんだって巻き込まれる』って。だから、受けるなら堂々と胸張って受けろよ。それだけマックの腕を認められたってことだろ。それに、あの方の言ってることが本当だったら、これから先マックは堂々と腕を披露できる世界になるってことだろ。それは俺にとっても大歓迎だから」
「ヴィデロさん……好き」
ほんと好き。俺、このクエスト真剣に受ける。
あの宰相の言うことが本当だったら、もっと、このヴィデロさんの住む世界がよくなるってことなんだろ。門番さんに届くポーションがもっといい物になるってことなんだろ。
「俺、頑張るから」
だから、こんな俺を、好きでいて。
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